Fri.

オルドリノの愛し猫 その1  

 オレンジ色と赤色の混ざり合う複雑な光が、ちょっとずつ地平線に近づいている。
 身を寄せるための岩肌も木陰もなく、ただただ寂寞とした荒野に近い光景が広がっていた。
 歩いていた6人――いや、1人は飛んでいるので5人か――の先頭を歩いていた人影が止まる。
 
「ああー、ダメだ、日が暮れちまう!」
「今夜は野宿ね……」

 ヤケクソのようにフレッドが叫んだところで、フタバが何かを達観した顔で応じた。
 失敗した依頼の帰り道というのは、えしてどんなパーティもその二極化になるのかもしれない。
 あの巨大ゴブリンとの戦いから10日ほど後の、新たな仕事帰りのことだった。
 どんな内容だったのかと言うと、

「依頼は長引くし、宝探しは空振りだし、散々だね……」

などとリュミエールが溜息を吐くとおり、依頼人に報酬をケチられたり、討伐対象のゴブリン(小鬼)の狡猾さで棲家が一種のプチ・デスダンジョンと化していたり、である。
 ならばと期待をかけたゴブリンの貯めこんだ財宝はと言えば……。

「蛇の皮だのなんだの、本気でろくでもなかったな」
「あのゴブリン、爬虫類好きなんでしょうかね」

 要するに、二束三文にすらならなかったのである。
 彼らの実力がなかったわけではない。『運が無かった』。ただそれだけであるがゆえに、どうしようもなかったという話である。
 そういうわけで、報酬と支出が差し引きゼロといった具合で、冒険者はがっかりしながら帰路についていた。
 嘆く他の仲間たちをよそに、モイラは淡々と保存食の干し肉を齧り、使われている香辛料の絶妙な甘辛さに目を細めた。これは足の骨を折ってしまった農耕馬の肉で、一行が依頼主の家を憤然と出てきた後、ゴブリンによって馬に被害を加えられたことのある農夫とその娘が、せめてものお礼に差し出してくれたものである。
 モイラの持つ肉の芳香に気づいたフレッドが、自分の空腹ぶりを思い出し、懐から同じ保存食を出して噛み千切った。

「干し肉が身に染みるな……」
「赤字じゃないだけマシですよ。ここまでの旅程による支出と報酬が、差し引きゼロですからね」
「モイラの言う通りですね。それでは、今日はここらで野宿する準備をしますか?」
「そうですね、ミハイル様………おや?」
「……どうかしましたか?」

 手布で指についた香辛料を拭い、流れるような仕草でポケットに仕舞った後、モイラはふと視界に入ったものが信じられないまま声を上げた。

「あちらです、ミハイル様。何か明るくないでしょうか?」
「おや……本当だ、何か光ってるように見えますね」

 モイラの指差す向こう、いよいよ地上へ本日最後の光を投げかける太陽の模様のように、黒く聳える街並みが一際赤い光に照らされているように見える。
 行きの行程には記憶のないものだ。
 当然ながら、冒険者たちは顔を見交わした。

「ねえねえ、あっちに街なんてあったっけ?」
「いや……少なくとも俺は覚えがないんだが。少年は?」
「俺にもねえぜ」
「……あの。ちょっと宜しいですか」

 挙手したモイラに、全員口を噤んだ。

「かなり以前にですが、この辺りに栄えていた都のことを父から聞いたことがあります」
「従者さんの父親、っていうと……」
「はい。冒険者でした」

 モイラはその父により、今まで経験した依頼や、冒険で聞き及んだ伝承などについて、子守唄代わりにこと細かく話を聞いていた。
 この辺りには、かつて芸術で栄えた都があった。だが、領同士による諍いの中、遂に戦争を開始するかと思われた間際に、その都は唐突に姿を消してしまったのだという。
 果たして忽然と姿を消した芸術の都は――。

「このように呼ばれていたそうです。タブロアート領、と」
「……姿を消したというのは、建物や生活の跡そのものが無くなったんですか?」
「はい。何も残らなかったそうですよ。そこに街が存在していた、という何もかもが」
「……いや、あるじゃねえか。そこに」
「同じ場所に、違う集落が出来たんじゃないのかな」
「多分だけど、そうじゃないと思うわ」

