Sat.

塩の降る村 その1  

 強く吹く熱風に晒され、支給品として貸与された皮のマントが翻る。
 口に入ったりしないよう片腕を挙げて俯いているのに、それでも狙いすませたように、鼻の穴や服の隙間に入り込んでくる砂の粒が痛い。
 風の収まった後、身体についた不愉快な砂を神経質に手で払いのけながら、ミハイルは不満たらたらの顔で呟いた。

「前の依頼でも熱い思いをしたのに、なんだってまた、砂漠なんかに来てしまったんでしょう」
「村に到着するまでの費用だの追加報酬だのが依頼主持ちで、かなり条件が良かったからだろ」
「”塩”が降るという現象も、俺たちは珍しがっているだけで済むが、ヌクス村は緑化計画まで頓挫して、農地もなくなる瀬戸際だ。解決できれば名を上げられるぞ」
「それにまだ砂漠じゃないよ。荒野だよ」
「寄ってたかって、こちらをへこませるのは止めてくださいよ!」

 仲間たちのやり取りを見守っていた片方が、我慢強く沈黙を守る片方へ話しかける。

「人助けなのに彼が苛立つのは、それこそ珍しいんじゃない?」
「はい。こないだの『沈まぬ太陽』で皆が怪我をして危なかったのが、心に引っ掛かっているのかもしれません。似たような環境で仕事をするのが苛立つ原因かと」
「冒険なんだから、多少の危険は折込済みよ。ね、ホムラ?」

 肩に乗って上手くバランスを取っている陶器製の黒猫――実は『火を抱く猫』という一流の芸術作品――を、ちらりと見てフタバは同意を求める。

「にゃにゃおーん」

 これは新たな主に賛成しているというよりも、むしろ賛成しかねるからもう少し慎重になれ、という鳴き声のように思える。だが、モイラは賢明にも再び沈黙を選んだ。
 塩害は通常、海水の浸入や海沿いから吹く風の塩分で作物などに害を受けるものだ。
 ヌクス村の場合は、村を出て北上すれば行き着くのがこの半ば砂漠と化した荒野であり、塩を降らせる風はそこから吹いてくるのだという。ちなみに、この荒野は海に繋がってはいない。
 あえて言うなら、ヌクスで唯一、飲料水の確保先になってくれているタウス川の流れる先が、塩水湖だという話なのだが――サス湖と呼ばれるそこは湖畔にルドニーという集落を抱えており、そこに住む住人に塩害があるという話が出たことはないらしい。漁業を生業に、小さいながらも安定した収入を得ている村だそうだ。
 フタバは人差し指を下膨れ気味の己の頬に当てた。

「肝心のタウス川が途中で干上がっていたのも、かなりおかしなことよね」
「ヌクス村の村長さんには、川沿いに歩けば迷わないと言われていました。川が干上がったことすら知らなかったという証左です」
「でも、塩水湖から風が吹くにしても、砂漠でそう簡単に堆積するものじゃないと思うの。それだけ塩分が濃かったら、とうの昔に魚が全滅してるだろうし……」
「行ってみたら住人が全滅してるパターンもありますよ。タブロアート領みたいに」
「縁起でもない……そうじゃないことを祈るわ」

 話しながら歩いたせいか体勢が崩れ、おっとっと、と砂に取られた足を持ち上げる。
 リュミエールは何となくその様子を見ていたが、砂が不自然な軌道を微かに描いたことに気づき、思わず声を上げた。

「フタバちゃん、危ない!」
「っ!?」

 フェアリーの警告が早かったため、フタバはぎりぎりで後ろに跳び、細かな牙の並んだ貪欲な口から距離を取れた。寸でのところだったのは、怪物との距離がフタバ自身の肩幅ほどもなかったことでも分かる。

「このっ!」

 モイラは咄嗟に這い蹲るそれの腹を横から蹴飛ばし、剣を下段に構えた。
 柔らかな人肉を食べ損ねたのは、貪欲な巨大爬虫類――全長2メートルもある砂蜥蜴である。
 この敵が厄介なのは、砂中を驚くべき機動性を発揮して『泳ぎ回る』事が出来るからだ。人間は足元から攻撃されるのに弱い。素早いフタバでなければ、片足を噛み千切られたところだ。
 そしてさらに厄介なのは……。

