Sat.

塩の降る村 その3  

 変異種のモンスターに会う機会は、一般人ならほとんどないはずだが、冒険者のそれは比較が馬鹿馬鹿しくなるほどに多くなる。
 今現在、彼らが刃を向けている相手もその口であり、魔術師学連に所属している身としては遭遇を喜ぶべきかもしれないが、正直に言えばカノンはくそくらえと思った。
 伝説でよく聞く蛇や蛸の足だって充分に厄介だが、蛇の如く長い首を具えた猛犬とて、危険性でおさおさ劣るものではない。第一、噛みついて引き千切る力は、こっちの方が強い。
 犬を嫌っているリュミエールが、多過ぎる天敵に精神的ショックを受けたせいで、避けられるはずの攻撃を回避することができず、牙に引っ掛けられて地面に捨てられていた。ミハイルがメイスのように≪氷の宝玉≫を振り回して庇いながら、必死に彼女へ【癒身の法】を唱えている。
 白銀の鎧を纏った女性が舌なめずりしている。ここのところ、ゴブリンの肉ばかりを摂取していた彼女にとって、人間の肉は思いがけないご馳走と言えた。

「こ……のおっ!!」

 フタバが詠唱と同時に燃え盛る刀を薙ぎ払い、犬の首――これは女性の下半身そのものである――を2本斬り飛ばした。

「ぎゃあああぁぁぁぁっ!!どうして!?どうしてこんなひどい事するの!?」
「喧しい!ひどいことしてるのはテメェだっ!!」

 相棒の被害に憤ったフレッドの斧が、恐ろしい唸りをあげて旋回した。彼も脇腹を怪我しているのだが、それを知覚し得ないほど頭に血が昇っているようだ。犬の首が鈍器に潰されでもしたように肉塊になるのは、刃で裂いたのではなく、平たい部分で吹き飛ばされたのである。

「痛い痛い痛いイタイィィィ~~~!!」

 女性は――いや、正しくはスキュラ(水妖女)は、ウンディーネの治療に身を委ねながらも、想像を超える冒険者たちの反撃に慄いていた。本来なら、ここで逃げるべきなのかもしれない。しかし、目の前のご馳走に未練があるのと、何故かここから逃げてはいけないという強迫観念が、スキュラをこの遺跡前の泉に縛り付けていた。
 結局は、この強迫観念こそ、遺跡を築いた者たちの意思で埋め込まれたものであり――犬の下半身を持つ鎧を着たスキュラという変異種の、命取りになるのだ。
 カノンの【輝星の矢】が額を真っ直ぐ撃ち抜いた瞬間に、ようやく彼女がそのことについて疑問を覚えはしたが、考えることはすでに出来なかった。
 魔物の体から赤い球体が弾け飛び、異形の怪物は泉の中へと頽れて没した。

「……あ、あの板金鎧剥ぎ取っておけば良かったですね。勿体無いことをしました」
「ちょっと待て、従者さんはあれを着るつもりだったのか?」
「まさか。売るんですよ」
「女性は逞しいな……」

 しみじみと呟いたカノンだったが、重傷状態から脱したリュミエールと、脇腹の出血をようやく止めてもらったフレッドを見て、大丈夫かと声をかけた。

「うん、ミハイルのおかげでへーき。ごめんね、面倒かけて」
「こっちも大丈夫だ。少し血が足りないが、後で飯でも食えば治るさ」
「頼もしい限りですが、2人とも傷が塞がっているからと言って、軽視してはいけませんよ」

 大人しく首肯した2人は、近くの草むらに転がっている赤い玉を見つけた。

「なあ、カノン。これスキュラの体内から出た奴。価値あるかな?」
「ふう…む。わざわざ配置した番人に持たせたのだし、何かに使うものかもしれんな」
「とりあえず持っておいた方がいいわよ」
「そっか。分かった」

 フレッドは玉が割れないよう、己の着替えに包んで荷物袋に入れた。
 そして後ろを振り返る。
 遠目から見ていただけでは分からなかったが、これはずいぶんと古ぼけた遺跡だ。この楽園の奥に佇んでいるからには、いわゆる重要施設だろうとは思っていた。計算外だったのは、遺跡の前の泉に浸かっていた若い娘が、下半身を巧みに隠した化け物だったということである。
 フェアリーが調べた限り、遺跡の扉に鍵は掛けられておらず、罠も仕掛けられていない。
 モイラが皆を代表して開けた扉の向こうを覗きこむと、またもや松明の必要はなさそうだった。白い壁が僅かに発光しているので、遺跡内部がほの明るいからである。
 モイラと交代して覗き込んだフタバは、ふーんと声を上げた。

