Thu.

怨霊の洞窟その1  

 フレッドたち一行は報酬を得たことから、新たなスキルの導入とアイテム購入について、長い間話し合った。予算にだいぶ限りがあるので、呪文にしろ技にしろ一つだけにしようと、まずこれについては早く決まったのだが、肝心のスキルを何にするか、残った金で何の道具を買うか、意見が色々出たため紛糾したのである。
 明確にリーダーを決めたわけでもないので、互いの意見のぶつかり合いは激化した。
 広範囲への攻撃魔法や戦士の必殺技など、それこそ自分たちの希望を遠慮なく言い合っていたが、宿の従業員であるシエテ青年の、

「物理攻撃の通らないアンデッドとか、出てこないとは限らないと思う」

という、妙に説得力のある憂いの篭った一言により、ミハイルが【亡者退散】の法術を覚えに行くことになった。
 何しろこのパーティの中で、非実体に効果のある攻撃手段を持っている者は、フタバとカノンのたった2人しかいないのである。早急に対応が迫られた。
 残りの銀貨400枚について、冒険に必要な道具をと皆が望んでいたのだが、これも多くを購入できるわけでもない。
 薬草や傷薬、解毒剤、気付け用の酒……思いつくだけでもこれだけあったが、何事にも優先順位というものがある。
 先輩冒険者たちに意見を聞きにいくと、あっさりとロープや照明だろうと返答された。

「ロープに頼るのは、登攀だけじゃないわ。眠った敵を縛り上げるなり、何か複数の荷物を纏めるなり、落っことしちゃいけない物を括って下ろすなり、活用法は色々あるの」
「お前さんたちの一行は、猫人や精霊のいるうちのパーティとは違い、夜目の効く種族が多いわけじゃないだろう。暗闇で作業しなければならん場合は、圧倒的に不利じゃぞ。せめて松明なりと買うべきじゃ」
「薬草だのなんだのは、旅の行程で摘む機会もあるから、あえて買わなくてもどうにかなるわ。馴染みのヒヨス草じゃなくても、地域ごとに、怪我を治すためのハーブは結構あるものよ」
「解毒剤を買う余裕が財布にある頃には、恐らくじゃが、誰か中毒や麻痺を治す魔法を身につけておるじゃろう。まあ、あるにこしたことはないが……そこまでの猛毒じゃなけりゃ、【癒身の法】で体力を回復して耐え忍ぶやり方もあるからの。ちょいと苦しいが」

 特に親身に忠告してくれたのは、猫人の女戦士や薬師兼精霊使いの老女で、安く購入できる店があるからと、羊皮紙に雑貨屋への地図まで描いてくれた。
 先輩たちの親切に、フレッドやミハイルは無邪気にお礼を言い、フタバとモイラは、いずれ彼女らに恩返しをせねばと密かに決意した。
 ここら辺、男女ではっきりと義理や社会性の有る無しが分かれている。
 リュミエールやカノンがこれらのやり取りに加わらなかったのは、前回の依頼で入手した≪妖精の杖≫の扱い方をレクチャーしていたからである。こういった魔法具を初めて手にしたフェアリーに、カノンは噛んで含めるかのごとくやり方を教えた。

「どうだ、扱えそうか?」
「うん。本番になっても、これなら大丈夫そう。カノン、ありがと!」

 リュミエールはふわりと飛び上がって、カノンのこめかみにキスをした。
 妖精の可愛らしい謝意に、彼は特に慌てるでもなく、平然と頑張れよなどと声をかけている。
 そんな彼らが必要な買い物を済ませて落ち着いた頃を見計らい、≪のんびり柘榴亭≫の女主人が新たな依頼書を一行の前に広げたのは、最初の仕事から4日後のことだった。

「怨霊退治、か……」

 カノンが射抜くような赤い瞳で目を通している羊皮紙には、

『町外れの洞窟に怨霊と思しきモノが住み着いた。夜間に洞窟から抜け出しては近隣の畑や民家を荒らし、旅人を襲って正気を奪うなど、大きな被害が出ている。』

という被害の訴えが書かれている。
 依頼主は洞窟の近隣に住む森の町トトリスの農民で、複数の世帯が金を出し合い、冒険者を雇うことにしたらしい。
 スケルトン(動く骸骨)やゾンビー(動死体)ならばともかく、物理攻撃の効かないゴースト(騒霊)やウィプス(鬼火)などがいる場合は、それこそ、ミハイルの【亡者退散】が頼りになってくる。

