Wed.

見知らぬ仲間その3  

 入り口で見る限り、遺跡の床や壁に使われている石材は、元は明るい砂色だったのだろう。
 それが今や、奥に行くにつれ、年月の経過や近くにある湖による湿気などの要因により、くすんだ灰色や苔の緑色が大半になっている。
 おまけに、立ち入る者のいない建築物の多くがそうであるように、埃が積もっており、進むのに支障はないものの、生き物の粘膜を小さく不快に刺激する。
 用心に用心を重ねて調査をしているアンジェだが、罠や敵の気配の少なさに眉を顰めた。
 魔法使い2人の言によれば、ここには今までにない強大な敵が――それも、シシリーの死のカウントダウンに関係のある奴がいるはずなのに、一向にその片鱗すら見えない。
 調査の手応えのなさに、かえって募る危機感を宥めすかしつつ、ホビットの繊細な指が、やっと自分たちの前に現れた扉の、罠の有無を確認する。

「罠はないね。簡単な鍵があるみたい。外そうか?」
「お願いするわ」
「ほいほい」

 やっぱり反応はいつもの姉ちゃんなんだよね、という心中の言葉はぐっと飲み込む。
 アンジェ自身の悩みはどうあれ、子どもらしい指は素早く動き、目の前の鍵穴をほぼ傷つけることなく開けてみせた。
 聞き耳をするでもなく、このドアの向こうに生き物や何らかの動く気配がないことは察知済みであるため、アンジェは何の躊躇もなくノブを捻った。
 彼女のすぐ後ろから続いて部屋に入ったロンドが、ゆるりと視線を動かして呟く。
 部屋自体が大掛かりな罠になっていれば、不自然なスリットや擦れた痕跡が部屋の隅に残るものだが、そんな物騒なものもないらしい。

「……なんもねえな」
「うん。何もないよね、穴以外は」

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 そこは5m四方ほどの小さな部屋であり、全員が入室するとスペースがきつくなってしまうので、ウィルバーやナイトは部屋の入り口で待つことにした。
 ロンドが言及したように、部屋には敵もいなければ調査の対象になりそうな家具の類も無く、ただ奥の壁に、高さ5センチ・幅15センチほどの長方形の穴がある。
 目算ではあるものの、どうやら、奥行きはもっと深そうだ。
 好奇心旺盛な2人の後に控えていたミカは、穴の傍の壁に引っかき傷のようなものがあることに気づいた。
 しかしすぐに、傷と見えたそれが”R”という文字だと判断して指し示す。

「シシリーさん、この文字……」
「”R”ですって?」

 旗を掲げる爪のリーダーのように見える娘が首を捻る。

「何かしらね、これ」
「穴自体は、アロースリットの罠ではないみたいだね。兄ちゃん、調べるからちょっとあたしを抱き上げてくれない?」
「おう」

 ロンドは逞しい腕一本で妹分の小柄な体を抱き上げると、肩に彼女を乗せて壁に近づいた。
 臨時の足場になった少年が穴の真正面でなく、傍らに立つようにすると、アンジェは隠し持っていたナイフを穴の前で振ってみた。
 罠が発動しないか、または毒蛇などが出てこないかの、念のためのチェックである。
 さっぱり何も起こらないことを確認すると、今度は針金などで穴の中を探り始めた。
 穴の奥の形が画一的ではないことに気付いたアンジェは、今度はランタンで中を照らしつつ、じっくり検分した。

「鍵にしちゃ変な形だなあ。この上側についてる水晶板みたいなのは何だろう?」
「水晶板?」

 オウム返ししたミカは小走りに歩み寄り、アンジェに習うように、傍らから照らされている穴の中を覗きこんでみる。

「これ……赤水晶ですね。物自体に魔力が微かに感じられます。何かに作用をするには、圧倒的に量が足りませんけど」
「んんっ?これは今動くもんじゃないってことか?」
「ええ、ロンドさん。この手の水晶は単独で使うより、水晶同士の共鳴現象を利用して、魔力を一方向へ集約することが多いです。俗に、水晶が歌うと言います」

 共鳴現象を起こした水晶は、増幅した魔力が予め定めておいた経路を辿るようにしておけば、何らかの魔法による仕掛けを動かす源になり得る。

「この穴の仕掛けがどこで動くかなどは、今の私には分かりかねますけど……」
「いいえ、それだけ分かるのなら充分だわ。きっと遺跡のどこかに、これの鍵になるものがあるんでしょう」
「じゃ、これからの探索で見つければいいってことだね」

