Fri.

オルドリノの愛し猫 その2  

 ――結論から言えば、猫は何者かの意を受けていたのか、冒険者たちへ帰るように促しに来たようであったが、それを断られると、彼らをタブロアートの中枢とも呼べる場所に案内してくれた。
 これが『火を抱く猫』の独自の判断によるものなのか、それとも帰らない客をここへ案内するよう予め登録されていたものなのか、一行には分からなかった。
 だが、空の不穏な赤い光が斜めに差し込む書斎は、高度な知識を有する人物の部屋であることが明白で、魔術師学連所属であるカノンや、21世紀の日本の学校図書館を覚えているフタバにも、大した質と量の蔵書だと感じられた。
 ただ、ざっと見回すだけでもかなり痛んでいる本が多い。しかも経過年数ではなく、熱処理のあった痕跡が見られるもののように思った。
 モイラが問う。

「ここは誰の家なのですか?」

 『火を抱く猫』は、毛繕いの真似事をしているだけで答えはしない。
 フレッドは呆れたように、嘆息と共に言葉を吐き出した。

「……。そこは自分で調べろってことか?」
「そういうことなら、僕たちがここの本を引っ張り出しても大丈夫でしょう」
「にゃおぉん」
「やれやれ……。じゃあ、家捜しさせてもらうぜ」

 『火を抱く猫』はフレッドの宣言に異論がないようで、腹を見せて転がっている。
 よく見れば、底面に古代神聖語の文字がある。ミハイルは近づいて読み上げた。

「猫よ、猫よ、燃ゆ街を見て何想う」
「ふえ、突然どうしたのー?」
「『火を抱く猫』のお腹に、古代神聖語でそう書かれているんですよ」
「何かの詩なのかな」
「詩だとしても、ただの洒落でやったものではないな。この蔵書の持ち主は、かなり高度な魔法の使い手だと俺は思う。何かのキーワードじゃないか?」
「………ごろごろ猫………」
「はいはい。後で触らせてあげますから、これらの本を調べてくださいね」

 モイラによって窘められたフタバは、アレルギー持ちの自分でも触れる猫に未練を残しながらも、特に頻繁に手に取っていたと思われる物を棚から引っ張り出した。
 『魔道の初歩 ~ゴーレムを作ってみよう~』、『美術品としてのアンドロイド一考』、『見果てぬ魔道エンジンの夢』……どうも、ここの持ち主はゴーレムなどの人工生物について、かなり深く学んでいたらしい。魔道と機械の融合を上手く行なっていたタブロアートは、当時どんな街だったのか。フタバの好奇心が疼いた。
 棚の下のほうに視線を止める。

「これ……手記だわ」

 茶色い地味な革表紙の書のタイトルを見て、フタバの片方の眉が上がった。
 ページを捲ると、様々なゴーレムのデザインが描かれているが、中でも目を引くのは非常に精密な人物画である。性を感じさせない、中性的な人物だ。『我が執事』『守護像』などの走り書きがあり、必要な石の寸法も書いてある。

「何があった?」
「執事にして守護者のゴーレムについて。でも、この子は見てないわよね」
「……ずいぶん人間に似せたものだな。家族か友人でも投影したんだろうか」
「手記の他の部分に、もっと何か書いてないかしら」

 爪の短いほっそりした手が丹念に手記を捲っていくうち、日記のような書き残しを見つけた。
 商店街の友人たちと酒を酌み交わした時に、隣の領と諍いが起きていてきな臭い、という話題になっていたようだ。豊富な森林資源の取り合いは以前からあったが、小競り合いが顕著になってきており、自分たちの領の主たる進取派の男爵が、何か嫌なことを考えているようだ……とある。
 ひょっとしてここら辺に、タブロアート領の急な消滅の理由があるのかもしれない。

