Thu.

思いすがるものども その2  

 エゴン・パージターという名前である依頼の担当者は、年の頃なら22歳であるモイラとそう変わらないぐらいの若い学者だった。金髪碧眼に甘いマスクをした優男でありながら、ざっかけない口調にて裏表なく話しかけてくる人で、≪太陽を送る者たち≫も、安心して話を聞く事ができた。
 研究テーマは下級妖魔の生態であり、本来なら専門はコボルト(犬妖魔)なのだという。
 そんな彼が、何故ゴブリンの掃討依頼をしたのかといえば……。

「ここ半年の間に、2回もゴブリンの巣にされた洞窟があるって話なんだ」
「へえー。でも、2回とも冒険者がやっつけたんでしょ?」
「ふにゃ」

 フェアリーや猫の無邪気な問いに、エゴンは困ったような顔をして答えた。

「まあな。だが、こんな短い期間に何度もゴブリンが棲みつくなんて、どう考えても尋常じゃねえ。普通は別の群れが現れるにしても、もう少しタイムラグがあるんだ」
「掃討された集団から逃げ出した個体が、人間たちに討伐された旨を他の群れにもたらすからな。妖魔は狡猾だ、危ない巣穴をわざわざ選ぶほどの間抜けじゃない」
「そうそう。なんだ、良く分かってるじゃないか」
「俺は学連のブラウニク支部所属なんだ。客分として、リューンに身を寄せてるがね」

 カノンは片目を瞑って茶化すように言ったが、その後に吐いた台詞は真剣なものだった。

「ゴブリンは人間の中にも、自分たちより強い個体がたまにいることを知っている。だから数で優っていると確信がなければ、真っ向から人間の集落を襲う真似はせず、家畜や農産物を掠め取るに留まるんだが……」
「うん。そこまでの計算を働かせる頭があれば、冒険者をすぐ呼び寄せられる所にある洞窟に、妖魔が固執するわけがない。でも、奴らは実際に集まってくる。俺としては、どうしてゴブリンはこの洞窟にそこまで執着するのか……それを是非知りたい!」
「ええっと……でも俺たち、カノンとフタバ以外はあんま頭良くないぜ」
「失敬な!僕だって神学はちゃんと修めてますよ」
「あー、いやいや。違う違う」

 苦笑を浮かべたエゴンは、パタパタと手を否定の形に振った。

「あんたらには、とにかく洞窟からゴブリンを追っ払って欲しいんだ。俺は俺で、ゴブリンが集まる原因を調査するのさ。原因が分かろうが分かるまいが、そっちに報酬はちゃんと払う。前金で銀貨200枚、成功報酬が銀貨400枚。それから、ゴブリンが洞窟に集まる原因がもし危険なものだったら、特別手当を出すよ」
「うーんとね。洞窟にお宝があったら、誰がもらえるの?」
「ああ、それもあったな。妖精、よく気づいた。偉いぞ」
「えへへー」
「うーん、そうだな……。では、ゴブリンの生態研究に役立ちそうなものは俺が貰って、それ以外については全部渡そう。冒険の役に立つ物とかな」
「それならいいだろう。ゴブリンの書いた手紙なんか貰ってもしょうがないしな」
「ゴブリン、手紙書くの?」
「うーん、どうなのかしらね」
「あのお、」

 遠慮がちな声(それでも地声が大きいので、普通の話し声と変わらない)を出した聖北教会の僧侶へ、エゴンは円らな碧眼を向けた。

「洞窟は今後、魔術師学連で管理なさるんですか?せっかく僕らが討伐しても、原因が分からなかった場合、のちほど第4や第5のゴブリンたちが屯するようでは、元の木阿弥ですが……」
「いや、後腐れのないように、調査終了次第に入口へ発破かけて、埋めちまおうってことになった」

 リューン近くのゴブリンの巣穴にもそういう案があったものの、あの辺りは、リューン騎士団に属する者たちの、領地の境にちょうど当たるため、もし塞いで何かの不都合が起きた場合、誰が責任を取るのかなどの意見が紛糾して、なかなか簡単にいかないらしい。
 魔術師学連のヴィスマール支部でそういう英断ができたのは幸運だった、と言えよう。

「他に何か質問はあるか?」
「では私から。発破はあなたがなさるのですか?」
「いや、違う。話してなかったが、爆薬を扱える奴が同行する」
「同行者ですか?」

 アイスブルーの双眸をモイラが軽い驚きで瞬かせる横で、カノンがやや焦りの声を上げた。

「ちょっと待ってくれ。まったくの素人について来られるのは、こちらも負担が大きいぞ」
「盗賊ギルド員で自衛ぐらいはできるから、そいつの身を守るために気を回す必要はない。俺のフィールドワークによく付き合ってくれる知人なんだ」

 エゴンはうっかり話し忘れたことを恥じたようで、一見平然と頬をぽりぽり掻いていたが、その色は仄かに赤みを帯びていた。それを誤魔化すように、早口で【魔法の矢】の呪文くらいは修めているので、よほどのことがなければ自分の護衛も不要だと彼は断言した。
 その代わり、≪太陽を送る者たち≫の戦いについては、一切口出しするつもりもないという。
 この申し出は正直な話、冒険者たちにとってはありがたかった。≪太陽を送る者たち≫の連携はまだ模索中であり、これに実際の冒険を知らない第三者からの口出しをされてしまうと、形ができるまでさらに遠ざかる羽目になったろう。
 話を今まで黙って聞いていたフタバが、ようやく口を開いた。

