小さな兄妹の悲劇の痕跡だった洞窟を離れ、トトリスからリューンまでを繋ぐ街道をフレッドたちは歩いていた。
 この辺りは比較的整備が遅れている方で、針葉樹林の立ち並ぶ景色には、人の手による建築物があからさまに少ない。とはいうものの、行商人は構わず通るし、聖北の巡礼者の旅程などに組み込まれてはいるので、もう少し歩けば宿屋もあるはずだ。
 油断はしていないものの、黙りこくって歩くのも気が塞ぐからと、最初に引き合わされた時には詳細を話さなかった『冒険者になった理由』を、互いに説明しながら進んでいる。
 ミハイルの『聖北の教えをもっと布教したい』という話や、カノンの『生まれ故郷での居心地が悪く、リューンに来たついでに冒険で名を上げる』という理由などは、全員が半ば予想済みだったが、モイラが『ミハイルの実家の守護者になる前は冒険者の娘だった』と話し始めた時には、ミハイル以外の全員が意外そうな顔になった。

「へえ、じゃモイラの姐さんは聖騎士とかじゃないんだな」
「はい。ラーデックとは比べ物にならないど田舎の村の生まれです。村娘と結婚した私の父は、前衛を担う中堅どころの冒険者でした。ですがある日、里に悪い魔術師が現れ、メデューサを操り村の人や私の家族を石化したのです」

 モイラを含め、襲われなかったのは見目の良い娘たちだけだった。

「私はその頃14歳になったばかりでしたから、魔術師にまだ目をつけられずに済みましたが、もう少し上の近所のお姉さんたちは、屈辱的な目に遭ったようです」

 モイラはある程度ぼかしたが、その言葉の意味することは明らかだった。
 魔術師は用心深い男で、飲み食いする物に対しては村娘の毒見役を備え、寝る時間やその他の隙を見せるだろう時間にも、メデューサやそれ以外の怪物を巡回させる。
 半人前な剣技を身につけただけの少女に、とても太刀打ちできるものではない。
 このままあの男に唯々諾々と従うだけの毎日を送るくらいなら、一か八か、村を脱出するべきか――モイラはそこまで考えたが、残された他の村人たちにどんな奇禍が訪れるか分からないのだ。軽挙は避けるべきだった。

「そんな時に、魔術師の噂を聞きつけたミハイル様のお父上様が、自腹で冒険者を雇い、自分が先頭になって村を救いに来て下さったのです」

 メデューサ対策の鏡の盾や石化解除薬、魔術師対策の【封言の法】なども用い、ミハイルの父は村人たちが人質に取られぬうちに、迅速に討伐を行なったという。
 さらには、石化されていた人々を元に戻すために法術を用い、力を尽くしてくれた。
 家族を救ってもらったモイラは、この恩に報いるため、ラーデックからやってきた司教の従者となることを決意したのである。

「あれ以来、8年が経ちました。剣の技も少しはお役に立てるまでになりましたが、司教様やそのご家族様は、ミハイル様の旅立ちに際して、最も信頼できる従者についていって欲しいと、私に声をお掛けになられたのです」
「……僕も、自分が地理に疎いことや、少々世間知らずなことは分かっております。そのため、家族からモイラの同行を告げられた時に、否やは言えなかったのです」

 モイラの意気込んだ顔と、ミハイルの物凄く不本意そうな仏頂面の落差に、他の4人は思わず朗らかな笑い声を上げた。
 それから10分ほど歩いてから、フレッドが周りの景色を確認しながら足を止めて、旅程の半分は歩いたかなと言ったのに、ミハイルが生真面目な顔で返事をした。

「そうですね、この調子ならぎりぎり暗くなる前にはリューンに帰れるでしょう」
「でもちょっと疲れない?」

 フタバがポケットの中の琥珀を無意識に弄りながら、誰にともなく問い掛ける。

「ここらには宿屋があると聞いています。少し休んでいかれますか?」

 モイラは先の依頼で精神的な打撃もあって疲れている同性の仲間を気遣い、控えめに提案してみた。
 方向音痴の主に代わり、旅路に必要そうな地理は把握しているモイラである。というか、こういう仕事もしてもらうために、ミハイルの家族たちから同行を頼まれたのだと言ってもいい。現在の主人より3歳ばかり年長な彼女は、ひたすら実務も有能だった。
 はたして、従者の意見に主も乗っかってきた。

「旅の宿屋ですか。まあ予定もありませんし、軽くだったらいいんじゃないですか」

 ふわりとミハイルの肩に着地した妖精が、短い腕を上げて賛同してみせる。

「はーい、あたしも賛成」
「ま、休むくらいならな」

 若い世代は和気藹々と休憩に意見が傾いたようだったが、1人それなりに大人であるハーフエルフは、この辺りに宿屋があるらしいのに、煮炊きの煙がまったく見えないのを訝っていた。
 彼の懸念は当たり、やっと近寄った宿屋の素っ気無いドアには、それ以上に素っ気無い「旅の庵、臨時休業中」という張り紙がしてある。

「タイミング悪ぃぜ」
「残念……休憩はなしね」
「何の用事で休業したのでしょうね、モイラ」
「さて……なんでしょう」

 泊まれない宿屋に興味がなくなったリュミエールは、周囲に剣呑な獣の気配がないのを確認し、少し先を飛んでいた。
 砂埃や苔で、いささか読み辛くなってしまった看板が立っている。
 街道の行き先が間違っていないのを確認すると、猫じゃらしに似た植物を抜いて、看板についた埃を出来るだけ綺麗に払った。満足そうに微笑む。

