木漏れ日は少ないながら、こないだほど鬱蒼としていない森の中で、はてと首を傾げたのはリュミエールであった。フレッドの村にジャイアントスラッグがなだれ込んだ時のような、妙な緊張感がある。
 だが視界内はおろか、妖精族にだけ分かるような淡い森の囁きに引っ掛かるものはない。

「……変なのー」
「どうかしましたか、妖精さん?」
「ううん、何でもない」

 きっと気のせいだよ、と彼女は自分に言い聞かせた。
 ナザム村近くの森は植生が豊かで、食用に向く果実や山菜はもちろん、毒性のある植物までちらほら見受けられる。その合間にコカの葉を2枚見つけて、野盗の宝箱にあった物と同じだと判別したリュミエールは、仲間たちに知らせて褒められた。

「えへへ、あたし偉いでしょー。あ、ここからもう少し北に向かうと、ゴブリンいるからね」
「お、もう先陣が来たか。了解」

 怖れをどこかにやったような足取りで進んだフレッドの視線の先に、3日前にも戦った蛙のようにぬめる皮膚が現れた。すぐさま自分との間合いを計り、いけると踏んだ無謀な少年は、一気に敵へと突っ込んでいく。

「ちょっと!フレッド、ひとりじゃ危ないわよ!」
「フレッドくん、待ちたまえ!」

 フタバやミハイルが慌てて彼を追いかけ、その後ろをやや早足でモイラとカノンが行く。
 モイラがミハイルの前後やゴブリンと思しき相手の動向に、油断なく目を光らせながら言った。

「年下へ発破を掛けるにしても、もう少し控えめで良かったのでは?」
「起きてたのか。美容に悪いだろうに」
「起こされたといった方が正しいです。私はそもそも護衛なんですから、あれで起きなかったら役に立たないでしょう」
「おや、そいつは失礼。次は気をつける」
「次なんて、ないに越したことはなさそうですが……ミハイル様!」

 まるで異能により距離を詰めたかのごとく、一足飛びにモイラがミハイルの前に割り込み、ゴブリンの錆びた小剣の刃を己の得物で弾き飛ばした。
 攻撃を防がれたゴブリンが無様にたたらを踏んだ所を、スピードを乗せて突き出したフタバの切先が傷つける。しかし、まだ倒すに至らない。

「まずい……っ!」
「ぐほぉっ!」

 勢いがつき過ぎて、ゴブリンの身体の丸みに刃が滑る。フタバの無防備な右側面が、好機を捉えて厭らしい笑いを浮かべた敵の目の前に晒された。
 せめて急所を守らんと身体を縮めたフタバの目前で、高エネルギーの光が弾けた。

「グオォッ!?」
「危なっかしい真似をするな。間に合うはずの援護が出来ないのは敵わん」
「……ごめんなさい、カノンさん」

 もう一匹のゴブリンは、とフタバが首を巡らすと、ちょうどリュミエールの呪曲で眠りこけたゴブリンの頭部が、思い切り振りかぶったフレッドの斧で爆ぜた。
 再び森の中に静寂が戻る。どうやらこれ以上、ゴブリンは辺りには居ないようだ。
 どろりと流れ出す血を踏まないよう注意しながら、カノンはゴブリンの武装などを確認した。

「どうやら斥候のようだな」
「あの、斥候の数からゴブリンの規模を推測できませんか?」
「……そうだな、斥候がこれだけだとするなら、大体10体にも満たないだろう」
「ふむ。……ゴブリン退治で銀貨800枚は儲かる、と正直思ったんですが」

 モイラは剣に刃毀れがないことを丁寧に確認し、綺麗な動作で鞘に納めたのち、すこし合間を空けるように言った。

「……この森、あまり鳥の声がしませんね」
「そういえば……そうだね」

 応えたリュミエールは、眉間に皺を寄せて同意した。
 こんなしかめつららしい表情は、本来、フェアリーに似合うものではない。だが、彼女はそのまま周囲の匂いを嗅ぐようにしながら、相棒の近くを旋回している。

「うう~……危険の匂いはしないんだけど、なんだろ。落ち着かない」
「リュミ?」
「ごめん…。あたし、森から離れた期間が長過ぎて、勘が鈍ってるのかもしれない」
「まあまあ、妖精さん。何か妙な感じはするのでしょう?」
「うん、そう。羽の先がぴりぴりする」
「そしてそれは、『今はまだ』微かなものなんですね。……何かの警戒信号を、潜在能力的に感じ取っているのではないでしょうか。でもそれが近づくかどうか、こちらに向かうかどうかは……」
「その時になってみなければ、分からねえ。ミハイル、そういうことか?」
「はい。聖北の僧侶たちの中にも、たまにそういう危険を事前に感じる者がいますよ。僕らは神のお告げと呼んでいますが、人間と異なる種族なら、神に因らず感じることもあるんじゃないですか?」