「洞窟にゴブリンが集まる原因だけど、目処はついてるの?」
「原因として一番ありうるのは……さっき言ってた討伐の際に逃がしたゴブリンが、情報を広めることに失敗した可能性だな。他のグループと出会えずに死んだとか。この辺に脅威になるような強い妖魔はいないが、魔法も使えなきゃロード種でもない単独のゴブリンなんて、か弱いもんだからな」
「堅実な線ね。あり得そうな話だわ」
「だがそれじゃ、学者としては面白くない。是非、何かとんでもないものが見つかって欲しいね」

 こちらはゴメンだけどね、とフタバは心中で思った。
 妖魔を惹きつけるモノ、というのが世の中には確かにあることを、フタバも、そして口にはしないがカノンも知識として知っている。
 ダークエルフやオーガなどの手強い上級妖魔からの召喚によるものだったり、邪悪な瘴気――いわゆる魔素――が漏れ出したためだったり、或いは古代王国期の遺産による支配により縛られている場合もあるのだ。
 特に後者は、東のヌクス村塩害調査の際に訪れた取水施設ギガースで、ドラゴンへの支配という実際例を目の当たりにしている。
 そして、体験した覚えこそないが、リューンの闘技場や賢者の搭で拾う冒険者の噂話では、魔素の影響による妖魔や他の怪物たちの跳梁は、特に厄介極まりないらしい。
 できればそういう依頼に当たりたくないものだ……と、年長者として2人は思った。
 それらをあえてエゴンに指摘しないのは、彼が原因調査しようという場所を自分たちの目で確かめるまで、仲間たちの不安をいたずらに煽らないためだった。ことにフレッドなどは、一体何の事情を抱えているのか、ヴィスマールに到着してからの方が落ち着かない様子なので、あまり余計なことを伝えないように気を配っているのである。
 全員の総意が取れたようだと判断したカノンは、依頼主に仕事を引き受けると宣言した。
 エゴンは懐から前金の入っている小さな皮袋を取り出し、机の上にそっと載せた。

「引き受けてくれて助かるよ。いくら魔法があっても、少人数でゴブリンの巣穴に潜り込むのは、あまりぞっとしないからな」
「ああ……そのお気持ち、よく分かります」

 モイラはしみじみ実感の篭った声で同意した。
 何しろ取水施設で彼女たちが分断された時は、己を庇って重傷になったフレッドと、全く戦いに向いていないリュミエールとの3人だけで、シャーマン種やホブゴブリンまで含めたグループと対峙しなければならなかった、という経緯があった。
 ゴブリンというのは、臆病な上に狡賢い事も相俟って、人間の集落を大々的に襲撃するのは稀だが、反面、自分たちが優位にあると思えば、恐ろしく容赦のない攻撃を仕掛けてくるものだ。モイラも正面切っての戦いならば後れを取ることはないのだが、隠し扉からの不意打ちなどは、全く持って手に余る事態であった。
 だからこそ、自分たちの有利さを失わないように賢く立ち回って戦うのが、ゴブリンを相手取るためのセオリーだと言えるだろう。
 妖魔について語り合い、同意まで得て満足したのか、エゴンは嬉しそうに、出発は明日、日が昇ったら≪虎児の瞳亭≫の1階に集合と言い置いて、学連から用意されている自分の住居へ帰っていった。
 依頼人を見送った一行は、ホスタ名物の石焼ハンバーグを食べてから、軽い食後酒(一部はホットミルク)を嗜んだ。
 あまり他の泊り客がいないせいもあってか、しばらくゆったりした静かな時間が流れていたが、カップの中身を飲み干したフレッドが、意を決したように話し始めた。

「あの……よ。ゴブリン退治の依頼が済んだら、ちょっと俺、5日くらい寄り道する時間が欲しいんだけど、構わねえか?」
「フレッドくん……?」

 ミハイルが訝しそうに彼の名を呼びかけるが、フレッドは詳しく話そうとはしなかった。
 いつもは弾けるように元気な声のトーンが幾分か落ちているが、本人がそのことに気づいている様子はない。そばかすの浮かんでいる顔の色が白っぽくなっているのは、断られるのを恐れているからか。それとも、どこに行くのかと尋ねられることを気に掛けているからか。

「もし皆が早くリューンに戻りたいのなら、ここで宿を取らず先に帰って良いからさ……」
「少年」

 カノンの耳に心地よいバリトンが、心の一部が縮こまっているフレッドを驚かさないように、あくまで優しく彼を呼んだ。
 意志の強い燃えるような赤い瞳が、若草色の不安に揺れる眼を捉える。
 眼は心の窓とも言うが、まだ年若い彼の窓から、1人で過去に向き合うのが恐ろしいという暗い影が、カノンにはありありと読み取れた。わざわざフレッドがヴィスマールの仕事に注視したのは、やはり機を見て郷里に行ってみようという思いがあったからに他ならないのだろう。
 だが、どうにもならない残酷な現実をもう一度目の当たりにするのは、たとえ成人でも躊躇するものである。時には、それで本当に心が折れる者とてあるのだ。
 カノンは仲間と認めた相手を、そんな辛い中へ放り出す真似はしたくなかった。
 フレッドへ話しかけるのを任せている他の仲間たちも、カノンと同じ心持なのだろう。

「俺たちはチームだ。6人でここまで来たんだから、帰る時も全員で帰る。寄り道をするなら、それはそれで構わないし追及もしない。ただ、助けがいるなら早く言え。いいな?」

 フレッドはそれを聞いてしばし考え込むようにしていたが、やがて小さく頷いた。
 他の仲間たちは、彼のその意思表示にほっとした。

2019/11/14 11:04 [edit]

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