Thu.

思いすがるものども その1  

 ≪太陽を送る者たち≫が、アズールの温泉町から帰ってきて翌々日のことである。
西方諸国でも指折りの交易都市であるリューンは、夜中に激しい通り雨が降ったために、ひいやりとした空気と湿った匂いがそこかしこに残っていた。朝日に暖められた地面は未だ少しぬかるんでいて、朝から道を行き交いする旅人や荷運びの業者が、うっかり足を取られることもあった。
 眩しい午前の光にちらちら舞う埃が見える中、≪のんびり柘榴亭≫の一階の食堂でも、比較的早起きの者たちが既に活動を開始している。
 働き者の店主と従業員の合わせて3名が、すでにルーティーンと化した朝の支度(宿の前の清掃・朝食の準備・掲示板に貼り出した依頼書の期限確認・出入の食品業者とのやり取り等など)を次々とこなして行く。
 食堂の中で、2グループの冒険者の内、起きているのはまだ片手で数えるほどしかいないが、湯気を立てる朝ご飯をかき込む速度は、人数の寂しさを補って余りあった。

『石くれの村”ホスタ”の西に、何度追い出しても、ゴブリン(小鬼)が蔓延る洞窟がある。原因の調査と窟口の封鎖のため、ゴブリンを排除してもらいたい。』

 その依頼書を読んだフレッドが驚きの声を上げたのは、宿の女主人が作ったハムとチーズ入りのじゃが芋パンケーキを2人前平らげた後に、掲示板へ何気なく視線を走らせていた時だった。
 彼の声に反応したモイラは、新鮮なグリーンサラダを頬張る前に、冴え冴えと整った面差しを隣席の少年へ向けた。

「どうしたんです?」
「いや、その」

 しばし、明快な彼らしくもなくモゴモゴと唇を動かしていたフレッドだったが、人差し指を一枚の依頼書に向けて言った。
 彼はさほど教養もない小さな集落の生まれではあるが、字を読む事は教わっていた。

「郷里の……ヴィスマールからの依頼だったから、つい」
「緑の都の?」

 緑の都ヴィスマール。
 諸国間の交易の大動脈である中央公路にある街のひとつであり、規模はさほど大きくないが、四方は市街地の数倍はあろうかという、通称に恥じぬほどの広大な森林に覆われている。多種の薬草や材木など、森林に頼った特産物が多いものの、けして森を荒らすような乱伐は行なわず、リューンとの関係も良好な都市だ。
 ただ惜しむらくは、冒険者の間に囁かれている噂――リューンとヴィスマール間では行方不明者が妙に多いという、いささか剣呑な種火があることだろう。その真偽を追求した者はいないが……。
 そういえば、とモイラは思った。
 以前にトトリス~リューン間で、自分が冒険者になった理由を仲間内で話していたことがあったが、この少年については、そのエピソードを披露する前に、彼の相棒であるフェアリーが見つけた轍や足跡などに釣られて、ついぞ明かされないままだった。
 さらに言えば、ゴブリン退治で訪れたナザム村で過ごした夜には、窓を開ける音や気配で目が覚めたために、何やら彼がカノン相手に過去のことで激昂していたのを見守っていたが、彼らの詳しい話の内容までは聞こえていない。
 もし詮索好きな傾向が彼女に少しでもあれば、ただちにフレッドへ問い質していただろう。しかし、女性ながら仲間の誰より男前な性格であるモイラは、若いフレッドにも色々言いたくない事情があるのだろうと慮り、強いてそれ以上を聞き出そうとはせず、いつもどおりの口調のまま応じた。

「依頼が気になるのなら、他の皆が来てから検討致しましょうか」
「気になるって言うか……何となく目についただけだぜ」
「だとしてもですよ。のんびり一週間も過ごせる資金があるわけでもなし、この宿でお世話になるなら、仕事の選り好みはあまりしていい身ではありませんからね」
「……うん」

 新興の冒険者の宿は、宿の主がかなりの人脈を築いていない限り、割りの良くない依頼ばかりが持ち込まれるものである。看板となる有名冒険者がいないからだ。
 ≪のんびり柘榴亭≫の場合は、女主人であるエセルが元々、老舗の冒険者の宿で給仕をやっていたことと、彼女の夫が英雄クラスの冒険者であることから、始めて間もない店ではあっても、それなりの仕事が回ってきている。
 しかし、この店は肝心の専属冒険者の絶対数が少ない。そのため、緊急性が高い依頼や期限が近いものから、なるべく受けられる依頼は受けて欲しいのが、≪のんびり柘榴亭≫の本音である。
 その辺の事情を踏まえたモイラの提案に、フレッドはヴィスマールの魔術師学連と書かれている依頼主の欄を、仄かな翳りを帯びた眼で見ながら生返事をした。
 一時間もすれば、他の面子も宿の1階に集まってきた。気の利くアンドロイドであるリノに朝食を頼んだ後、すでに食後のハーブティーを満喫していたモイラから、件の依頼について説明を受ける。
 フレッドの事情をよく知っているリュミエールは、唇をへの形に結んだものの、この依頼に対して抗弁をするつもりはないらしく、黙って仲間たちの反応を窺うことにしたようだ。
 まず口を開いたのは、己もまた違う街の魔術師学連所属であるカノンだった。

