Wed.

バリアントの洞窟その3  

 慌ててカウンターにとって返したエセルの目に、初めてお目にかかる男女が飛び込んできた。
 後ろからついてきたフタバも彼らを認め、あらと声を漏らす。
 朗々と響く声で自己紹介を始めたのは、色んな人種の入り混じる交易都市でもあまり例のない紫色の髪を、胸元近くで切り揃えた僧侶だった。たとえ捧げ持つ聖北の印がなくとも、衒いなく相手を真っ直ぐ見つめる彼を見れば、難なく職業を言い当てることができるだろう。
 妙なのは、癖のない長い金髪を背に垂らした清廉な印象の女戦士が、目を伏し気味にしてやや斜め後ろで佇んでいることであり――物腰からすれば正式に剣の訓練を受けたらしい彼女が、どうして下級の聖職者に付き従うようにいるのか、関係性がまったく見えないことである。
 最大の疑問は、しかし先程から大声で話す僧侶によって回答を得た。

「彼女は我が家に仕えるガーディアンで、モイラと言います。剣の腕の確かさから、僕の家族から僕に同行せよと命じられたのです」
「……少なくとも、ミハイル様の方向音痴が治らないことには、皆様が危機を覚えるのも当たり前でございましょう」

 ぼそりとした発言は、彼女が同行せざるを得なかった本当の理由を、端的に明らかにした。
 パッとインクを散らしたように顔が赤くなった僧侶に構わず、彼女は泳ぎもまだ習得できておりませんし、と容赦なく続けた。
 呆れの気持ちを含んだ半眼で彼を眺めやるフレッドに、ミハイルは噛み付くような視線で返すと、

「泳ぎが必要な状況にならないような仕事をすれば良いんです!」

と主張した。
 はて、そう上手くいくものだろうか、とエセルは内心で首を傾げた。
 己の苦手が出てこない仕事を選りすぐっていても、いざ実際に依頼が始まれば、状況が全く想定外であるというのは、冒険者稼業ならず人生にはよくある話である。
 また登録用紙に記入を始めたエセルに、ミハイルは問われるまま自身のことを説明した。
 宗教都市ラーデックの(それも恐らく高位の)聖職者の家の生まれであること、聖北の僧侶がよく取得する【癒身の法】の法術なら使えること、この店へは教会へ祈りに来る騎士らしき男性から聞き及んだことなど、さしたる抵抗もなく、すらすら欄が埋まっていく。
 その騎士らしき男こそが、木こりのフレッドが好かないと話していた先輩なのだろう。彼は、鍛錬の他に聖北教会への寄進も欠かさない。手練の薬師兼精霊使いがいる代わり、聖職者らしい聖職者がいないパーティなので、信仰を持つ彼が仲間を代表して、旅の無事を祈るのだ。
 この男女が≪のんびり柘榴亭≫をわざわざ選んだ理由を理解し、エセルはなるほどと頷いた。≪狼の隠れ家≫の亭主がよく口にする、『冒険者の宿は金づるも大事だが、人脈の方がもっと大事』という言葉はどうやら真実らしい。
 今までの新人全員でパーティを組めば、専門の魔法使いこそ欠いているものの、そこそこバランスのとれた一行になるようだ。さっきはフレッドとミハイルが睨み合いをしていたが、気性の真っ直ぐな者同士、腹を割って話し合えばけして両名の相性は悪くないだろう。
 エセルは宿の責任者らしく、自分のできる精いっぱい重々しい声で、この面子で仕事を受けてみないかと問うた。
 彼らはしばし顔を見合わせていたが、やがて誰からともなく微笑むと、女主人に頷いた。
 ミハイルとモイラに、預かりの品の部屋からそれぞれ受け継ぐ物を一つずつ選んでもらうと、従業員に頼んで持ってきてもらった依頼書を彼らの前に広げた。
 覗き込んだミハイルが、

「どれどれ……マイヤー養鶏場?」

と、依頼人の欄を訝しげに読み上げた。
 新米の冒険者が手をつける依頼などというのは、大方が下水道の鼠退治やゴブリン退治、或いは猪などの厄介な獣の排除と相場が決まっている。
 だがこの依頼書にあるのは、急に凶暴化した家禽の、異変の原因排除だ。
 あまりにも、冒険者という職業を勘違いしていないだろうか。少なくとも、ゴブリンなどが鶏を凶暴化させているわけでもあるまい。やつらがトラブルを起こすなら、始めから鶏を盗んで食料にし、群れの中から選んだ個体に凶暴化する薬を使って、人間を襲わせる辺りが関の山だろう。
 エセルは肩を竦めて言った。

「一風変わった仕事ですけど、養鶏場の人がお困りなのは事実です。ここから現場も近いですし、腕試しがてら、挑戦してみてはどうでしょうか?」
「報酬はいくらになるのかしら?」

 初めての依頼に高鳴る胸を落ち着かせて確認したフタバへ、エセルは指を六本立ててみせた。銀貨で600枚、おおよそ相場と違いはない。
 いずれにしろ全額成功報酬だが、鶏を相手にしてこの金額なら、ある意味破格だと言えるだろう。世の中には、妖魔を退治しても銀貨50枚にしかならない仕事だって存在するのだ。

