Thu.

スティープルチェイサー 2  

 マートウ家の競走馬、ハセオは鹿毛で、足ががっしりとした馬だった。
 大きな黒目が、厩の薄暗がりの中で静かに輝いている。
 逞しく、美しい馬だった。

「俺に乗りこなせるもんかねえ・・・・・・」
「しっかりしてくださいよ、エディン。リューンの街中にかけては、あなた以上によく知ってる人なんて私たちの中にはいないのですから」

 ハセオの美しさに半ば飲まれながらも、そう言って頭をかきながら苦笑するエディンに、アウロラは発破を掛けた。
 バタン、というドアの閉まる音がして、席を外していたジーニが≪死霊術士の杖≫を適当に振り回しながら戻ってくる。

「ただいま。依頼人のマートウさんから、スティープルチェイスについて、さらに話を聞いて来たわ」
「わー、ご苦労さま」

 ミナスは自分が食べていた人参入りマフィンを二つに割り、大きく割れた歯形のない方を彼女へと手渡した。純粋な労いのつもりらしい。
 それをちょっと照れつつ受け取ったジーニは、「ゴホン」と空咳をしてから改まった口調で切り出した。

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「えー、冒険者たる皆さん。依頼を受ける以上は、ベストを尽くしたいものよねえ」
「ん?ずいぶん意気込んでるな。最初はしぶっていたくせに」

 アレクは不思議そうである。ソウに依頼を諦めさせるかのような発言をしていたのを、彼が止めようとしたのだから無理もないだろう。
 その横で、にやりとエディンが笑う。

「こんな不利な条件で、勝ちに行く秘策でもあったか」
「秘策という程のものではないけど、いくつか面白い話を聞けたわ。皆、ちょっと聞いてくれる?」
「何々?」

 こういう悪巧みの雰囲気が決して嫌いではないギルが身を乗り出した。
 どっかりと腰をおろしたジーニが、くるくると杖の髑髏で円を描きながら口を開く。

「まず。このレースって出発地点は決まってるんだけど、目的地である聖北教会までは、どんなコースを選んでもいいの。ルート取りの裁量も競技の内、・・・という訳ね」
「へえ」

 エディンが顎に手をやった。

「そして、出発地点がどこなのかは、レース当日まで選手に知らされない。選手は、とっさの対応が求められるの」

 杖の髑髏が、二回床を叩いた。

「・・・この二点を聞いた時に、少し突破口が見えたの。もしかしたらこの要素は、こちらの味方に出来るかもしれない」
「・・・・・・コースがきっちりしているレースだったら、どう考えても素人に勝ち目はないからな。けっこう野性的な競技なんだな」

 ジーニが何を言わんとしているのかを薄々察したアレクは首肯する。

「それから、出発地点は伏せられているものの、コースの全長は3km程度という目安があるの」
「全速力の馬だったら、ものの数分の勝負なんでしょうね」
「そうなのよ!さっすがアウロラ、よく気づいたわね!」
「え、えーと。つまりさ、どういうこと?」

 戸惑っているギルに「いい?」と言ってジーニが人差し指をぴっと立てた。

「この程度の短距離なら・・・たとえ当日まで全容が分からないコースであっても、何らかの形で、レースに出ないメンバーが、騎手をフォローできる可能性があるの」
「フォローねえ」

 苦く笑ったエディンの隣に、ちんまりと座っていたミナスが挙手した。

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「はーい。他の選手を、根こそぎ罠にかける」
「・・・・・・・・・・・・ギルバート。アンタの影響じゃないの、これ」
「や、その・・・・・・それはダメだぞ、ミナス。うん」
「・・・すみません」

 あっさり下がった小さな頭をぽん、と軽く叩いてから、ジーニは言った。

「ライバルに直に手を下す訳にはいかないけど、間接的な手助けなら、チャンスがあるかもしれない」
「うーん、なるほど。やり方次第では、トンビが揚げじゃがをさらう・・・なんて展開が・・・」

 左手を顎に添えて考え込んだアレクに、ジーニは含み笑いで答えた。

「フフフ。あるいは」

 そして、すっと背筋を伸ばして仲間たちを見渡す。

「ねえ、みんな。依頼人は、勝ち負けよりもレースに出場さえしたらそれで満足、という節があるけど・・・それに甘んじているだけなんて、退屈だとは思わない?」
「・・・この条件で、勝ちに行くって言うのか?」
「ええ。冒険者流でね」
「言ってくれるじゃないか」