「ヒカリゴケが生えている訳でもない…これは遺跡の照明装置が、未だに生きていると考えるべきでしょうね」
「それより、結構ひんやりとしていませんか。寒いぐらいに」
「ええ。まるで、鍾乳洞の中にでもいるみたいな感じね……」

 気に入らないな、とフタバは思った。
 鍾乳洞は、石灰岩が雨水や地下水に溶解されてできるものだ。ということは、この遺跡は常に水に晒されているわけである。いくら古代のダムみたいな物だといっても、ここまで湿気を含んでいる理由にはならない。

「行きましょう。充分に注意してね」
「なら、俺がまた前に出るよ」
「あたしも罠発見や鍵外しがいるかもしれないから、フレッドの近くにいるねー」
「すぐ隣に並べるよう、背後に私がいましょう。フタバ殿、お手数ですが……」
「いいわ。代わりに私がミハイルくんやカノンさんを守るわね」

 成人男性2人が剣を下げて並んでも、困らないほどに広い廊下である。
 並び順を決めた冒険者たちは、地下への階段と奥への扉を見つけ、まずは奥に進もうとしたが、すぐにそれが不可能であると悟らざるを得なかった。
 奥の部屋の通路の床が崩れ、大穴が空いてしまっている。その穴は大きく、跳躍で渡るのは難しそうだ。それに仮に跳躍に成功したとして、更に着地した床が崩落しないとも言い切れない。
 飛べるリュミエールにロープを渡して、それに捕まり移動する案も出たが、ロープを結びつけるための取っ掛かりがないので、これはすぐ廃案となった。
 試行錯誤の末、一行は一度ここを諦め、地下に続く階段へ行くことにした。
 下へ移動するのなら湿気はさらに強くなるかと思ったのだが、意外と変わりがない。降りた先には上のものと同じような廊下と扉があった。

「……これも鍵はかかってないし、罠はないみたい」

 どこか納得いかない顔をしていたが、リュミエールはそう請け負った。

「なんだよ、リュミ。罠あったほうがいいのか?」
「そーゆーわけじゃないけど、何でかなあって。照明とか見ると、ここ魔法使った遺跡なのに、あちこち好きに行けるのが解せないから」

 リュミエールの懸念がすぐ当たったのに彼らが気づいたのは、地下の部屋へ踏み入り、3人目のモイラの時に自動で扉が閉まった時だった。

『げっ』
『み、皆さん無事ですか!?』
『ちょっと大丈夫なの!?』
「うわー、びっくりしたぜ」
「……扉に挟まれずラッキーでした」
「ありゃりゃ、このドア、こっち側からは開けられないね」

 フェアリーの玩具と化している魔法の猫目石は、罠や鍵の構造をも見通す力をもっているが、部屋のこちら側から鍵の仕組みをもう一度確認してみると、見た覚えのない機構の一部が、ドアノブから上層へ伸びていることが分かる。他の機構は、モイラが踏んでいた床に連動している。
 中途にある歯車などの働きを窺い、ひとつ頷くと、リュミエールは外で自分たちの安否を心配している仲間たちに、先ほどの大穴の空いている部屋に、ここの鍵を開けるからくりがあるという己の推測を説明した。ドアをすぐ出た床石の下に、重量を一定以上掛けられると、扉が閉まる罠があるのだ。

「あたしは飛んでて勘定に入ってないから、多分これ、少人数を捕まえる罠なんだろうね」
『なるほど……扉の表と裏でドアノブの構造が違うから、妖精が最初に調べた時には分からなかったんだろう』
「それにしても悪趣味だぜ。早く上の機構とやらをどうにかしてくれ」
『上に解除装置があるのね。分かったわ、すぐに開けるから』
『モイラ、フレッドくん、妖精さん、待っていてくださいね』
「そちらも無茶はされませんよう」

