悪天候に見舞われることもなく無事到着できたナザム村は、のんびりと水車の回る音の響く、のどかとしか言いようのない集落だった。この辺りはリューン近辺の中でも豊かな穀倉地帯に当たるはずで、辺境の寒村とは違い、人々の暮らしに余裕のある様子なのが、傍から見ていても分かる。

「小麦を引くのに、あの水車を利用してるんでしょうね…」
「村に流れ込むこの川は、あの北の山から流れてるんでしょう。そうすると、多分の山の栄養を含む土がここまで運ばれ、農地を肥えさせているのかもしれません」

 聖北の神のご加護ですね、とミハイルがひとりで頷いている。
 その隣では、フレッドが肩――リュミエールが鼻歌交じりに座っているのとは反対側の――を器用にそびやかしながら、

「ゴブリン退治に報酬をばら撒ける訳だぜ」

とどこか不機嫌に呟いた。以前に住んでいた小さな集落と、引き比べているのかもしれない。
 物腰丁寧なモイラが近くにいた村人に村長の自宅を聞き、彼らはよく手入れされた大きな一軒家に向かった。大きい、とは言うものの、特に贅沢を好むような派手な外観だったり、金の掛かった造作をしている訳ではない。
 ただ、居心地の良い家になるよう自分たちで手を掛けているようで、ご婦人の手によるものらしいパッチワークの敷物がちらほら使われていたり、飴色に磨かれた居間の飾り棚に、これも手彫りらしい羊飼いの夫婦らしき木の人形が飾られていたりするのが、ガラスの張られた窓越しに見えた。
 そんな家の中から現れたのは、穏やかそうな雰囲気を醸し出している初老の男である。彼がナザム村を統括する長だった。

「おお、あなた方が依頼を受けてくださった冒険者の方ですか。どうぞ中へお入り下さい。依頼について説明させて頂きます」

 導かれるまま中へ入ると、一見したとおり清潔で暖かそうな住まいである。
 こういう家に安穏と居住している住人なら、とても自分たちでゴブリンを追い払おうなどとは出来ない相談だろうな……と、カノンは感じた。
 村長はゴブリン全員の討伐を望んでおり、それが確認された時点で、銀貨800枚を全部支払うという条件を持ち出した。
 となると、ゴブリンの数はかなり多いのだろうかと懸念したフタバが尋ねると、村人が目撃したのは5匹ほどの小集団だったという。約一ヶ月前から畑の作物を盗んだり、家畜を奪ったりなどの被害がちょくちょくあるため、まだ村人が目撃できていない個体がいる可能性はあるが、あまり憂慮するほどの団体とは思えなかった。
 フタバに半ばまで村長からの話の聞き出しを任せていたカノンだったが、中途でそれならと口を挟むことにした。

「村の安全確保のための、ゴブリンの殲滅は理解できる。ただ、ゴブリンは本来、臆病な妖魔だ。戦闘の最中で逃げ出すことも珍しい話じゃないから、全滅させるのは我々の手間になる。その分の追加報酬は得られないのか?」

 村長はしばし考え込む様子だったが、やっと来てくれた人手に、ここで帰られるのは嫌だったとみえ、
銀貨200枚の追加を約束した。
 雇用期間は1週間の予定で、宿泊には村長の家にある大部屋を提供してくれると言う。
 自分たちが片手で数えるほどの回数しか仕事をしたことがない駆け出しパーティであるのを考えると、破格の好条件だと言っても良かった。

「あと確認することは……ないな?」
「おう」
「この一件、私どもでお引き受けします。さっそく、明日から取り掛かりましょう」
「それではゴブリンの討伐、よろしくお願いいたします」

 まだ夕飯には間があったので、他の村人から有益な情報を聞けないかと、フレッドとカノンの2人で酒場に出かけ、残りの仲間たちは外に出ている人たちへ話を聞きに行った。
 前者のコンビにはこれといった成果はなかったが、他の者たちは少し気になることを聞いてきた。
 探索予定の森の奥には元々鉱山跡があり、ゴブリンはそこを根城にしているのではないかということ。
 村を襲ってきたゴブリンたちは、何か焦っていた様子が見られたということ。
 森の中には狩猟用の小屋があるが、あまり余所者に立ち入ってもらいたくないということ。
 そして……。

「狩人が獲物を見かけなくなったって?」
「そうなんですよ、フレッドくん。森にはよく見る小動物の他に、大きいのだと鹿や狼がいる筈なのに、最近はほとんど見かけないそうなんです」
「妙だな……鹿がまず生息地を変えて、肉食動物がそれを追うために減っていったと言うのなら、昔聞いた他の村の話であったけど。そっちは急なものなんだろ?」
「ええ。少なくとも、ここ2~3週間くらいのことなんですって」
「……ゴブリンの狩りがあったとしても、そこまで急激に減少するものでしょうか?」

 村長の妻の心尽くしの夕飯を平らげ、宛がわれた大部屋に引き取ってからの話合いである。
 ゆっくりとしたモイラの問い掛けに、カノンは無言で首を捻った。
 よほどの大集団であれば、一気に動物を狩り尽くしてしまったのも分からなくはない。ただ、それほどまでに多いゴブリンの大移動は、どれだけ隠密にしようとしても足跡でばれるものである。少なくとも、森の獣の減少に気付ける注意深い狩人なら、異様な数のゴブリンの足跡を見逃すはずはない。

