Thu.
ファレンの騎士 3 
「いい匂いがする・・・」
やっと目的地にたどり着いたミナスは、応対した金髪の女性にリューンから来たことを伝え、中に通されていた。
お店は薄暗く、ベージュのソファは座り心地がいいものの妙に落ち着かない。
そわそわしつつ待っていると、樫のドアが軋みをあげて開いた。
「お待たせしたようね・・・わたしが亭主のミリアよ」
菫色の髪、というのものを生まれて初めてミナスは見た。不思議さを感じる前に、賛美しか浮かばない。
穏やかに微笑む亭主だというその女性は、やはり彼の人生経験ではいくつなのか分からなかった。白い肌をしていて、店の薄暗い照明にそれがちらちらと映えている。
「あら、気の利かない娘ね。今、飲みものを・・・」
「気にしないで」
ミナスは慌てて首を横に振った。ここには仕事で来ているのだ。
しかし、ミリアは繊手にワイングラスを持ち、ロゼをそこに注ぎ入れた。
(ワ、ワイン・・・?)
「あら、まだ子供だったのね・・・これも職業病ね・・・」
変わりに渡されたのは熱々の紅茶で、蜂蜜が入っていた。ミナスは喜んで息を吹きかけて冷ましつつすすり込む。
「・・・・・・親父さんからの・・・手紙を預かっているのね」
「はい」
手紙を手渡すと、ミリアはその場で封筒を開いて読み始めた。
「・・・・・・・・・」
(それにしても親父さんとどういう知り合いなんだろう?)
やがて、手紙を読み終わったミリアは愉快そうに笑って言う。
「ふふふ、ごめんなさいね・・・てっきり・・・それなら話は早いのよ」
「?何の事かわかんないけど、お仕事でここに泊まらせて欲しいんだ」
「いいわ・・・協力するわ・・・部屋も好きに使って」
「助かりました、ありがとうございます」
きちんとお礼を言って頭を下げたミナスに、ミリアは目を細めた。
店の娘たちにもミナスのことを伝えておくと言ったミリアに、お願いしますと頷きながら、
(ウネちゃんに会えるのかな?)
とミナスは思った。
店の手伝いをすれば報酬も払うと言われ、店の仕事をただの宿屋だと思っているミナスは簡単に頷いた。
たまに店に嫌がらせがあるらしいが、乱暴沙汰は避けたいという。
「お店の外に出てお仕置きしてくれれば充分よ・・・」
(こ、こわい・・・)
それも充分乱暴沙汰だろうと思ったのだが、あえて口には出さない。
実際のところ、地の精ファハンも雪の精スネグーロチカも、しっかり彼に付いて来てくれている。
よほどの剣の達人や魔術師などでない限り、一般客相手にミナスが後れを取ることは早々ない・・・はずだ。

「これからお世話になります」
と礼を言って与えられてた部屋に下がったが、なかなか寝付けなかった。
めったにない柔らかい寝心地のベッドが落ち着かないのだ。
「きっと、いつも、野宿や宿の固いベッドだから・・・」
もっと親父さんの話をよく聞いてから依頼を受けるべきだったろうか――ミナスの脳裏に、アウロラやギルなどの仲間の顔が浮かんだ。
自分ももう一人前だと証明したいからと急いで依頼を受けてしまったが、いつもは内容の吟味をギルやアレクやエディンが、報酬の交渉をジーニがやっており、受けた依頼の危険性や装備の確認をアウロラがやっている。
(何もかも自分ひとりでやるなんて、こんなに大変なんだなあ。街に来てからも、結局助けて貰っちゃって・・・)
「・・・・・・・・・さっき助けてくれた人って、誰なんだろう?」
仲間たちの顔の後で、衛視から助けてくれた美女の顔が浮かぶ。
「いい匂いがした・・・」
後日、同じ匂いの香水瓶をメレンダ街で見つけることになるのだが・・・・・・この時のミナスには分かるはずもない。
女のひとって不思議だと思いながら、ミナスの意識が眠りに引き込まれる。
眠ってから2~3時間ほど経ったろうか。不意に店内からピアノの切ない音色が聴こえ、ミナスは目を覚ました。
店の娘が弾いてるのだろうか・・・ひょっとしてウネが?