 モイラは言った直後に、あの面子ならまず大丈夫だなと思い直した。
 カノンは一行の年長者らしく、沈着でひねくれた物の見方もよく分かっており、全体像を見るのに長けている。フタバは若いに似合わず思慮深く、道理を弁えている人だ。あの2人がついているなら、ミハイルもそうそう妙な真似はしないだろう。
 むしろ問題は――。
 現在の同行者に思考をスライドさせた時、何かの動作による空気の震えと、誰かが自分の前に立ち塞がる気配があった。
 モイラが気づいたのは、てっきりどこにも行けないと思っていた部屋に、装飾に紛れた隠し扉が存在し、敵がそこからまろび出てきたこと。そして、敵がゴブリン(小鬼)たちであり、統率者らしきシャーマン種の1匹が【魔法の矢】で自分を狙ったのを、フレッドが庇ったことである。
 間の悪いことに、ゴブリンの攻撃魔法は、天の気まぐれを呪うほどの威力を発揮した。
 フレッドが腹――スキュラとの一戦で怪我した箇所に近い――を抱えて蹲り、リュミエールは悲鳴を上げた。

「きゃあああ!!フレッド!」
「ゴブゴブゴブウゥ!」
「ふん!!」

 勝機と見てフレッドにトドメを刺そうとしたゴブリンの短剣を、割り込んだモイラが長剣で弾く。
 背後のフレッドを振り返らないまま、彼女は怒鳴りつけた。

「何だってまた危険な真似をするんです!!」
「何でも、何も……俺じゃ他の人は治せねぇよ……」

 気が遠くなるのを必死に堪えながら、彼は言葉を続けた。

「俺がミハイルに庇われたのは、これでチャラだぜ……」
「借りを返したいのなら、別のやり方でなさい!」
「夕方の空の月を見よ、もうすぐ皆の静かな夜が来る♪」

 フェアリーの歌う眠りの呪曲が優しく響き、5匹いるゴブリンのうち、シャーマン種ではない3匹が眠りこけた。戸惑うシャーマン種2匹の隙を突き、モイラが【冷却せしめよ】の術でフレッドの傷を粗く塞いだ。
 しかし、この呪文自体がそもそも治療魔法でないため、回復量がさほど望めないことと、スキュラ戦の時にフレッドが結構出血していたことから、元気に立って戦えるほどではない。当の本人は、大斧を杖代わりに立ち上がり反撃しようとしているが、誰が見ても無謀である。
 直接攻撃に向いていないリュミエールは、シャーマン種の視界内で飛び回り彼らを撹乱しているが、この時間稼ぎも長くは続けられないだろう。
 いざとなったら刺し違えてでも――悲愴な決意を胸に、モイラが剣を中段に構えた刹那。
 シャーマン種2匹を狙ったかのように、上から重量のあるものがドスンと音を立て落ちてきた。

「――は?」

 我ながらひどく呆気に取られた声ではあったが、モイラとしては他に言いようがなかった。何しろ、もう駄目だと思った時に、明らかに敵の味方であろうホブゴブリン(肥大小鬼)が敵を押しつぶすように落ちてきたのだから。
 状況はまだ厳しく油断ならなかったが、ホブゴブリンが攻撃魔法によるものらしき怪我を負っていることもあり、モイラは少し余裕をもって相手を捌くことが出来た。
 5~6分後、待ち焦がれそうになっていた他の仲間たちも駆けつけ、ようやくゴブリンとの闘争は、冒険者側の勝利という結末で終了した。

「ゴブリン、1匹も逃げなかったね」
「手強かったです。危ないところでした」

 負傷者へ【癒身の法】を唱え終わったミハイルが、しみじみ呟いた。

「この拠点を失っては、乾燥した荒野で生きてゆくのが難しいから、向こうも決死の覚悟だったのでしょうか……どうでしょう、フレッドくん。大分治りましたか?」
「ああ、ありがとう。出来れば、ここで少し休めたらいいんだが……」
「…しかし、ゴブリン臭いぞ。死体もあるし」
「我侭言って悪いけど、もうすこし別のところにしない?」

 頭脳派2名が指摘するとおり、どうも戦場になったここと奥の隠し部屋は、ゴブリンの小集団の生活圏であったようで、すっかり臭いゴブリンの匂いが染み付いている。
 だが大穴の向こうに行けないのならば、探索はここまでなのでは――そう尋ねようとしたフレッドを遮り、フタバが事情を話した。

「こっちでも、上の大穴の部屋でゴブリンが出て戦ったのよ。つまりそれって、ゴブリンたちが大穴の向こう側から、こちら側に移る手段を持ってたってことだと思うの」
「そいつを利用できれば、俺たちも違う場所に移動できる。次に休める部屋に行くまで、どのくらい掛かるかまだ見通しはつかんが、ここが取水のための施設なら、そう時間を取られるとは思わない」
「やれやれ……2人はわりかしスパルタだったんだな」
 
