Wed.

木の葉通りの醜聞 4  

 さて、外交官マリーオの依頼を受けていたアウロラであるが・・・論文を返さないイルマ・スカルラッティ女史。
 意外なことではあるが、アウロラはまんざらに彼女に対して無知という訳ではなかった。
 つい先ごろ女優として有名になったのもあるが、アウロラは過去に彼女から依頼を受けていたことがあったのだ。

「ここまでで結構ですわ。護衛の依頼、お疲れ様でした」
「お安い御用ですよ」

 それはイルマ女史が、まだ女優として活動する前の出来事である。ちょっとした行きがかりで、彼女を護衛したことがあった。
 淡い金髪に上品な笑み・・・黄昏の中で微笑んでいた彼女を、アウロラは今でも生き生きと脳裏に思い描くことができる。

「わたくし、エントを見たのは初めてでしたわ。アウロラ様が居なければどうなっていたことか・・・」

と、かの女性は感謝の意を述べた。

「駆け出しの頃、フォーン村へ行商の護衛の途中に出会ったこともありましてね」

醜聞12

 トレセガ街道を通って荷を運ぶ行商人の護衛を行なった経験を、アウロラは懐旧の念を抱きながら話した。
 その言葉にイルマ女史はうっすらと笑む。

「経験豊富でいらっしゃるのね。今回の沈勇にして果断な処理も鮮やかでした。感謝致します」
「それと、依頼完遂の証にサインが必要になります。ここへ・・・」
「ええ、確かに」

 彼女はペンを手に取り、整った文体でサインをした。
 紙面を彩ってゆく文字――しかし、その書き方にどこか違和感を感じた。
 そう、イルマ女史は文を書くのに不都合な利き腕を持っていたのだ。それが、なんとなくアウロラの印象に残っていた・・・・・・。

 ここまで思い出したアウロラは、はて、と首を捻った。
 面識はある。イルマ女史は確かに華のある容姿をしていた・・・しかし女優としてはどこか腑に落ちなかった。
 少し前に芸術都市ミューゼルというところで見事な演劇を披露したという、くもつ亭の冒険者たちの噂を耳にしたことがある。
 噂で伝わってきた、彼らにはあったらしい「役を演じる」のに必要な要素――カリスマ性、情熱、役に入り込み客をも魅了する何がしかの因子――というものが、果たしてイルマ女史に備わっていたかどうか。
 それを考えると、どうにも疑問を禁じえない。

「私を覚えていることは期待できませんが・・・何かが警鐘を鳴らしています」

 冒険者としての勘なのか、アウロラの中の何かを疼かせている。
 目の前には当時の依頼の終点地、イルマ・スカラッティ女史の邸宅。
 どのように中へと通して貰うべきか決めかねている彼女が思案しているうちに、馬車の音が聞こえてきた。

(彼女ですね)

 アウロラは咄嗟に門に寄りかかって邸内を伺う振りをした。

「あら・・・あなた・・・?」

醜聞13

 こちらを覚えているかは相手の出方を伺わねばならない。アウロラは悪戯っぽく首を傾げてみせた。

「こんな質素な家に何か御用かしら?」
「いいえ、私は卑賤の画家でして」

 咄嗟のこととはいえ、あまり上出来でもない自分の言い訳に自嘲しながら彼女は言った。
 あの死体の傷跡を書き留めていたせいで、木炭は指に付いたままである。一応の説得力があるのは幸いであった。

「その純朴な様が気に止まりました。スケッチでもしようかと、ね」
「まあ!画家でいらしたのね。あなたの目を信じてお願いしたい事がございますの」
「藪睨みでもよければなんなりとおっしゃってください」

 イルマ女史によると、先日新しい絵を客間に飾ったはいいものの、どうにもしっくりこなくて悩んでいるところなのだそうだ。
 品評してほしい、という女史の申し出を快く受けると、アウロラは女史によって邸内へと招かれた。

