Thu.

思いすがるものども その3  

 エゴンから示された羊皮紙による洞窟の地図――前にゴブリン退治を引き受けた冒険者の手によるもの――は、どう見ても子供の落書きレベルにしか見えなかった。
 件の洞窟に来るまでに、森で狼を蹴散らしてから作っておいた松明の揺れる明かりが、余計に黒い線の描くぐにゃぐにゃした図形を見づらくさせている。

「今いるの、ここでいいよね?」

 リュミエールが目を細めて指差した、二股の部分を通り越した瘤のような空間は、今彼らがいる現在地であった。

「ああ、その通りだ」

 小さなフェアリーの確認に応じたのは、≪太陽を送る者たち≫の仲間ではなく、30代前半くらいの、苦みばしった浅黒い肌の男だった。ハイムというらしい彼は、前日の説明の時にエゴンが言っていた盗賊ギルドの人間である。はしっこそうな中肉中背の身体といい、挨拶した際の油断のない目の光といい、なるほど、リュミエールよりもよほどに修練を積んだらしい相手だと知れた。
 彼の事前の忠告では、洞窟は非常に岩盤の起伏が激しく、穴ぼこも多いということだったのだが、その言葉どおり用心しているのに、フレッドたち一行の躓く率は結構高い。
 今もミハイルが爪先を打って涙目になっているので、少し足を止めた所だ。
 モイラが心配そうに声を掛ける。

「ミハイル様、お具合はどうでしょう?」
「た、たいしたことはありません。神の奇跡を願うほどのこともないです」
「………うん。良かったわね」

 フタバは彼が「うっ」と呻いてしゃがみ込んだのを目撃していたので、多分痩せ我慢なんだろうなあと見当はついているのだが、武士(侍ではないが刀はあるので)の情けで黙っておくことにした。
 実はこの一行、洞窟に入り込んですぐの辺りで、一匹のゴブリンに逃げられている。しかし、未だに妖魔たちがこちらに襲い掛かってくることはなく、あるマジックアイテムの入っていた木箱の前まで辿り着いていた。
 罠も鍵もない木箱に入っていた、金に縁取られたカーネリアンらしき赤い石を調べていたエゴンが、首を傾げながら呟いた。

「ゴブリンならば、こういう岩陰の多い場所に潜んで、殴りかかるものだと思っていたんだがな……」
「ああ、俺もそれを警戒してた。さすが下級妖魔を専門にした学者だな」

 カノンは、エルフの血が入っているとは思えぬほど鋭い赤眼で、ぐるりと周囲の闇を睥睨した。

「ゴブリンは暗がりを好むからな。この手の洞窟で人間の隙を突くのは、あいつらの常套手段だ。こういう箱に群がっている今なら、襲いやすいと考えそうなものだが……」
「未だに音沙汰なし、と。こんな所に棲みついたんなら、数百の手下を率いるロード種の群れではない筈だが、案外慎重なものだな。しかし懐かしいな、ゴブリンロードか!」
「お、見たことがあるのか?」
「うん。三年前、冒険者についていって初めて見たが……あの気迫!人間にも分かるほどのカリスマ!まさしくゴブリンの統治者だった!またお目にかかりたいものだな」
「ねーねー、エゴンさん。あたしが見つけたその石、なあに?」
「おっとっと、話題が逸れてすまない。これは魔力を込めると、照明の代わりになる魔石だ。ただ、今は壊れちまってるみたいだ。魔力を送ってみてもなんともない。よっぽど強い魔力をぶつけりゃ、反応はあるかもしれないがね」
「照明は松明があるし、まだ掃討が終わってないのに、全ての魔力を石に込めるのはな……」
「愚策よね」

 カノンが濁した先をばっさり言い切ったフタバは、闇を見透かすようにして先の空間を眺めた。

「ここから先だけど、幅が少し狭まってるように見えるわ。隊列はこのままで良いの?」
「嬢ちゃんや妖精を先行させるのも、すぐ後ろを少年が歩くのも、そのまま維持しよう。俺とハイムさんで依頼人を挟むように歩く」