「げげっ!こっちの岩が動き出したぞ!?」
「馬鹿、それも砂蜥蜴だ!」

 荒野に点在する岩そっくりに擬態し、油断している動物を襲う習性があることだろう。フレッドは慌てて向き直り、背中を見せたままになるのを回避したが、これではモイラやフタバに対峙しているほうの砂蜥蜴には攻撃できない。
 状況を一瞬で見て取ったカノンは、リュミエールに指示を飛ばした。

「妖精、眠りの歌だ。こいつらはひどくタフで、倒すのに時間がかかる。搦め手がいる!」
「分かった、ちょこっと待ってね!」

 蔓薔薇の小さな竪琴が妙味ある音を響かせ、仲間たちが蜥蜴の口を辛うじて回避しながら戦っている姿に焦りつつ、どうにか喉の調子を整え歌い出す。
 可愛らしい声が紡ぐ子守唄に、二匹とも眠りの淵へすぐ導かれた。

「ふう……」

 カノンがそれを見て、渾身の攻撃に移る体制を全員で整えようと思った時である。

「コノヤロウ!」

 血気に逸ったフレッドが、まだ他の者の準備が終わらぬ間に、一匹へ斧を振り下ろしてしまった。
 ゴブリンの胴も両断しかねない勢いの攻撃だったが、砂蜥蜴の皮膚は荒野の厳しい環境に適応するので分厚くなっている。深い傷跡はこしらえたものの、一撃で仕留めるには至らない。
 反撃でフレッドを丸呑みにしようとするのを、ミハイルが体当たりするようにして庇った。
 ぎゅるん、と僧侶服姿の若者の身体が、口の向こうに消えた。

「ミ……ミハイル様!!」
「おいおいおい……やばいぞ……」

 未だに眠り込んでいる一匹を無視して、全員でミハイルを丸呑みにした個体へ武器や魔法を叩き込んでいく。ミハイルは呪文使いにしては丈夫なほうだが、原始的な生物の胃酸で溶かされるのに、どれくらいまで耐えられるかなど保証はない。早めの救助が求められた。
 暴れまわる砂蜥蜴の口や尾をすり抜け、風に舞うリュミエールは蜥蜴の胴体に着地すると、その鱗に小さな手を掛けた。解錠の要領で、堅固な鱗の端を捲り上げ、身体全体を使って剥がしていく。

「うぎぎぎ……ふんぎー!」

 不意にぽろっと何かが取れるような感触がして、リュミエールは理想的な弧を描き砂地に落っこちていた。手にはちゃんと岩と同じ色をした砂蜥蜴の鱗がある。

「フレッド、そいつ鱗剥がれてる!」
「了解、援護ありがとよ、リュミ!」

 フェアリーの拵えた弱点目掛け、【閃光の一撃】による斧の刃が振り下ろされる。
 深く突きこまれたそれは、荒野の捕食者を絶命させるのに充分であった。砂蜥蜴のぎらつく黄色い目が光を失っていく。
 感慨を覚える間もなく、冒険者たちは蜥蜴を引っくり返して、慎重に腹を裂いた。内臓の膨らみを確認しながら目当ての臓器を探り、一気に切れ目を作る。
 はたして、完全に気絶した状態のミハイルが現れた。
 髪の毛が少し短くなっているようだが、皮膚も少し赤くなっているだけで、酸に溶かされた様子はない。このまま命を落とすことはなさそうだ。
 彼を毛布で包んでフレッドが抱えあげると、残り一匹を眠らせたまま、一行は急いでその場から離れた。冒険者側には足場のハンデがあるのに、こんなタフで危険な生き物を、いつまでも相手にしてはいられない。