「なら、受けてもいいんじゃねえの。農家が手間や金をかけて依頼をわざわざ出すんなら、本気で助けて欲しいんだろうしさ」

 フレッドが他の仲間へ依頼の受諾を働きかけた。彼自身、農家とそう変わらない暮らしをして来たのだから、彼らが報酬を用意して依頼を出すことの重みを、この場の誰よりも分かっていると言える。
 そういう観点から説得されると、まだ迷っていた者も納得するしかなかった。
 装備――とはいっても、薬草の一つも持ち合わせはないのだが――を整え、とにかく各々の準備をし始めると、また来客のベルが鳴り響いた。
 店の女主人や従業員、新米冒険者5名の合わせて14本の視線を集めているのは、すらりと背の高い長髪の男性であった。特筆すべきは、衆に優れた男らしい美貌もだが、木の葉のように尖った耳の方かもしれない。森の民であるエルフの血が混じっているのは明らかだが、純血のエルフではないだろうことは、逞しい彼の体躯や、燃えるような赤い瞳を見れば明らかだった。
 彼は自分へ寄せられた視線の大群にやや鼻白んだようだったが、心身のバランスを取り戻すと、カウンター越しにエセルへ話しかけた。

「魔術師学連から来た。俺はカノンという。ここで、マイヤー養鶏場からの仕事を受けていると聞いたんだが」
「まー、奇遇ですね。その依頼なら、ここにいる皆さんが受けてくれたんですけど」
「何、もう手配済みなのか……」

 眉根を寄せる相手へ、フタバはたじろぐ様子もなく口を開く。

「受諾はしたけど、仕事はこれからよ。何かの事情があるのなら、今ここで聞かせて貰えないかしら、色男さん」

 魔術師学連、通称・賢者の搭とも呼ばれる大きな機関が、一体この冒険らしくない小さな仕事とどう結びつくのか。
 それを知ってから出かけても、まあ遅くはないだろうというフタバの判断は、他の仲間たちからも受け入れられたようで、異論を唱える者はいない。
 この仕事をやると決まっている冒険者ならば、事情を伏せる意味はほぼあるまいと、美貌のハーフエルフはいやいや話し始めた。
 賢者の搭の中に、妖精の魔法を人間用に系統立てたいと考える研究者がいること。
 研究者はどういう伝手があったのか、獣に変化することを好む妖精――プーカをつれてきて研究を進展させようとしたこと。
 ところが、研究者との些細な仲違いでプーカが搭を逃げ出したこと。
 プーカの行方を、研究者や彼に相談された他の友人魔術師が追ったところ、リューン近郊の養鶏場に逃げ込んだのが判明したこと……。

「その、友人魔術師があなただと?」

 フタバの指摘に苦々しく頷くと、彼は話を続けた。

「研究者によると、プーカは悪戯を好みはするが、人に殺意を抱く妖精ではない。しかし、このまま放置して何らかの厄介事が持ち上がったとする。当の原因たるプーカが、賢者の搭から派生したものだと世間に気付かれるようになったら……」
「研究者さんは、クビになるんじゃないでしょうか?」
「そうですね、ミハイル様。後はクビまでいかずとも、研究テーマを取り上げられたり、閑職に回されるなども考えられます」

 あっさり研究者たちが懸念した未来を口にしたのは、ラーデックから来た二人組である。歯に衣着せるスキルは、信仰の厚そうな彼らには無縁のものらしい。良くも悪くも正直だ。
 カノンはマイヤー養鶏場が家禽の凶暴化についての依頼を、この≪のんびり柘榴亭≫に持ち込んだと分かった時、彼が1人で事件を引き受ければ、表沙汰にせず事態を収拾できると踏んで、急いでここまで来たのである。

「いくらモノが家禽でも、1人で事件を片付けるのはさすがに無理じゃねえの」
「うーん。鶏さんを相手してるうちに、プーカのお兄ちゃんに逃げられるかもね。他の動物に化けて逃げたら、分かんないでしょ」
「可能性は……確かにあるな」

 フレッドやリュミエールの言葉に僅かながらも狼狽の色を見せたカノンは、救いを求めるようにエセルに向き直った。

「この仕事で、俺をここの冒険者たちに混ぜてくれないか?」
「報酬は……」
「今回はいらん。どちらにしろ、俺も冒険に出て金を稼ぐか検討していた。魔術の腕を磨くためにリューンまで来たのだからな」
「なるほど。魔術師学連の他の支部から来ているんですね?」

 黙って首肯したカノンに、エセルは何て都合の良い人が飛び込んできたのかと慨歎した。
 フレッドやリュミエールの運が良いのか、ミハイルの神の加護が篤いのか、ちょうどここにいる5人の、最後のピースになり得る術者の登場である。魔術師学連の所属であれば、和国出身のフタバが持たない人脈などもあるかもしれない。
 エセルは準備の終りつつある5名へにこやかに目配せすると、手品のように登録用紙を取り出した。

2019/09/11 12:48 [edit]

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