「この手記、その時々で気になったことが書かれているのね。自分の作った執事にオリジナルティのある芸術作品を作らせようとして上手くいかなかったとか、執事に商店街で買出しを頼んだとか、夕日を見る黒猫が好きなのでゴーレム学を駆使し、『火を抱く猫』を動かしたが凄い可愛いとか」
「なんだそりゃ、人生エンジョイして楽しそうな人だな」
「棚のこの辺だと、読み物も多いですよ。多くのものに興味をお持ちだったんでしょう。伝記も……『大公サウル、その偉大なる功績』?」

 タイトルに惹かれたらしいミハイルは1冊の本を取り出し、部屋の主の手記そっちのけで貪るように読み始める。彼の様子を見てモイラは軽い溜息をつき、フタバが持っているのよりも立派な装丁をした黒い革表紙の書を手にとって開いた。
 彼女がその本を開いたのは、著者の名前に見覚えがあったからだ。オルドリノ・ケイター――『火を抱く猫』を製作した天才である。
 モイラはじっくり半分ほど目を通し、フタバとカノンの名を呼んだ。
 自分の手にある本の、文章の一部を指し示す。

「『森と湖に囲まれたタブロアート領は、古来より聖北教会、進取派の根城であった。』……んんっ、これはもしかして……」
「多分ですが、異端審問官がタブロアートを訪れたのは、これが原因の一端なんでしょう。それと、もうひとつ」

 タブロアートの下には良質な土や岩がある。人々は洞窟と暮らし、土をこねて愛し、彫刻に適した岩を友としてきた。また、特色として地質は良性の氷属性に恵まれ、『冷却液』という魔法物質が産出されることもタブロアートを活気づかせる理由になったとある。

「芸術愛好への下地が、土地のこういう産出物にあったわけか……」
「これ、『冷却液』も焼き物とかに利用してたってニュアンスで書かれてるわよね?」
「そうだな。近隣の土地に対する武器とかの発想には至らず、何よりではあるが。魔術師学連でこれを知ったら絶句しそうだ」
「これが第二の理由です。『機械文明の遺跡が発見されたことで、土と共に暮らす傾向はさらに強まることとなる。領内では斬新なデザインの彫刻が流行した。しかしこれが教会の怒りに触れることもあった。貪欲かつ好奇心旺盛な進取派たちは、教会の下に隠し通路を作ったという。』」

 異端審問官が来るたび、彼らは地下に工房やら資料を隠していたわけだ。
 信心深いが強かでもあったタブロアートに悩ましい命題が湧いたのは、機械文明遺跡から発掘された美術品が原因だった。人間を模倣した、機械でできた人形である。この高い知能を持つ存在を人とするかどうか、あるいはドワーフのような新たな区分とするか、人々の意見は割れに割れたという。

「ふわー。機械文明時代の、人工生命体ってこと?」
「ですね。1人や2人の話じゃないようですが、人の奴隷・使用人と誤魔化すことで、異端審問に目を瞑ってもらったとあります」
「……あまりいい気分のする言い訳じゃないが、それしか当時は理屈をつけられなかったのか」
「少なくとも著者は、そんなつもりで接していたのではないですよ。ほらここ、『数少ないながら、彼らもまた、タブロアートの住人にして、旧来より伝わるはがねの友なのである。』と」
「へえー、はがねの友人か……何か格好良いじゃねえか」
「さっきの執事兼守護者は、彼らを参考にオルドリノさんが作ったのね?」
「だと思います。むしろ彼らは、積極的に参考にしてくれと名乗りを挙げたのかも。新たに作られるのは自分たちの次世代ですからね」

 種族を超えたかつての街の住民たちに思いを馳せていると、ひらりと宙に舞った紙片がある。
 ページ間に挟まっていたのが落ちたらしい。フレッドが拾い上げると、肩に乗ったリュミエールが読んでくれとせがんだ。

