Thu.

ファレンの騎士 7  

「・・・久しぶりだわ、ここへ来るの・・・近いはずなのにね・・・」

 すでに空はばら色から濃紺へと姿を変えようとしていた。ミリアは静かに海を眺めている・・・。

「・・・・・・ここは・・・きょこうなの?」
「いいえ。そんなことないわ」
「それじゃどうして・・・」
「貧しい家に生まれた女にとって、ここはありがたい勤め先だもの。・・・私の母も、そうだった」
「・・・・・・」

 潮風が心地よいと目を細める美女は、どこか物憂げな様子で夕陽色に染まっていた。

「わたし、ここがとても好きだわ」
「・・・」
「出航する船を見送りながら、夜までずっとこうしていたっけ」

 ひょっとしたら、とミナスは思う。
 この女性もまた、ウネのように待っている人がいるのだろうか。港から出発した誰かを待っていたりするんだろうか。

「一緒に連れてって、なんて泣いたこともあったけど」

 今はこうしているのもいいかしらって思うのよ、と彼女は綺麗に微笑んだ。

「・・・どうしてわたしがお店を開いたかわかる?」
「・・・・・・?」
「昔、好きな人がいた。彼は酔っ払って、私に言ったの。いつか大物になって迎えに来る」
「・・・プロポーズ?」
「酔っ払いの言うことなんてたいてい嘘や見栄が多いの。下心なんて女はお見通しよ」

 からかうように、ちょんと額をつつかれる。

「・・・でもそのときは。誰かの将来に、たとえ夢でも自分がいるかもしれないって、それだけで嬉しかった」
「・・・女心って難しい・・・」

 彼女は言う。誰もが酒場では、昼と違う自分を演じたいのだと。

「酒に酔うなら家でもできるわ。家庭なら、愛する奥さんがいて、かわいい子供がいて・・・でも、それでもお店に来るのは」
「来るのは?」
「酔って自分を演じることで、夢をそっとかたちにするの。いつか真実になるかもしれない。夜の夢は、夜だから美しい」
「夜の・・・だから宵の夢亭なんだね」
「・・・だからときどきこう思うの。たとえ誰かに蔑まれても、誰かを癒してるかもしれないって」
「・・・」
「自分を支える糧になることもあるから」
「・・・でも・・・それじゃ、ミリアさんが・・・かわいそう」

 くしゃりとミナスの顔が歪んだ。
 今までこらえてきた涙の全部が、目に集まってきたようだった。小さな頬に水晶のような滴が零れ落ちるのを拭いながら、ミリアはただ静かに「大丈夫。かわいい小さな紳士がそばにいるわ・・・」と言った。
 二人は手を繋いで店に戻った。もう開店の時間が近づいている。
 2回目の手伝いで、ミナスは不思議な再会を果たした。相手はライラックに着いたばかりの時、姉だと言って衛視を誤魔化してくれた女性である。ミリアと話し込んだあと放心していた彼女に、恩人の様子がどうしても気にかかったミナスは事情を聞きだした。

「・・・昔、父が親しい人をお招きして、ささやかな酒宴を催したことがございます」

 その酒宴の際、大金の入った財布を置いていった客人があり、彼女の父は濡れ衣であるにも関わらず、盗人の烙印を押されたまま亡くなったという。彼女は汚名を雪ぎたい一心で生きてきたと言うが・・・・・・。

「・・・今更、謝罪されたところで、私は・・・どうすれば・・・」

 そういってさめざめと泣く彼女――宵の夢亭に身を売ったルイゼに、すでに帰る場所はないのだ。
 自分の代わりにどうかその人を斬って欲しいと縋られ、剣を差し出されたミナスだったが、受け取ることはしなかった。
 裁くのは、自分の役割ではない。彼自身の神様が裁くことである。
 落胆したルイゼだったが、せめて手紙を届けて欲しいと頼まれてミナスは頷いた・・・・・・・・・。

