リューンを出て、ちょうど2日。
 町の人から教えてもらった依頼人の家は、アズールの郊外にある森に囲まれていた。
 柔らかな緑の色彩の多い中で、木漏れ日があちこちに差し込んでおり、可愛らしい小鳥の声も聞こえてくる。あまりにものんびりした様子に、正直、拍子抜けしたといっても良い。
 フタバが扉をノックすると、開いて出迎えてくれたのは、聡明そうな整った面差しの、20代半ばくらいの女性であった。ドワーフが主に作製することで知られる高価な視力矯正器具――眼鏡をさりげなくかけている。
 白いシャツにスリットの入ったロングスカートを身につけていて、きびきびした印象を与える人だ。
 彼女は大きく目を瞬かせると、凛とした声音でおや、と漏らした。

「君たちは……ふむふむ、なるほど…!その姿はまさか……」
「≪のんびり柘榴亭≫から参りました、≪太陽を送る者たち≫です」
「私が待ち望んだ救世主!ようこそ、我が研究室へ。さあ、中に入りたまえ」

 にわかに表情の明るくなった依頼主に、入室を促された一行は、順番に女性の家の中にお邪魔することになった。
 中は博士の肩書きを持つ人の自宅にしては意外なほど、牧歌的な雰囲気の漂う家だ。
 曲線を多用したテーブルや出窓の傍に据えられたソファ、そこに配置された明るい色調のクッションなどが、居心地の良い空間を演出している。
 ただ、寝台の近くに据えられた大きな机の上には、いくつかの瓶や、珈琲を淹れる機械に似たような装置が置かれており、様々な植物が茂っているスペースまでが横にある。これが彼女の発明家という側面を表す、唯一の場所であった。
 皆がそれぞれに腰を下ろすと、まずフタバが尋ねる。

「依頼主の博士さん、ご本人で宜しいですね?」
「その通り!改めて説明させてもらおう。依頼書にあるように、君たちにはある物を探してもらいたい。それは、私が発明したマーベラスでアメイジングな効果を秘めた指輪だ」
「魔法の品か?」
「いいや」

 予想に反して彼女は首を横に振った。それにしても、独特な口調の人である。

「理屈は魔法と違うのだが……まあ、似たようなものだと思ってくれ。その指輪を見つけてきてほしいんだ。冒険者である君たちには少しイージーな仕事かもしれないが、よろしく頼む」
「失せ物は分かったけどよ。で、その指輪を落とした場所に心当たりはあんのか?」
「ああ、すぐそこだ」

 そう言って、ハカセは家の中のある場所を指さした。
 先ほどから全員の視界に入っていた植物群である。どうもただの観葉植物というわけでなく、常に手製のポンプで水を循環させ、綺麗な水質を保っているようだ。
 彼女の言によると、この植物を世話する水場に落っことしてしまったらしい。
 嫌な予感に襲われて、ミハイルが眉を寄せながら問うた。

「まさか、指輪は……?」
「イエス、君たちの想像どおりさ!!指輪を落としたショックで私がポカーンとしている間にどんぶらこーどんぶらこーと」
「どんぶらこーと、流れていっちゃった?」
「君たちは察しが良くて助かるよ。そうだ!あの先は排水口、つまり下水に繋がっている」

 下水。その言葉を聞いた瞬間、冒険者たちは、

「ああ、ババを引いてしまった…」

と思った。下水道での物探しや害獣退治、駆け出しの冒険者向けにはよくある仕事だが、苦労の割には報酬が少ないことが大半だ。今回もそうだったわけだ。
 やはり、研究者なんていう変わり者の香りがする依頼主の仕事は、楽ではないのかもしれない。
 これがせめてここを囲む森の中なら、散策交じりに、のんびり仕事を遂行できただろうに……と思いつつ、依頼書にあった【温泉】の単語を思い出し、カノンは博士に確認してみた。
 博士はにっこり笑うと、

「ああ、報酬に書いた『温泉つき』の話か。それは別に釣りではないぞ?君たちが指輪を見つけてきてくれた暁には!」

と言って、博士は白衣のポケットから、少ししわくちゃになった紙切れを数枚取り出した。
 それをヒラヒラさせながらドヤ顔をする。仕事の報酬として、温泉の入浴券をくれるということで間違いないようだ。

「わーい、おんせん!」
「そうよ、温泉よリュミちゃん!」
「そんなわけだ。依頼の内容も報酬の件もスッキリしたところで、準備はオウケイかな?」

 ポンポンと調子良く進んでいた会話を、カノンが遮った。

「ちょっと待ってくれ。ここはリューンのような大都市ではない。むしろ、村と言う方が近い小さな町だろう。人が入れるような下水道があるとは思えないんだが?」
「なんだ、そんなことか。ドンウォーリー!心配無用ノープロブレムさ。これを見るがいい!!」

 そう自信満々に言い放つハカセの掌の上には……見るからに怪しげな指輪が乗っていた。
 これも彼女の発明品のひとつなのだろうが、額にいくつもの小さな穴の開いた髑髏の指輪など、どう見ても趣味が良いとは言えまい。
 とても不審そうな表情に変わった冒険者たちの気持ちを汲んだのか、博士は出来の悪い弟子に講義するような雰囲気になり、すっと背筋を伸ばした。

