Fri.

L'avenir ou la Mortその1  

 ミカは目前に座る老年の男を、じっと見つめた。
 とは言っても、まったく艶めいた話ではなく、ただ単に依頼について聞きに来ただけだ――ミカひとりで。
 前にレイド・クラウンという暗殺者によって、嘘の依頼に嵌められそうになったこともある彼女が、単独の仕事に行かないよう、従者たるナイトが説得していたのだが、今回の頼みごとについては、賢者の搭の知り合いから持ち込まれたものである。
 曰く、『賢者の搭で学んだ子どもたちの”修了試験”に、同伴する冒険者を募っている。あなたも参加して欲しい。』と。
 ミカはリューンとは違う地方都市で魔術のいくつかを学び、修了試験に該当するものを受ける前に、冒険者として一人立ちした経緯がある。

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 未熟な魔法使いとして依頼を受けるうち、命を落とすに等しい経験を経て、もう一度、今度は己の適性に向いた植物操作の魔術を、ロバート・ライリーという搭所属の魔術師に学んでいたのである。
 ロバート氏については、その後のある探索指令で搭から離れる結果となったのだが、師がいなくなった後でも、賢者の搭への出入りが許されるよう取り計らってくれたのは、他ならぬ目の前の彼――ロバート氏の知り合い――だった。
 そういった恩があるため、この依頼を蹴るわけにはいかなかったのである。
 また、リューンの賢者の搭であれば、むしろ縁が深いのはウィルバーの方である筈なのだが、この”修了試験”の詳細をよく知っている(昔自分で合格したので)ために、公平さに欠けるだろうと声が掛からなかったものらしい。

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「あの……それは、本来なら教え手の仕事ではないでしょうか」
「はい。確かに数年前までは、我々も生徒達に同行していました。しかし、2年前――」

 彼は遠い目になり、沈痛な意味を込めたため息を吐いた。

「ふぅ……試験後の下山途中でした。ミノタウロスの襲撃があり、生徒をかばった教師が亡くなってしまったのです」
「……ひょっとして、その方はあなたの――」
「はい、知人で同期でした。痛ましいことです……彼が亡くなるとは……」

 指先に集中した魔力を炎の矢に変えて放ったり、袖口に仕込んだ細い鎖を魔力強化して非実体の複数対象を捕らえたり、リューンの一般的な窓口で販売している品とは、また別系統の魔法を研究していた御仁だったらしい。
 彼の開発した魔法については、旧街道の一角で販売していると依頼主は語った。
 そして、そういった手練が殺されるような事態を重く見た搭の上層部は、教師陣の同伴を禁じ、以降の修了試験では冒険者を募るように規則を変えたのである。
 試験場所であるムゲット山は、リューンから3時間ほど南のところにある山だ。
 さほど勾配はきつくないものの、登頂するには岩壁を登るか、洞窟を通り抜ける必要がある。
 依頼主の言では、生徒および冒険者双方のリスクを考慮した上で、洞窟を選択してもらうよう勧めているそうだ。

「ただし、洞窟内にはトードやオーガなどが徘徊しています。万全の準備を怠らないようにお願いします」
「分かりました。報酬はいかほどでしょう?」
「基本的な料金としましては、生徒が無事であれば銀貨八百枚を予定しております。ただし、不測の事態……予想外に強いモンスターや、何らかの試験を阻む大きな障害があり、被害を被った場合が認められれば、銀貨二百五十枚を追加しましょう」

 また、金銭以外にも渡せる魔法の品があれば、それを追加報酬として供出するよう上に掛け合ってくれると言う。

「なるほど…結構な条件ですね…」
「ミカさんに連れて行って欲しいのは、私の弟子に当たるナディという少女です。内気ですが、勉強を怠らない謙虚ないい子です。どうか、よろしくお願いします」
「お引き受けいたしましょう。本日ナディさんは……」
「こちらに」

 彼が樫のドアを開いて続き部屋へミカを通すと、その部屋の窓際に置かれていた椅子に、背筋を綺麗に伸ばして座っていた少女が、こちらを振り返って、ばね仕掛けのごとくぴょこんと立ち上がった。
 色々な人種が行き交うリューンでも珍しい蒼髪をボブカットより短くした、びっくりしたような猫目の印象が強い子である。
 見習い魔術師がよく羽織っている地味な紺色のケープは、魔法使いという言葉から連想されるひ弱さとは無縁の、健康そうな体を包んでいた。背の高さは、ミカよりも頭半分ほど低いだろう。
 あまり表情を動かすことはないようで、こちらへの会釈も愛想から程遠い顔で行なわれたのだが、それはミカを不快に思っているからではなく、単に人見知りをしているからだということが、依頼主に説明されるまでもなく理解できた。
 何しろこの子、先ほどから緊張のあまり、互いの自己紹介の合間に何度も唾を飲み込んでいるのである。

