Sat.

塩の降る村 その2  

 翌朝、ポートリオン商人の手助けをちょっとしてから、村の人たちからサス湖が干上がるまでのことについて情報収集した。
 端的に結果を言えば、ルドニーの住人にも、水が引いてしまった原因は分からない。
 ただ、この現象は2ヶ月前から始まっており、ヌクスよりも交流の深かったココン村の方では、水を新たに得ようと井戸の掘削をずいぶん頑張っていたものの、地下水が湧くことがなく、ついに住民が村を棄てる羽目になった。
 ココン村の者たちが掘削に固執していたのは、古代には遺失した高度な取水技術により、このあたり一帯が水に不自由することはなかったという話が伝わっていることが理由らしい。実際、嘘か真か知らないが、この村にはヌクスに娘が嫁いだ男がいて、孫の顔を見るため荒野に出て迷った際、驚くほど緑の濃い場所に彷徨い出たと主張する者がいるそうだ。
 男を探し当てた冒険者たちが話を聞くと、正確な場所は残念ながら曖昧なのだが、タウス沿いにココンの南の山中に分け入った時の事だったと彼は語った。
 その場所は、この辺りでは本来あり得ないはずの湿地帯になっていて、各所に清澄な泉が湧き出し、木々は生命力に満ちて、しなやかに天を目指していたという。木の枝にはたわわに実る果実があったので、男はぎりぎりで命を繋ぎ、何とかルドニーまで引き返すことが出来たのだそうだ。
 冒険者たちが男の話を拝聴していた近くでは、男の老いた父親がもう使われなくなった魚獲り網を、曲がった背中をさらに丸めるようにして、所在なげに繕っていたが、

「そういや、あの子たちもそれを探しに行ったんだよ」

と口を挟んだ。

「あの子たちって、いったい何のことだよ。父さん」
「三月程前さ。この村で飛び抜けて腕っ節の強かった若者たちだよ」
「ああ……でもあれは、退屈な村の暮らしに嫌気がさした、ってのが本音なんじゃないか?」
「とんでもない。ちゃあんと、お前の話を真剣に聞いて行ったじゃないか」
「……失礼。その若者たちとは?」

 モイラが親子の軽い言い合いを遮ると、男は決まり悪そうにあたまを掻いた。

「いやあ……。どこの村でも、年上の言うことを聞かない若いのってのは、いるもんでね」

 力自慢のアーテフ、人が好く鈍臭いがタフなメチン、紅一点で口達者なローザ、器用な職人志望のオメル、頭の良いユルマズの5人で構成された一行は、新たな漁業のやり方を探そうとか、サス湖を利用した何かのイベントをやらないかなど、日頃からルドニーでも目立った発言をしていた住人である。
 水不足がこれほど深刻化する前から、ユルマズがサス湖の塩分濃度の上昇に気づいており、その危険性を主張していた。
 しかし、ルドニーの誰もが、雨でも降ればまた湖が元に戻るかも……と根拠のない楽観主義を貫いていたため、村の伝承にある古代の取水技術を頼りにすべく、ここを出発したらしい。

「南を目指して旅立ったのは確かだが、この人たちみたいに、冒険者にでもなって遠くで暮らしているのかもしれないぜ」
「そんなことはない。この村を深刻な水不足から救わんと、彼らは旅立ったんだ。……良い子だよ、メチンもオメルも……」

 上記の2人は、たまに漁師であるこの老人の仕事を手伝ってくれていたのだそうだ。
 もし旅の空のどこかで会えたら、よろしく伝えてほしいと老人は言った。後方では男が苦い顔で腕を組んでいる。
 大声で怒鳴りあうわけでもないのだから、親子関係が徹底的に悪いわけでもなかろうが、老人と男の反りは合わないのかもしれない。何しろこの男、漁業が出来なくなった後も道具の整備を怠らない父を気遣ったり、手伝ったりしようとは全くしていない。
 話を聞かせてもらった礼を言って辞すると、ちょうど辺りを一陣の突風が吹きぬけた。フレッドが慌てて、フェアリーの相棒を両手でキャッチする。強風は、湖の底や村のあちこちに積もった塩を吹き上げ、それらを更に上空へと運び去って行った。

「風は南向き…ヌクス村の方角だな」
「塩害の原因はこういうことよね」

 カノンが空を見上げながら言うと、フタバがそれに応じた。
 彼女の足元にいる陶器製の使い魔は、風で宙に浮いた塩にじゃれついて遊んでいる。

「塩の降る原因は分かったわけだけど、これからどうするの?」
「……古代の取水技術の話なんだがな。気にならないか?」
「何がだよ」

 腕を後頭部で組んでぶらぶら歩いているフレッドが尋ねると、ハーフエルフの魔術師は≪隠者の杖≫で肩を軽く叩きながら答えた。

「水を多く湛える技術は結構だが、その水はどこから持ってきているんだ?ココン村では、掘削をいくら行なっても水脈を見つけられなかったというが、あそこもタウス川沿いの集落だ。全然見込みがないわけじゃなかろうに」