「・・・ちょっと様子、見てこようかな」
暖かな毛布から抜け出すのは少し嫌だったが、手早くマントを身につけると、ミナスは廊下に出て人の気配を探った。
手近なドアを叩くと、ぎょっとするようなパックをつけている女性が出てきた。
ピアノはどこで弾いてるのか、という質問に、パックを取った女性――ルーシアはしばらく黙り込んだ。
「・・・夜の探検もいいけど、ここでは詮索や干渉をしないほうがいいわ」
「・・・?」
「・・・ピアノを弾きたい夜があったっていいじゃない」
「・・・・・・うん」
「あなたも事情があってここに来たのでしょうけれど・・・」
ルーシアは愛しそうにミナスの頭を撫でた。
「一人の時間をそっとしてあげるのもここで暮らす大切なルールよ」
彼女はそう言うと、カーラーを巻き直しながら部屋へと引っ込んだ。
「・・・・・・もう寝よう・・・」
やっと目的地にたどり着いたミナスは、応対した金髪の女性にリューンから来たことを伝え、中に通されていた。
お店は薄暗く、ベージュのソファは座り心地がいいものの妙に落ち着かない。
そわそわしつつ待っていると、樫のドアが軋みをあげて開いた。
「お待たせしたようね・・・わたしが亭主のミリアよ」
菫色の髪、というのものを生まれて初めてミナスは見た。不思議さを感じる前に、賛美しか浮かばない。
穏やかに微笑む亭主だというその女性は、やはり彼の人生経験ではいくつなのか分からなかった。白い肌をしていて、店の薄暗い照明にそれがちらちらと映えている。
「あら、気の利かない娘ね。今、飲みものを・・・」
「気にしないで」
ミナスは慌てて首を横に振った。ここには仕事で来ているのだ。
しかし、ミリアは繊手にワイングラスを持ち、ロゼをそこに注ぎ入れた。
(ワ、ワイン・・・?)
「あら、まだ子供だったのね・・・これも職業病ね・・・」
変わりに渡されたのは熱々の紅茶で、蜂蜜が入っていた。ミナスは喜んで息を吹きかけて冷ましつつすすり込む。
「・・・・・・親父さんからの・・・手紙を預かっているのね」
「はい」
手紙を手渡すと、ミリアはその場で封筒を開いて読み始めた。
「・・・・・・・・・」
(それにしても親父さんとどういう知り合いなんだろう?)
やがて、手紙を読み終わったミリアは愉快そうに笑って言う。
「ふふふ、ごめんなさいね・・・てっきり・・・それなら話は早いのよ」
「?何の事かわかんないけど、お仕事でここに泊まらせて欲しいんだ」
「いいわ・・・協力するわ・・・部屋も好きに使って」
「助かりました、ありがとうございます」
きちんとお礼を言って頭を下げたミナスに、ミリアは目を細めた。
店の娘たちにもミナスのことを伝えておくと言ったミリアに、お願いしますと頷きながら、
(ウネちゃんに会えるのかな?)
とミナスは思った。
店の手伝いをすれば報酬も払うと言われ、店の仕事をただの宿屋だと思っているミナスは簡単に頷いた。
たまに店に嫌がらせがあるらしいが、乱暴沙汰は避けたいという。
「お店の外に出てお仕置きしてくれれば充分よ・・・」
(こ、こわい・・・)
それも充分乱暴沙汰だろうと思ったのだが、あえて口には出さない。
実際のところ、地の精ファハンも雪の精スネグーロチカも、しっかり彼に付いて来てくれている。
よほどの剣の達人や魔術師などでない限り、一般客相手にミナスが後れを取ることは早々ない・・・はずだ。

「これからお世話になります」
と礼を言って与えられてた部屋に下がったが、なかなか寝付けなかった。
めったにない柔らかい寝心地のベッドが落ち着かないのだ。
「きっと、いつも、野宿や宿の固いベッドだから・・・」
もっと親父さんの話をよく聞いてから依頼を受けるべきだったろうか――ミナスの脳裏に、アウロラやギルなどの仲間の顔が浮かんだ。
自分ももう一人前だと証明したいからと急いで依頼を受けてしまったが、いつもは内容の吟味をギルやアレクやエディンが、報酬の交渉をジーニがやっており、受けた依頼の危険性や装備の確認をアウロラがやっている。
(何もかも自分ひとりでやるなんて、こんなに大変なんだなあ。街に来てからも、結局助けて貰っちゃって・・・)
「・・・・・・・・・さっき助けてくれた人って、誰なんだろう?」
仲間たちの顔の後で、衛視から助けてくれた美女の顔が浮かぶ。
「いい匂いがした・・・」
後日、同じ匂いの香水瓶をメレンダ街で見つけることになるのだが・・・・・・この時のミナスには分かるはずもない。
女のひとって不思議だと思いながら、ミナスの意識が眠りに引き込まれる。
眠ってから2~3時間ほど経ったろうか。不意に店内からピアノの切ない音色が聴こえ、ミナスは目を覚ました。
店の娘が弾いてるのだろうか・・・ひょっとしてウネが?
「・・・ちょっと様子、見てこようかな」
暖かな毛布から抜け出すのは少し嫌だったが、手早くマントを身につけると、ミナスは廊下に出て人の気配を探った。
手近なドアを叩くと、ぎょっとするようなパックをつけている女性が出てきた。
ピアノはどこで弾いてるのか、という質問に、パックを取った女性――ルーシアはしばらく黙り込んだ。
「・・・夜の探検もいいけど、ここでは詮索や干渉をしないほうがいいわ」
「・・・?」
「・・・ピアノを弾きたい夜があったっていいじゃない」
「・・・・・・うん」
「あなたも事情があってここに来たのでしょうけれど・・・」
ルーシアは愛しそうにミナスの頭を撫でた。
「一人の時間をそっとしてあげるのもここで暮らす大切なルールよ」
彼女はそう言うと、カーラーを巻き直しながら部屋へと引っ込んだ。
「・・・・・・もう寝よう・・・」
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