 文句は言いながらも、フレッドはすでに立ち上がっていた。彼自身も、臭い中ゴブリンの骸の横で休憩のために寝転がれるほど、神経は太くない。
 ミハイルがフレッドに肩を貸し、フレッドがいた位置にフタバが立つことにした一行は、まず上の大穴のある部屋へ行った。
 頭脳派の目論見どおり、ゴブリンが橋代わりに利用したと思しき丸太を見つけ、力を合わせて穴を渡るように架けた。
 怖々と丸太を渡った10メートル先には3つの扉があり、そのどれもが鍵も罠もないものだった。リュミエールがとりあえず聞き耳した結果、何も聞こえなかった左の壁のドアを先に開けると、お誂え向きなことに、あまり傷んでおらず使用に耐えうる寝台がある。

「うおっ、ラッキー」
「んー……ここの部屋、この遺跡にいた人の部屋なんだろうね。扉にこっちから鍵も掛けられるし、ここでなら休憩はできると思うよ。何だか、この本棚動くっぽいけど」
「さり気なく爆弾発言するなよ……」
「その前に、ちょっといいか?」

 カノンは本棚の書物の中から、どう見てもごく最近のものだろう、安価そうな青い手帳を引っ張り出した。

「これだけ学術書が並ぶ中で、これだけ異質だったからな。さて、中身は……」

 手帳を覗いたカノンが、燃えるような赤い目を一瞬だけ見開く。

「なんとまあ……ルドニーを旅立った者の手になるものだ」
「ええっ、あのお爺さんが言っていた5人の若者の?」
「驚きです。素人だけの集団で、ちゃんとここまで来たんですか」
「僕は何が書いてあるか気になるんですが……」
「ちょっと中身が長いな。フレッドは寝台に横になるといい。俺たちも果実を齧りつつこの中身を読んで、本棚の向こうを確認してから休憩しよう」
「俺の……バナナ……」
「ちゃんとフレッドの分、取っておいてあげるからさ。寝ておきなよ」

 小さな相棒にまで宥められ、渋々フレッドは寝台に横たわる間に、リュミエールが施錠をする。
 カノンがざっと手帳に目を通し、これを書いたのが、”頭が良い”と同じ村の住人から評されていたユルマズという青年のものだと分かった。彼らは、まだ散り散りになっていなかったココン村の助けも得て、砂蜥蜴による犠牲者を1人出しながらも、山中を探索してあの楽園を見つけたらしい。

「でも、ここに来る前に開けた穴、あたしたちしか通ってないよね?人間じゃ無理でしょ?」
「妖精さんの言うとおりです。ということは、別ルートからいらしたのでしょう」
「あのスキュラとも遭遇したみたいだ。女の子が犠牲になっている間に、この遺跡まで逃げてきたらしいな。だが……先に進まなければ、と書いたところで終わっている」
「……本棚の向こうに彼らがいるという可能性はあるかしら?」
「ないな」

 きっぱりカノンが断言した。ルドニーの若者5人が出発したのが三月前、遺跡のこの部屋まで辿り着いたのが20日前である。ゴブリンまでここを棲家にしていた以上、2人の仲間を欠いた一般人が、二月以上も魔物の目を逃れて生き延びる可能性は低いし、ましてや、本棚にこれほど克明な手記を置き去りにする意味がない。所持して続きを書けば、古代の遺跡をどのように発見できたか、学者や魔術師学連が目の色を変えて知りたがる答えを与えてやれる。肌身離さず持つだろう。
 もっとも、若者たちが”先に進んで”からこの部屋まで戻るつもりだったのなら、余計な荷物は置いていったろうが……。

「ミハイル、フレッドを看ててくれ。残りは本棚へ」

 カノンの指示に従い、全員が本棚をスライドさせる。レールがあったので、動かすのはほとんどが女手でも苦にはならなかった。そこには一応警戒したモンスターや、厄介な罠などもなく……小さな宝箱がぽつんと寂しげにあるだけの小部屋だった。
 手早く宝箱の鍵や罠を調べ終わったリュミエールが大丈夫と太鼓判を押すと、進み出たフタバが蓋を開けた。

2019/09/21 16:47 [edit]

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