 大人コンビのやり取りに、ふっとアウロラも口を緩めた。

「へえ。面白くなってきましたね」
「どっちにしても、分の悪い賭けに変わりはないがな」
「そこはまあ、望むところ、と言うやつですよ」

 あくまで悲観的な考えを引きずっているアレクに、アウロラは不敵な表情で微笑む。
 そこまで言われてやる気がやっと出てきたのか、

「まぁ・・・な」

と彼までもがやっと身を入れて話を聞く体勢に入った。

「よし、さすが”金狼の牙”。そう来なくちゃね・・・じゃあ、騎手は当日までひたすら乗馬に専念してね」

 乗りこなすのが依頼達成の最低条件である。
 エディンは小さく首を縦に振り、「了解」とだけつぶやいた。

「さぁ、残りは情報収集よ。地道よ。覚悟してね」
「他の選手の情報とか、レース主催元に問い合わせたり?」

 イマイチ、どんな風に情報を集めるつもりか分かっていないミナスが、小首を傾げてジーニに訊ねる。
 ひらひらと白い繊手を動かして、

「そこはざっと抑える程度でいいわ。どうせまともにやり合う気は無いんだから」

と彼女は言った。
 では何を調べるのだろう、と目を丸くしている小さなエルフの眼前に、何も書かれていない羊皮紙を一枚広げる。

「地形情報よ。リューン半径3kmの地形情報を、徹底的に集めるの。さらに手分けして現地に赴き、自分達の目で現状を確認するのよ」

 そう話しながら、ジーニは羊皮紙の真中に小さくリューンと綴り、羽ペンの羽のほうでくるりとその周りを撫でてみせた。

「うへー。本気?」
「そうすれば、当日の作戦に幅が出るし、使われそうなコースの候補も浮かび上がって来るはずよ」
「・・・なるほど・・・」
「地道で大変な作業だけど、地図を過信したら駄目。半径3kmなら、手分けをすればきっと出来る」

 やっと納得の言ったらしいミナスが、ふうと息をついてつぶやいた。

「・・・了解。地図ってやつが言うほど当てにならないものだってのは、嫌になるほど知ってるから」

 どうやら、亜麻色の頭の中にはあの地図作製組合の主任の顔がちらついているらしい。その人物もまた、地図の正確さに血道をあげているのである。
 今までの作戦のおさらいが終わった後、ジーニはきっと眦を上げて確認する。

「当日は、メンバーみんなでスタート地点に向かうわよ。行き当たりばったりだけど、この限られた期間、素人が勝負できる可能性に、全力を尽くしましょ」

 そこで、彼女はトン、と杖の髑髏で自分のことを指した。

「・・・みんな、ついて来てもらうわよ。冒険者のお手並みってやつを見せてやろうじゃない」

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2013/03/07 18:01 [edit]

category: スティープルチェイサー

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Thu.

スティープルチェイサー 1  

 それは、一週間前のこと。
 事の発端は、りんごの木箱と一緒にドカドカっとやって来たのだった――。

 その日の”金狼の牙”たちは、久々に≪狼の隠れ家≫に帰ってきていた。
 『月姫の祭』を終えた後、ミナスの氏族の手がかりを求めて深緑都市ロスウェルの方へ訪れ、その後、新しい呪文書を仕入れたいと主張するジーニに負けて、世捨ての集落にまで足を伸ばしていたのである。
 実に、2ヶ月近くかかった旅であった。
 今は、ミナスが自分の夢から引っ張り出してきた青年・シエテとミナス自身が、アウロラとアレクから数学やリューンの歴史などについて学んでいる。
 そんな真摯な勉強の場になっているテーブルの横では、だらしなく卓に足を上げたエディンや、妙に気楽な表情のギル、口をへの字に結んだジーニの三人が、カードゲームに興じていた。

「チェンジ2枚。リーダーは?」
「俺はチェンジなし。ジーニ・・・?」
「うー・・・3枚。くうう、御魂食いとポーカーやった時は、もっと手札回り良かったのに・・・!」

 歯噛みしながらカードを交換するジーニの視界の端に、親父さんと談笑する初老の女性の姿が映った。
 彼女は商品であるりんごの木箱を運んできた後、カウンターで親父さんの出した茶を片手に、なにやら相談事をしているらしい。
 競技馬の引き取り手がどう、と言っているが・・・・・・。

(まあ、大きな成功をした冒険者ならともかく、あたしたち程度で馬を飼って維持するなんてまだまだよねー)

 そう思いながら手元に取ってきたカードを確かめると、同じ数字が3つ並んでいた。

(悪くない!9のスリーカード!)