「観て頂きたいのは・・・暖炉の右上にあるあの絵のことですわ」

 件の絵を指で示しつつ、彼女は「率直な感想を頂きたいのです」とのたまった。それは裸婦画だったのである。

醜聞14

 アウロラは少し考えてこう答えた。

「描きかけではないでしょうか?」
「なぜそう思われました?」
「淡いコントラストは右へ向かうほど濃くなり、人物へ影を落としています」

 だがその影は描かれていない。

「寄りかかったポーズも、その対象が暗示されていません。非常に抽象的であり・・・。そう、干からびた・・・いや」

 緋色の眉をひそめた。これと同じ表現方法を用いた覚えはなかったか・・・?

「まるで空っぽのような・・・」
「ふふ、面白い論評ですのね。とても参考になりましたわ」

 そう言うと、女子は暖炉の上にあった筆を右手に取り、空に筆を走らせた。

「その絵は私が描きましたの。先に言うと遠慮させてしまいますから、あえて伏せて聞かせて頂きましたわ」
「これは1本とられましたね」

 アウロラも筆を取り、真似て空に筆を走らせた。
 少し時間が経つと、アウロラは少し身震いした。そんな季節でもないのに――石造りの多い邸宅だからこその室温なのであろうか。
 隣にいるイルマ女史の服装はといえば、流行らしいシースルーのストールを纏うだけで、あまり温かい格好とはいえない。

「少し寒いでしょう。暖炉をおつけしましょう」
「いいえ、構いませんわ。それよりも・・・」

 言いかけた言葉は宙に浮いた。無粋なノックがかき消したのである。

「イルマ様、劇場へ行く時間でございます」
「・・・申し訳ございませんわ。次の舞台地へ移動しなくてはなりません」
「次はどちらまで?」
「アレトゥーザです」

 一ヵ月後にリューンへ戻る予定なのだという。
 また絵の品評をお願いしたいと申し出たイルマ女史に、アウロラは「ええ喜んで」と伝えて彼女を見送ることにした。
 引き止めてしまった礼だと言って、女史は黒く大きなケースを抱えて戻ってきた。

「こちらをお持ちになって下さい」

 そう言って引き出されたのは、上等な木を使ったであろうチェロである。

「驕奢はお断りですよ。飯の種にしかできません」
「構いません、私の気持ちの問題ですのよ。雄渾な品評代とお思いになって」
「そう言われては、どんな言葉も返す力がございませんね」

 アウロラはもったいぶって受け取った。
 良い絵が描けたらぜひ自分に見せて欲しい――そう言って身を翻した女史へ、アウロラは一つだけ訊ねた。

「お手の方、右利きですか?」

醜聞15

「・・・・・・?ええ、右利きです」

 イルマ女史は、一瞬訳が分からないといった顔つきになったが、ようよう答えを口にした。
 答えを聞いたアウロラは、慇懃に礼をしてみせた。

「誇り高き女優の花道に幸多き事を。それでは私もこれで」

2013/05/08 05:11 [edit]

category: 木の葉通りの醜聞

tb: --   cm: 0

Wed.

木の葉通りの醜聞 3  

 現在、”金狼の牙”は騎士団員ロレンツィオに招聘され、木の葉通りを訪れていた。

「これで6人目だ・・・」

 哀れな変死体の数がまた増えてしまった、と若き騎士団員は臍を噛んでいる。
 冒険者たちは目の前の「元人間」へと視線を転じた。
 なるほど、これは噂どおりの変死体である。
 体中の水分という水分を抜かれ、ミイラをさらに干し物にしたような見事な出来栄えだ。