「俺やモイラの姐さんじゃ、切れない奴が出ると何もできねえんだよな」
「同じカテゴリにされるのは納得いかないけど、確かにその通りです。ミハイル様にお願いする他ありませんね」
「大船に乗ったつもりで僕にお任せください!」

 カノンは賑やかな仲間たちをじろりと眺めやると、こっそりフタバに耳打ちした。

「万が一、ワイト(亡者)にレイス(死霊)みたいな手に負えないのが出たら、あの坊さんを担いで全員で逃げるぞ」
「……そうね、それしかないわね」

 冒険の目的を達するかどうかも大事だが、逃げ道があるとないでは、大違いなのだ。命があれば再挑戦できることもあるが、死ねばそれまでが人生の常である。
 それにしても、かなり曖昧な部分の多い依頼だ。
 現に、申し訳なさそうな顔で宿の女主人――エセルが、カノンとフタバに謝っている。

「中の怨霊が何なのか、詳しいことは未調査なんです。すいません……」
「ひょっとして、未調査部分が多いから、他の店からこの依頼を押し付けられたとか?」
「ぎく」
「ああ、もし新米のレベルで太刀打ちできないようなものなら、俺たちの報告が詳細として纏められ、先輩冒険者へ丸投げするとか?」
「ぎくっ」
「つまり私たちは試金石ってことね」
「う、うう~……」

 2人の鋭い洞察は的を射たようで、エセルは訂正すら出来ないようだ。
 二回目にして、中々条件の厳しい仕事を回されたものだと、傍らでやり取りに聞き耳を立てていたリュミエールは溜息をついた。報酬は銀貨600枚とあるが、果たして、それで見合うかどうか……。
 もしかしたら、とんでもない貧乏くじを引く羽目になるかもしれない。
 ありきたりの何でもない依頼だと思って引き受けたら、裏にとんでもなく複雑な事情が隠れていたなんて、ざらにとは言わないが割と起きるのが冒険者稼業だと、これは先程の先輩たちがしみじみ述懐してくれた話である。

「で、でもですね!こんなお仕事を紹介する代わりに、ちょっと珍しいアイテムを皆さんにプレゼントしようかなあ、なんて……」

 訝しい顔になった冒険者たちの見守る中、エセルは古びたひと巻きのスクロールを取り出した。
 端の方がいささかボロボロになっているが、この手の道具にはよくあることである。
 知識欲に負けて早速覗き込んだカノンが、魔法により焼き付けられた呪文の構成を、長くがっしりした指でなぞりながらゆっくり読み解いていく。

「これは……サイコメトリー、翻訳、で合ってるか?」
「あ、はい。このスクロール、私の夫が冒険の途中で見つけたものなんです。鑑定した仲間の魔術師さんによると、合言葉で起動して、未知の言語を術者に読み解かすとか、その場に残留した強い思念を読み取るとかに使えるらしいんです」

 もしも、このスクロールを遺跡の読めない碑文に用いれば、習ったことのない言語でも何が刻まれているかを理解できるし、殺人現場で使用すれば、たちまち犯人やその手口までが分かるわけだ。
 魔法にまったく詳しくないフレッドが、草原と同じ色の目を丸く瞠る。

「そんな凄いもん、貰っていいのかよ?」
「夫のお仲間さんが、これは随分魔力が減っているから、1回使えば無くなってしまうだろうって。自分たちは他のアイテムで対応できるし、必要な人に使ってもらうのが良いからと、このままお預かりしたんです」

 エセルの夫の仲間である魔法使いは、その昔、リューンの賢者の搭でマジックアイテムの鑑定係をしていたことがあるという。
 なまじな魔道具売りよりも、見立ては確かだろう。

「一回きりとは言え、解読や翻訳の魔法は、魔術師学連じゃマイナー過ぎて教える講師がいないんだから、貴重なスクロールだぞ。本当にいいのか?」
「構いませんよ。ただ、マイナーだからこそ、市場価値は低いですけど……」
「売るなんて勿体無い、必要な時が訪れるまで取っておきましょうよ」

 フタバの提案に、全員が頷いた。

「カノンさん、合言葉は分かる?」
「問題ない。一応、お前にも教えておく」

 カノンから『真に力ある言葉』によるキーワードを覚えて使い方を理解したフタバは、それでと他の仲間たちに話しかける。

「私たち、スクロールを貰う前提で話しているけど、このお仕事、受けるでいいのね?」

 ここまで盛り上がった手前、既に彼らに否やは無かった。

2019/09/12 12:50 [edit]

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