Thu.

思いすがるものども その4  

 結果的に言えば――最後のゴブリンの集団はシャーマン種の率いるもので、冒険者側に多少の怪我はあったものの、一掃することに成功した。
 やはり、カノンやミハイルの支援魔法の効果も大きかったのだろう。
 ゴブリンたちをやっつけた後に発見した、近くに隠されていた2つの木箱には、それぞれ金貨と石版が入っていた。
 金貨には用があるものの、石版に描かれた拙い絵はゴブリンが刻んだものと思われ、それは満場一致でエゴンに渡すものとなった。
 面倒だったのはむしろ、この先であった。

「この通路の先が一番奥だな」
「あ、エゴンさん。ちょっとストップ」

 フェアリーが慌てて依頼人を呼び止めたのに、同じ異変をすぐ感じたらしいハイムも、エゴンを列へ戻すように肩を押してから、自分が進み出た。眉間にいつの間にか皺が寄っている。

「ちょっとここで待ってろ。これも頼む」
「おっ?」

 ハイムは残り少なくなってきた松明をエゴンに渡すと、ひとりで先に行った。
 光のかろうじて届く地点で、彼は地に手を着け、何かを調べる素振りを見せた後、納得したという風な表情を浮かべ、こちらへ戻ってきた。

「この先の道は、松明を持っては進めないな」
「においのもと、油だよね?」
「そうだ。土から油が染み出してるんだ。松明が引火したら、大変な事になりかねない」
「なんだよ、面倒な地形だな……」

 フレッドが後頭部を掻きながら愚痴るのに、エゴンも全くだと頷いた。

「炎を出さない明かりが、あれば進めるんだがな」
「しかし、そんなものどこにも……」

 ありませんよ、と言おうとしたミハイルは、口をしばらく「も」の形にしたままたっぷり5秒ほど黙っていたが、ぐるんと首を回してカノンの方へ向き直った。

「うおっ、何だ一体」
「あれです、洞窟の最初のほうで見つけた赤い石。魔力をぶつけ明かりを灯すんでしょう?」
「あ?……ああーっ!!」

 カノンは急いで、エゴンに金縁のついた赤い魔石を出してもらった。
 直径4センチほどのそれを握り締め、己という器の中にある魔力の全てを一気に注ぎ込む。いつも、訓練を受けた魔術師らしく十全にコントロールされているカノンの膨大な魔力は、不出来なマジックアイテムの貪欲な受け口に、あっという間に飲み込まれた。
 すると石が突如、目も眩むような光を放ち始めた。

「やれやれ、何とまあ魔力効率の悪い石だ……。すごい疲れたぞ」
「お疲れさまです。≪虎児の瞳亭≫まで戻ったら、僕が肩をお揉みしますよ」
「ありがとうございました。これだけ明るければ、この先の探索を続けられますね」

 モイラが満足げに微笑んだとおり、冒険者たちはこの洞窟にあった道具のおかげで、油の滲む土壁に覆われた最奥へ進むことができた。カノンが懸念していた隠れ家については、大穴の上をリュミエールが頑張って飛んで見に行ってみたものの、想像していたよりもうんと大きく深い穴であることが知れただけで、とても横断するところまで行かなかった。
 もし向こう岸などが存在していても、到底ゴブリンたちが行き来できるとは思えない。
 全てを飲み込んでしまいそうな、途方もない虚の広がりを前に、≪太陽を送る者たち≫はそれ以上の穴の調査を諦める他なかった。

「それにしても……。これは、すごい穴だな」

 依頼主であるエゴンがそう言って、調査断念を納得してくれたのがせめてもである。

「……吸い込まれるみたいだぜ。嫌だな……」

 ただの穴じゃないか、と思って斜に構えていたフレッドだったが、黒い淵を覗くうちに、ゾクゾクしたものが背筋を駆け抜けていくのを感じた。山に入り作業する者たちはたまに経験するのだが、傍からすれば何でもない洞穴だったり、大きな木だったりする中に、何やら只事ではない気配を有するものを見つけることがある。多くは禁足地として、迂闊に近づかないよう周知をするのだが……。
 今、彼が目前の大穴に感じているものも、それに近い感触があった。
 くしゃりと顔を歪めたフレッドの横で、下膨れ気味の頬に手を当てたフタバが、つくづく感心したように呟く。

「闇の根源、って感じがするわね」
「分かります。新たな妖魔でも生まれそうですね」
「うちの女性陣は、怖い想像力の持ち主だな……」

 魔力の枯渇もあり、すっかりだるくなったカノンが溜息をついたところで、大穴の脇に何かあるのが視界に入った。用心しながら近づくと、それは木でできた粗末な棚であり、ゴブリンの手によるものとおぼしきガラクタが並べられている。
 依頼人を呼び寄せると、穴を前に感歎しきりだった彼は、今度は嬉々としてそれらのガラクタを手にして調べ始めた。