 ランタンをミカに託し、ロンドの肩から床へ身軽に飛び降りたアンジェは、指をタコの触手差ながらにわきわき動かす。
 その表情は非常に楽しそうだ。

「盗賊の腕が鳴るよね」
「いや、お前が今鳴らしてるのは指……」
「も・の・の・た・と・え」

 一言ずつ区切って強調すると、アンジェはナイフを脛の隠し場所へ仕舞いこみ、仲間たちへ部屋を出るよう促した。
 ミカの見立てが確かなら、静まり返ったこの遺跡のどこかに、魔法の仕掛けが必要なもの――恐らくは魔法使い2人が感じ取った回避すべき存在――がいるのである。
 正面切って会いに行くつもりは全くないが、目当てのものとは一体何なのか、その手がかりを得ることが、引いては本物のシシリーを取り戻すことにも繋がるはずである。
 仲間というよりは、最早家族と言える娘のためにモチベーションが上がったアンジェは、遺跡探索の続きを精力的に開始した。
 そうして、石膏作りの裸婦像や、そこに設置されていた仕掛けの謎を解いていく内――一行は、嫌なものに出会ったのである。

「キシャアアアアアアア!!」
「よっと」

 ウィルバーへ向けて吐き出された粘つく糸は、横合いから割り入った鋼の糸が切り裂いた。
 ミカを庇ったシシリーの利き腕に巻きついている分は、ナイトが慎重に竜の息吹を宿す剣で焼ききり、対処を終えている。

「なんかズルイなあ。確かに虫は、他の生き物よりは気配を掴みづらいけど、こんなのが蠢いていればあたしが分からないはずないのにさ」

 遺跡の他の部屋でも、今まで全く生物特有の息遣いなどは感じなかった。
 それで油断をしたつもりはないのだが、いくつ目かの扉を開けて中に入ると、天井から音も無く降りてきた5匹の蜘蛛が、いっせいに攻撃してきたのである。
 しかもどう判別をしたものか、運動神経が優れていると言いかねるパーティの魔術師二人を狙い撃ちしたのだ。
 危ういところを逃れたウィルバーが、小さく安堵の息をついてから、彼女の不満交じりの独り言に応じた。

「ふう……アンジェが気づかなかったのも、無理はありません。こいつら魔法生物なんです。ほら、目の点滅具合がゴーレムなんかに酷似しています。侵入者がこの部屋に入ると、襲い掛かってくるように仕組まれているのでしょうね」
「ってことは、ナイトのお仲間か?」

 のんびりした質問とは裏腹に、ロンドが篭手の部分に噛み付かれながらも、燃え盛る≪サンブレード≫で容赦無く手近にいる蜘蛛の頭を落とす。

ScreenShot_20180307_125120565.png

 体液すら流さず、力尽きた蜘蛛はそのまま霧散霧消した。
 その様子を見て肩を竦めた黒い鎧は、

「蜘蛛と同一にされるのは業腹だ」

と短く答えた。
 彼はたじろぐこともなく、あっさり加害者の足を3本斬り飛ばした。
 不意はついたものの、蜘蛛たちが駆逐されるのに要した時間は、そう多くはなかった。
 魔術師の呪文があればもっと決着は早くついたのかもしれないが、この後のことを考えて、魔法を出し惜しみしたのである。
 最後の蜘蛛が、足を本物そっくりに震え縮める断末魔の様子を見せると、1秒後には音もなく消滅した。
 その場所には、うっすら赤みがかった水晶の破片が残されている。
 ミカは水晶にこびり付く少量の魔力を感じ取り、それに手を伸ばした。

「どうやら、あの穴の鍵を見つけたようですね」

 彼女の白い掌で、水晶は曇りのない赤く美しい断面を見せている。
 それを見るともなしに見つめていたアンジェが、大きく口を開けて得心した。

「ああ!そっか、赤いから”RED”で”R”なのか!」
「はい、あの部屋の仕掛けに使うのだと思います」

 ミカは森の色に輝く指輪の嵌った手を掲げ、左から右へと動かした。

「共鳴反応がもうひとつ……。赤水晶以外にも、どうやら見つけるべきものがあるようですね」
「この部屋のある通路は、まだまだ奥が続いてるからね。何かあるなら、そっちだと思う」
「んぐんぐ……なら、進もうぜ」
「兄ちゃん、何食べてるの?」
「さっき蜘蛛と運動して腹が減ったから、カップケーキをな」

 誰もが知らないうちに、可愛い魔女の帽子を象ったマジパンの乗っているカップケーキが二つ、あっという間にロンドの口から胃へと直行していた。
 しっとりとなるよう丁寧に作られた生地や、中に入っているチョコチップなどが実に美味しく、少年は満足の吐息を漏らしたが、アンジェからの鋭いモーションによる肘打ちが脛に突き刺さり、その幸福感は残念ながら長くは続かなかった。

「いってえええ!」
「……自業自得」
「まったくだ」

 シシリーの呆れた声音に、ナイトが深く頷いた。

2018/03/07 18:47 [edit]

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