Wed.

バリアントの洞窟その4  

 6人連れのパーティになった一行は、リューンから一時間ほど掛かるマイヤー養鶏場へ訪れた。
 森の端に作られた養鶏場は森にある敷地部分を高い杭で囲んであり、かなり広い土地を駆け回る放し飼いが基本らしい。卵を産む雌鶏たちでさえ、小屋の定位置に押し込められて餌を詰め込まれるのではなく、いくつか抱卵に適当そうな東屋があり、気に入った場所で産んでいくスタイルであるようだ。
 それだけ野生に近い環境で飼育しているため、空から飛来した猛禽類だろうが、穴を掘って侵入して来た野犬だろうが、鶏が”自力で”追い返してしまうのだ。

「それ……本当に鶏なのですか?」
「ははっ、都会育ちの坊さんには分からないかもしれないが、うちの鶏の味が濃くて旨味が強いのは、この飼育方法のおかげなんだよ。まあ、潰す時は大変なんだけどね」

 そんな養鶏場の若い鶏たちが、一週間ほど前から急に凶暴性を帯びたのだという。
 鶏たちの抵抗に慣れているはずの養鶏場職員らも、目や皮膚の柔らかな部分を狙った嘴にはお手上げのようで、冒険者の来訪を、今か今かと待ち焦がれていたそうである。

「もしもうちの鶏たちが、あんたらの仕事を邪魔するようなら、伸してくれて構わないぜ」
「それは有り難いわ。さすがに家禽だけ無傷でというのは、難しいだろうと思っていたから」
「差出口をお許し下さい。職員さんは、何かお気づきになったことはありませんか?」

 落ち着いた挙措の女戦士の丁寧な質問に、目を瞬かせていた職員は、同僚からの報告を口にした――すなわち、妖精っぽいものを見かけたと。
 それを聞いた瞬間、くらりときたカノンは、思わず宿から貰った柳とイチイで出来た杖を握り締め、歯軋りをした。

「あいつ、仕事中でも酒を飲むし、眉唾だがね。……おや、そっちの尖り耳の兄さんは顔色が優れないみたいだが、大丈夫なのかね?」
「気にしないでくれ。寝不足なだけなんだ」
「それ以外に俺らが注意しとくことはねえかな?」
「若鶏たちのボスが、黒羽のテツに変わったくらいかねえ。うちの養鶏場で一番喧嘩っ早く凶暴な雄鶏なんだ。人間相手でも平気で襲い掛かるから、黒い鶏を見かけたら要注意だな」
「そんなに強いのか?」

 カノンの不思議そうな声に、職員はニヤリと口角を上げる。

「この間、150センチくらいの背丈の熊が来たんだがね。コテンパンにやっつけたよ」
「熊が……」
「鶏さんに……」

 呆然としたように顔を見合わせたフレッドとリュミエールのコンビに構わず、狡猾なカノンはさらに話を続けた。

「そんな厄介な鶏もいるんじゃ、銀貨600枚はちと安過ぎる。テツを隔離できないんなら、せめて報酬をもう少し上げられないか?」
「むむっ、そう言われちゃしょうがない。あと200枚追加しよう。これ以上は無理だぜ」
「その条件なら大丈夫だ。……そうだろう、少年」

 いきなり肩を叩かれ、びくりと屈強な身体を震わせたフレッドだったが、小さく首肯した。
 わくわくしたような顔のミハイルが、嬉しそうに仕事の始まりですね、と皆を促す。
 職員は仕事に戻るため、何かあったら母屋に来てくれとその場を去った。それを見送ってしばし。
 ぼそりとフレッドが呟く。

「……プーカ、ばっちり目撃されてるじゃねえか」
「それを恐れていたんだが……もう後の祭りだな」
「でも、詳しい事情までは分かってないわけでしょう。迅速にこの件を片付け、プーカを回収してしまえば、依頼人の希望も叶えられた上、研究者の面子も失わずに済むわよ」

 上手くいけばだけど、と、フタバが言わずもがなの台詞を口にする。
 カノンを励ましたいのか落ち込ませたいのか、どうにも微妙なところである。
 ミハイルが朗らかに宣言した。