 大きく鼻を膨らませてカードをオープンしたのだが――。

「悪ぃな、ジーニ、リーダー。フルハウスな」

 一番かったるそうにしていたエディンが差し出してきたのは、JのスリーカードとQのツーペアの組み合わせである。

「ちぇー。ちょっと数字が弱いけど、ストレート組めたのになあ」
「・・・・・・ちょっとなんなのあんたたち。本当相手にしたくないわね・・・」

 ジーニが頭を抱えたその時、カウンターから「スティープルチェイス」という単語が耳に飛び込んできた。

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 優勝すれば銀貨3000枚――リューン市内に定められたどこかのゴールまで、馬で走りぬくその競技の事はジーニも知っていた。
 
「・・・・・・、主人も、あの子も、毎日練習を重ねて・・・・・・。出たかったでしょうね」
「心残り・・・・・・・・・でも、騎手を雇うお金も・・・・・・」
「・・・・・・仕方ない。生きてりゃこんな事・・・・・・」

 切れ切れに聞こえてくる女性の話からすると、スティープルチェイスに彼女の夫が出る予定だったらしい。
 しかし、その夫が亡くなり代理の騎手もいないので已む無く辞退、馬すらも手放す――という話らしかった。
 突然、話をしていたはずの親父さんがひょいとこちらを見やって、片目を瞑ってみせる。

「・・・という訳なのだよ君たち」
「・・・・・・親父さん、あたしたちの様子を確認しながらしゃべってたわね」
「えー、マジ?趣味悪ぃ・・・」
「黙れギル」

 とりあえず詳しい話をするから来いと親父さんから手招きされ、最初は、

「・・・ん?一体誰のことを言ってるのだろうね、アウロラ」
「さあてねえ。娘さんなら奥じゃないですか」

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等と言ってばっくれようとしていたアレクとアウロラだったが、渋い顔になった親父さんを見て仕方ないという気になったのだろうか――勉強道具を片付けて、カウンターへと合流した。
  
「出てみないか、スティープルチェイス。馬はある。騎手はお前らから選べ」
「えええーーーーー!!」
「えええーーーーー!!」

 ジーニと馬の事を話していた女性が、異口同音に抗議の声をあげた。

「お、親父さん。ちょっとちょっと。わたしはそんな・・・」
「ソウ。どうせ馬を売る気なら、最後にやってみたらどうだ。大丈夫、こいつらはこう見えても、やる時はやるんだぜ。どうせ暇だし」
「・・・確かについさっきまで、半数は自堕落にポーカーしてましたけどね」

 ぼそりとアウロラがつっこんだ。

「こう見えてって、どう見てるのよ。いきなり随分な話じゃないの」
「しかも暇人呼ばわりしたぞ。失敬な」

とギルが付け加えた。
 しかし親父さんは怯む色も見せず、「おいおい」と手を振って彼らにこう言った。

「買ったら3000spだぞ?ソウが9で、お前らが1としても取り分300sp!うわっ!ヤバいなそれ。揚げじゃが食い放題じゃないか。わしとエセル、張り切って揚げるよ!」
「いえ、その、300sp分はちょっと食べる自信がありません・・・」
「いやいや。その前に取り分がおかしい」

 アレクがようやっと口を開いたが、その後ですぐジーニに「論点そこじゃないでしょ!」と言われた。

「親父さん。気持ちは分かるけど、適当な事を言うものじゃないわ。仮にも賞金のかかったレースなのよ」
「全員、馬には乗れるだろ?」
「そりゃ馬に乗れない事は無いけど、スティープルチェイスが冒険者の付け焼刃で歯が立つ程、甘い世界とは思えないわ」
「えーと・・・そもそも、スティープルチェイスって何だ?」

 元々、リューンではなく田舎育ちのギルが疑問を口にし、その横でミナスとシエテも首を横に傾げていた。

「Steeple Chase、野外騎乗レースよ。スタート地点から、教会などの尖塔(Steeple)をゴールとして追う(Chase)のでこの名で呼ばれているらしいわ」
「ふーん・・・」
「大体郊外からスタートして、教会がゴールになる事が多いみたい。ま、何年か前に賢者の塔がゴールになったことあったから、あたしも知ってるんだけどね」

 そこまでジーニが仲間に説明するのを聞いて、ソウ、と呼ばれていた女性が感嘆の声を発する。

「・・・ええ、その通りよ!よくご存知ね!」

 ソウによると、郊外のみで行なわれるレースと言うのはちょくちょく開かれているものの、郊外からリューンに入るレースと言うのは年に一回だけ。それがスティープルチェイスなのだという。
 ジーニもそこで肩をすくめた。