「現場は?」

 アウロラの短い問いに、ロレンツィオはきびきびと答えた。

「発見されてから一切触れられていない状態だ。野次馬が入らないよう、一時通りは封鎖してある」
「上出来です。・・・・・・エディン」
「あいよ」

 エディンは常の眠たげな双眸を鋭くして変死体を観察する。
 服装・体格からしてこれは女性・・・指輪や機工式ブローチ等の装飾品が付いたままとなっている。

「お金目当ての線ではなさそう」

 仲間の盗賊の指摘でアクセサリーを観察していたギルが言った。
 近頃、エセルにプレゼントする装飾品をあれこれ見ていたので、目が一時的に肥えているのだ。その彼の基準からすると、特にブローチ等は高く売れるはずの品であった。

「それと・・・一見、干からびていてただの皺に見えますが首筋に傷がありますよ」

 アウロラは、この哀れな女性の長く美しかったであろうブロンドの髪をついと持ち上げ、その首筋を仲間へ見せる。
 赤褐色の目を細めてアレクが呟く。

「ほぅ。何かに噛み付かれたような傷跡に見えなくもないな・・・」
「やはり吸血鬼の仕業か・・・?」

醜聞09

 顔を強張らせたエディンに、アウロラは首を横に振ってみせた。

「いえ。その割に血の抜かれ方が奇妙です」
「新種かもしれねえだろ」
「ええ・・・断定はまだできません。それとこの傷跡は独特の形を成しているようです。少し調べてみるべきでしょう」

 ミナスが背負っていた荷物から、素早く羊皮紙と木炭をアウロラへ手渡した。
 それを受け取ったアウロラが、手早く模写を取りながら干からびた手も持ち上げてみる。

「軽い、まるで羽の様・・・!外見上は干からびていますが、『空っぽ』という表現のほうが相応しいかもしれませんね」
「どれどれ?・・・ハーン、確かにね。それにしてもこのストール・・・」

 リューンで最近流行のやつよね、と緑色の透ける布を拾い上げたジーニが、しげしげと見つめて言った。
 後ろではエディンが現場の足跡やなんらかの痕跡が無いか、丁寧に再調査をしている。
 やがて、変死体は騎士団員により検死官の元へ送られて行った。

「さて、この可哀相な娼婦について詳しく教えて貰いましょう」

 静かなアウロラの台詞に、ロレンツィオは目を丸めた。

「な、何故娼婦と知っている・・・?」
「少し演鐸しただけです。下着は安物ですが化粧は濃く、装飾品は豪華でここは高級街」
「そんな女が爪を短くするのはね、平素家事もこなすからよ」

 丁寧にケアしている桜色に塗られた爪を、これ見よがしに騎士団員へ突きつけながらジーニが補足した。彼女は手が荒れるのを嫌がり、家事は一切やらない。
 アウロラはやや苦笑を閃かせながら首肯する。

「雇われる身分の者にしては、ずいぶん派手で偏った服装ですしね」
「いかにも・・・。被害者の名はラウラ・パリッラ。木の葉通りの一角にある館で高級娼婦として働いていたそうだ」
「それだけ情報があればお手柄ですよ。全ての事件には共通項が必ずあるはずです。項と項を結ぶ公式を見つけた時、全ての=(イコール)は犯人を提案する」

 ジーニが繊細な手を、ピエロのように冗談めかしてヒラヒラ動かしつつ言う。

「それを求めるには地道な行動というのが誰かさんの金言だったわ」

醜聞10

「ご名答!それでこそ”金狼の牙”です」

 アウロラは、分断作戦をすることを提案した。

「ああ同感だね。娼館となると、大勢で聞きに行く場所ではあるまい」

 もう少し踏み込んで言うと、子どものミナスを連れて聞き込みを行なうような場所ではない――発言者のアレクとしては、小さな一人前冒険者の心情を傷つけないよう言葉を選んだわけである。
 娼婦相手ということであれば、その手の商売の事情に通じているエディンが適役かと思われたが、彼は笑って否定した。

