トトリスからリューンの間の街道を襲っていた盗賊団を壊滅し、意気揚々と≪のんびり柘榴亭≫に戻ってきた冒険者たちは、少額だが得た銀貨をこれまでの貯金と合わせて、誰かに新たな技術を習得させようと協議した。
 また色んな意見があったものの、今回はそう長引くこともなく――呪文使いの守護も前衛も頼まれることの多いモイラに、対多数を相手取るための技を覚えてもらうことになった。どちらの役目を果たすことになるにせよ、彼女が一番、敵に囲まれる可能性が高そうだ、と言う予測によるものである。
 【散華の閃】という新たな剣技を覚えようと、技術書を見せてくれる女性の元へモイラが通うようになって、ちょうど一週間目の朝のことだった。
 宿の女主人の手によって、二枚の羊皮紙を席についているテーブルに広げられ、フレッドたちは大きく目を瞬かせた。ちょうど、朝ご飯も終わったところである。
 依頼書のどちらにも、ゴブリン(小鬼)の文字が見える。
 フタバは恐る恐るといった態で、ヒヨコの刺繍がされたエプロン姿のエセルへ口を開く。

「これって……まさか、もしかして……」
「はい、そのまさかです。駆け出し冒険者の王道、ゴブリン退治のお仕事です!」
「ついに来たか。いや、いつかはあるだろうと思っていたが……」
「ちょっと待って下さい。僕らに、両方引き受けろということなんですか?」
「この二つなんですけど、片方はここから3時間ほどで行ける場所のようなんですよ。ですから、こちらの依頼をぱぱっと済ませたら、そのままもう一方のナザム村に行くと。どうでしょうか?」

 全員が依頼書を詳しく確認すると、ナザム村はリューンから2日ほど北西に歩いた所にあるらしい。近所の洞窟に住み着いたゴブリン退治の報酬は銀貨600枚、ナザム村は豪気にも800枚の銀貨を出すつもりのようだ。
 そもそもですね、とエセルは依頼書のゴブリンの文字をなぞりながら言った。

「ゴブリンは人里に近いところで巣を作り、繁殖する例が多いそうなんです。農家の作る農作物や家畜を掠め取れるし、あわよくば武器になりそうな鍬や鉈なんかも手に入る。狩猟生活が基本のはずだし、繁殖するだけなら、人跡未踏の森の中でもいいはずなんですけど……」
「ゴブリンは増え過ぎる、だからこそ大きい集団に向かない、というのが搭の意見にあったな」

 カノンの説明によると、下級妖魔であるゴブリンは、どんな悪条件でもしぶとく生き残る生命力の強さや、冒険者や軍などに討伐されても、途中で逃げ出した個体がまた集団を形成できる繁殖力の強さが、かえって大規模な集団となるには足枷と化すのだそうだ。

「せっかく強い個体ができたとしても、大きな組織の中での幹部クラスになるより、そこそこの集団の中の首領になることを選びがちだ。下級妖魔だからな。仲違いが起き易いし、優れた仲間への嫉妬も生まれるんだろう。気の合う奴や騙された奴を引き連れて、グループを新しく作る」
「そのグループが新天地を求めて散々彷徨い、人里近くの便利な暮らしに流れようとする……?」

 テーブルに両肘をつき、顔を手で支えながらのフタバの台詞に、カノンは舞台俳優でも務まりそうな美貌をゆったりと縦に振った。

「そんなところだ。すぐに増えるから、食料が不足しがちで人の物に手を出す事もあるだろう。ただ、中には人語を解するほどずば抜けて頭の良いロードが率いる大群や、ダークエルフにより統率された大集団だったりすることもある。油断は大敵だ」
「この依頼書にあるものはどう思いますか?」
「従者さんも大概無茶を言う。判断材料が少な過ぎるぞ。……ただ、リューン近郊にゴブリンが住み着くのはよく聞くから、大集団の斥候というよりは、そこから弾かれたグループの方だと思う。斥候だとしたら、何度も失敗した時点で手を引くだろ」
「なるほど、道理ですね」
「じゃあカノン、ナザム村のはどうだよ?」

 少年の手が指し示す羊皮紙には、

『村の外れの森に、ゴブリンが住み着いてしまいました。これを討伐して頂きたく、冒険者の方々にご依頼いたしました。』

とだけある。後は報酬と依頼主の名前くらいだ。
 ハーフエルフの魔術師は、ふんと鼻を鳴らして腕組みをする。

「それこそ、行ってみなければ分からん。どうする少年、引き受けるのか?」
「他に反対する人がいなきゃ、そうしたい。今の俺たち、まだ駆け出しもいいところで、装備も充分整ったって言えるほどじゃないだろ」
「この≪のんびり柘榴亭≫に、ゴブリン退治がちょうどいい冒険者なんて、他にいないしねー」

