Mon.

Under the stoneその1  

 水の……音が響く。
 揺れ、渦を巻き、漣を起こし、流れゆく水の音。
 ロンドは夢現な頭の中で、聴覚からの情報から海を連想していた。
 家族同然の娘の眼は、温かな春の海と同じ色をしており、生き生きとした光がそこで躍るのを見るのが好きである。

(冒険者になって、色んな理不尽なことや腹立たしいこと、悲しいことがあったけど……でも、あいつの目はまだ死んでない。俺たちはまだ、冒険を続けられる。)

 ぴちゃり、と滴の跳ねた音が耳に届く。

(しずく……滴……?)

 あれ、と彼は訝しんだ。

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 ひょっとしたら、今まで聞いていた水音は海のものじゃないのかもしれない。
 かといって、雨が降っているわけでもなさそうだ。

(おかしいな……俺、風呂場でそのまま寝たんじゃないよな?)

 思考をあれこれ飛ばしていくうちに、段々と熱を奪われる不快な感触が、少しずつロンドの大柄で屈強な身体に広がっていく……どうも水に浸っているらしい。
 これはもう、確実に。

(やばい、風邪引く!)

 慌てて身を起こすと、シーツとも浴槽とも違う感触が、分厚い掌にある。

「……え?」

 ざらりとした石の触り心地や、木霊するかき混ぜられた水音が、風呂で寝たと思って焦っていたロンドの頭を現実に引き戻した。
 敵の気配はおろか、生き物の気配そのものがない。
 そして驚くべきことに、周りはまったく覚えのない場所と化していた。
 粗雑にも思える石組みは、古いが堅牢な造りである≪狼の隠れ家≫ではあり得ない。
 おまけに、無愛想極まりない鉄格子しか、さし当たっての出口がないとなれば。

「なんだこりゃ……ってか、まさかだろ……」

 呟いたのは、以前にも似たような経験をしたことがあるからだ。
 さほど遠い日の話ではない。
 いつもの宿の自室から出ようとしたらドアが開かなくなっており、知らぬ間にできていた穴に潜って移動したところ、とある場所の牢屋に出てしまったことがある。
 今現在ロンドがいる所も、その時とは別ではあるが、牢屋か、牢屋に準ずる目的を持った部屋のように思われた。
 やぶ睨みの目があちこちを見渡すと、彼のすぐ近くに、水や体内のガスで膨れ上がり蕩けた死体が、無遠慮に横たわっている。

「前はしゃれこうべで、今度はぶくぶくの臭い水死体かよ。どう考えても、今回の方が危ないだろ。疫病的な意味で」

 ロンドは独り言にしかならないことを百も承知で、盛大にぼやいた。
 死体は最初に見つけた一体のみならず、4体を追加で発見したが、用心しながら引っくり返した結果、どれもこれも外傷らしき物はない。

ScreenShot_20180319_132158291.png

 膨れ上がった冷たい皮膚の感触を誤魔化すため、眉を一瞬顰めた後、手を近くの壁にこすり付け僅かな痛みで上書きした。
 自分ひとりがこういった部屋に閉じ込められるのは二回目だが、なんとなく、以前に助けに来てくれた仲間たちを今回も期待するのは、無駄だという気がする。

(なんだろうな……ここは、”何か”で閉ざされた空間……なのか?)

 出来れば、いや、どんな事情があろうとも、己の力で脱出すべきだ。
 方針を定めたロンドは、意識して深呼吸をした。
 慣れるとまではいかないが、とにかく落ち着いて辺りを探索しなければ、事態がいい方へ転がることはないだろうと容易に予測がつく。 
 踝まで浸るほどの水を足でかき乱しながら鉄格子へ近づくと、妙なことに気付いた。

(鍵穴や錠の類が、ない?)

 いつも、アンジェの器用な手により鍵を外して貰っているものがない。
 あわよくばその部分を叩き壊してやろうと息巻いていたロンドは、がっくりと肩を落とした。
 しかし、錠がないのであれば、鉄格子を開閉するための仕掛けがあるはずだ。
 そうでなければ、ここで膨れ上がって腐敗臭を薄く纏う5人の骸が、生きている間にしろ死んだ後にしろ、存在するはずがないのだ。

「願わくば牢の中にありますように……と」

 暗い中を探るよりはと思い、ロンドは自分の荷物袋から火口箱を出そうとして、それが手元にないことに気づいた。
 いや、それだけではなく、黒蝙蝠と呼んでいた喧嘩相手がいなくなってからこっち、ずっと彼の傍にいた妖精もいなくなっている。

「くっそ、マジか!!」

 かろうじて、寝る前に外していたはずの鎧や武器が、装備した状態にあったのは不幸中の幸いといったところだが。

「あー……頭使うもん出てきたら、自分で考えるのかよ……やばい、ムル帰ってこい……」

 とりあえず何も出て来てはいないのだが、ムルがいないというだけで既に、暗澹たる気分に陥っている。
 しかし、単純な分だけ、立ち直りも早いのがロンドという冒険者である。

「今悩んでも仕方ないな。とりあえず、動き回ってみるか」

 ロンドは鉄格子から離れると、壁伝いに気を引く物がないか触って確かめながら、奥へ進んでいった。
 狭い石牢ながら、神経を張り詰めて確認作業をしたせいか、ひどく時間が掛かったかのような錯覚を覚える。
 ついに鉄格子の対面に辿り着いたかと思うと、水と暗闇に紛れていた床の段差に躓いた。
 ぐらりと身体が傾いだものの、咄嗟にスコップを杖代わりにして倒れるのを防ぐ。
 単に、石組みの荒さのせいで出来たというような、段差の大きさではなかった。

「………」

 しばらくそれを睨みつけていたロンドだったが、半ばやつ当たり気味にそれを踏みにじろうと足を上げ、満身の力を込め下ろす。
 途端に、ガコン!という音とともに床の出っ張りが引っ込み、鉄格子の辺りで金属同士の擦れ合う音がした。
 金属音の原因を確かめようと振り返って一歩進むと、また喧しい音が牢に響く。
 嫌な予感がして走り寄るが、まったく鉄格子が開くことはなかった。

「なん、で、開かないんだ、よ!」

 力任せに格子を殴りつけると、硬い音が抗議の悲鳴を上げた。
 その余韻を耳に入れながら、ふとロンドは先ほどの不自然な出っ張りを思い出した。

(まさか、重みで鍵を開閉する仕組みなのか?)

 しかし、出っ張りに放置できる重みのある物体など、荷物袋のない今のロンドにはない。
 さりとて、常人には使いこなせない重量を誇る≪マスタースコップ≫や≪サンブレード≫、あるいは未だ使用したことのない特殊能力を持つ≪草核の鎧甲≫を、自分の脱出のためとは言え、こんなところに置き去りにはできなかった。特に武器2つは、二度と手に入らないだろう代物なのである。
 となると、出来ることはただひとつ。
 ロンドの視界に、膨れ上がり過ぎて、元の人相など分かりようもない死体が映っている。

「こんな所で骸の片付けかよ。……いくら俺が調子に乗って『葬儀屋』を名乗ったって言っても、あんまりじゃないだろうか」

 ロンドは重々しいため息を吐いた。

2018/03/19 13:36 [edit]

category: Under the stone

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