Thu.

怨霊の洞窟その2  

「やれやれ、術が万全に効いてよかった」

 隠れていた叢を揺らし、ひょっこり頭を出したのはハーフエルフの魔術師だった。
 怨霊が出現するという洞窟まで、おおよそ3~4時間。これといった難所もなく、フレッドたちは問題の洞窟に辿り着き、入口に蟠っていた何らかの不浄な”気配”をどうにかして、中に入ろうと思っていたのだが……。
 いざという時のために、ミハイルの【亡者退散】は温存しておきたい。
 そう考えた一行は、一撃で仕留められるか保証は出来ないと事前に断ったカノンに、”気配”への遠距離攻撃を強行させたのである。
 星の魔力を1点に集め、輝く矢の形にして打ち出すカノンの攻撃魔法は本来、魔法生物に対して高い効果を発揮する術なのだが、それでも正体不明の存在を撃ち抜くに足りた。
 安心して洞窟内へ潜入した冒険者たちに、たまたまエンカウントした複数のウィプスが襲い掛かる場面があったものの、ずっと準備していたミハイルの【亡者退散】で祓われる。
 途中の分岐で行き止まりに出てしまい、彼らは辺りを見回した。
 たちまち敵の気配を察した妖精が、相棒に囁きかける。

「フレッド、あれ……!」
「げ。斧、効果あるよな……?」

 行き止まりの更に隅、ごつごつした岩肌の陰に隠れるようにして蠢く、腐肉の塊にしか見えないそれはゾンビーであった。死んでからかなり腐敗が進んでいるのか、腹も四肢もガスで膨れ上がっており、生前にどんなスタイルをしていたかなど、全くの謎である。
 まだ侵入者に気づいた様子も見られなかったため、すかさず前に出たフレッドとモニカが、呼吸を合わせてゾンビーを叩き潰した。
 斧の刃に付着した粘る肉を振り落としたフレッドは、目を眇めて倒れたゾンビーを覗き込んだ。

「あん?」
「どうかしたのですか、フレッド殿」

 モイラの問いに、フレッドのごつい人差し指がゾンビーの顔を指し示した。

「こいつ、よく見たら片目が潰れてねえか?」
「どれ」

 少年の指摘に、モイラはこれ以上死体を損壊して冒涜することのないよう、足元に気をつけながら確認した。ぐちゃぐちゃになっている顔の判別は難しいのだが、言われてみれば確かに、ゾンビーの左目が熟れた果実のように爆ぜている。しかし、剣の扱いに慣れたモイラには分かるのだが、これは刃で傷つけたようなものとは思えない。

「なるほど。何によるものかは分からないが、あなたの言うとおりですね」

 目を狙う敵がいるか、罠でもあるのかもしれない。モイラは他の者たちにも注意を促した。
 緊張感の高まる中、彼らは分岐のあった所まで引き返し、奥へと進んだ。
 少し洞窟の幅が広くなった辺りで、ふとフタバが足を止める。

「何かしら…西の通路から騒々しい物音が聞こえるわ」
「ゴーストかな…?」
「かもしれないわね」

 不安げな色を隠せないフェアリーに頷くと、彼女は腰の曲刀の柄に手をかけ、用心しながら摺り足で進み始めた。この面子の中で、最も俊敏で動きが素早いのは彼女だからだ。多少の緊張は帯びているが、もし変事があれば、誰よりも先に敵陣へ斬り込む覚悟でいる。
 その後ろをフレッドが堅め、上空にリュミエールが舞っている。

「坊さん、法術の使いどころは任せたぜ」
「はい」

 カノンがミハイルへ射線を通さないよう、先に立った。殿はモイラである。
 何が出るのかと用心しいしい、彼女もなるべく物音を立てぬよう進む。
 ――そこは澱んだ空気の漂う、直径30mほどの天井の低いドームだった。岩盤の崩れたような痕跡があり、その手前に、向こう側の透ける白い影のようなものがふわふわと浮いている。

「ウィプスにゴースト……バンシー(泣き女)までいるじゃないの!」

 バンシーは激しい悲しみに包まれ死んだ女の魂であり、生者を狂い死にさせる嘆き声を発する。通常の魔術師の呪文であれば、咽喉を狙った打撃や聖北の奇跡にある【封言の法】などで防げるのだが、バンシーはそれらの手段が有効な肉体が失われている。
 今の彼らには、ひどく厄介な敵だった。
 フタバが舌打ち混じりに鯉口を斬った瞬間、

「キェェェエエエエエエ!!!」

という恨みの篭った霊魂たちの叫び声が上がった。
 びくりと仲間の何名かが身体を震わす中、先程から一心不乱に祈りへ集中していたミハイルは、実体を持たぬアンデッドたちが、生きた身体を引き裂こうとこちらへ向かってきたのを見計らい、【亡者退散】の光を掌から解き放った。

「慈悲深き聖北の神よ、光を失いし亡者たちを祓いたまえ!」
「ギョアアアアアエエエエエ!!」
「ウァアアガアアアア!!」

 バンシーを含めた複数の霊魂が、聖なる光の御業に滅せられていったが、

「気をつけろ、一体残ってるぞ!」

とカノンが忠告したとおり、光を浴びづらい位置にいたゴーストが、自らにとって危険だと判断したミハイルへ襲い掛かろうとする。

「キェエエエ!」
「くっ!!」

 モイラは果敢にもミハイルの前へ飛び出し、ゴーストの一撃を代わりに受けた。
 傷を負うわけでも、血が流れるわけでもないのに、モイラは己の中の活力が損なわれたように感じ、危うく体勢を崩しそうになる。心中で拙い、と呟いた。
 隙を見つけたと言わんばかりに、ゴーストが再び腕らしき部分を振り上げたが、それよりも早く戦場に広範囲の炎が奔る。フタバの【紅蓮剣】の効果だ。
 横薙ぎに振り抜いた曲刀の、浅いが予想外の衝撃に、ゴーストがつかの間たじろぎ――ミハイルが再び【亡者退散】の法術を完成させた。

「今度こそ去りなさい、聖北の神の名のもとに!」
「アアアアヴァアアア!!」

 なまじ、モイラに追撃をしようと身を乗り出していたため、もろに【亡者退散】の光を浴びる羽目になったゴーストは、未練がましい唸り声を上げながら、清らかな光へ溶けていった。

2019/09/12 12:52 [edit]

category: 怨霊の洞窟

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