「高級娼婦相手だろ?俺よりは、お前さんが行った方が向こうも喋ると思うね」
「・・・・・・俺が?乗り気はしないんだが・・・」

 きょとん、とした顔でアレクは自分を指差した。その懐から顔を覗かせている雪精トールが、不思議そうに顔を見上げている。

「お前さんぐらいの男前相手なら、女も安心すらァな。行ってこいよ」
「・・・・・・分かった」

 一人で調査に行くというアウロラと、渋々了承した態のアレクが静かにその場を去ると、ギルは残りの三名の仲間を見回して発言した。

「俺は他の被害者を当たってみようと思う」
「・・・・・・ギル、何はみ出してるの?」

 ミナスの指摘に、慌ててギルは自分のポケットを見やった。メモが挟まれている。
 ぴ、と紙を伸ばして目を通したギルは、呆気に取られたような顔になった。

「・・・・・・これは・・・また困った頼まれ事を残していったなぁ・・・」

醜聞11

2013/05/08 05:10 [edit]

category: 木の葉通りの醜聞

tb: --   cm: 0

Wed.

木の葉通りの醜聞 2  

 届いた資料によると、事件の概要はこういうことだったらしい。

 木の葉通り全域で起きている連続変死事件、死亡者は述べ5名。いずれも干からびた状態で遺体を発見されている。
 最大の特徴として、死亡者は皆体内から血や水分等を抜かれ、干からびて死んでいることである。体内の臓器もなくなっており、その死体はまさに「骨抜き」状態にあった。
 事件の起きる頻度にも規則性があると考えられ、およそ1月に1度事件を確認している。
 事件のあった現場の保存状態はいずれも良好。
 1・2件目は木の葉通りの貴族邸宅内。3件目は飲食店地下。4件目は倉庫として使われていた空屋敷。5件目は路上であった。
 5件目の被害者ホフマン氏以外には争った形跡や外傷は無く、現場での出血の痕跡なども確認はなされなかった。
 金銭や装飾品の類も身に付けたまま死亡。着衣等の乱れも無し。

(余計な苦しみを被害者に与えることもなく、物盗りの様子も無い。つまり、犯人の目的は明らかに被害者の体液そのものだけであった――ということですね。)

 手紙をめくりつつアウロラは一人頷いていた。
 最後のページは死体の検証結果についてである。
 被害者の死因は体液を抜かれたことによる失血と脱水。いずれも死亡推定時刻は夜中の2時~5時。発見された時点で遺体は干からびており、脱水と失血のどちらが先に起きたかの判別は不可能。
 被害者らには差し迫った持病等は無く、薬物の検出もされなかった。ただし路上で死亡していた5人目の被害者・ホフマン氏には前頭部打撲が見受けられた。
 彼女は丁寧に手紙を折りたたんだ。

(人の手による犯罪の動機は大抵3種類に大別される。金銭・怨恨・情事・・・どれも罪深いことです。人の性、という奴ですか。)

 だがここに提示されている資料だけでは、この事件を解決する突破口とはなりえない。

醜聞05

「それぞれ現場へ向かって話を聞かねばなりませんか」

 深くため息をついた時、部屋のドアがノックされる。

「・・・お入りなさい」

 だがアウロラには、この時間に部屋を叩く人物には大方察しがついていた。――ほかならぬ、アウロラを指名した依頼人である。
 皆で引き受けた騎士団員の依頼とは別口の仕事について、彼女が話を聞くつもりになったのは、いささかの事情あってのことだ。
 清々しい朝にも関わらず、神妙な面持ちでこちらを眺めやる依頼人に、アウロラは椅子を勧めて座るように指示した。
 礼を言って腰掛けた新たな依頼人は、おもむろに口を開いた。

「朝早くから失礼しました。私はマリーオ。アウロラ様へ極秘裏に依頼したく参りました」
「これはご丁寧に。養父からもあなたのお話を伺うよう、言伝を貰っております」

 アウロラの養父は聖北教会の司祭である。とはいうものの、ざっくばらんで気の置けない人物であり、妙なところで顔が広い。
 このマリーオ氏も、彼の数多い交友関係の一人に位置しているはずだが・・・。