「では、上手くいかせましょう。≪のんびり柘榴亭≫のこれからの評判は、自分たちの仕事の如何に掛かっているのです。滞りなく依頼を片付けて、後から笑い話になれば良いのですよ」

 他の仲間たちは彼の意見に同意し、さっそくマイヤー養鶏場の中へと踏み出した。
 ほぼ自然の森のままの養鶏場だが、辛うじて人が行き来できる道が伸びている。まずは道沿いに行こうと歩き始めて15分ほどで、ふと戦闘を歩いていたフレッドが足を止めた。

「…西の道から、何やら物音がする。東の方からも、鶏の鳴き声みたいなのが聞こえるけど……」
「どうしたものやら」

 口に手をやって悩んでいる様子のカノンに応じたのは、フタバだった。

「西にまず行きましょう。プーカが何かしてるのかも」

 特に異論もなく一行が進むと、木苺の茂みのすぐ傍に、一羽の黒く雄々しい鶏が佇んでいるのが見える。嘴といい爪といい、鋼鉄で出来ているのかと問いたくなる太さである。幸いにも、まだ冒険者たちには気付いていないらしい。
 リュミエールとフタバは、そっと目を合わせた。
 声にこそ出さなかったが、あれこそが――熊をも倒すテツだ。
 テツは日向ぼっこをしているらしく、時折、丈夫そうな翼を広げては、厚い胸を膨らませている。
 テツの様子をかなり詳細に見て取ったリュミエールは、己に任せて欲しいと小声で囁くと、薔薇の蔓を編んで作った竪琴を持ち上げ、慎重に演奏を始めた。
 彼女が爪弾くのは、村の壊滅を見届けてから不眠症になったフレッドを癒すために習得した、眠りをもたらす曲である。フレッドの不眠症も、今ではかなり改善されている。しかし、眠りの曲そのものが冒険でも役に立つことを先輩に教えられ、リュミエールはさらに磨きをかけたのだ。
 黒羽のテツはしばらく不思議そうに鳴き声を上げていたが、柔らかな陽光とのんびりした曲のコンボに、深い眠りへ誘われた。

「…ん、寝たみたいだよ」
「よっしゃ、さすがリュミ」

 下手に近づいて気配を悟られると拙いので、一行はテツをそのままにして、先程の道の分岐まで引き返した。ここから先は、日向ぼっこを楽しんでいたテツの居場所とは違い、羊歯の茂みや苔のついた岩が増えてくる。
 足音が吸収されやすいと共に、かえって滑りやすくもある。新米冒険者たちはいっそう気配を殺しながらも、先へと進んだ。
 色んな色彩の鶏たちがたむろするその向こう、一際大きな岩にどうバランスを保っているものか、可愛らしい小鹿が偉そうな仕草で、鶏を前に演説しているようである。
 自分の言葉が理解できているかの確認を取ると、鶏王国の平和を人間たちの魔の手から守ろうと誘っている。このまま手をこまねいていれば、いずれ人間の食卓に乗るため、卵はおろか、鶏自身の命も危ないのだと、人間たちへの反抗心を煽り始めた。
 カノンが半眼で呟いた。

「奴だ」
「あの小鹿の妖精さんが、異変の元凶ですか。どうしたものでしょうか……」
「隙を窺いましょう、ミハイル様」

 モイラは白い炎を刀身に纏う剣の柄に手をやり、あまり身じろぎしないよう囁いた。

「無力なように見えますが、賢者の搭からまんまと逃げ出す術や頭脳があるのです。軽視できるものではありません」
「俺もそれに賛同しよう。迂闊に出ていかない方が良い。隙を見せたら、俺の風の魔法で攻撃開始だ」
「ううん、ちょっと待ってよ」

 冷静に戦況を分析しようとしている2人を、リュミエールが止めた。

「まず、あたしが説得してみるよ。プーカさんだって、鶏さんを無駄に傷つけるの嫌だと思うし」
「説得だと?」
「そ。失敗したら、フレッド任せた」
「あいよ。いって来い」

 実にあっさり相棒が頷いたもので、カノンもモイラも、リュミエールを止めるのが一拍遅れてしまった。フェアリーはふわりと浮き上がると、すぐ後退できる位置取りをしながらプーカに近づく。