 これまでは、バックアタックよりも前方を警戒して、依頼主たちには後ろの方にいて貰ったのだが、そろそろ横合いから襲われるなどのパターンを考慮に入れるべきだ。いくら自分たちを護るのは考えなくて良いと言われていても、それで本当にエゴンに何かあったら、気まずいことこの上ない。
 彼を咄嗟に庇える位置にいるいないでは、依頼人の生存率が違ってくる。
 ハイムはカノンの意図に気づいたらしく、特にくだくだしい説明を加えなくても、短い首肯だけで同意を露にした。
 森の中で、松を材料に作成した松明は複数ある。一番前を行くフタバと殿から三番目を行くハイムが明かりを持ち、彼らはゆっくりと歩き出した。
 油断ならないのは、妖魔だけではなく前述の起伏や穴ぼこもまだまだあることで、松の焼ける臭いに鼻がすっかり慣れてしまった頃、道が二手に分かれていた。
 左の道は細い上り坂、右は幅の広く勾配がゼロに近いような道である。
 リュミエールが小首をかしげた後、ふわりと浮き上がった。

「何かねえ、左だとお外に出るみたい。シルフィード(風精)さんたちの囁き声がするよ」
「ほほう。この道は地図によると行き止まりなんだけどな。描き直しておくか」
「もう片方は、何となく生き物の気配がするけど……ちょっと臭い気もするから、ゴブリンかなあ」
「ちょっと待って、リュミちゃん」

 待ったをかけたフタバが、後ろのフレッドに明かりを渡し、代わりに背嚢から取り出した黒いワンド(棒杖)を取り出した。山羊のような頭に、目のような切れ目のある太陽石がはめ込まれている。
 これは、賢者の搭では遺失したと言われている、【生命感知】の魔法が込められた道具だ。
 フタバが合言葉を口にしながら、ワンドの飾り部分を己の額に押し当てると、右手の通路の奥からかなりの数の生命反応があった。

「妙ね……奴ら、右の道で待ち構えているみたいよ。何でこっちに掛かってこないのかしら」
「自信過剰で返り討ちにできると思ってるから、じゃねえの?」
「いいや」

 短く否定の言葉を吐いたのは、依頼人のエゴンである。

「ゴブリンの狡猾さは、そんな理由で有利を確信したりしない。そもそも、入口近くで逃げた同族から報告は受けてるだろうしな。しかし、人間の結構な大所帯が侵入したのに、この期に及んで敵に手を出さないとは……?」
「嬢ちゃん、感知の意識を左の道の方へ集中しろ」
「了解」

 有無を言わせぬカノンの言に、フタバは逆らうことなく【生命感知】の魔法範囲を今までと違う方へ伸ばしていく。ふわふわと頼りない霧のようでいて、その実は命あるものの気配を余すことなく伝える魔力そのものの場である。
 ワンドに集中する間、閉じられていた菫色の垂れ気味の双眸が、ある反応を得た瞬間にカッと見開かれた。

「外にもいる……!」
「え、何だって!?」
「やはりな……挟み撃ちの陣形だったか。伏兵がいるんだ」

 小さく舌打ちしたカノンだったが、妖魔の隠していた策が分かれば、対応も可能になってくる。
 ハーフエルフの指示で、冒険者たちはごつごつした坂を上り始めた。行くにつれ勾配がきつくなり、両手をつかなければ進めないほどになったため、松明は消されて下方へ投げ捨てた。幸いにして、まだ本数には余裕がある。
 うっかりすると手指を切りかねない尖った岩を手がかりに、岩壁になってきた坂道をよじ登ると、彼らの行く手に白光が見えた。頭上に空いた穴から、眩しいほど青い空が覗いている。
 こういう昇降に慣れているハイムや、飛行状態で上から見守っているリュミエールが、他の仲間たちの次に手を掛けるべき岩を指示したおかげで、誰も落下することもなく、なんとか穴から外へ這い出すことに成功した。
 麓から吹き上げる風が心地良く、晴々した気分になったものの、安穏としている訳にはいかない。
 ≪太陽を送る者たち≫が自分たちの愛用の武器に手を掛けた二拍ほどのち、ちょうどホブゴブリン(肥大小鬼)が茂みから躍り出てきた。ホブゴブリンが叫び声を上げると、それに呼応した他のゴブリンたちも、他の方向から姿を見せ始め、冒険者たちを包囲せんと迫ってくる。

「偉大なる魔法の力よ、粘つく糸に変わり敵を捕らえよ!」

 妖魔の出鼻をくじくように放たれたフタバの【蜘蛛の糸】が、手斧を構えていたゴブリンの体に絡みつき、地面へ引き倒す。
 残るはゴブリンが3体とホブゴブリンが1体。

「こちらはお任せを!」
「ゴブゴブブッ!」
「ギャギャ!!」

 掛かってくる2体を引き受けたモイラが、典雅な動きでするすると敵の小剣を避けては、相手に浅く斬り付けていく。右よりも左のゴブリンにダメージを集中しているので、じきに血の流れ過ぎた妖魔は動きを鈍らせるだろう。
 ゴブリンの残りの1体は、ハイムが注意を惹きつけてくれている内に、リュミエールの子守歌が眠らせた。
 最初に一行を威嚇したホブゴブリンはと言えば――。