「……少年、分かってるだろうな」
「うん。俺が全面的に悪い。説教は後で聞くぜ」

 当たり前だ、とカノンはフレッドの頭にチョップを喰らわせた。
 もっとも文句を言ってしかるべきミハイルの実家から来たガーディアンは、目下、フレッドに無言のまま殺気を叩きつけている。これはこれで怖い。
 ただ、最優先事項はミハイルの回復であることは間違いないので、仲間たちは辺りを見回して、少しだけ高台になったところに集落を見つけると、そこを目指して歩を進めた。
 まるきり人気のない村の様子が気になったものの、詮索は後回しにして一軒の廃屋へ駆け込む。
 毛布を下敷きに横たえたミハイルに、モイラが【冷却せしめよ】という温度調整を応用した術を施すと、辛うじてだが彼は目を覚ました。
 何しろ、このパーティにおける治療のエキスパートは、気絶していた聖北僧侶のミハイル自身なのである。前回の事件でモイラが術を会得していなければ、彼を起こすのに後は傷薬を頼る他ない。リュミエールはそれに気づいて、次に機会があれば、治療系の呪曲や妖精の技を探そうと決意した。
 ミハイルは自らに【癒身の法】の祈りを捧げ、ダメージを受けていた身体を治した。

「いやはや、あんな生き物がいるとは、砂漠は怖いところですね……」
「ミハイル様。今後あのような行動を取られるならば、奥様たちに文で迎えに来てくださるようお願いしますからね」
「ちょっと待ちなさい」

 ミハイルは泡を食いながら起き上がった。

「あの場合は仕方ないでしょう。フレッドくんは僕たちの中で、一番重いダメージを与えられる戦士ですよ。彼が丸呑みにされていたら、こちらの勝利は覚束なくなります」
「時間は掛かっても、カノン殿やフタバ殿の攻撃魔法もあるのだから、一匹は倒せましたよ。第一、あなたが敵の攻撃で気絶してしまうと、我々の回復が覚束ないんです」

 うんうん、とカノンやフタバが頷いている。

「ま、もっとも反省しなきゃならんのは、少年だがな」
「はい……本当にすいませんでした」

 常の荒っぽい言葉遣いを改め、きっちり頭を下げている。
 心の底から謝罪をしている様子に、びしばし殺気をつきつけていたモイラも、それ以上は言い募るのを止めた。ただし、鋼鉄の視線と共に釘を刺すのは忘れない。

「二度目はありません」
「はい……」
「それにしても……」

 リュミエールは、粗末な家の中を見渡した。家財道具が洗いざらいなくなっている家ばかりの集落で、ここだけが多くの道具類が残っている。

「ここ、人が住まなくなったの、たぶん最近の話だね。ここが一番のボロ家なのに、道具類が朽ち果ててないもの。誰かしら利用してたんだ」
「そうね。位置的に、タウス河畔のココン村じゃないかしら。塩害が出始める少し前から、ヌクス村との交流が途絶えていたと聞いたけど、これじゃ無理ないわね」

 恐らく、ヌクス村とは違って、頼みの綱だったタウス川も干上がってしまい、飲み水すら確保できなくなり住民が離散したのだろう。

「つまり、塩害の原因は、もっと北上した先にあるかもしれないということだな」
「ココン村に原因があるのなら、ココンの住民が冒険者を雇うなり、近隣の村に呼びかけて対応策を練るなりしたでしょうからね」

 カノンの考えをフタバが補足する。
 だとしたら、ここでグズグズしていても、依頼を完遂することは叶わないだろう。
 一行は休憩を取ることを止め、また荒野の中へ踏み出すことにした。日差しを遮るものがなくなり、また急激に気温が上昇する。
 乾燥した空気に撫でられながら進むが、歩けども歩けども、一向に荒野が途切れる気配は無い。
 かなり日が傾いている。劣悪な環境に体力を削られ、いよいよ行き倒れを覚悟する時が来たのかと誰もが危機感を覚えた頃……。