 カノンの仄めかしにいち早く気づいたフタバが反論する。

「タウス川やその源泉から水を集めてるって?でも、無から有を生むのが魔法でしょ。私の【蜘蛛の糸】だってそうよ。古代の魔法使いなら、水だって無い所から作れるんじゃ……」

 自分は褐色都市の出身だが、と断ってから説明を続けた。

「ドワーフの遺した浄水場や水道が街にはあるが、所在不明の水源がどこかにあるのだけは判明している。あれも魔法で生んだものじゃないらしい。まして、ここら一帯という広域をカバーし得る技術だ。無い所から生み出すより、在るものを集めてから量を調整して放出するほうが楽じゃないか」
「……あら、確かにそうね」

 ようはダムみたいなものね、とフタバは心中で呟いた。あれも山を切り拓き、大規模に河川を堰き止めて適量を放水するものだ。古代の技術が、もしそういう類のものなら……。
 2人の話をじっくり聞いていたミハイルが発言する。

「それでしたら……先ほどの男性の言う楽園のような不思議な場所、というのがもしや、お2人の仮説に関わりあるのではないでしょうか」
「彼の話が本当なら、ですがね」

 モイラは鼻を鳴らした。あまり信を置いていないらしい。
 とりあえず、彼らの請けた依頼には基本的に期日は設けられていない。ココンの南の山中、というだけではさすがに探しようもないかもしれないが、何らかの痕跡がタウス川沿いにないかだけは確認しておかないか……年長者の意見に、各々は面倒そうだったり、浮かない顔だったりしたが、あえて反対を唱える者は皆無だった。
 結局は、全員がちょっと物見高い性質で、それが冒険者のさがだとも言える。

「じゃあまずは、ココンの村の辺りまで戻ろう。どうせならあそこの掘削機を回収したいものだな」
「なんでー?何に使うのー?」
「もし干ばつが止められないなら、使えるのが短い間だけでも、俺たちでヌクス村の井戸を増やしてあげるぐらいはしておこうかと。アフターサービスをつけておけば、あの村の住民も助かるだろう」
「おおっ、なるほど。確かに掘削機が必要になりそうですね。僕らで扱えるものだと良いですが」

 とりあえずの方針に納得した冒険者たちは、ルドニーでいささかの準備を整えると、すっかり往路の足跡も消えてしまった荒野へ再度出発した。
 廃村と化したココン村にて、カノンの目論見どおり掘削機を見つけた。今でも使用可能であることを確認して、ヌクス村までの道の途中に何かの痕跡がないかを、目を皿のようにして探していた一行だったが。

「ガウガウギャウ!」
「あ、ホムラ!」
「ふしゃー!」

 ちょうどタウス川の水量が急激に失われたあたりで、白と茶の毛色をした耳の垂れたタイプの犬がふらりと現れ、フタバの肩の上にいた陶器製の猫へ吠えた。
 ホムラと新たに名付けられた猫も、犬の鳴き声に触発されたのか、肩からひらりと下りて、生えてない毛を逆立てるように威嚇する。

「なんつう不貞腐れたツラした犬だ」
「ゥガゥ!」
「うおッ!?何だよ?……言葉わかんのかよ?」
「プーカさんがいたら話できるんだけどねー。でも、何となく不機嫌なのは分かるよ」
「……この犬、飼い犬のようですね。気の毒に、人間に捨てられたのかも」
「あの、ミハイル様。この子、ココン村で飼われていたのではないでしょうか?」

 モイラの思いつきに、他の全員が感心したように彼女を見やった。

「おや、でも変ですね。この犬は一体、何を食べて生きているんでしょう?僕が見る限り、まともに食べられる物なんて、ここいらにあまり無いはずですが」
「……特に痩せてるようには見えないよねえ」

 ジャンプされても届かぬ位置を保ちつつ、犬の真上をフェアリーがぐるぐる飛び回る。彼女はしつこく追いかけられたことがあるので犬嫌いなのだ。もっとも、犬の観点からしてみれば、そんなにそそられる大きさで飛んでる方が悪いと言いたいだろう。

「ココンが滅びてから、それなりに時間は経ってるのになー?」
「………もしかして」

 カノンは犬やホムラを脅かさないよう、そっと荷物袋を地面に下ろした。膨れた背嚢の中から、これも膨れた袋を取り出し、一握りの塩を出す。
 これが朝早く、ポートリオン商人に地元商人への紹介状を書いてもらう代わり、彼のためにかき集めたサス湖の塩である。商人用に採取したものの他に、自分たち用にも大量に確保しておいたのだが、これを犬に食わせれば、喉の乾いた犬は勝手に水場への道を辿るだろう。
 フタバに頼んで使い魔を下がらせてもらい、彼は前に進み出た。
 犬はのんきそうに、差し出された塩の臭いをクンクンと嗅いでいる。

