ヒュンと鋭い音を立てて突き込まれた短剣を、フタバは余裕のある動きで受け流し、返す刃で肩に浅く斬りつける。

「ひっ……!」

 必死で抵抗しようと短剣を持ち替えて一歩踏み込んだ敵に、低い体勢から無理矢理振り上げた斧が襲い掛かり、恐ろしいほどの膂力で右脇腹から斜めに人体が断ち切られた。
 ごろりと転がる味方の身体を避けた男が、真っ青になって命乞いをする。

「たっ、助けてくれ!何でもするから……!」
「もう遅い」

 モイラの振るう白炎の宿る刃が、後退りする賊の喉笛を裂いて殺害した。
 剣を血振りしてボロ布で拭うモイラに、リュミエールが問い掛ける。

「ねえ。先にあたしの演奏で寝かしつけた奴はどうする?」
「おっと……。もう武器も手入れし終わってしまいましたね。起きたら面倒です、前に購入したロープでぐるぐる巻きにして転がしておきましょう」

 彼女は荷物袋からリューンの雑貨屋で買い求めた荒縄を取り出すと、すっかり寝ている生き残りの賊を言葉通り縛り上げ、猿轡を咬まして放置した――洞窟の奥の方の分岐の、左側の空間でたむろしてた野盗たちは、貯蔵していた食料品を使って料理の真っ最中だったらしい。フタバが相手した賊以外は、持っていた武器が包丁とフライパンである。
 報酬がどこからも出ないことを鑑みて、賊が貯め込んでいる金品はなるべく回収しようと思っていたフレッドやカノンは、実に残念そうな顔になった。

「……これじゃ銀貨に変えられなさそうだぜ」
「まったくだ。やれやれだな」

 肩を竦めて顔を見交わした彼らは、リュミエールが洞窟内に落っこちていた銀貨100枚分相当の金貨を拾い、こっそりまた共通財産用の財布に入れておいたことをまだ知らない。
 野盗たちが囲んでいた鍋を覗き込んだミハイルが、

「美味しそうな兎のシチューですね。しかも、貴重な黒胡椒入り」

と評した。
 黒胡椒は、珍品のやり取りも多い交易都市リューンですらあまり見ない、希少なスパイスの一つだ。南海からの輸入ルートを確保した今でも、庶民が好きに使えるだけの量など入って来ない。
 こんな森の中の野盗が、それを普段の料理に使っていたとなると……。

「もしかしてこれ、あの行商人の荷物に入ってた奴じゃねえの?」
「または他に襲われた人がいて、その人の荷物なのかもね。さっきの商人は、トトリスからリューンまでの街道を戻る筈だったんでしょう。トトリスは海沿いの町じゃないから、あの人が仕入れたスパイスだとは考えづらいわよ」
「ねー、このシチューどうするの?」

 はた、と全員が動きを止めた。

「……食ってしまおう」

 そう言い出したのはカノンだった。

「調理前でスパイスが残っていたならともかく、もう使ってしまったんだろ。回収のしようもないし、このままじゃシチューが勿体無い。俺たちで食ってしまおう。毒は入ってないだろうし」

 何しろ、自分たちが攻撃する直前まで、賊が味見をしつつ和気藹々と料理中だったのである。毒を入れている訳がなかった。
 フタバが顔を顰める。

「賊の血液入りじゃないでしょうね」
「大丈夫。距離は離れてたし、角度からいっても血は入らねえよ」

と請け負ったのはフレッドである。
 冷静になって戦場を見直すと、確かにフレッドの攻撃は鍋からは離れていたし、モイラの致命的な一撃で裂いた喉からの血は、前方にだけ噴き出して地面を濡らしている。
 この遺体を前に食事をするのは気が引けたが、これを分岐の辺りまで引きずって行くと、残りの賊が味方の遺体を発見して変事を悟る可能性がある。フタバはなるたけ遺体から目を背け、距離を取ってシチューのご相伴に預かることに決めた。
 シチューは中々絶品だった。兎の肉は脂が乗っていれば、コクがあるものの獣の臭みもついて回るものだが、それを黒胡椒が上手く消している。そもそも肉を鍋に入れる前に、小麦粉を薄くはたいてフライパンでソテーしたらしく、柔らかくなるよう工夫が凝らしてある。
 一行は賊の食事を横取りして舌鼓を打ち終わると、料理用の火の始末をした。
 まだ探索を終えていない箇所は、残り一つである。
 フタバが自分の中の考えを纏めるようにひとりごちた。

