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バリアントの洞窟その2  

 エセルは元・木こりの少年とフェアリーという奇妙なふたり連れに、じゃが芋をたっぷり使った朝食を出してやった後、店の名前の由来になった柘榴の描かれた看板を磨くため外に出た。
 ここはそもそも、後継者がいなかったために潰れてしまった普通の宿屋があったのだが、どういう伝手があったのか、エセルが世話になった≪狼の隠れ家≫の亭主が建物ごと土地を買い取り、エセルへ新たな冒険者の宿を経営するよう頼んだのである。
 向こう3年間は、売り上げのいくらかを≪狼の隠れ家≫に送るのだが、その後は独立採算で続けていくことになっている。
 この話を最初に持ちかけられた時は、何の冗談かと頭からエセルは断りに掛かったのだが、宿の亭主や自分の夫に、新たに冒険者になる者たちへの道を作りたいと諄々と諭され、ようやくその気になったのだ。
 勿論、1人きりで宿をやっていくのは無理だと分かっているので、手伝いに≪狼の隠れ家≫からシエテという青年が来ている。
 淡い色の瞳に不思議と他人を惹きつける雰囲気の漂うこの青年は、その昔エルフの冒険者の夢に現れた、本来は夢魔に近い存在だ。だが、誰に憑依するというのでもなく、殆どただの人間の従業員と変わらない様子で働いていた。
 特に容色に秀でているわけもでないが、彼が依頼人側の女性たちから、妙に好評であるのは事実である――魅了の資質でもあるのかもしれない。
 まあ既婚者であるエセルにとっては、淡々と日々の業務をこなしてくれる、頼れる仲間である。
 そんな仲間に食器の洗い物を頼み、彼女は宿の外側を綺麗にしようと勇んで、雑巾片手に表にいた。
 元々、掃除は嫌いなほうではない。
 エセルが鼻歌交じりで――この鼻歌は、もう亡くなった吟遊詩人の作ったものだが――看板を拭き清めていると、通りの向こうから、ほっそりとした人影がこちらへ近づいてくるのに気付いた。
 ≪のんびり柘榴亭≫がある付近は、スラムに近い≪狼の隠れ家≫とは違って、市民生活に根ざした店が建ち並ぶストリートの一本裏手になる。
 従って、他の八百屋やら肉屋やらに行くのに、混んでいる道を避けこちらを通ろうという者もいなくはない。
 てっきり、エセルもその類かと判断しかけたのだが。

(……あら、きょろきょろしてるわ。何かを探してる?)

 年の頃なら16~17歳くらいが適当だろう。暗紫色の外套を身に纏い、長い黒髪を馬の尻尾のように纏めて結ってある。
 やや下膨れに見えなくもない顔だが、けして整っていないわけではなく、むしろ年齢よりも愛らしい感じを与えていた。
 頼りなげに辺りをうろついていた視線が、ふと、先程までエセルの磨いていた看板に留まる。
 控えめな変化ではあったが、彼女の面に喜色が確かに表れた事を見て取ると、エセルは人好きのする笑顔で来訪者へ話し掛けた。

「もしかして、≪のんびり柘榴亭≫に用事でしょうか?」
「ええ。あの……失礼ですが、あなたは……」
「私はここの主人のエセル。ようこそ、≪のんびり柘榴亭≫に!」

 エセルは冒険者志望かを尋ねて同意されると、フタバと名乗った娘を店内へ誘った。
 娘のくびれた腰には、ありきたりの長剣などではない細身の曲刀が吊り下がっている――飾りに見えない様子からすれば、軽戦士なのかもしれない。 
 大量の揚げじゃがを胃の腑へ片付けていた元・木こりの少年が、ちんまりカウンターの上に腰掛けたフェアリーに突かれ、慌てたように振り返った。
 恐らくは久々に宿へ現れた冒険志願者に色々話しかけたいのだろうが、それもこれも、宿への登録が済んでからだ。
 エセルは前に勤めていた宿の亭主から叩き込まれた確認事項を、丁寧に登録用紙へ記入していく。
 出身地の欄で、和国という東の海の向こうにある珍しい国名を挙げられ、思わず感歎の声を漏らしたり、ただの軽戦士ではなく、魔法剣士であることに驚いたりしながら、どうにか記入作業を続ける。

「とは言っても、二回も使えば、もう炎の剣技は唱えられないのだけど……」
「そうなると、できれば前衛専門の人や、罠外しなんかをやってくれる人が仲間になると、バランスがいいでしょうね?」
「ええ、単独で冒険をやるのは危険性が高いから、そのつもりはないの。信用できる仲間が作れるなら有り難いわ」