「…ヘッヘッ…クン…クン……プイッ」
「……良い根性してるじゃないか、犬っころ。ふんぬっ!!」

 カノンは無理やり犬の口をこじ開け、そこに大量の塩を詰め込んだ。

「うわー……思い切ったねー……」
「こういうことやるの、フレッドのほうだとばかり思ってたわ」
「ギャウン! ギャワン!!」

 犬は突然のハーフエルフの暴挙に抗議の鳴き声を上げたが、口の中の塩辛さに我慢が出来なくなったようで、山奥に向かって矢のように走り始めた。

「…よし、追うぞ!」
「わ、分かった……」

 ドン引きしていた仲間たちも、気を取り直して犬の後を追跡した。
 人間の尾行者をよそに、犬は出来る限りのスピードで枯野を奥へと走って行く。
 この辺りは、標高の低い山地であるため、地形性の降雨や降雪は、ほとんど望めないであろうと考えられる。だからこそ、古代に取水箇所を作成したのかもしれない。しかしこの目に見えている環境下において、豊かなオアシスがどこかに湧出しているというのは、俄かには信じがたい話ではある。

「あ、あいつ藪の中に――」

 フレッドの指摘どおり、犬は枯れ果てた藪の重なり合う向こうへと消えていった。その周りを冒険者たちが捜索すると、藪の向こうの土壁に小さな穴を発見した。獣が屈んで入れるくらいの大きさのものである。
 リュミエールは、穴の周囲を入念に調べ、この向こうに犬が行ったのだということを確認した。

「あたしは行こうと思えば大丈夫だけど、皆はこの穴通れないよね」
「無理無理。頭を通すのがやっとじゃねえか」
「いや、しかし……」

 何かに気づいたモイラが、慎重に手を岩壁に触れさせる。

「この壁、案外と脆いようです。剣で掘るのはもちろん無理でしょうが、ココン村の機械を使えば拡張できませんか?」
「……ふむ。いけるかもしれんな」

 カノンの指示でフレッドが掘削機を背嚢から取り出すと、腰だめに構えてから機械を起動し、一気に岩壁に開いた穴の周囲へ突きこんだ。
 けたたましい音を立てながらも、段々と穴が広がっていく。フレッドが疲れると、今度はモイラが交替して任を務めた。一際大きな岩が崩れると、屈まずに人が入れるサイズの洞穴になった。

「松明は……」
「必要ないようですよ、フタバさん」

 踏み込んだ時点で、出口から光が差し込んでいるのが見えた。穴の全長は短いらしい。
 彼らは何があっても対処できるよう、用心しながら穴を通り抜けたが、その緊張感は辿り着いた先で霧散してしまった。
 軽やかな囀りと共に、先頭を歩くフレッドの目前を、目を射るようなオレンジ色の小鳥が過ぎる。
 呆気に取られる内、自分たちの出た先が、先程までの枯野とは著しく様相を異にする、豊かに草木の生い茂る空間であることに気づいた。至る所で、足下から澄んだ水が滲み出して来ている。

「嘘だろ……何なんだよ、ここ」
「正気に戻れよ、少年。俺たちはまさにここを探しに来たんだろう」
「ねえ、これ見て」

 高原で自生するはずのヒヨス草が、ほっそりとした指の先で揺れている。

「陽光と風と水がたっぷりある所で育つわけよ。ここ、あのルドニーの男の人が言ったように、本当に楽園なんだわ」
「あれはグァバ、キウイ、バナナ……どれも食べれますよ。私たちが休憩時に頂けるよう、少し収穫しておきましょうかね」
「わー。水鶏がいる。あ、これはアライグマの足跡」

 冒険者全員の食糧を賄える程、豊かに食用植物が繁っている。
 かなり多くの鳥獣の姿を見かけるのは、周囲の枯れ果てた山中から、最後の砦とばかりに流れ込んでいるのだろう。獣は水場を本能的に嗅ぎ分けるものだ。
 つい直前まで歩いてきた砂漠化した荒野や枯野を思い出し、ミハイルは深々と息を吐いた。

「おお、主よ。この豊かな恵みが、今お困りのヌクスやルドニーの人々にも与えられますよう」
「きっとさあ、ヌクス村の緑化計画がちゃんと進んだら、いつかこういう光景があそこでも広がるようになるんだろうね」
「だな。ただ、問題は……これが取水技術の結晶なら、コントロールしてる基はどこなんだ?」
「んー……」

 しばし視線を遠くに走らせていたフレッドが、カノンの疑問に指針をもたらした。

「あっちのほう。大分遠いけど、何か建築物があるっぽい」

2019/09/21 16:45 [edit]

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