「そんなことをしたら、あなたも鶏さんたちも、危険に身を晒すことになっちゃうよ」
「うおっ、粗暴な人間が攻めて……んん?」

 小鹿は岩の上で足を滑らせそうになり、器用に足踏みすると何とか留まって、まじまじとリュミエールを見つめた。

「うっそ、なんで仲間がいるんだ!?」
「なんでも何も、あたしも冒険者だからね。ねえ、もう止めようよ。人間と争えば、必ずここにいる鶏さんたちの中から、死んじゃう子が出るよ。それは、扇動したあなたの責任だよ」

 小鹿に擬したプーカは、惑いを振り切るように首を横に振り、睨みつける。

「ええい、オイラは間違ってないんだからな!人間側につく悪い妖精め!」
「あなたが最初にいた施設だけでは分からなかったのかも知れないけれど、人間たちは自分たちの能力だけで獣を狩ることができない個体も多いんだ。だからわざわざ、鶏や豚、牛なんかにご飯を与え、自分たちの命を繋ぐ為に飼育するんだよ」

 こういう人間社会のものの考え方を、リュミエールはフレッドから教わった。必要なものは適量だけを頂き、速やかに食する。そういう自然界の掟を、人間は能力がないから守ることが出来ないのだ。

「……つまり、苦しめるために育てているのではなく、仲間が生きるのに必要でやっている?」
「そう。この営みも、人間だけが美味しいところを取るわけじゃない。ひ弱く生まれた個体を工夫して育てたり、自然界では餌が減って数が淘汰されるところを、鶏全員に行き渡るように貯蔵しておいて与えたり。この養鶏場の鶏さんは、ずいぶん良い環境にあると思う」
「…それでも無駄な過剰供給は感心しないけど…」

 郷に入ったら郷に従えとも言うし、とプーカはひとりごちた。彼はしばらく考え込んでいたものの、攻撃意思は感じられない。リュミエールは黙って見守った。

「……ここは涙を呑んで引き下がろう。鶏さんたち、ごめんね。人間の社会をもっと勉強したら、また来るから辛抱してね」
「こっこっこ……」
「凶暴化の術を解くよ」

 小鹿が狼のような他の獣のような遠吠えを上げると、目をぱちくりと瞬いた鶏たちは、三々五々に散って行く。
 胸を安堵で撫で下ろしたリュミエールの背後から、カノンがひょっこり顔を出した。

「オイ、人間社会の勉強をしたいのなら、まずあいつと仲直りしろ。お前の安否をかなり心配してるぞ」
「あ、あんた、あの魔法使いの友達の――」
「お前に作ったあの道具も、もう少し使い易いものに工夫しようかだと」
「……あの道具って?」

 フタバが尋ねると、鼻からフンと息を吐いたハーフエルフは、

「妖精用の魔法具だ」

と答えた。
 妖精の魔法の研究者は、魔術師が魔術回路の組み込まれた杖などを扱うように、妖精の魔法を見せてもらうために、妖精用の魔術回路を組んだ道具を作ったのだ。だが、その見た目が気にくわないとプーカが猛抗議を始め、2人は口論し……。

「ひょっとして、些細なことからの仲違いってそれ?」
「まさに、それだ」
「く、くっだらねえ……」

 フタバの鋭い指摘にカノンが肯定を返すと、傍らで聞いて脱力したフレッドが、やや大袈裟に顔を手で覆って嘆いた。
 フタバはそれに構わず、その魔法具はこれからどうするのかと尋ねた。

「持って帰ろうと思っていたが……」
「でも、プーカはその品が気に入らないんでしょう。いっそ、うちの仲間に融通できないかしら?」
「……あたし?」
「ふむ。……まあ、構わないだろう。オイ、プーカ。あれはどこにある?」
「この羊歯の茂みの裏にある、鉄の箱の中だよ。スコップとか入ってたんだけど、一緒に仕舞いこんだんだ。ただ、蓋を閉めたら鍵が掛かっちゃったんだけど」
「それはあたしが外せると思うよ。案内して」