「極秘裏とは・・・どういったご用件でしょう」
「口のほうは固いとお約束できますか?」
「そのつもりですが」

 そもそも、秘密を守れる冒険者でなければならないからこそ彼女を指名したのではないのか――そういった意味の視線で射抜かれたマリーオ氏は、眉間の皺をさらに深く刻みながらため息をついた。

「あるものを取り返して頂きたいのです」
「あるもの、ですか」
「私は外交官をしております。近く魔道都市カルバチアに大使として赴任することが急に決まったのです」

醜聞06

「これは、おめでとうございます。来月は式典と聞いてますよ」

 なんという皮肉か、偶然の一致か。
 先ごろの依頼で聞き及んだ情報を頭で反芻しながら、彼女はとりあえずの祝辞を述べた。

「しかし、困ったことがありましてな」

 依頼人は言い辛そうに言葉を濁していたが、覚悟を決めたのか思い切ったように話を続ける。

「私も若い頃はカルバチアで学生をしておりました。魔術はからっきしでしたが・・・それを利用した経済学を修めておりました」

 その時分は、魔術を金銭と結びつけて考えるというのは少しばかり斬新過ぎたらしい。
 今でこそ当たり前になりつつある話だが、当時のマリーオ氏は魔術を市民生活に広く受け入れてもらうためにも、と学生運動に参加していたという。

「しかし・・・私はリューンの大使になる身分です。他に私の名誉を後ろ暗くするどのような行いも、決して致してはおりません」
「はい」
「ただこの学生運動に所属していた諸々の事実が公に暴露されるのは、歴史上の醜聞となりかねません」

 訝しい顔をしたアウロラに、依頼人は己の所属していた学生運動について説明をした。曰く、経済学だけではなく錬金術や生物実験等・・・際どい分野も要する運動一派だったのである。

「つまり貴方にはその運動に参加した紛れもない証拠があるということですね」
「ええそうです。同じ運動をしていた学生にイルマという女性がおりました。イルマは聡明で明朗快活、男を命がけにさせる瓜実顔をもつまさに華のある女性でした」

 マリーオ氏はイルマ女史と親交を持ち、互いに切磋琢磨していた。ただ、互いに進むべき道が異なる為に卒業と同時に決別することにした・・・。

「その証として、学生運動の参加腕章と自筆の論文を交換しました。その、論文が依頼品です」
「問題ないでしょう。国家反逆の証拠として扱うには、強い力を持つものとは思えません」
「それが・・・私の書いた論文は・・・法の網を上手く潜る偽造sp硬貨の作成方法を著したものです」

 よりにもよって、端くれとはいえ聖職者の前でなんという告白であろうか。アウロラは苦虫を噛み潰したような表情を、わざとらしくしてみせた。

「なるほど。それはマズイですね。実にマズイ論文ですよ。だがしらを切れば良いのでは?」
「自筆ですから筆跡で分かりましょう」
「模倣と言い張れば・・・」
「それに学院内でしか使われない透かしの入った紙を使いました」

 若き日の過ちとはいえ、真に厄介なことをしたものだ。
 アウロラはもはや面倒になって単語を口に乗せる。

「偽造」
「シグニチュア(サイン)に私本人に反応するインプを契約しています」

醜聞07

「チェックメイト。使い魔ばかりは手に負えません」

 額に手を当てたアウロラを恐る恐る窺いながら、マリーオ氏は話を結んだ。

「今回の依頼は、その論文を彼女から取り返して頂くことです」

(義父さん・・・。義父さんの人間関係とやらは、1度見直すべきだと不肖の娘からも思わざるを得ませんよ・・・・・・っ!)