「聖北が流れ込む前は『太陽』の土着信仰。現在はタブロアート家によって破棄。本当か?」
「お日様拝んでたの?」
「えっ」
「おい少年、ちょっと貸してみろ」

 フレッドが拾得したメモには、確かに彼が読み上げた文が書かれている。
 聖北が西方諸国の各地を席捲する前には、土地の特色や歴史に基づいた土着信仰が多かった。タブロアート領もその例に倣うのは想定内だったが、前の信仰を領主一族が破棄したのを、住民が疑っていた所が解せない。何か、特別な理由でもあるのだろうか。
 タブロアートが聖北の進取派であったのは、自分たちの信仰を棄てざるを得なかった件について、保守派の強硬姿勢に含みがあったのかもしれない。

「この光といい、何かおかしいんだよな……」

 メモを片手に、カノンが呟いた時である。
 規則正しい硬質な足音がこちらへ近づいて、冒険者たちが身構える前に、無人のはずの家の地下からやって来た人物がドアを押し上げた。

「こほん……。彼女の……。『火を抱く猫』の忠告を聞かなかったのですね……」
「お、お邪魔してます」
「フタバちゃん、なんか違うよ」

 地下の階段から現れたのは、鈍色の薄いケープを羽織った、男とも女ともつかない人物だった。痩せぎすで、背は発展途上中のフレッドより指5本くらいは高いだろう。長い黒髪をごく小さな鉱石のついた革紐でひとつに纏め、背中に流している。
 しかし、その目にある兆候を認めたフタバが、ぴくりと眉を動かし言った。

「目のつくりやスペクトル反射が違う……あなたは、人間じゃないわね?」
「はい。いかに人に近く作れるか。実用品ではなく、芸術品として作られました。ようこそ、オルドリノ邸へ」
「自分で思考し判断するアンドロイド。あっちの世界ですら実用化はされなかったのに、まさか存在するなんてね」
「あっちの世界?」

 熱に浮かされたような慨歎を聞き咎めたカノンだったが、後にしてちょうだいと年下にいなされ、黙る他なかった。この小娘は、たまにこういう不相応な風格を見せる。
 モイラが進み出て、慇懃に被造物の相手へ挨拶をする。

「はじめまして、モイラと申します。あなたがどなたか、お尋ねしてもよろしいですか?」
「私は我が主『オルドリノ』の名を預かる使用人です。……私に名はありません。代わりに預かった名を名乗るよう、申し渡されています。どうぞ、オルドリノ、と。お呼びください」
「やはりここが、芸術家のオルドリノさんの家なんですね」
「さようでございますっ……こほん、こほん……っ」

 主と同じ名を名乗ったものは、胸の詰まるような咳をした。

「どこかお悪いのですか?」
「機構が損傷しているのです。稼働して、長いものですから。……それよりも。あなたたちに忠告しなければなりません。今すぐ、この街を出てください」
「理由を聞いても構いませんか?今から野宿の支度も、なかなか大変なんです」

 しれっとしたモイラの返答に、カノンは心中で苦笑した。
 ひよっこばかりのパーティだと思い、報酬交渉も進んでしてきたが、中々どうして隅に置けない面子が揃っている……!
 オルドリノはかなり躊躇いを見せていたが、意を決したように再び口を開いた。

「……もうすぐ、このタブロアートに熱波の襲来があります」

 その忠告に対する反応は様々だった。
 仏頂面で口をへの形に結ぶ者、それがどういう危険かよく分からない者、片方の眉を上げる者、腕組みをして唸る者、ロザリオを握り締め緊張する者、そして。

「その証明は?」

 あくまで淡々と話の続きを促す者。

「ここに来るまでに、輝く街を見たはずです。あれは『怪異』の前兆です。怪異とは、異界から訪れた、名を『沈まぬ太陽』と言います」
「自然発生したものですか?」
「現……いえ、故タブロアート男爵が、戦争のために呼び出した怪物です」
「ですが、タブロアートは古くから信仰が盛んだと……」
「いや待て、従者さん」