「ま、大通りの規制なんて、そう気軽に掛けられるもんじゃ無いでしょうしね」

 しばしその様子を見ていたソウが、おもむろに口を開いた。

「・・・・・・親父さん」
「何だ?」
「・・・あなたに言われて、ハッとしたわ。私、本当はやってみたいと思ってる」
「そうか」

 親父さんが、いつもの厳しげな表情からちょっとだけ力を抜いた。彼と付き合いが長い者であれば、それがソウを案じていた彼の安堵であると容易に察しただろう。
 ソウは言葉を続ける。

「最後になるかもしれないなら、やってみたい。冒険者のあなた達に、お願いしたい」
「ちょ、ちょっと。落ち着いてくれ、おばさん。さっきの話聞いてなかったのか?」

 急いでエディンが諌めようとする。

「そりゃ、落ち着いてないわ」
「ええー」

 あっさりと予想外の返事をしたソウに、ギルが間抜けな声を発した。

「でも大丈夫、ちゃんと考えてる。わたしはあの子の走る姿を、もう一度見たいの」
「ええまあ、心情はお察ししますけど・・・」

 ミナスが困り眉になって見上げてくるのにそっと笑いかけ、彼女はしゃんと背筋を伸ばして”金狼の牙”たちへ向き直った。

「もちろん、正式に依頼致しますわ。改めまして。マートウ果実店を営んでおります、ソウ・マートウと申します」

 ぎゅ、と≪狼の隠れ家≫まで木箱を抱えてきた手を、きつく握り締めている。その緊張具合を見て取ったアウロラが、気遣わしげな顔つきになった。

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「亡き主人に代わり、競技馬ハセオの代理騎手として、一週間後の馬術障害物レース、スティープルチェイスに出て下さい」

 スティープルチェイスにおけるレース賞金は、三位まで。
 三位以内であれば賞金の半分を報酬として支払うという。

「一位が3000sp、二位が2000sp、三位が1500sp。以上の半額。四位以下でも・・・そうね、300sp出します」

 エディンの眠たげだった目が、仕事への意欲から徐々に煌いている。

「レースの参加費やその他経費は?」
「こちらで持ちます。どうかしら」
「・・・四位以下なら、馬を手放して支払う気ね」

 ジーニが鋭く言った台詞に、ソウはにこりと笑って頷いた。

「・・・ええ。でも、レースに出ないなら否応なく手放すのだから、気にしないで走って下さい」
「依頼の概要は分かったわ」

 ジーニが腰に手を当ててソウに言う。

「あなたは親父さんの知り合いなので、あえて率直に言わせて貰うわね。マートウさん、多少厳しくても、その条件で専門の騎手に依頼をかけた方がいいと思うわ」

 ここでちょっと言葉を切り、彼女は唇の右端をきゅっと吊り上げた。

「それでも、我々に依頼したいと?」
「・・・・・・・・・。正直、勝ち負けはいいの。親父さんが薦めてくれたあなた達に、走って貰いたいと思ったの。・・・それだけよ」
「本当に分かってる?冒険者は専門の騎手ではない。あなたの愛馬に、必ずしも最善の扱いをする保障は出来ない」
「おい、ジーニ・・・・・・」

 流石に依頼者が気の毒になったアレクが口を挟もうとしたが、エディンに手で制されて止める。
 言ってる事は概ね正しい。しかし、それでも言い方話し方というものがある。ジーニは高慢で過激でひねくれている為に、しばしば毒舌になる傾向が強かった。
 そもそも、報酬や依頼内容の詳細ならともかく、こういった交渉事をジーニだけに任せるとろくなことにならないのである。
 それを承知で、なぜ彼女にあえて交渉を任せたのか、アレクにはまだ分からない。

「それを踏まえた上でなお、我々に依頼をしたいと?」
「いえむしろ、本当の騎手ではないからいいの」
「それは、どういう事?」
「きっと、普通の騎手に頼んでも、それなりの結果しか得られないわ。それでは、出る意味がないの」

 ソウはもどかしげに頭を振ってから言った。

「それは、上手く言えないけど、順位の事ではなくて・・・冒険者のやり方で走って欲しいの」
「・・・よく分からないけど、我々の、騎手とは違う要素をこそ、求めているという事?」

 ふむ、とよく手入れされた爪の目立つ人差し指を頬に当てながら、ジーニは問いかける。

「ええ。それにね。どんなにすごい騎手を雇おうが、何か起こる時は起こるもの。例え騎手が主人であったとしても、その事は変わらないわ。だからその点も気にしないで」

 どうかお願いします、とソウに頭を下げられ、一同は無言になった。
 そしてしばしの話し合いの結果――。

2013/03/07 18:00 [edit]

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