 話しているうち、エセルは妙な違和感に気付いた。
 まだ20歳をいくらか越えただけとはいえ、フタバとエセルでは、エセルの方が年上であることは間違いないのに、何故かフタバが同世代か、もう少し上に感じられるのだ。
 自分が未熟な宿の主人だからかもしれないと心中で反省し、エセルはさっきから忠実な犬のように話すタイミングを窺っている2人に話を振った。

「……というわけで、フタバさんはパーティ面子を探してるんですが。お二人はどうします?」
「こっちとしても、願ったり適ったりだよ」
「だよねー。あたしはリュミエール、こっちはフレッドだよ」
「よ、妖精?」

 フタバが垂れ気味の目を白黒させながら呟くと、気を良くしたリュミエールが薄い胸を張るようにして、相棒の肩の上でそっくり返った。よく落っこちないものだ。

「えっへん。リュミエールはフェアリーだよ!」
「フェアリー……本当に会えるなんて思わなかった、すごい……」

 興奮したていでリュミエールを眺めるフタバへ、フレッドが今まで異種族を見た経験がないのかを尋ねると、彼女は残念そうに首を横に振った。

「ドワーフやエルフは和国にいないし、獣人なんかも滅多にいるものじゃないの」
「へえ……。この店の先輩には、猫人の冒険者もいるぜ。精霊が具現化した魔術師もな」
「まあ、そうなの。お会いしてみたいものだわ」
「あのパーティのリーダーさん、どっかの貴族の出とかで、威張ってる感じが嫌なんだけどな」

 こら、とエセルがすかさず窘めた。
 ≪のんびり柘榴亭≫に唯一登録された先輩冒険者の一行――不死身の戦斧は、男爵家に連なる身の聖北教徒が率いている。リーダーである彼は、強面で名誉を重んじる傾向があるので、親しくないと誤解され易いが、自分の血統を誇るしか能のないような手合いとは全く違う。
 ゆえに、妙な先入観を持たないよう注意を促したのだが、フレッドが深く反省した様子はない。
 彼の持つ大斧なども、不死身の戦斧が冒険中に入手したはいいが、自分たちで使う予定のない品なので、これから使う後輩がいればと預かった中のひとつなのだが……。
 エセルは短く息を吐いた。
 これから先、最初の冒険に彼らが生き残ることが出来るのなら、追々に先輩を知っていくこともあるだろうから、今喧しく咎めるのは止めておこう。
 エセルはフタバに声を掛けると、預かりの品を納めた部屋へ彼女を案内した。
 狭いながらもそれなりに整頓された室内に、フタバは驚きの声を上げた。

「わ、杖や……呪文書?」
「武具の類はまだ数が少ないですけど、何か役立つ物があるなら、ここからひとり一つだけ持っていって良いと、ベテランたちから許可を得ています」

 売って金に換えることもできるのだが、色々思い入れがあるから勿体無かったり、珍しすぎて市場価値があまり高くつかない物が大半である。
 フタバが手近な呪文の巻物を確認してみると、【蜘蛛の糸】という術の呪文構成が記載されていた。

「こんな便利そうな呪文まで宿置きにしてるの?」
「呪文を唱えなくても、投擲ナイフで拘束できる技があるからいらない、だそうです」

 ちなみに、リュミエールはここから、相手の真実の姿を見通すという猫目石の裸石を貰っている。
 宝箱の罠などを見極めるのにも使える魔法のアイテムで、昔気質の盗賊ならば、いくら便利でもまず手を出さない品だろうが、この店のフェアリーにとっては面白い玩具でしかない。

「なら私は、【蜘蛛の糸】の呪文書を貰おうかしら。唱えられる呪文は多いほうが良いものね」
「これですね、分かりました」

 宿預かりの目録にあった呪文書の項目から、【蜘蛛の糸】を見つけると、エセルは細い二重線を引いて消した。こうして記録をしっかりつけることも、前の職場で教えられたことだ。
 新たな術を得たフタバは、しばらくそこに書かれた呪文の綴りと、魔術回路からの魔力の流れ方を幾度も読み直し、頭の中に叩き込んだ。

「準備はできたと言えるでしょうけど、3人だけではまだ心許ないわよね?」

 フタバの言葉に、我が意を得たりといった感じでエセルは首肯した。

「そうですね。皆さんのパーティは、出来ればあと2~3人は仲間が欲しいところです。それも呪文使いを」

 誰も怪我を癒す呪文の心得はないし、フタバが魔法を扱うとは言っても、専門家のように多くの回数を唱えられるわけではない。
 そういった穴を埋めてくれる仲間を募集するべきだろうと、エセルは助言した。
 では、どこでそういった仲間を見つけるべきか――結論を出す前に、部屋の外から声がした。
 従業員のシエテだ。

「姐さん、また冒険志願者だ」

2019/09/11 12:47 [edit]

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