 フェアリーの意見を、フタバが難しい顔で否定した。
 フタバとカノンの2人で、あの吝嗇家な依頼人の村までの旅程で、無駄なく行き来できる道を調べて選んだ際に、ここに集落など無かったことを思い出したのである。ここから見える規模からして、集落が小さいから、地図に描かれたり行商人たちの口の端に上ったりしなかったのだとは考えにくい。
 菫色の双眸がカノンを見やると、彼も同意見らしく無言のまま頷いた。
 その横では、ミハイルが両の人差し指を米神に当てて、何らかの記憶の箱を引っくり返していた。

「タブロアート領……昔に読んだ何かの書物に、幾度か異端審問官を派遣したのが、そこだったような……ずいぶんと古い記録のようで、それ以上に詳しくは書かれていなかったんですが」
「そういえば坊さんは、ラーデック出身だったな」
「はい。父やその友人であれば、もう少し分かることもあるんでしょうけど」
「しかし、異端審問だと?」

 穏やかではないな、とカノンは思った。
 異端審問官はそもそも、正統とされている聖北の教義に反しているかいないかを見定め、それが重大な聖北への冒涜であれば、相応の裁きを下す役割である。生半な精神では勤まらないがゆえに、狂信的になる者もいれば、原理主義に従って役目を果たす者もいるのだが、いずれにしろ、何かの予兆あればこそ必要なものであり、軽々と派遣されるものではない。
 それが、『幾度か』派遣されたというのであれば、異教の介入を示すような兆候が、タブロアート領に見え隠れしていたのだろうか。
 どうもあまり行きたい場所ではないな、と思う一方で、こんなボロボロの精神状態で野宿はゴメンだ、という気もする。
 どうしたものか判断がつきかねて、カノンはもう1人の頭脳役であるフタバに短く尋ねた

「行くのか?」
「野宿よりはマシよ。そう思わない?」

 野宿のひと晩や二晩で参るような面子ではないが、命に関わるようなトラップ群を潜り抜けた後の報酬なしで行なうのは、さすがに辛いものがある。それに、ゴブリンたちの棲家で何も得られなかった分、何かの発見があるかもと期待を寄せてしまう気持ちが混じっていた。

「……ま、建物の中に入らんまでも、軒先を借りれるだけで有り難いし。軒先が存在したらだが」
「あたしたちが見てるのが、ぜーんぶ蜃気楼で、荒野の只中で騙されたなんてこともあり得るね」
「ゾッとしない話ですねえ……」
「どっちにしろ、行ってみなきゃどうにもならねえよ」

 俺は行きたい、とフレッドは角度の悪かった大斧の柄を担ぎ直した。

「……そうですね、私も父の話に聞いただけの都ですから、どんなものか確かめたいです」

 常に前衛で命を張ってくれる2人の言葉だ。彼と彼女の覚悟が決まっているのであれば、否定をする理由もない。フレッドたちはリューンへの帰路を辿っていた足の向きを変え、不吉さを孕んだ赤い光に覆われつつある街へと進んでいった。
 街の外れからして、中々に背の高いしっかりした造りの建築物が並んでいる。住宅街の一部なのだろう、交易都市の大きさに慣れ始めた一行の目から見ても立派なものだ。だというのに、人の気配はおろか、生あるものの気配が感じられない。
 冒険者たちは用心しいしい、街の中心部の方へと向かっていった。
 ここに歩いてくるまでにもう陽は落ちたのに、相変わらず空は燃えるように赤いままだ。
 石畳で出来ている大きな通りを行くと、ミハイルにとってよく馴染みのある聖北教会の印や、よくある食料品などを置いている店たちが見えてきた。
 ちょうどそれらの建物と大通りの交わる場所が広場であるようで、丸く囲うように林立するのは、

「街灯ですね。中で何か割れているようです」

とモイラが言うように、建築材の中でも値段の高い硝子を惜しみなく用いた街灯であった。
 フレッドが一歩踏み出すと、からころと軽やかな音を立てて筒状のものが転がっていく。

「これも薄い硝子製みたいですね。触ると怪我するから気をつけて、フレッドくん」
「おう。ていうか、硝子のこれ、何に使うんだ?」
「何かに差し込む形だな。……従者さん、タブロアートの特色は知っているか?」
「ああ、機械と魔法が共存していたとも聞いています。ミハイルさまの仰っていた記録で教会が異端審問官を派遣したのも、その辺の絡みがあったからじゃないでしょうか」
「なるほどな。この街灯と硝子筒、何かの仕組みで利用するのかと思ったが、間違いじゃないらしい」

 仲間たちが慎重に街について調査をしている中、退屈そうにしていたリュミエールは、風に舞う綿毛のような飛び方で一軒の道具屋のドアノブに腰掛け、その違和感に気づいた。
 すぐにノブに足を絡ませぶら下がるようにして、上下逆さまの視界のまま鍵穴を覗き込む。