「ガアアアァアアアァァァッッ!」
「うおおおおおぉぉ!!」

 棍棒の一撃をサイドステップで空振らせたフレッドによって、胴に痛烈な反撃を喰らっている。
 色々屈託することがあっても、戦闘に私情を挟まない覚悟ができたらしい。危なげない体捌きで、自分の何倍も大きな体躯の敵をあしらっている。たまに避け切れない攻撃を受けることもあったが、後ろで待機しているミハイルが、即座に【癒身の法】の祈りを捧げて彼を治療した。
 【蜘蛛の糸】に絡まっているゴブリンに、カノンが攻撃魔法を叩き込んで絶命させた後、フレッドの戦いの様子をちらりと窺ったが、心配は不要なようだと安堵の息をついて、ただちに先ほど放ったのと同じ魔法の詠唱に入った。その横では、モイラが攻撃を集中させていたゴブリンに、フタバが武器を振り下ろしトドメを刺す。
 エゴンはごくりと咽喉を鳴らした。聞いていた実力の程からすると――彼が考えていたよりも、しっかりした役割分担ができている。こういう集団は強い。
 1人ひとりが一騎当千の兵ならば、それはもう当たり前に強いと思いがちだが、これが通じるのは、敵がある程度まで格下である場合のみだ。実力伯仲だったり、或いは自分たちよりも強い相手だった場合には、役割を分担し、各々の特性を生かした集団であることの方が肝要になってくる。
 ≪太陽を送る者たち≫は、この配置が上手くいっているようだった。まだ下級妖魔相手の依頼が分相応だと自身を評価しているようだが、これならもう少し上のランクの仕事も、引き受けられるのではないだろうか。
 依頼主であるエゴンがそんなことを考えているうちに、魔法や渾身の一撃でゴブリンたちがこの世から排除されていた。
 最後のホブゴブリンも、フレッドが与えた胴の怪我の痛みに気を取られたのか、狙いの定まらない棍棒の先端が地面に突き刺さってしまい、いよいよ身動きできなくなったところを、力強くスイングした斧の刃が断ち割った。

「ふう……誰も怪我はないか?」

 カノンの無事を確認する声に、全員が大丈夫だと応えを返した。フタバの使い魔である陶器猫のホムラでさえ、ちゃんと応えを返した。

「これで後は、さっきの場所で待ち構えている一団だけね」
「いや、さらに奥にいないとは限らん。ハイムの話では、この地図にある行き止まりには、大穴が開いていると以前の冒険者が報告したそうだが……」
「ああ、その通りだ」
「大穴の向こうに、妖魔が隠れ家にできる空間がないとは限らんのだ。飛行の術を持った奴がいなかったなら、向こう岸を調べた者もいないだろう。ゴブリンたちときたら、宙を飛ぶことができなくても、丸太を渡して行き来する知恵はあるらしいからな」

 カノンが指摘したのは、東の土地にあった取水施設でかつてあったことだ。そこに棲みついたゴブリンたちは、廊下に開いた大穴を、丸太を橋代わりにして渡っていたのである。
 今回も似たようなことがあるかもしれない、と冒険者たちは気を引き締めた。
 上ってきた穴を下りるのに、今度はロープの助けも得て順番に伝っていく。
 無事に穴倉の底へ到達し、リュミエールが聞き耳をした所、奥にいるゴブリンの一団はまだそこに潜んでいる様子だった。

「なんだかね、偉そうなのがいるみたい」
「シャーマン種かしら」
「多分な」
「俺はロード種でもいいんだが……というか、また見てみたいんだが……」

 未練たらたらの声でエゴンが呟いたが、それに賛同する者は(ハイム含め)いなかった。
 カノンが小声の詠唱で【綺羅星の幻惑】をパーティ全員へ掛ける。これは、美しい星の輝きを複数人に配し、その光によって敵の認識を逸らしてくれる支援魔法だ。
 白とも銀ともつかぬ、淡い星の光を纏った≪太陽を送る者たち≫は、ミハイルの【天雅の香】の祈りによる抗魔力の増加も経て、再び戦いの場へと躍り出た。

2019/11/14 11:07 [edit]

category: 思いすがるものども

tb: --   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

カレンダー

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

辺境に足を運んだ方の人数

▲Page top