「賊は10人前後。3人グループを2つと、見張り1人をやっつけたから…残りは精々、3~4人てあたりで良いのかしら」
「追い詰められた奴の心理状態だと、実際よりも敵を多く感じることが多いからな……しかし、行商人を襲ったのが賊の全員だとは限らないし、そんなものだろう」
「とりあえずは分岐の反対側だよね。また先行するよ?」

 仲間の了承を得ると、リュミエールはもう一つ伸びている道のほうへ飛んでいった。
 すると、ここは間違いなく自然洞窟であるはずなのに、どう見ても人工のものが視界に入った……木製のドアである。
 どうやら、洞窟の壁の一部を削り、このドアが嵌まるように工夫をしてあるらしい。
 リュミエールがドアノブに近づくと、鍵穴自体がないタイプのドアであった。
 
「ふむー」

 ドアにぺたりと張り付いて聞き耳を立てると、生き物特有の気配と共に、カチカチという金属音のような音がする。
 リュミエールは満足げに鼻を鳴らすと、相棒や仲間たちに結果を報告し、ひとつ付け加えた。

「ドアねー、なんか古いっぽいよ。開けたら音がしそう」
「そうなると、扉の向こうに敵がいた場合、気づかれないのは難しいですね……」

 考え込むモイラに、フレッドが肩を竦めて言った。

「どちらにしろ襲撃することに変わりはないぜ。俺ら、事前準備だってないだろ?」

 確かに今の彼らは、回避力を上げる魔法や敵の害意ある魔法に抵抗する工夫など、習得しているわけではない。一応部屋の向こうへ飛び込む順番と、位置取りだけ確認して、フレッドがドアを開けた。
 ドアの向こうには、棒立ちになったローブ姿の老人と、咄嗟に武器を手に取った鎧姿の壮年の男が立っていた。
 呆然から立ち直った老人が、声を張り上げる。

「……なにやつじゃあ!」
「侵入者だ、親分!」

 フレッドの物に勝るとも劣らぬ肉厚な斧を構え、鎧の男が叫び返す。老人は椅子から立ち上がり、杖を構えた。
 たちまち戦端が開かれる。
 誰よりも先に老人へ曲刀を突き込んだのは、豹のようにしなやかな動きで距離を詰めたフタバだった。
 慌てて杖を振り回し刀身を逸らせたものの、後ろで魔法を唱えるつもりでいた自身が狙われた衝撃は強かったらしく、狼狽したように救いを求めた。

「おい、早くわしを庇わんか!」

 フタバの背後から振り上げようとしていた鎧男の斧は、しかし、同じ武器を持った少年の横槍でがっきと組み合うことになった。

「そうはいかねえんだよ!」
「親分、すまねえ!」

 自分の相手をまず叩きのめさねば、奥の手助けも出来ないと感じた男は、上司に謝りつつフレッドへ向き直り、彼へ強烈な一撃を見舞った。
 力に押し負けた少年の二の腕から血が噴出すが、ミハイルは既に癒しの詠唱を唱え終わっていたため、神による奇跡が傷口を塞いでいく。フレッドの背後では、彼の動きに合わせていつでも援護できるよう、カノンが【輝星の矢】の詠唱準備に入っている。
 モイラはフタバの斜め後ろから駆けつけ、直剣の一撃でローブの袖を裂いた。

「く、くそ、わしの金が……」

 野盗を束ねるこの魔術師は、地方都市で魔術師学連の端っこに名前を連ねたこともある男だったのだが、魔法を独自発展させる才気もなければ、今ある魔法に対し研究を重ねてレポートを提出することも出来ないまま、酒に溺れて同僚と口論となり、その同僚の研究結果を盗んで、ついには賢者の搭を放逐された人物である。
 高度な魔法を身につけることも出来ず、かといって呪文使いである事実を鼻に掛けコツコツと頑張る事も出来ない、アルコール中毒の在野の魔術師である。使える魔法も【眠りの雲】の他は【蜘蛛の糸】だけで、攻撃魔法のひとつも習得しなかった。
 外道に堕ちていくのに、そう時間は掛からなかった。
 それでも彼を親分と持ち上げるチンピラを従え、傭兵崩れを仲間にし、ここで安定した稼ぎをやっと得られるようになってきたというのに……!