「これは石人形か!?まさかゴブリンが、彫刻をするとは!」
「どうだ、あんたの目的にかなり添った発見なんじゃないか?」
「ああ、素晴らしいぜ!さっきの石版といい、こりゃ帰ってから忙しくなるな!」
「さて……これでもう、洞窟は見終わったと言って良いな」

 洞窟をほぼ探索し終えた一行は、ハイムに二箇所――途中で外に出た穴も含む――の発破準備を任せて入口から出た。何しろ、火薬そのものがかなり価値のあるもので、魔術師学連の仕事なために入手できたようなものだから、いっさい無駄遣いできない。
 ハイムが熟練の手並みで爆破の準備を終えた頃には、彼らは安全な場所まで下がり、洞窟の最後を見届けようと顔を出していた。
 物見高い冒険者たちに、あまり表情を動かさないハイムもさすがに苦笑していたが、おもむろに顔を引き締めると、長く伸ばした導火線へ火を点けた。
 爆音が響き、がらがらと岩盤が崩れ始めるのを、彼らは声もなく見守った……。
 やがて、誰からともなく踵を返すと、ホスタまでの道をゆっくり歩き出す。
 発破に驚いたらしい鳥たちが忙しなく頭上を移動するのを見上げ、ぼそっとエゴンが口を開いた。

「それにしてもだ。結局あの洞窟に、ゴブリンが集まる理由ってのは何だったんだろうな?」
「聖地……だったのでは」
「聖地?」

 ミハイルは小さく首肯すると、自分たちが発見した石版や石人形を思い返しながら言った。

「ゴブリンたちはあの洞窟、いえ、洞窟の奥にある大穴を奉っていたのではないでしょうか」
「ということは、洞窟に集まるゴブリンたちは、宗教を持っていたと?」
「そのように思います。大穴のすぐ近くにあった、石人形やガラクタ……あれは、ゴブリンの宗教の祭具だったのでしょう」

 そうか、とカノンが指を鳴らした。

「奥の小部屋にあった、ゴブリンが彫られた石版。あれも大穴の前で儀礼を行う様子に見える」
「ええ、そうです。聖北の教えが広まる以前、人は太陽を神として崇め奉っていたでしょう?」

 かつて彼らが訪れた、封印の狭間にあったタブロアート領。信心深い住民が『太陽』の土着信仰を行なっていたことを、足元にいる黒い陶器の猫を見ながら、全員が思い出していた。

「つまりは――あれの逆じゃないかということですか?」
「その通りですよ、モイラ。暗がりを好み、影に生きるゴブリンが、闇を宗教的礼拝の対象とすることがあってもおかしくないじゃないですか」

 無限の広がりを感じさせる、あの暗い虚ろ。
 ゴブリンたちはあの穴を闇の象徴と認め、信仰の対象としたのではないかということである。
 そのために何回人間に殺されても、妖魔があの洞窟に固執し、集った……。
 エゴンは顎に手をやり、感じ入ったように頷いた。

「なるほど、ゴブリンの信仰ね……」
「これはあくまで僕の推測ですから、実際どうだったのかはわかりませんよ。第一、真偽を確かめようにも、あの洞窟はもう塞いでしまいましたからね」
「……まあ、知ったことじゃないけどな。ゴブリンの……信仰なんて」

 ハイムはそう言って、若木から毟り取った葉で草笛を吹いた。
 彼の吹く素朴な音色が宙に溶けて行くのを、冒険者たちはある種の鎮魂のように感じたが、これは感傷の度が過ぎた為かもしれない。
 ≪虎児の瞳亭≫に戻り、エゴンから約束の後金を貰った一行は、翌日には、ホスタから一路北西へと向かった。
 ついに勇気を出したフレッドが、自分が何故冒険者になったかを他の仲間たち(リュミエール除く)に説明し、故郷に残したきりの人々の遺骸を弔いたいと伝えたのである。
 下級妖魔だと蔑んでいたゴブリンですら、自分たちの宗教を持っているようだったのに、人間であるフレッドが家族や知人たちを野晒しにしたまま放置しているのが、つくづく嫌になったのだろう。
 それらの事情を全部承知済みのリュミエールが、盛り上がった相棒の肩の上でしょんぼりした様子なのは、フレッドの集落の人間たちに、ジャイアントスラッグの襲撃について知らせなかったことに対し、未だ罪悪感を抱いているからである。
 それは集落についてからも同様で、酸の侵蝕しきった骸や、すっかり肉や内臓を野鳥や獣に喰われてしまったらしい死体の転がる様を、フェアリーは暗く潤みがかった目でじっと見やっていた。
 想像した以上のフレッドの出身地の惨状に、さすがの仲間たちもしばらく言葉を失っていたが、フレッドがスコップ――以前に巨大ゴブリンのための罠を作った時に持ってきた――を取り出したのを見て、自分たちもそこらに転がっている破壊された家の板を確保し、尖った部分を地面に突き刺すようにして墓穴を掘り始めた。
 掘削作業のための道具であるスコップならともかく、壁や屋根だった板で土を掘るのはなかなか大変な仕事だったが、誰一人文句を言う者はいない。
 それでも、集落全員の入る墓であれば一朝一夕には完成しなかっただろうが、幸か不幸か、フレッドがここから離れている間に、弔うべき人々の体がある程度は骨に近くなっていたので、2日目の昼過ぎには何とか出来上がっていた。

