Wed.

見知らぬ仲間その4  

 旗を掲げる爪が辿り着いた部屋で見たのは、散らかった薬草、樽、干からびている食べ物と――既に白骨化し、風化しかけた人間の死体。
 そしてその奥にある、不気味な魔方陣だった。
 明らかに生活感のあるその光景に、6人は一瞬面食らったが、

「……調査してみますか」

というウィルバーの至極冷静な一言に、全員が同意した。
 若年ながら、これまでの様々な冒険でもっと凄惨な死体を見たこともあるアンジェは、怖がることも吐き気を催すこともなく白骨に近づき、慣れた手つきで遺体を検めていく。

「この白骨死体、風化の具合から見て、死後百年以上経っていると思うよ」
「百年だって?かなり昔の住人だったんだな」
「何か、この遺跡や死体の身元の手がかりになる物は残っていないかしら?」

 アンジェは、白骨が纏っていたローブに鞘をつけたままのナイフを慎重に這わせていたが、あまり力を入れないうちに、ぼろりと衣装の一部が崩れ落ちたのを見て、ため息をついた。

ScreenShot_20180307_151013532.png

「あんまり無理言わないでよ。着ている物も朽ちてて、これというものは何も――……ん?」

 こつん、と。
 乱暴にしたらあっという間に砂と化してしまいそうな手ごたえの中に、かすかに反発する物がある。
 罠や毒虫の様子はないと見極めた上で、アンジェは腕を深くローブの隠しポケットに差し込んだ。 
 敏感な指先に、革の独特の風合いが感じられる。
 できる限りそっと引っ張り出してみると、それは長年付着した埃のせいで、茶色とも深紅ともつかぬ色になった表紙の薄汚れた手記だった。

「……ックシュ!こんなの、あったよ」
「どれ、私が読んでみましょう」

 ウィルバーは首に巻いていたスカーフを広げて手記を受け取り、あまり埃が舞わないよう丁重に汚れを落としてから、ようやくそれを開いた。
 ざっと目を通し、口にしても安易に魔法の力が働いたりする罠ではないことを確かめる。
 内容を理解すると、彼の黒い眉が寄った。

「どうだい、ウィルバーさん。何て書いてる?」
「鼠四匹、コカトリスの尾少々、鈴蘭十三輪、ワイバーンの爪三つ、バジリスクの生き血……」
「……何のレシピだよ。不味そうだな、俺はそんなもの食べないぞ」
「食べ物レシピじゃなくてですね、ロンド。これは召喚の儀式に使うものだと思いますよ」
「二人とも待って。召喚って……何の?」

 ウィルバーとロンドの、どこかピントの外れたやり取りに割って入ったのは、シシリーであった。

「何を召喚したのかは書いていませんがね。供物を捧げ終わって出現した対象のことは、この中でただ”獣”と呼ばれているようですよ」
「……おっちゃん。何かあたし、嫌な予感するんだけど」
「私もですよ……。この手記の人、森の狩人を食べさせて、”獣”の力を大きくしていったようですよ。途中で制御用の杖を作ったようですが、アドマールの調査隊を”獣”が食べてしまったので、いよいよ手に負えなくなったそうです」
「その調査隊って……確か、領主の曽祖父の代に派遣して、行方不明になったために、森の立ち入り禁止の原因になったんじゃ……」
「そうですよ、シシリーさん。でも、百人規模のものだったはずですが、まさか……」

 ひたとこちらを見据えてくる常緑樹の双眸に、ウィルバーは無言で肯定の意を示した。
 その言葉の意味と重さが浸透し、一行が沈黙した中、アンジェが白茶けた顔で呟く。

「百人、食べちゃったんだ……」
「術者でもどうにもならなくなって、作成しておいた杖を用いて遺跡の地下へ”獣”を封印したと。ただ、その部屋から瘴気が霧と化して森を包み始めてしまった。……なるほど、あの白霧はそういう代物でしたか」

 ウィルバーはページを破らぬよう神経質な手つきで捲っていたが、彼の配慮をあざ笑うかのごとく、”獣”の餌となる人間の死体調達に言及した記述の後、以下は白紙のままとなっている。
 ようやく最後のページに、持ち主の名前らしき表記があった――アーノルド・U・ヴォルガング。
 手記の中で賢者の塔を追い出されたとあったが、塔の関係者に顔の広いウィルバーでも、さすがに覚えのない名であった。
 冒険者たちが視線を交わす中、ただ一人ナイトが、鎧を鳴らしながら樽の並んでいる辺りを探している。

「ナイト?」

 赤毛の女主人が不審げに呼ばわるのに応じなかったリビングメイルは、はたして樽の一つに立てかけてあった棒状の物体を拾い上げた。

「あった。ウィルバー殿、これか?」

 ずいぶんと端的な尋ね方であったが、受け取り側であるウィルバーには何のことだかが理解できた。
 天の使いのモチーフがあしらわれた、青みを帯びた40センチほどの長さの棒杖。