「・・・・・・手紙は・・・ここで渡すのか」

 ライラックの外、道標のある道の途中でミナスは足を止めた。
 道の向こうから誰かがやってくる。

「ミナス殿・・・」
「あれ?修行はいいの?」

 現われたのはテニオスだった。ぎこちなく頷くテニオスに、ミナスは「そうだ」と切り出した。

「謝らなくちゃ。テニオスさんの依頼の途中なのに、ちょっと手紙を頼まれてさ」
「・・・・・・あ、いいえ・・・」
「すぐ終わるから待っててね。ここで待ち合わせのはずなんだ」
「・・・・・・」

 すると、程なく足音が聞こえてきた。
 ミナスが振り返ると、前髪を真ん中分けにした若い男性が、ピンクの花束を持って立っていた。
 男性はミナスを小さいと侮る様子もなく、慇懃に礼をして言う。

「お尋ねいたしますが、この宿への道をご存知でしょうか?」
「・・・なになに、宵の夢亭・・・って、もしかしてルイゼさんに用事があるの?」

 男性は、酒に弱くて相手の名前を忘れてしまったと苦い顔で頭をかく。
 あれ、おかしいぞとミナスは首を捻った。どうにも話がかみ合わない。

「一見の客を慕ってくれるとは・・・早く彼女にこの花を届けましょう」

 先を急ぐので失礼と去った男性を、ミナスはぽかんと口を開けて見送った。確か、一見の客を待ってると、ドレスを着て笑顔を作っていた女性がいる。

「・・・・・・人違い・・・か・・・」
「・・・ミナス殿・・・」
「ああ、ごめんね。違っちゃった。なかなか来ないね・・・」

 二人はじっとその道に佇んでいた。
 沈黙に耐え切れなくなったミナスが「どうしたの?」と問いかけると、テニオスは妙に白茶けた顔で口を開いた。

「・・・私はあなたに、話さねばならないことがあります・・・昔、犯した罪・・・」
「・・・それじゃ・・・もしかして、ルイゼさんに手紙を出したのは・・・」
「・・・ルイゼ殿にお聞きと言うことはすべてをご存知なのですね・・・」

 テニオスは静かに語り始めた。ルイゼの父・バレンに招かれ、そこで寄付金の袋を紛失したこと。己の責任の重さに耐えかね、ついバレンにあらぬ疑いをかけたこと。

「・・・その後、バレン殿の家庭がどうなったか、改めて言いますまい」

 ミナスは預かった手紙をまるでナイフのようにテニオスの腹部に押し付けた。
 それを素早く読んだテニオスは嘆息した、忌まわしい仕事を続けているのか・・・と。

「忌まわしい仕事?」
「ええ、神に背く卑しい仕事です・・・」
「それ・・・まさか・・・本気で言ってるの?」
「当然ではありませんか。清らかな乙女を毒沼に突き落とすに等しい行為です」

 ミナスの噛み締めた歯がギリ、と鳴った。心に今まで抑えた感情が迸る。
 光の当たる場所に憧れながらも、誰かに蔑まれても誰かを癒せるのだと、己の神様に祈る女たち。

ScreenShot_20130105_210548359.png

「テニオスさん、僕はあなたを許せそうにない」
「・・・・・・」
「しばらく街にいて、僕はいろんな女性を見てきたよ。どうして、この街に入らないの?タブーだから?穢れるから?」
「・・・ミナス殿・・・・・・」
「蔑みを受ける人の祈りは届かないの?僕、分からないよ」

 しばらく二人は黙ったまま見詰め合っていた。

「・・・私も・・・自分の罪に終止符を・・・。どうか、私を斬ってください」

 一つの家庭を崩壊させた罪深さに、テニオスは怯えて苦しんでいた。
 死による償いを望みながらも、聖北教会の教えで自殺は禁じられている。最期まで神に仕える者として死にたいのだと、テニオスは告白した。
 ミナスは決断した。

2013/01/10 01:21 [edit]

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