 けろりとした顔でのたまったミハイルだったが、忠告を発することも忘れなかった。

「昨夜の懸念が当たるかもしれません。さっきのように、無謀に突っ込むことは止めて下さい」
「う……わかった、悪かったよ」

 反省の弁を述べたフレッドは、相棒にも声を掛けた。

「さっきの寝させるやつ、助かった。ありがとな」
「ううん、フレッドの役に立てたならいいの!」
「よし、探索の続き行くか!」
「おー!」

 拳と拳――どうしても大きさにひどい落差があるが――を合わせ、彼らはにやりと笑う。
 何となく戦闘以外の余分な緊張感も解けて、また一行は歩き始めた。
 すると15分ほど進んだあたりで、落盤を防ぐための木組みが残っている鉱山の入口が、羊歯の密生した向こうに見えてきた。
 入口から自分たちの姿を悟られないよう、そのまま羊歯の茂みに隠れる。
 全員と顔を見交わしたリュミエールが頷き、猫目石を小脇に抱えて、木々に隠れるようにしつつ目的地へ近づいていった。
 そうっと、石を通して入口から中を覗く。醜い小鬼の姿が視界に入り込み、弾みで息を呑んだが、気づかれた様子はない。少し落ち着いたフェアリーは、招かれざる団体の構成をじっくり観察した。
 カノンが厄介と評したシャーマン種が、奥に1体紛れている。その他に、眠っているところを目撃しただけだが、ホブゴブリンもいるようだ。後は普通のゴブリンが5体。
 リュミエールが仲間たちにそれを報告すると、胡坐をかいた膝に肘をついて考え込んでいたカノンが、

「……入口から呪曲で眠らせてみるのはどうだ?」

と提案した。
 全てのゴブリンを眠らせるのは無理だとしても、眠った何体かに攻撃を集中できれば、戦いは有利になるのではないか――異論を唱える者のいなかったために実行された知将の作戦は、かなり上手くいったと言っていい。
 不意打ちで眠らせた数体のゴブリンの中には、膂力を誇るホブゴブリンも含まれていたのだから。

「ぐほ!?ぐほぐほ!?」

 急な仲間の変化と、躍り込んで来た冒険者たちに慌てふためいたゴブリンたちは、鉱山跡に残されていたと思しき道具を手にしながらも戸惑っている。

「フタバ、頼んだぜ!」

 叫びながら突進したフレッドは、大斧を水平に振り回し、浮き足立つモンスターたちを吹き飛ばす。大斧の薙ぎ払いは、下手に味方が前に出ていると巻き込んでしまうので、こういう風に使うのが一番間違いがない。
 フレッドのこれが前の戦闘のように無謀な攻撃ではないことは、彼の背を守るようについてきたフタバが、すかさず動きの鈍った一体を【蜘蛛の糸】で束縛する連携を見せたことからも明らかである。
 ホブゴブリンは遅まきながらシャーマンの前に立ち塞がろうとしたのだが、敵陣の半ばに飛び込んだモイラの新技【散華の閃】が、首領ごとホブゴブリンの胴を深く薙いだ。ついでに、巻き込まれていたゴブリンが2体即死する。

「グボォッ!?」
「――もう一閃!」

 再び白い炎を巻き込むように刃が閃き、今度はホブゴブリンの右脇腹から左肩までを通過する。

「ぐほ!!」
「ぐほぉっ!ぐほぉっ!」

 ゆっくり地面に沈んでいく用心棒役の骸に、ゴブリンたちはいよいよ度を失っていく。
 ただ、このゴブリンの集団の頭目はまだ健在だった。
 奇妙な言語の綴りにカノンが気づいた時、ゴブリンシャーマンの指先から淡い黄金色に輝く【魔法の矢】が発射されていた。狙いを過たない攻撃魔法は、フレッドの背後を守るフタバの左肩に突き刺さる。

「いったぁ……!」

 不幸中の幸いで、利き手ではない方だから、武器を取り落とすような失態はしていない。
 ただし、攻撃がそれだけで済んでいればの話だ。
 痛みに目が眩んだところを、他のゴブリンが隙ありと見て武器を振りかざす。
 フタバの近くにいるフレッドは――ちょうど2体を同時に相手取っていて、彼女を庇う事は不可能だ。

「ちっ……!」

 鋭い舌打ちの後に、詠唱を行ないながらカノンが飛び込み、脚を掠め切られながら、至近距離から【輝星の矢】を撃ち込んだ。
 それとほぼ同時に、モイラがゴブリンシャーマンの首を刎ね、フレッドが1体を大斧の一閃で上半身と下半身に断ち切る。
 フレッドが相手をしていた残りの1体が片付くまで、そう時間は掛からなかった。

2019/09/15 13:13 [edit]

category: ゴブリンの洞窟&恐るべきゴブリン退治

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