「先にやってきたゴブリン退治とは、違う用心をした方が良さそうだ」

 年長者の意見に、全員が頷いて賛同した。
 とは言うものの、これ以上詳しいことも分からないので、後は明日以降、実際にゴブリンと遭遇してからの話である。

「じゃあ、もう寝ようよ。疲れをしっかり取らなきゃ、いい仕事は出来ないよ」

 欠伸を隠しもしないフェアリーの促しに、思わず笑い声を上げた残りの面子も、散り散りにベッドへ入り込んだ。
 ここに来るまでにたった2日の旅路とはいえ、野盗や怪物を警戒しながらの道のりである。当然、すぐに眠れるだろうと踏んでいたのだが――。
 草木も眠る、といわれる深夜に起きだしたのは、フレッドであった。
 あちこちが外ハネで形成されている寝癖を直そうともせず、憮然とした表情で起き上がった彼は、少しの間だけ仲間たちの寝顔を見ていたが、風の音にでも紛れてしまいそうなほど小さい溜息をつくと、裸足のままテラスへ出ていった。
 黒い天鵞絨に銀砂を流したような、見事な星空である。
 涼気を孕んだ夜風は優しくフレッドの身体を撫でていくが、彼の中にあるもやもやは一向に消える気配を見せない。
 重い、と感じた。
 このもやもやは気体のごとく気ままに広がるようでいて、その実、溶けた鉛よりも熱く重くフレッドの胸の奥に蟠っている。
 こんな村に来なければ、或いは自分の村のことを思い出さずに済んだんだろうか。
 精々が20にも満たない世帯で構成された、自分たちが生きていくのに不自由はないが、家の中を飾り立てようと工夫を凝らす暇も与えられなかった、名前もない小さな集落。ドラゴンやワイアーム、デーモンなんて有名な怪物ではなく、異常発育しただけのなめくじに潰されてしまった村。
 遺骸が酸で溶けていたら触るだけで危ないからと、皆の墓を立てる余裕すらなく、集落の家々に残されていた財産をかき集め、未練たらたらで村を出た。
 もしもあの時、ずっと一緒にいたリュミエールが早く早くと急き立ててくれなければ、フレッドは3日でも10日でも、棒立ちのままあそこで過ごしただろう。
 あの運命の日、母は中身たっぷりの弁当をフレッドに持たせ、時間経過や崖に気をつけろとしつこいぐらい念を押して見送ってくれた。腰の痛む父は照れ臭そうに、俺の斬る分を残しておけよとだけフレッドに言い、彼はそれに対して、打ち身に効く草を土産に持って帰るよと笑った。
 そんな日常の全てが、あっさりと唐突に断ち切られたのである。
 この豊かなナザム村とは全然どこも似ていないのに、何故こうも故郷のことを思い出さずにいられないのか――。
 ぎりぎりと歯軋りをしたフレッドの肩を、ぽんと叩く手があった。

「っぅお!?」
「しー……静かにしろよ」
「カノン…?」

 ハーフエルフの魔術師は、長い黒髪をかき上げるようにして言った。

「お前な。他のがいたら話しづらかろうと、せっかく酒場に誘っても何も言わなかったくせに、こんな夜中に1人で思い悩むなよ」
「誰がそうしてくれなんて言ったんだ。え、いつ頼んだんだよ」

 実に憎々しげな声が出る。我ながら嫌な奴だな、とフレッドは思った。
 恐らくは顔にも嫌悪の情がありありと出ているだろうに、カノンは平然としたものだ。

「お前自身だよ。お前の、目だ」
「………」
「助けてくれ、苦しいって叫んでる。……冒険者になった経緯を話した時、お前は故意に話題を逸らしたから、お前の理由は、とても他人に軽々しく言えるようなものじゃないんだろう」

 でも、とカノンは続けた。

「あの妖精の様子を見てりゃ、お前の心を1人にしたくないんだっていうのは分かる。だからあえて元気よく振舞っているのも。……もう少し、楽にさせてやれよ」
「……でも俺、誰にもまだ言いたくない」
「言いたくないならそれでもいい。ただ、1人だけで悩むな。傍にいるだけでいいんなら、お前にはちゃんと仲間がいるだろう」
「自分でもどういう風に感情が動くか分からねえんだ。はしゃいで悪いことを忘れたいこともあれば、思い切り誰かに八つ当たりしたいって思う時もある。後のほうなんて、誰も相手したくないだろ。けど、どっちに転ぶかなんて、俺にも判断つかねえよ!」
「はしゃぎたいなら、妖精や他の奴らとやれ。当たりたいなら俺にしろよ。この年だ、今さらガキの癇癪に腹を立てたりしないさ……な。問題解決だ」

 カノンは先に寝るぞと手を振って、己の寝床に潜り込んだ。
 その様子を、フレッドは半ば呆然としながら眺めていたが、いつの間にか夜風の涼気が幾分か増していることに気付き、慌ててテラスと大部屋を分ける窓を閉じて、自分もベッドに入った。
 変な人だ、とフレッドは思ったが、胸のもやもやはずいぶん小さくなっていた。

2019/09/15 13:11 [edit]

category: ゴブリンの洞窟&恐るべきゴブリン退治

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