 プーカに示された箱を、リュミエールは猫目石を通して観察した。鍵の構造が明らかになり、彼女はふーんと声を上げる。

「これなら大丈夫。鍵穴の隙間から鍵を外せるよ」

 リュミエールは宣言通り鍵穴に身体を突っ込むと、しばらく何か作業を繰り返していたが、やがてカチリと鍵の開く音がした。
 相棒に促され蓋を開けたフレッドは、潰さないよう注意を払いながら中のものを持ち上げる。それは桃の花を小さな枝に通したように見える、可愛らしい剣のようなアイテムであった。

「ちっちぇ」
「どう考えても、女の子向けのデザインよね」
「だろう、そうだろう!?これをオイラになんて、馬鹿にしてるのかと思ったんだよ」
「そりゃ喧嘩にもなるわなー」
「どうするんですか、妖精さん。これを貰いますか?」

 リュミエールはにっこり笑いながらミハイルに頷いた。気に入ったらしい。
 静かに経緯を見守っていたモイラは、養鶏場の職員に原因を尋ねられたら、どう説明するのだとフタバに話しかけた。彼女は肩を竦め、何でもないように応える。

「正直に言うわ。原因は目撃証言のあった妖精の悪戯ですが、こちらの説得で事が収まりました。妖精については、こちらで行き先の世話を責任持ってしますから、ご安心をってね」

 妖精が現れることになった賢者の搭での喧嘩のことなどは、黙っていればいい。
 カノンとプーカだけをまず先に賢者の搭に帰した一行は、追加の報酬を貰い、≪のんびり柘榴亭≫への帰路についた。

「俺たち、何も出来なかったな」
「そうですね。今回はすべて妖精さんのおかげです。ありがとうございます」
「うふふ、褒めても何も出ないんだよー」
「これから先なんだけど、魔術師込みのこの面子でパーティを組むの?」
「後2~3回は、やってみても悪くないでしょう。戦闘は未経験ですし、決めるのはそれからでも遅くはなさそうです」

 モイラは淡々と指摘すると、眩しそうな顔で、己の主と、彼と共にはしゃぐ少年と妖精のコンビを見つめた。仲の良さそうな3人の影が、茜色の地面に映っている――。


※収入:報酬800sp、≪妖精の杖≫
※支出:
※その他:
※盆栽の人様のバリアントの洞窟クリア!
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新たな宿、≪のんびり柘榴亭≫の始まりです。
長いこと”旗を掲げる爪”のリプレイが停止してますが、リプレイ書きたくない訳ではないのです。
ただ、高レベル冒険者の冒険ほど長いリプレイになるのと、相変わらずパソコンの調子が直らず、かといって新パソコンを購入する余裕もなく、行き詰っていたのです。
ならば、低レベルの冒険者で、スクショなしでやれば?
いっそ新しい宿を立ち上げ、宿の主人をエセル(周摩様のシナリオ”命を失くした話”のNPC)にやらせて、まったくの新米を放り込んだら?
この、ふと浮かんだ思い付きが頭を離れないまま、シナリオ用の素材を探し彷徨う内、アントワさん(交易都市の隅≪http://piyopiyo.yumenogotoshi.com/≫)のキャスト絵を拝見しまして……。
あ、素敵。これ、やるしかないわ、と。
たとえスクショが載せられなくても、文章だけで想像して貰えるよう、キャラ作らなきゃ…!と。
そんな閃きと意地で作ったリプレイだったりします。

さて、このシナリオ自体はVIPで配布されている作品なのですが、リプレイの舞台である中世I型のみならず、なんと大江戸バリアント・妖魔バリアント・現代バリアント・学園バリアントの計五つのバリアントエンジンに対応している、何だか凄いシナリオなのです。……中世I型でしかやってなくて、誠に申し訳ありません。
いつもなら隙を見て戦闘するのですが、実は今回、PCのキャスト絵とラスボスのキャスト絵が全く同じものでした。
それで妖精と表示のあるラスボスを、妖精の中でもプーカの男の子であると変更し、フェアリーのPCと差別化を図った上で、最後に集まるカノンの仕事理由に繋げさせていただきました。おかげさまで合流がスムーズに。そうして同じ妖精族同士、説得を選んで……成功!
良かった良かった。

盆栽の人様、勝手にシナリオ内の設定を色々変更して、申し訳ありません。
でもシナリオ、とても楽しませていただきました、ありがとうございます。

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。

2019/09/11 12:49 [edit]

category: バリアントの洞窟

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