 遥か遠い目をしながら、アウロラはそう養父に頭の中で忠告した。
 マリーオ氏の言によると、不可思議なことにイルマ女史は彼の論文返却についての手紙に、

『人違いではないか、手紙は見なかったことにするから忘れなさい』

というような事を書いて返送してきたらしい。おまけに、「貴方のことなんて知りません存じません」の一点張りということだ。
 論文を交換した相手が人違いではないことは確か。とすれば、マリーオ氏に推測(邪推の域だが)出来るのは、イルマ女史が彼を貶めようとしているのか。それとも彼女が何らかの陰謀に関与してしまっているのか。
 大変情けない上に、聖職者になんてことを頼むのかという仕事ではある。
 これはどちらかというと、エディンのような職業の者に頼むものではないだろうか。
 だが、世の中には浮世の義理という言葉もあり――何より、ささやかな好奇心が疼いた。
 依頼を受けると口にしたアウロラに、マリーオは歓喜した。
 礼よりも先にイルマ女史のことを詳しく知りたい、と問われたマリーオ氏は、少々早口になって問題の人物について語った。

「名はイルマ・スカルラッティ。半年前から名の馳せてきた女優です」

 当時は質実剛健の権化と表現足るに相応しい淑女であったため、大変驚いたという。

「ところで、貴方が手紙を送り始めたのはいつからですか?」
「一ヶ月前からです」
「なるほど・・・では、彼女の住所などもお聞かせ願えますね」
「ええ。木の葉通りの中ほどにある閑静な二階建ての屋敷ですよ」

 メモを取ることもなく、それを頭に叩き込んだアウロラは小さく首を縦に振った。

「結構。進展があればお知らせできましょう」
「どうかよろしくお願いします。それでは私はこれで」
「事は重大極めましょう、気を楽にもつことです」

醜聞08

 依頼を引き受けてもらった反動からか、やや強張っていた表情筋を和らげたマリーオ氏は、前金として1000spの入った皮袋を彼女に手渡した。

2013/05/08 05:09 [edit]

category: 木の葉通りの醜聞

tb: --   cm: 0

Wed.

木の葉通りの醜聞 1  

 ここは≪狼の隠れ家≫――。
 今日も不可解な謎と私情を抱えた依頼人が戸を叩きに来る。

 地図作製組合から教わった秘境にて、見事に古代文明期の遺産を漁りつくした後。
 世捨ての集落といわれる辺境の村でマジックアイテムの魔力充填を行い、希望の都フォーチュン=ベルにて≪魔法薬≫と≪解毒剤≫の練成を済ませて3ヶ月ぶりにリューンへ帰還した”金狼の牙”たち。

醜聞01
醜聞02

 彼らは、つい1刻ほど前までのんびりと過ごしていたはずだった。
 その平穏が破られたのは、とある手紙が元であった。
 後光を背負う十字という独特の封蝋――聖北教会の関係者を示す印である。
 宿の親父さんはわざわざ個室を用意して、人目を避けるようにして現れた依頼人を”金狼の牙”たちと引き合わせた。

「さて・・・。いきなりだが本題へ入ろう」
「ええ、結構よ」

醜聞03

 ジーニは鷹揚に頷いた。
 依頼人は騎士風の出で立ちをしており、まだ年は若いが凛とした雰囲気を漂わせている。
 それもそのはず、彼は聖北騎士団の治安維持派に属するものであった。
 互いの自己紹介を終えた後、依頼人――ロレンツィオに対し、アレクが声をかける。

「とりあえず椅子の方へどうぞ」
「いや、このままで結構」

 ロレンツィオは手を振って断った。
 そういった何気ない振る舞いや鎧の装飾に見られる、年不相応な威厳・・・アウロラはこの依頼人が高い地位の人物であることに気がついた。
 背筋をしゃんと伸ばしたまま、彼は口を開く。