「説明しよう!これもまた私の大発明のひとつ。この指輪から出た光線を浴びたものを、小さくすることができるグレイトなアイテムなんだ!!」
「いや、ちょっと待て。本当にそんな効果があるなら、ずいぶん凄い発明だぞ」
「……つまりこの指輪で私たちを縮めようってこと?」
「イエス、イエス。この指輪の力で君たちをダウンサイジングして下水道に送り込む。そして、落とした指輪を探してきて貰うというわけだ。無理のない話だろう」
「んー。あたしは縮まなくても大丈夫だよね」
「だよなー。俺たちだろ、問題は。でもあんた、何で自分で行かないんだ」
「そりゃ、小さくなって探してくるだけで良いなら行っても構わないさ。しかし、下水道の中には当然、鼠や虫が付き物じゃないかね?」

 サイズの縮んだ一般人では、たかが鼠や虫も凶悪なモンスターと変わらない。そんな危ない状況で、目的の指輪を首尾よく探し出すのは、いかな博士でも覚束ないだろう。
 彼女が冒険者をわざわざ雇ったのは、そういった理由によるものだった。

「あの、少々お待ちを。小さくなった私たちは、ちゃんと元に戻れるんですか?」
「もちろん!私を誰だと思っている?その辺はぬかりないぞ。君たちがちゃんと依頼を達成してくれたら元に戻れる。ドンウォーリー。君たちは指輪を探すことに注力してくれば大丈夫さ」

 モイラの疑問に対する答えを得て、冒険者たちは互いに顔を見交わし頷いた。
 その様子を見て、博士は晴れやかな顔で笑った。

「万事オウケイかな?準備もとい覚悟ができたら声をかけてくれ。私が遺漏なく君たちを下水に送り込んであげよう」
「なんでこの依頼人、いちいち不安を煽ってくるんだ」
「今みーんな、やっとやる気になったのにね」
「よし、ではいくぞ!スイッチオンだ!!」

 フレッドとリュミエールのやり取りに構わず、博士が見るからに怪しげな指輪の装飾をこちらに向け、小さなボタンを押すと、額部分にあったいくつもの穴から光が放たれた。それを浴びた≪太陽を送る者たち≫マイナス1名は、周囲の物がみるみる大きくなっていくのを感じる。
 いや、周囲が大きくなったのではない、自分たちが小さくなったのだとすぐに気づいた。
 色々不安はあったのだが、どうやら博士の発明品は本物のようだ。

「よし、いい感じに小さくなったな。丁度鼠くらいのサイズかな?これならこの町の下水も、十分に探索できるはずだ」

 そう言って博士は、小さ目のチェストから、刺繍糸を何本も縒り集めて長くしたロープもどきを出してきた。通常のロープだと幅が太すぎて、冒険者たちがしがみ付けないからである。一行が1人ずつロープもどきにしがみ付いた所で、排水口から下水内部へと降ろす。
 全員が地に足をつけた時、上から博士がそうそうと呼びかけた。

「元に戻るには失くした指輪が必要だ!だから、頑張って探してくれたまえ!」
「それ一番大事な部分だろ!先に説明しとけや!」
「……こういうのは嵌められたと言うべきでしょうか、聖北の神よ……」
「済まないが宜しく頼んだぞ!!どうにも探索が辛い時は、そのロープを引っ張ってくれれば薬などの物資を渡す。指輪を回収した時は二度引いてくれ」

 穴の上から呼びかけていた博士の顔(今の冒険者たちにはビッグサイズ)が、横に避けたらしく見えなくなった。腕組みをして博士の言うことを聞いていたカノンが、大きく溜息を吐いた。

「こうなってしまっては仕方ない。下水道を走り回って、とっとと指輪を見つけよう」
「松明を点けましょ」

 フタバは松明のカップ部分に入っている、松脂と灯芯草の塊へ火を灯すと、用心しながら辺りを素早く見回した。
 下水は確かにヘドロ臭く、あまり長くいたいような場所ではなかった。鉄灰色の石材で造られた通路が長く真っ直ぐ伸びているのは、博士の家がアズールの郊外にぽつんとあり、町の下水道からここまで延長して貰っているからだろう。
 森を行く分には散策気分で来られたが、この小さく縮んだ身体で、また町の方まで歩くのかもしれないと思うと、結構げんなりしてくる。
 出来れば博士の家の近辺で指輪が引っ掛かっていてくれれば……と、誰もが思いつつ移動を始めた。

「……意外ときっちり作られているわね」
「ああ。歩きやすくなっている」

 松明を持ったフタバと、排水部分を飛んで横に並ぶことができるリュミエールが前に立つ。
 殿はモイラが護り、間を男3人という変則的な順番である。フレッドは不満があるようだが、今回は先頭に明かり持ちがいなければ歩けないし、フレッドが松明を持ってしまうと、大斧を振るうことが出来ないだろう。
 そうやって長距離を歩き、指輪が見つからないことに落胆しながらも、分岐まで来た時だった.
 かさり、と音がする。続いて、ギチギチギチという聞きなれない鳴き声のようなものも。

「!」

 そのささやかな物音に反応したフタバが、松明を向ける。

「……きいぃぃやああああ!!」
「み、耳がー!フタバちゃんひどいー」
「うおおっ、びっくりした!何だよ、いったい!」
「……しまった、これか」

 フタバが今までにない大きな悲鳴を上げたのもむべなるかな――彼女が明かりを向けた先には、2本の触手をいやらしく蠢かす、黒光りする身体の台所の天敵が5匹いた。
 当然だが人間大(正しくは冒険者たちが虫サイズなのだが)である。
 蒼白になったフタバは、鳥肌を立てたまま【紅蓮の剣】の高速詠唱を開始した。

2019/09/26 12:56 [edit]

category: 小さいことはいいことだ?

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