 リュミエールは自分の猫目石を磨きながら、もっともな事実を指摘した。
 ちなみに、この宿にいる他の冒険者と言えばもうひとグループいるのだが、彼らは少数民族の暮らす郷の遺跡に挑戦中で、今はリューンにいない。
 自分たちで使わない良い物を見つけたら、また宿置きの品物に加えることにしようと、冗談交じりに言いながら10日ほど前に旅立ち、無事を知らせる手紙が昨日届いたばかりだ。エセルに読み取れる限り、彼らは遺跡の探索を楽しんでいるようで、まだここには戻るまい。
 つまり、今現在≪のんびり柘榴亭≫で動けるのは、宿にいる彼らだけということだ。

「……まあ、報酬や雇用条件には交渉の余地がありそうだし、両方やってみるとするか」
「モイラさんも新しい剣技を習得したばかりだし、何とかなるわよ。カノンも新しい魔法を勉強してるんでしょう?」
「まだ読み解いてはいないけどな」
「フレッドも頑張ってるんだよー。お化けが斬れるように」
「まだ斬れないけどな!もうちょっとなんだけどな!」
「自棄になって武器を振り回すのは、どうかと思います」
「ミハイル様、それは言わぬが花というやつです」

 どうやら腹も決まったらしいと、エセルは微笑んで彼らを見守った。
 硬めに焼いたライ麦パンや干し肉、チーズ、レーズンなどがセットになった糧秣を人数分用意し、冒険者たちに持たせる。
 彼らはまだ少ない装備を点検し、まずは街外れにある洞窟へ向かうことにした。
 これまでにも他のゴブリンが住み着いたことのある洞窟で、近くの農家や、討伐依頼を受けたことのある冒険者の中には、そろそろあの穴を塞いでしまったらどうだ――という意見が、あるとかないとか。
 しかし、人為的に塞いでしまうことで、普通の森の獣たちが棲家を失い、人里に出没し始める可能性もある。一長一短だ。
 旅の途中――1つめの洞窟まではそう遠くはないが――では、フレッドやミハイルに強請られたカノンが、仕方なくゴブリンについての講義の続きを披露する。
 
「ゴブリンが洞窟や遺跡などに住み着くのは、日光が嫌いだからだ。光を浴びたくらいで、かのトロール(岩巨人)のように弱体化したり、岩になったりするわけじゃないが、夜行性だから日光に慣れる必要がないんだろう。よく出没するから忘れがちだが、古代から続く種族であることは確かだから、何か独自の宗教を持っている可能性はある。俺は寡聞にして知らないが」

 ゴブリンの中でも厄介なのは、ロード種やシャーマン種であろう。
 特にロード種はゴブリンの最上位種であり、通常のゴブリンよりはるかに強靭な肉体や優れた知性を持つ上、ロード種が率いる群れは、カノンが前述したとおり大規模なものになることが多い。それは統率力が非常に高いからである。
 幸いにしてロード種は個体数が少なく、遭遇することはまず稀なのだが……。

「丹念に話を聞いていくと、冒険者の中にはその稀にしか遭わないゴブリンロードと、実際に戦ったという奴もいる。まあ、それだけゴブリン退治の依頼の母体数が多いんだろう」
「シャーマンってのは?」
「魔法を操る種だ。後頭部が肥大しているから、見ればすぐ分かる。お前がシャーマンを見つけた時には、相手の方が魔法を唱えている確率も高いけどな」
「何だよ、警戒が間に合わねえじゃん……」
「だから相手の気配を先に察する能力が大事なんだ。先手を取る方が有利なのは、自明の理だろ」
「ゴブリンの寿命はどのくらいでしょう?」
「実際に寿命を計った学者の話は知らないから、正確には言えないが……。あれだけの繁殖力があるということは、逆から見ると、寿命が短いから多くの個体を産む必要性が生じるのかもしれん」
「では、人間より寿命が短いのかもしれませんね」
「俺はそう考えている。何故なら、下級妖魔の世界は純然たる実力主義だ。弱った個体や病気の個体は、ほぼ見向きもされん。長生きできるほど、妖魔たちの社会が生かしてくれるとは思えない」
「ということは、僕らが出会うだろうゴブリンは、若いか壮年期に当たるものだということですか」
「ああ。そのはずだ」