「最後、親父とおふくろだ。そっち、板で押さえててくれ」
「分かりました。どうぞ」

 ぐちゃぐちゃの肉塊だったフレッドの両親の遺体は、半分以上が砕けた骨の塊になっていた。
 もうどの骨が頭蓋骨か肋骨か等の区別もつかないほどだが、これらがあの日、彼を見送ってくれた二人であることは間違いない。
 それを積み上げた骸の上にそっと置くと、周りに盛っておいた黒土を、やや躊躇った後、亡くなった人たちを覆うためにせっせと掛けていく。

「伝染病の蔓延や遺体のアンデッド化を懸念するなら、本来は火葬が良いんだろうが……」
「私もそうは思うけど、ここじゃ一般的じゃないんでしょ。家族や知人を焼けって、ちょっと言い出し辛いわよ。懇ろに弔うので勘弁してもらいましょう」

 唸るように呟いたカノンの意見には、フタバがフレッドの顔色を見ながら首を横に振る。
 ミハイルが聖北教会のやり方で人々の冥福を祈った後に、聖油を盛り土に振り撒いたので、少なくとも後者に関してはそう心配要らないだろう。

「フレッド。これ……」

 穴掘りや遺体集めを手伝えなかったリュミエールが差し出したのは、のぼろ菊やノコギリソウ、松虫草などでできた小さな花束だった。
 森の奥に咲いていた花で、綺麗な色のものを選りすぐって摘んできたのである。
 フレッドはそのささやかな供花を、繊細すぎるガラス細工のように恐々と受け取った。

「フレッド。ごめん。ごめんね……」

 己の大きく育った罪悪感に押し潰されそうになっていた妖精は、大粒の涙を零し始めた。
 彼を孤独にさせた一因が、少なくとも自分にあると分かっていた。フレッドを冒険者の道へ誘い、生きる方向へ歩ませたからといって、亡くなった人たちが還って来るわけではない。彼への贖罪には程遠いと、ずっと心に掛かっていた。
 この集落の惨劇による影を落としていたのは、フレッドだけではなかったのだ。
 リュミエールの涙を見た相棒は、

「リュミ。俺を見て」

と声を掛けた。

「ちっとも恨んだことがない、とは言えねえよ。でも、俺はそれ以上にお前にたくさん感謝してるし、お前のことが大好きだよ。お前が俺を助けてくれた。ああもう、頭悪いから上手く言えねえけど……」

 彼は頭髪を掻き毟りつつ続けた。

「俺の親父やおふくろは、きっとお前に、俺を助けてくれたことに礼は言っても、自分たちのことで文句を言ったりなんかしねえ。リュミは俺の大事な友達だ」
「フレッド……ありがと……」
「あんまり泣くなよ。日干しになるぞ」
「何それ、ならないよ」

 涙でくしゃくしゃに歪んではいたが、それぞれに笑顔を浮かべた二人が花束を墓に置く。
 微風で楽しげに揺れる水色や黄色の花弁が、まるで少年の弁に同意しているように見えた。

※収入:報酬1076sp
※支出:
※その他:
※Fulbright様の思いすがるものどもクリア!
--------------------------------------------------------
少々時間が空いてすいません。フレッドたちの8回目のお仕事は、Fulbright様の思いすがるものどもでございました。
ゴブリン退治は前にもやっているこのパーティ。今回何故選んだのかと申しますと、もちろん、ダンジョンや何故同じ洞窟に妖魔が集まるかの考察が面白いからでもあるのですが、この依頼が、フレッドの出身地であるヴィスマールからのものであることが大きいです。
フレッドがリューンに来て二ヶ月以上は確実に経っているのですが、まだ故郷を離れた時の事情が心に突き刺さっている彼に、何らかの決着をつけたかったのでした。
思い煩うことがまったく無くなることはあり得ないでしょうが、文字通り逃げてきた郷里に向き合う時間がそろそろ来たのではないかと。……書いてみたら、フレッドと同じくらい、リュミエールもけっこう心に刺さっていたことが判明しましたが。

シナリオのダンジョン部分は、冒険者が手描きの地図を基に動き回っているんだなあ、という工夫が凝らされていて、非常に楽しいです。
Ask公式のゴブリンの洞窟よりも難易度は高いのですが、【鑑定】や【生命感知】等を駆使すれば、けして暗がりを好む妖魔に負けない地の利を得ることができます。リプレイでは少し【生命感知】の反応を便利に書き過ぎておりますが、あれほどではないにしても、肝心なところで使用すれば「おっ」というようなことがありますよ。
フィールドワーク中心のエゴンさんに、またお会いする機会があればいいですね。

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。

2019/11/14 11:12 [edit]

category: 思いすがるものども

tb: --   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

カレンダー

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

辺境に足を運んだ方の人数

▲Page top