「貴殿らもご存知かと思うが、ここ最近木の葉通りで変死体が相次いで見つかっている」

 杖の髑髏を無意識に指で撫でつつ、ジーニが応じた。

「ええ。ここへ騎士団が来るならこの件だと思っていたわ」

 木の葉通りの連続変死事件――。
 ここ半年、リューン市内で話題になっている事件である。
 木の葉通りはいわずと知れた高級住宅街なのだが、そこで1ヵ月に1度決まって死人が出るというのだ。貴族を狙った物盗りか怨恨絡みのよくある事件だと誰もが思った。
 だが一つ不可解な点があった。
 ・・・・・・遺体の変容である。
 被害者らは決まって彼ら自身の体液を抜かれて死んでいたのだ。
 これがこの凡庸な殺人事件を、にわかに奇妙頂礼な醜聞へと変貌を遂げさせた。

「犯人は吸血鬼ではないかと風評立った事件だ。承知のとおり解決はしていない」
「そこまではあたしたちが聞いていたとおり、ね」
「認めたくはないが。この件には人ならざる特異な存在の気配を感じてならない・・・」

 呻くようにロレンツィオが言った。
 ギルが手袋を外したままの手で頬杖をつきながら問う。

「同感だねぇ・・・で、何をしたらいいのかな?」
「ずばり解決だ。報酬は2000sp。生け捕れば倍出そう」

 アウロラはやや眉を上げた。

(亡霊や亡者は払えども吸血鬼を専門にした騎士が居ないのですね。ええ、ええ。実に興味深い)

 それに気づいた様子もなく、依頼人は「実は・・・」と話を切り出した。
 来月、魔導都市カルバチアで各都市の大使が入れ替わる際に、大規模な式典が行われるらしい。

「我々はもとより・・・有能な騎士団員の多くはその式典の警護にあたるはずだ。式典が終わるまでの間でも構わない。”金狼の牙”の力をぜひともお借りしたいのだ」

 ちらり、とギルが仲間たちを見やった。
 実力と仕事内容に見合ったらしい報酬、一応の拘束期間、聖北騎士団というはっきりとした依頼元・・・依頼を受けるのに異を唱えるような要素はないはずだ。
 案の定、他の仲間たちからは「止めろ」という意味を込めた目配せは一切来ない。ならば良かろうと、ギルは首肯した。

「分かった。その仕事引き受けよう」
「おお・・・ありがとう。教会の検死記録や報告書の閲覧を許そう。いつでも見に来るといい」

 その言葉の後、騎士団員ロレンツィオは神経質そうに暖炉の周りを往復していたが、何かを思いついたらしく立ち止まった。

「すぐに連絡が付くよう≪狼の隠れ家≫付きの伝令兵を置こう。紙面には代表者の名前を書かせて頂きたいがどなただね?」
「伝令とか面倒くさいな・・・アウロラ、頼む」
「ギル、あなたねえ・・・ま、いいです。分かりましたよ。ロレンツィオさん、私にお願いします」
「了解した。チームの時も個人の時も連絡は全てアウロラ氏名義でお送りする」

 依頼人はすかさず取り出したメモに、アウロラの名前を書き付ける。
 優美な白い羽ペンと凝った装飾の携帯インク壺は、恐らく≪狼の隠れ家≫の一晩の宿代などよりもよほど高価なのだろうと、エディンは見当をつけた。

「引き受けてくれて感謝する。その馳せた盛名通りの顛末を期待させて頂こう」
「手は尽くしましょう」

醜聞04

 ロレンツィオの期待の言葉に、

(私たちの手に負える相手と決まったわけでもないのですが・・・)

と内心苦笑しつつも、アウロラはそう言うに留めた。

 翌朝。
 騎士団から届いた手紙は、ピクルス紙に丁寧な文字で綴られていた。
 「木の葉通り連続変死事件 聖北騎士団自警部 内部資料」と。

2013/05/08 04:35 [edit]

category: 木の葉通りの醜聞

tb: --   cm: 0

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

カレンダー

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

辺境に足を運んだ方の人数

▲Page top