「ねえねえ、こっちのお店屋さんのドア、開いてるよ」
「妖精さん、なんてはしたない格好なんです。すぐにお止めなさい!」
「ハシタナイってなあに、お菓子か何か?」
「作法に適っていないってこと。ミハイルの礼儀作法の中に、スカートが捲れるのは入っていないのよ。止めてあげなさい」
「はーい」

 大人しく正しい天地の体勢に直ったフェアリーは、フタバの肩の上に座り込んだ。
 フタバは他の仲間たちを促して、道具屋のドアノブに手をかけた。
 何が出ても対処できるように、そうっと扉を開く。静かなままなのを確認してゆっくり店内を覗き込むと、赤く差し込む光に照らされた、無人の棚やカウンターがあるばかりだった。
 中へ踏み込むと、乾ききった木材の床がぎしぎし悲鳴を上げる。それに構わず、フタバは奥の商品棚に近づき、素早く目を走らせた。
 自分たちの荷物袋にも入っているコカの葉を手に取るが、掴んだだけで崩れてしまった。
 リュミエールが辺りを見回しながら、珍しそうにしている。

「どれか一つぐらいは食べられないかな?」
「このコカの葉を見てそう思うの?悪いこと言わないから、やめたほうが無難よ」

 床の軋みと共にフタバの右半身に影が差した途端、カノンが彼女と並んでいて、同じく棚の品々を興味深そうに観察し出している。いつもは皮肉げな笑みを刻む唇から、存外と真剣な声が出た。耳に心地よい低音であることに、気を取られる隙もない。

「しかし、解せないな。これだけの商品を無駄にしてしまうというのは」
「逃げるまでに余裕があるのなら、商人が品物を放って行くとかあり得ないわね。後から戻ってくるつもりだったのかしら」
「だとしても、薬草の類まで陽の光に晒しっぱなしにはしないだろう。布でも掛けておけば、品質は保たれるわけだからな。それも出来ないくらい、よほど急いでいたのか。何者かに襲われて攫われた可能性は、この整然とした陳列からすると考慮しなくていいが」
「気がかりよね。何か分かればいいんだけど……」

 推測を続ける2人の、音を立てかねないほど高速回転で酷使している頭脳を思い遣ってか、ミハイルが己の従者に問う。

「……モイラ。他にタブロアート領で覚えていることはありませんか?」
「ああ……このタブロアートには、天才芸術家がいたんですよ。その名をオルドリノ」
「オルドリノ……」
「彫刻、陶芸に精通し、機工にも詳しかったそうですが、無類の猫好きだったとか。フタバ殿と気が合いそうですね」
「街と照らし合わせると、幻の芸術家って感じがしますねえ」
「ええ……。で、共に消えた最高傑作が黒い釉薬にいっちん仕立ての……」

 うにゃーお。
 外から聞こえてきた鳴き声に、思わず全員がビクリと肩を揺らす。一拍の空白ののち、窓に駆け寄ったモイラが見たものは、夜なのに赤々と輝く空の下で佇む『生き物じゃない』猫だった。

「あれですよ!『火を抱く猫』――……が、どうして、あそこに……?」
「猫!?」

 猫好きのくせに猫アレルギーをもつフタバが、即行でモイラのいる窓に張り付いた。肩に乗っかっていたフェアリーが、辛うじて落ちる前に外套の襟へしがみ付く。
 黒い釉薬で仕立てられたしなやかな猫の肢体には、魔力が灯っていることの分かる独特の淡く赤い光が見えた。なるほど、この外見なら『火を抱く猫』の銘を与えられるわけである。

「かっ、可愛いっ!しかも陶器製なら、抜け毛でアレルギー起こす心配もなし!」
「フタバちゃん、フタバちゃん、落ち着いてー!」
「いや、あれ、ウロウロしてていいのか?今モイラ姐さん、最高傑作って言わなかったっけ?」

 はた、と。
 フレッドの疑問に、他全員の動きが止まる。
 やがてカノンがローブに包まれた腕を上げ、真っ直ぐに猫を指差した。

「総員であの猫を確保。こんな誰も出て来ない街中で、魔法で動く猫のお出ましだ。しかも芸術家の最高傑作。怪しいだろう、絶対」
「確かに!」

 納得の声が唱和した一瞬の後、冒険者たちは勢いよく道具屋から飛び出した。

2019/09/20 13:58 [edit]

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