「安らかな眠りを齎せ、万能なる魔力よ!」
「夕方の空の月を見よ、もうすぐ皆の静かな夜が来る♪」

 老人の【眠りの雲】と、事態を好転させようとリュミエールが演奏した【夕月夜】は、ほぼ同じタイミングで戦場を支配した。
 鎧の男の相手をしていた少年と、後ろでロザリオを握り締めていた青年が膝をつくのを、溜飲を下げた思いで老人は見ていたが、急激に彼に襲い掛かった眠気に遮られて、それ以上の思考は出来なかった。
 危うくフレッドの首筋目掛け斧が振るわれる瞬間、辛うじてフタバの【蜘蛛の糸】が間に合い、敵の動きを束縛する。彼女の背後では、モイラが渾身の力を込めて、呪曲で眠り込んだローブの老人の心臓へ剣を突き立てた。
 カノンの攻撃魔法が立て続けに炸裂すると、鎧の男の身体が壁まで吹っ飛んだ。
 程なく部屋は静まり返る。

「勝った……?」
「何とかな」

 戦い慣れた傭兵崩れを射抜いた魔法は、まさにぎりぎりの所で敵の体力を削り取ったのである。
 驚愕の面持ちで息絶えている鎧の男を見て、

「コイツの実力がもう少し上だったら危なかった」

とカノンは安堵の息をついた。
 【眠りの雲】により昏睡した仲間たちも、時間が経過すると自分で目を覚ました。
 身体に変調がないことを確認され、フレッドとミハイルは大丈夫だと頷く。
 味方の無事を実感したパーティは、しばしその場で座り込んで休憩したが、流れた血の匂いを嗅ぎつけた獣がこの場に来ないとも限らない。ほどほどの所で立ち上がり、部屋の隅に鎮座している宝箱をリュミエールが調べ始める。掛かっていた鍵も、彼女が鍵穴に潜り込んで弄ると、軽快な音を立てて開いた。
 コカの葉や葡萄酒、傷薬などを中からフレッドが取り出した。

「この鍵穴、誰かあたしの前にいじってたみたい。おじーちゃんの仕業かな?」
「ああ、それではこれらの品物は、先ほどの行商人さんの物かもしれませんね。追いつけたらお返ししましょう」
「追いつけたら、ね。それよりこれは?」

 何事かと仲間がフタバを振り返ると、ロッキングチェアや粗末な机が置いてある隣、西瓜より一回り大きいくらいの壺が積まれている所でしゃがみ込んでいる。
 食料や灯火用の油でも入っているのだろうと、他の仲間は気にしなかったのだが、彼女の手が壺の一つを引きずるようにしてずらすと、壁に穴が開いているのが見えた。
 おや、と穏やかに声を上げたのはモイラである。

「まさか隠し部屋ですか」
「壺の中身は空なんだけど、それなら何でここに並べるんだろうって思ったの。たぶん、この先にも何かを保管してるんじゃないかしら」

 壺をすっかり避けて露になった1メートルほどの横穴を屈んで這いずると、さきほどの部屋よりやや狭い空間に出た。
 家具も何もない場所だが、奥には金色の豪華な装飾のついた宝箱がある。
 心得顔で鍵穴に潜ったリュミエールだったが、困惑した態で出てきてしまった。

「やばいよー。これ、鍵の構造が複雑過ぎるんだ。あのおじーちゃん、鍵を持ってないかな?」
「俺が見てこよう」

 カノンがさっさと死体まで戻り、身包みを剥ぐようにして鍵を探したが、どうしても見つからない。隠し部屋から戻ってきた他の仲間も手を貸し、傭兵崩れの身体も探ってみたのだが、どこにもなかった。