 あんな風に、とカノンが指差したのは、洞窟の前で見張りを行なっている緑の肌の妖魔だった。
 噂のゴブリンである。
 日光を嫌うゴブリンが、洞窟から出て役目を怠りなく果たしているのは、この辺りの木々や草がよく繁茂していて、陽が差し辛いからだろう。それでも本来は夜行性だからか、時折欠伸を漏らしている。
 蛙のような肌に覆われた醜い妖魔は、成人女性と変わらない程度の身長しかないが、革の鎧に身を包み、腰に短剣を挟んで武装している。人間の遺体から奪ったのだろうか。
 アンデッドのいた洞窟のようにカノンが遠距離攻撃を仕掛けるか、それとも野盗を相手取ったようにフタバの束縛を使うかで意見が分かれたが、結局。
 大木に隠れたフェアリーの、蔓薔薇で出来た小さな竪琴が可愛らしい音色を発し、訝しく思ったゴブリンが音の発生源まで近づこうと動いた刹那、呪曲の効果が現れて妖魔は眠ってしまった。
 何しろ、陽光を遮るほど繁茂してる森である。当然、眠ったゴブリンの倒れる音すら繁った草のクッションで吸収されてしまい、妖魔は声を上げる暇すらなく、モイラの剣やフレッドの斧で息絶えた。
 後はもう特筆することもなく、細い道の行き止まりで居眠りをしていたホブゴブリン(肥大小鬼)を片付け、洞窟の一番広い部屋にたむろっていた、シャーマン種を含むゴブリンどもを連携の取れてきた動きで蹴散らしたのだが……。
 大の男が3人も立てばいっぱいになりかねない洞窟の奥の小部屋で、鉄製らしき宝箱が発見されたのである。

「前の野盗退治を思い出すわね。あの鍵は大変だった……」
「大丈夫だよ、フタバちゃん。これ、あたしでも開けられるから」

 宝箱を調べるためのリュミエールと、彼女を守るためのフタバで小部屋にいるのだが、磨き立ての猫目石による鑑定で単純な造りの鍵であることを理解したフェアリーは、ニ、三の動きであっさり宝箱を開封したのだった。
 箱の中に納まっていたのは、フタバの腕の1.5倍くらいの長さをした杖である。恐らくは魔法的な謂れのある古木を用いているのだろう。先端には魔力回路を補助するための青いクリスタルがついている。
 ――ちなみに、カノンが宿の倉庫から貰い受けた杖の素材も謂れのあるもので、柳は死者と生者の仲立ちを行い、イチイは魔に親しむ力を持つのだという。
 これもまた、その手の術者たちが力を振るうのに必須な能力を持つに違いない。
 小部屋から出てきたリュミエールとフタバから、戦利品の説明をされた仲間たちの中で、最初に口を開いたのはカノンだった。

「嬢ちゃん。もしお前が望むなら、その杖を担保に、お前の持つような東方の『カタナ』をくれる人材を紹介するがどうする?」
「リューンの出身でもないのに、そんな伝手持ってたの?」
「と言うか、この杖はそれほどに貴重な品なのですか?……私にはよく分かりませんが」
「俺の持つ≪隠者の杖≫にかなり近い。魔法使い垂涎の道具だが、この嬢ちゃんは本来魔法剣士だから、杖を武器にするのは出来ない相談だろう」

 大人しく首肯したフタバに、カノンは如何にも可笑しそうに肩を揺らす。

「やはりな。なら、姿形が変わっている上に多少ナルシストだが、いたって気のいい奴が経営してる店に行こう。ちょうど次の目的地に行く途中で寄れる場所にある」
「ちょっと、カノンさん。なんか形容の前半がもう、妙にお近づきになりたくない要素で満ちている気がするんだけど……」
「いい子だから気にするな」

 からかうような表情のまま、ハーフエルフの手がくしゃりとフタバの頭を撫ぜた。
 ――いい加減に話を逸らされた感は否めないが、今ある銀貨を減らさずに、もっといいアイテムを持つことが出来るなら機会を逃したくはない。これがフタバの結論である。
 思い切って出かけたその店で、まさか蛙の元冒険者が店主をやっているなどということが待ち受けているとは、カノン以外の誰も予測し得なかった事態だった。
 刀身が光を仄かな桜色に反射する美しい刀を、しっくりくるよう腰に吊るしながら、フタバは密かに脱力していた。今度来る時には、薔薇か酒でも持参しなければならないかもしれない。

「あそこのアイテムは面白そうなのがいっぱいあったから、またお金稼いだら行こうね~」
「魔法を解除できる石とか、すこし高いけど便利そうな物があったよな。技や魔法もかなりあったし」

 店主にも引かず、きゃっきゃと喜んでいるフレッドとリュミエールを見て、

「若いなー……」

と感じてしまったフタバは、己の精神年齢が実年齢より上であることをしみじみ実感した。

2019/09/15 13:09 [edit]

category: ゴブリンの洞窟&恐るべきゴブリン退治

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