「あ」

 フェアリーの口から、信じられないといった態の声が漏れた。

「村が、見えるよ」
「…!!」

 突風の間はフレッドに庇われながら進んできたが、彼女もまた限界に近い。蜃気楼でも見てるのかも知れないと自分で自分を疑ったが、近づくにつれ、その村の様子が段々と見えてきた。
 この辺りで一般的に使われる赤褐色の木材で建てられた家々は、リューン近郊の肥沃な土地を得た集落からすれば小さいものの、整然と区画整理されているのが分かる。
 思いのほか、辺境の寒村からすれば住みやすそうな場所だ。実際、人影はそう少ないように見えないし、アンデッドが歩いてる訳でもないだろうに、あまり活気が感じられないのが奇妙である。
 道の隅に吹き溜まりの雪のようなものを見つけて、ミハイルがその正体に驚いた。

「あれ……塩ですね」
「結構な量があるわ」
「サス湖はあるか?」
「ひょっとして、あの大きな窪地がそうなんじゃないでしょうか」

 モイラの指が下方を示す先に、真っ白な塩の堆積した所がある。この位置からでも窺えるそれは、縮小してしまった湖の底であるらしい。
 ぴしゃりと額を叩くいい音がして、フレッドが呻くように言った。

「なんてこった。すっかり干上がってる」

 干上がった川の水が伏流水となって、サス湖に流れ込んでいる様子も無い。このままタウスの流れが戻らなければ、遠からずこの湖は消滅するだろう。
 カノンがこれまで被っていたフードを外しながら意見した。

「……今日はもう遅い。ここで宿を取り、明るくなってからルドニーの住民に話を聞こう」

 ルドニーは小さい村だが、幸いにも≪銀の湖畔亭≫という宿屋が、村に入ってすぐのところに建っている。宿泊できる部屋数は12室と小規模で、その分だけ宿の手入れは行き届いているようだ。宿の看板には魔除けのつもりか、ヤドリギに所々ローズマリーやウッドラフを差し込んだリースが飾られているが、そのささやかな装飾にさえ塩の結晶がくっついていた。

「こんなところにまで……何故、ヌクスの村人はこの状態を知らないのかしら」
「いや、案外こんなものでしょう。あの荒野を旅の素人が行き来するのは、ひどく危険です」

 そして、人が行き来しないということは、全く情報が交換されないということだ。異変の知りようもないのである。モイラは元々田舎出身で――自分の村での悲劇の時も、近隣の村と連絡が取れずにいたことが――あるため、そういう田舎の小村同士の在り方についてよく分かっていた。
 ≪銀の湖畔亭≫の主は、左足を引き摺って歩く50歳がらみの男で、珍しい外部からの客人を歓迎してくれた。外貨を稼ぐ絶好の機会は逃したくないのだろう。
 フレッドやモイラの物々しい武装にたじろいた様子もあったが、砂漠化しつつあるこの土地では滅多に見られないフェアリー連れだと分かると、厳つく彫りの深い顔が優しく綻んだ。
 他にいる宿泊客は一組だけだった。
 リューンと同じ西方諸国の新港都市、ポートリオンからわざわざ来たという行商人で、サス湖特産のイシム魚と、その卵による珍味を求めてきたのだが、すっかり当てが外れたと肩を落としていた。

「今やイシム魚ってほとんど水揚げが無いみたいで、全く手に入らないんだよな」
「そりゃあ、こんだけ湖が干上がっていればな……」
「そのお魚さんは美味しいの?」
「イシム魚っていやあ、その淡白で独特な食感の肉と、この上なく美味な…て言うか珍味な卵のおかげで、今や凄い高級食材なんだ。グルメを自称するその筋には人気がある。バカにならない旅費を掛けてでも、来るだけの価値はあるだろうと思ったのによ」

 だがよ、と商人は身を乗り出した。

「いい事を思いついたんだ。ここで幾らでもとれる塩を、東方産の、珍しい特別な塩として売り出してやるつもりなんだ」
「ブランド価値をつけた塩ってことね。なるほど、悪くないかも」
「一発当たれば、こりゃ結構いい儲けになるぜ。俺は誇り高き、ポートリオン商人なんだ。転んだってタダじゃあ起きないぜ…フッ」
「ふむ……塩か……」

 干し魚を戻して煮込んだものに、ふすま入りのパンと麦酒を添えて宿の主が食事を机上に並べていくが、カノンはその様子を眺めながら、全く別のことを考えているようだった。

2019/09/21 16:44 [edit]

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