「これでちょっとは見やすいよね……って、あれ?」

 リュミエールが目を凝らしたのは、雑草の合間に、光を反射する何かが落ちていることに気付いたからだ。すぐに追いついてきたカノンが、どうしたと尋ねる。

「あそこ、ぴかぴかしてるよ。見てくるね!」
「あ、おい、待て……」

 魔術師が制止の声を言い終わる前に、フェアリーはもう10メートルは先に進んでいる。
 やれやれと溜息をついて彼女の後を追うと、当の妖精は質素で茶色い革の小袋を捲り、感歎の声を上げている。中から毀れ出たのは、ささやかな金額ではあるようだが金貨だ。

「これ、お財布だよね」
「よくまあ、こんな分かり辛いのを見つけたものだ。銀貨に換算すると200枚分というところか」
「ほえー、これでフレッドが技を習ったりできるかな?」
「…資金の一部には出来るだろう。ほれ、パーティ財産用の財布に入れるといい」
「はーい」

 若者たちは、まだ先程の宿屋がお休みだった理由を当てっこしているようで、歩みが遅い。
 カノンが早くしろと後方に呼びかけていると、小さく彼を呼ばわる声がした。

「――今度はどうした、妖精」
「車輪のそれた跡が残っているよ。それもごく最近。周りの草木も折れてる」
「どこだ?」

 リュミエールが見つけたのは、さほど丈も高くない雑草の一部が薙ぎ倒されている箇所だった。言われてみれば目立つだろうが、指摘がなければ見過ごしてもおかしくはない。
 妖精は地面や草に触れないぎりぎりの距離を保ちながら、どのくらいの範囲までこの痕跡が残っているかを飛んで示している。

「馬車か何か……。ここらへんを大きなものが通って行ったみたい」
「――リュミ、何してるんだよ?」

 ようやく追いついてきたフェアリーの相棒は、くるくると同じ範囲を行き来して飛ぶリュミエールを
不思議そうに見やったが、カノンから彼女の発見した痕跡を説明され、急に真剣な顔になった。
 ただ脱輪した馬車が修理のために道を外れただけなら、行って手を貸してやればいい。しかし、この街道にあまり人通りが多くないことを考えるならば……。
 フレッドの懸念をかなり正確に読み取ったカノンが、

「最悪の可能性を考えて動こう」

と彼や他の仲間たちを促した。
 もしこの先にいるのが賊の類ならば、後ろから強襲される危険もあるのだ。
 こちらは女性交じりで6人、賊の数の実態など分からないが、冒険者の一行よりも少ないということはまずあるまい。どこから現れるか分からない敵を、常時警戒しながら旅程の残りを行くよりは、今から自分たちで追跡を開始する方が遥かにましだろう。
 リュミエールがまず先頭を――森の中で隠れている妖精を、只人が見つけるのは至難である――行き、彼女の合図に従って、フレッドとフタバがあとに続いていく。続いて、呪文使いの要であるミハイルとカノンを、モイラが護衛するようにして先頭グループを追った。
 最大の注意を払っている冒険者たちの耳に、油断しているらしい男たちの品のない声が徐々に聞こえてくる。

「へっ、しけた馬車だったな」
「まあ、護衛もなしじゃこんなもんだ」
「代わりに楽でいいけどな。ザコ一人、小銭稼ぎにゃ丁度いいだろ」

 ビンゴだな、とフレッドは1人で頷いていた。この状況から察するに、馬車を襲撃した直後の野盗たちで間違いないだろう。単独でこの街道を行こうとした者に襲い掛かったらしい。
 横にいるフタバに視線をやると、ここは任せて欲しいと親指で己を示している。
 何か策があるのならと首肯すると、彼女は葉擦れに紛れてしまうような小さな声で、宿の倉庫から貰って身につけた【蜘蛛の糸】の呪文を唱え始めた。
 地脈や大気にごく少量含まれる魔力を編み上げ、粘つく糸に変性して賊の1人へ放つ。
 フタバの呪縛の魔法は上手く敵の1人を縛り上げ、地面へ転がした。

「うっ、きつい!何だこれは!」
「くそ、敵か!」
「よし。みんな、かかれ!!」

 号令をかけたフレッド自身が、真っ先に大斧を横に払い、野盗たちに恐怖心を植え付けている。
 斧の鋭さと迫力は、こんな場所で自分たちより弱い者を相手に略奪をしてきただけの男たちには、充分過ぎる牽制になったようだ。
 お前は狂戦士かと苦笑いしたカノンだったが、慣れた呪文を早口で唱え終わると、斧の刃に肘を掠め切られて動揺した敵に、星の光で構成された矢を撃ち込んでいく。
 胸のど真ん中を撃ち貫かれた1人が斃れて間もなく、もう1人はフタバの刃を掻い潜って足の縺れた所を、すかさずモイラが唐竹割りにした。
 短いながら命の奪い合いをした仲間たちが、各々の使った装備の点検をしている内に、横転した馬車や周辺を調べていたリュミエールが、流血と足跡が奥へ続いているのを見つけた。

「血はまだ乾ききってないよ。この人、生きてるかも」
「賊の仲間が見つける前に、こちらが先に見つけて、治療して差し上げましょう」
「布教しようってだけあって、坊さんはお優しいことだな」

 皮肉たっぷりに笑ってみせたカノンだが、彼もわざわざミハイルに反対するつもりはない。
 地面の色に馴染んで見つけ辛い血の跡を探索するのを、さり気なく手伝ってやり、向こうに行ったみたいだなと教えてやったのであった。

2019/09/13 13:03 [edit]

category: トトリスからリューンまで

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