「ゴブリン退治を魔術師学連で依頼だと。この洞窟、遺跡か何かだろうか?」
「それにしては、『何度も』と書かれているわよ。遺跡ならいったん妖魔を追い出した後に、管理人を置いて見張らせるものじゃない?」
「ふむ……」
「第一、『窟口の封鎖』が目的だとあります。調査を終えた遺跡だとしても、ここまではやらないのではないでしょうか。それにこれ……報酬が提示してありませんね」
「んん……どのくらい拘束されるかもないわ」

 年長者の意見に即座に異議を申し立てたフタバとミハイルは、詳しい報酬や拘束期間が書かれていないことの方に注目し始めた。
 この手のゴブリンの掃討は、大集団を相手取るのでもなければ、安ければ銀貨500枚からというのが相場だ。運が悪ければ、これより低い賃金で仕事する羽目になる冒険者も存在する。所詮は下級妖魔であるゴブリンに大枚をばら撒けるのは、余程に懐事情が温かい依頼主だろう。ただ一面では、依頼料が高額になればなるほど、相手取るゴブリンたちが、厄介な魔法を操るシャーマン種が複数いる集団だったり、稀にしかいないはずのロード種が混じっているグループだったりする公算も大きくなる。
 だから報酬は、仕事の難解さの目安に、ある程度なら用いることが出来るのだが、あえて書かれていないというあたりに、ほんの少しきな臭さを感じなくもない。
 宿の従業員であるシエテやリノが運んできてくれた朝食を摂りながら、羊皮紙の内容に仲間が逡巡を見せ始めた時、それまで俯き加減に黙っていたフレッドが頭を上げ、懇願の気配を声の端っこに漂わせさえしながら、ホスタに向かいたいと言い出した。

「出身地じゃねえけど、一応知ってる村なんだ。妖魔が近くに出たって話も聞いたことはあるから、依頼がまるっきりの出鱈目でもないと思うぜ」
「フン。まあ、魔術師としてヴィスマール支部に恩を売るのは悪くないな」
「……こないだの巨大ゴブリンみたいのじゃなきゃ、受けても良いんだけどね。東の取水施設にいたゴブリンも、分断作戦してきて厄介だったしね……」
「あんないい加減なのに作動する魔法陣、そうそうないと思います」
「本当ね?」
「……ないと思うんですよ、ええ」

 深く考え込みながらのフタバの台詞に、ミハイルが否定をしかけて、ちょっと否定しきれずに胸の前で十字を切った。この魔除けが、ゴブリンに効くかどうかはさておいて。
 遅れて起きてきた面々の食事も終わり、一同はまったりと羊皮紙の内容を眺め始める。
 頃合を見計らって、リュミエールが発言した。

「あたしたち、まだまだひよっこって言われても仕方ないレベルだもん。ゴブリン相手の仕事は妥当なんじゃない?」
「ふにゃーご」
「ほらー、ホムラもそうだよって言ってるよ!」
「にゃにゃにゃ」
「……さすがに猫語は修得してないから分からん」
「【言語学】に猫まで入ってたらびっくりするわよ……」

 陶製の黒猫の鳴き声の解釈は、フェアリーが正しいかどうかは分からなかったが、モイラは最初に様子のおかしかったフレッドのために、リュミエールの援護をすることにした。

「リュミエール殿の仰ることも尤もです。ナザム村の時に比べれば、私たちの手数もかなり増えましたし、油断もしない。引き受けてみて良いのではないでしょうか」

 沈着なモイラの意見に、渋っていたフタバやミハイルも諾と返事をするほかなかった。
 さらに、エセルに依頼について尋ねてみると、最低でも相場分の報酬はヴィスマールの魔術師学連から保証されており、それ以上の追加報酬についてのみ、担当者との直接交渉になっているそうだ。依頼を引き受ける人材が出次第、エセルが賢者の搭へ報せをやれば、ヴィスマール支部の担当者が≪虎児の瞳亭≫という宿屋で待ち合わせてくれるらしい。
 そうなると依頼に対して躊躇する理由もない。準備を始めた≪太陽を送る者たち≫は、傷薬や解毒剤、失われた魔法を発動する棒杖などの荷を纏め、エセルから人数分の糧秣の包みを受け取ると、元気良く宿のドアノブに手を掛けた。

「では行ってまいります」

 心配そうにこちらを見やるリノを安心させるため片手を上げ、モイラはしっかりと出発を告げた。
 緑の都であるヴィスマールへの道程は、歩く当人の身体能力やその時の体調如何にもよるが、結局は中央公路を数日ほど南へ下るだけだ。
 今朝は少々ぬかるんでいた地面も、時間経過や陽光のおかげでかなり乾いてきたようで、かなり中身の詰まった荷物袋を背負う彼らでも、歩行に支障はなくなっている。

「昨日の夜は結構な雨降りだったが、今日は大丈夫そうだな」
「はい。主に祈りを捧げた甲斐がありました!」
「ホムラも歩きやすくて良かったわね」
「ふにゃお」

 モイラがちらりと視線を走らせると、かの地を郷里だと言うそばかすの少年の表情は、何かの痛みに耐えるような顰め面のようにも見受けられる。大きな斧を振るうせいで、筋肉のついた肩が瘤のように盛り上がってはいるものの、その体躯は発展途上であり、彼自身の心もまだ子供の領域の方が近い。
 まだまだ若い身空で、いったい何に苦しめられているのやら……と、モイラは顔に出さないまま年下の仲間を案じた。
 同時に、この旅程が間違いでないことを聖北の神に祈った。

2019/11/14 11:01 [edit]

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