「これは諦めるしかないのではないでしょうか……」
「いや、いやいやいや。何か手はあるんじゃねえか?」
「リュミちゃん、何とか開けられない?」
「むーりー」

 他の若者たちがワイワイ騒ぐ中、黙って経緯を見守っていたモイラが、シチューを作っていた部屋の方へひとり移動した。芋虫のごとく転がされていた賊の襟元を引っ掴むと、否応なしに引き摺り、仲間たちが待つ空間へ引っ張り出す。
 なるほど、と目を瞬かせてモイラへの賞賛の意を表したカノンが、猿轡を解いて、賊の首の角度を老人の死体が目に入る方向へ固定する。

「ぎゃー!親分!」
「こうなるのが嫌だったら、隠し部屋の鍵の在り処を吐け」

 これらのやり取りを見ながら、ミハイルが己の神に懺悔した。

「おお、主よ。何だか自分たちの方が山賊にでもなった気分ですが、そうではないのです。仲間たちの罪深き所業をお許し下さい」

 ……結局はこの後、鍵が老人の指示により近くの沼に隠匿されていることが分かり、ヒルに吸い付かれながらも鍵を持ってきた冒険者たちは、やっと【呪文引き】という解読の作用を精神集中に応用した、老人の同僚の成果を得ることができたのだが――。
 沼に入ったせいで汚れがひどいわ、ヒルを炙って落としはしたけど吸血痕が残ったわ、ついでに装飾のある宝箱自体を持って帰りたいのに重くて出来ないわ。盗賊退治は依頼を貰って報酬のあてがある時にやるべきだと、パーティの半数以上が実感したという……。

※収入:報酬300sp、≪傷薬≫≪葡萄酒≫≪コカの葉≫≪豪華なカギ≫【呪文引き】
※支出:
※その他:
※伊礼様のトトリスからリューンまでクリア!
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三回目はサクッと寝る前カードワースに収録の、伊礼様のトトリスからリューンまでです。このシナリオ、何度もチャレンジできて楽しいです。
伊礼様の他のシナリオも楽しく遊ばせていただいている(パンプキンとか)のですが、今回はまだ駆け出しから抜け出ていない彼らですので、色々な工夫から有利な戦闘ができる作品を選びました。
今回はやりませんでしたが、もし暗殺キーコードを持つ技能がありましたら、雑魚戦闘はずいぶん楽な状況で開始になります。今度、他のパーティでやろうかな。
そもそもこのシナリオ、かなり自由度は高く、行商人を殺して金をせしめたり宿屋に不法侵入して金目の物を盗んだり、悪役クーポンつきのキャラクターを放り込んでもいけそうです。
また、斧の全体攻撃を持つ傭兵崩れと、【眠りの雲】を3枚も持っている老魔法使いのコンビに、どうしても勝てないパーティがいらっしゃいましたら、街道の出口近くで財布を探す巡礼僧に話しかける手があります。上手く相手の財布を見つけてあげれば、抵抗力&回避力をアップしてくれます。
……ただ、この拾った財布、ウィンドウの説明文では銀貨200枚拾ったことになってるんですが、私の持つデータバージョンだと実際は増えてないんですよね。このままだと収支マイナスされちゃうので、私は勝手にビルダーで修正しちゃったんですけど……。今はどうなんでしょう?
老魔法使いの履歴だとか、≪豪華なカギ≫の場所の情報源だとかは、本編には登場しない部分でした。
勝手にこちらでおじいちゃんが外道になるまでをダイジェストしてしまいましたが、伊礼様におかれましては、ご不快でしたらまことにすいません。
【呪文引き】は召喚獣の効果が敵方対象にならないので、一般的に解読のキーコードを使いたい時にはあまり役に立ちません。ただ、5ラウンド常時スキルを呼び込めるのは、結構なアドバンテージでしょう。便利なスキルなんですが……どうしようかな。

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。

2019/09/13 13:06 [edit]

category: トトリスからリューンまで

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