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「よく見つけましたね……」
「樽の陰に隠されていた。何かの役に立つのではないかと思う」
「ええ、そうですね。持っていくとしましょう」
「ちょっとお!おっちゃんもナイトも、あたしたちを置いて会話するのやめてよ!」

 短い腕を振り回して2人の注意を己へ向けたアンジェは、びしりと棒杖を指差した。

「それ、何?」
「手記の中にあったでしょう、制御のために杖を作ったと」
「それが、これなの?」
「私とナイトの見立てでは、ほぼ間違いありません。賢者の塔の支部ならどこでも置いているような物ですが、恐らくは長い時間をかけてこれに力を注入し、完成させたのでしょう」
「効果対象と効果そのものがひどく限定的だから、ここでしか使わないだろうが、ないよりはあった方がいいだろう」
「……棒杖自体が、風化しかかってますけど。あまりたくさんは使えないのでは……?」
「その通りだ、主。杖自体には、形状を保存する魔力が込められていないのだ。杖が駄目になる前に再度作ればいいから、必要ないと思ったのだろうな」

 しかし、”獣”の召喚術者である当人は、この場で――恐らくは、”獣”が発する瘴気の特性に気づかないまま間近にいたために、命をなくした。
 霧と化した瘴気の特性。それは――。
 ウィルバーの視線の先には、奥の魔方陣に嫌悪の表情を浮かべているミカがいる。
 彼女の魔方陣に関する知識はまだ十全といかないが、デジャヴとわが身に起きている変化を鑑みて、呼び出された存在が何なのかを、ある程度察知しているようである。
 魔方陣のさらに向こうには、鉄格子が設置されている。

「あの鉄格子の奥に霧を発生させている”獣”がいるのね?アンジェ、悪いけど…」
「うん」

 軽く頷いたホビットの娘は、しかし、すぐに顔を顰めて仲間を振り返った。

「鍵穴がないよ。一体どうやって開けるんだか……」
「見てみましょう」

 ウィルバーは陣を踏まないよう注意しながらアンジェの傍に進み、素早くそれを調べた。

「これは……わずかに魔力を感じますね。どうやら魔術か呪術で作り出されたこの鉄格子で、道が封じられているようです」
「封じられている?この鉄格子が?」
「ええ。魔法の鍵が使われているわけじゃないんです。封印の術そのものが鉄格子の形を成している」

 参謀役の男の言葉に、シシリーは難しい顔になった。

「封印は解ける?」
「封印した者が指定したキーワードを唱えるか、もしくは何らかのアイテムを使用するか……ですね」
「その杖は違うの?」
「これは違いますよ。”獣”の封印以外には用を足しません。ですが、キーワードならば手に入れているでしょう?」
「……?」

 怪訝な顔になったシシリーやロンドを見て、ウィルバーはおや、と意外そうに言った。

「手記から見るに、この封印をかけた者は、呪術士か魔術師だったのでしょう。そう言った者は自分の名前をひた隠しにします」
「……え、まさか名前がキーワードなの?」
「ええ、そうだと思います。自身が魔に近いゆえ、悪魔や妖魔にその名が知られれば『向こう』に引き込まれ易くなったり呪いをかけられ易くなったりするのです。なので重大な魔術を使用する時、知る者が少なく、かつ当てずっぽうでは正解し辛い自分の名前をキーワードに使う事が多いのですよ」
「へえ。ならウィルバーさん、その鉄格子の前で名前を口にすれば、道が開くという訳か?」
「恐らくは。ですが気を付けて下さい。あの手記を見る限り、封印を施した人物は禁忌に手を染めていた。しかも、その召喚した人物ですら手に負えなくなったと封印したのですから、相当手強い相手には違いありません」
「例の”獣”ってやつだろ。構わないさ。どれだけ強いのか、期待で武者震いするくらいだ」
「やれやれ……ロンドみたいな性格だったら、世の中楽に生きていけそうよね」

 肩を竦めたシシリーが、鉄格子の奥に進もうと一行を促した。
 首を縦に振ったウィルバーが、再び口を開く。

「アーノルド・U・ヴォルガング」

 キーワードにすぐ反応した鉄格子が、今まで頑として構えていたのが幻だったのかと思うほど、あっさり消え失せた。

「では私は殿で、鉄格子の魔法解除の影響に備えますから、他の方から降りていってください」

 紳士的な仕草で先を示されたアンジェとロンドが、まずさっさと進んでいく。
 シシリーが2人の後に続き、ナイトに守られながらミカも後を追った。
 一人残っていたウィルバーが、しばし目を瞑る。

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「アドマールの森に根付く呪いの正体見たり」

 これから相見えるだろう”獣”が何であるかを看破した参謀は、硬い決意を顔に漲らせて最後尾を進んでいった。

2018/03/07 18:49 [edit]

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