 カノンが話を遮り、フレッドから渡されたメモを片手に握り締めつつ言った。

「男爵家が破棄したことになっている土着信仰があったろう。元々が太陽信仰だった、というのはその『沈まぬ太陽』を崇めていたのか?」
「信仰、とは何なのでしょう。そのマザーボードになるのは、何なのでしょう。男爵は誠実な方でした。ですから、私はこう答えます」

 ただ、領を守りたかっただけ、と。
 長き年月をここで過ごしてきた執事には、彼が本心では何を信仰していたのかなど関係ないのだ。
 かの存在にとって大事なのは、男爵が主や他の知人たちと親しく交流し、戦火に晒されようとしたこの街を、己の知る全てを使ってでも救おうと足掻いていたという事実である。

「あの、さ。それはゴブリンみたいに退治することはできねェのか?」
「……騎士団や商店街の友人たちも、機工や術を手に立ち向かいましたが、沈まぬ太陽の伸ばす恐ろしい手に浚われ、誰一人、戻りませんでした」
「伸びちゃうんだ、手が……」
「オルドリノ氏もですか?」
「……結論から言えば。主は都が滅ぶことを悟り、償いを求めるタブロアート男爵と二人で、都に魔術を施しました。自らの命を用いた『封印』を、都全体に付与したのです」

 つまり、タブロアート領は長いこと、人払いの結界が施された封印の地として時から隔離されていたのだ。しかし、封印はいつしか緩み、この世界に現れると同時に、共に時を止めた怪異が動こうとしているのである。

「今日が封印の刻限――。主命に従い、今度は私が動力を賭して封印する番です」
「なるほど、私たちはその封印と封印の隙間に、迷い込んだわけですね……」
「でも、そうしたら君は……。今のオルドリノはどうなるの?」

 邪気のない目で見上げてくる妖精に、アンドロイドは顔色も表情も変えることなく答えた。

「役目を果たし、機能を停止するでしょう」
「だ、だが、そんなこと……!主は、そんなことをテメェに望むのか!?」
「……関係のない話です。さあ、お帰りください。ここが死地とならぬうちに。図々しいようですが、あの子をお願いします」
「ぐるにゃーお」

 『火を抱く猫』は、抗議するようにオルドリノの足元に纏わりつき、その陶器製の尻尾で執事の脛を叩いている。
 オルドリノはしゃがんで、黒い背を撫でた。

「ああ、よしよし……。我が主が、最も愛した大切なペットですから」
「……ふざけんなよ」
「フ、フレッド?」
「フレッドくん?」

 フレッドは怒っていた。つかつかと歩み寄り、自分より背の高いオルドリノの襟ぐりを掴む。
 声を掛けたリュミエールやミハイルはもちろん、オルドリノも招いていない客人の予想外の行動に、どう対応すべきか分からず呆然としている。

「テメェは、まだ生きてるんだろうが!テメェの誕生を願った人たちの思いを、そんな突然出てきた化け物のために、おめおめ途切れさせるつもりかよ!」
「し、しかし……」
「死ぬことが分かっていて、たった一人で立ち向かうなんざ間違ってるだろ。俺たちは冒険者だ、こう言えば良い……!」

 助けてくれと。
 それだけで、介入するには充分過ぎる。
 太陽よりも熱くなるフレッドの憤りに、仲間たちは顔を見交わした。

「……報酬なしはきついんだがな」
「でも、ここで帰るのあたしは嫌だなー」
「聖北の徒として複雑な気持ちですが、ここが信仰の厚い人たちの都なのは本当です。できれば守ってあげたいです」
「私だって状況を分析もせずに、尻尾を巻いて逃げるのはゴメンだわ」
「父の話にあった幻の都を、私の手で救うチャンスがあるなら掴み取りたいです」
「ほら見ろ。さあ、俺たちに依頼するならさっさとしろよ」

2019/09/20 14:00 [edit]

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