(まずは緊張を解くために、少しずつ仲良くなれたら良いのだけど……。)

 自身も内向的な性向があるミカは、どう上手く彼女に接したらいいのか、すぐに思いつく事が出来ない。
 出発前に確認してみると、すでに山へ立ち入るための装備は整えているそうだ。

「ではこれ以上、準備に時間をかける必要はないようですね。私がここに持ってきたのも、冒険用の装備ですし……そろそろ、出発いたします」
「はい、2人が無事に戻られるよう祈っております。ナディ、この方の言うことをよく聞いて、励むのですよ」
「はい、先生……」

 ムゲット山への道は、何度も見習いたちが行き来したからか、ある程度は整備されている。
 案外と少女が健脚であるために、麓に辿り着くまで、そう時間はかからなそうだ。

「ナディは、初めからあの先生に師事してもらっているのですか?」

 ミカがそう疑問を持ったのは、依頼主が、本来は中級以上の魔術研究に情熱を傾けている人材だと承知しているからである。
 だからこそ、何故に見習いの手ほどきを彼が行なっているのかが、不思議でならなかった。

「いえ、その……先生からお聞き及びではないのです、か?」
「彼とは、他の魔術師よりも交流は深いですが、ナディのことについては、今回の依頼を受けるまで存じませんでした」
「……」

 しばし黙り込んでいたナディだったが、澄んだミカの双眸を見返して、思い切ったように口を開いた。

「最初に私を教えてくださっていたのは、アステル先生でした。先生は、指先に魔力を上手く集められない私のために、杖の宝玉に魔力回路を作るやり方を教えてくれたんです」

 先生自身は杖に頼らずとも、指先に集約した魔力で光を灯したり、火を飛ばしたりが出来ていたらしい。魔力への親和性が、特に高い種族の血を引いていたのかもしれない。
 しかし、そんな素養のない教え子にも、工夫次第で魔法の力を引き出せるのだと、色んな事を教え、実地で試してくれたのだという。

「アステル先生は、なかなか魔力を別の物体に変換できない子のためにと、鎖や剣などの道具に、魔力強化を施す術も開発なさいました。その結果、強化された鎖で呪縛を行なったり、魔力を帯びた剣を敵に振るうことで、戦士にも劣らない打撃を生み出すことが可能になったんです」
「教えるのが上手で、かなり研究熱心な方だったんですね……」
「はいっ。私以外の生徒も受け持っておられましたが、みんな、先生のことが好きでした。だけど……2年前に……」

 2年前。覚えのある符号である。

「ひょっとして、ミノタウロスから生徒を守ったのは……」
「はい……アステル先生です」
「そうだったのですか……」

 ナディの先輩に当たる生徒の”修了試験”の時だった。
 生徒が無事に安全圏まで逃げられるよう、彼は少しでも時間を稼ごうと、すっかり扱いに慣れた鎖で目前の敵を封じ、背後から迫ってきた相手に魔法を立て続けに打ち込んだ。
 だが、ミノタウロスは幽霊をも封じる特別な鎖を、豪腕でぶち割ってしまったのである。
 そして、前方に気を取られているアステル教師に、巨大な斧を振り上げ――。
 命からがら逃げ出した生徒の語る最期は、教え子たちに壮絶な悲嘆をもたらした。
 遺された彼らたちは散り散りに、他の教師たちや、教えの担当ではないが現在弟子を受け持っていない者などに、緊急に割り振られたのである。

「だから私――この試験は、どうしても合格したいんです」
「……分かりました。私も出来る限り力添えします」

 ミカは強すぎる思いは視野を狭める事を知っていたが、ナディがそれに凝り固まっていないと見てとった。
 その上で、志半ばで斃れたのであろう教師の代わりに、自分の精いっぱいできることを彼女に伝えたいと考えていた。
 ロープなどが入った荷物袋を背負い直し、真っ直ぐに前を向く。

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「では、行きましょう。ナディ」

 2人の視線の先には、異なる緑の色彩が重なるムゲット山が聳えている。
 小鳥が近づく人間を警戒してか、枝からパッと飛び去った。

2018/05/11 13:55 [edit]

category: L'avenir ou la Mort

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