Wed.

見知らぬ仲間その2  

 細い道は、うっそうとした森の中へ続いている。道といっても獣道だ。
 シシリーやミカの腰くらいまで元気に伸びる葉もあれば、羊歯のようにあまり太陽の光を浴びずとも生きていかれる植物も、一行の足首あたりに茂っている。
 頭上の木々の葉が作り出す陰影により、ひんやりした心地良さが肌に感じられた。
 足元にはぬかるみもなく、パーティはひたすら霧がないと推測した北へ向かい、移動している。

「罠も敵の気配、共になし。進んで来ていいよ」
「うむ」

 先頭を歩いているアンジェの台詞に、ナイトが肯定の相槌を打つ。
 彼の黒い鎧の表面を、葉から落ちた雫が音もなく伝った。 

「昨日からおかしいな、とは思ってたんだけどさ。何にもいないよね。大妖魔の森みたい」

 顔に掛かる草を手で押し返したアンジェが、そっと息を吐きながら呟く。
 いて当たり前の動物たちの姿がない――ワイルドボアと呼ばれる大猪や、麻痺性の毒針を持つ厄介なホーネット、縄張りを侵せば必ず現れるウルフの集団など――リューンという大都市から離れた森林に付き物のモンスターたちの、気配すら感じないのである。
 かつて訪れた黄昏の森でもこのようなことはあったのだが……。
 スコップを担ぎながら、四方をしげしげ見回していた大男が足を止める。

「いや、あの時とは違うだろ。黄昏の森は元気だったけど、ここは見せかけの書割みたいだ」
「兄ちゃん、それってどういう――?」

 妹分の質問に、ロンドは太い指で自身の足元を指差した。

「歩ける道はある。葉っぱも茂ってる。でも、こういうのが全部、誰かにお膳立てされてるみたいな感じがする。舞台装置みたいな」
「お膳立てですか……」

 仲間の言葉を受け、ミカはすぐ傍に生えていたコカの葉を摘みつつ、軽く首を傾げる。
 立入禁止であるにも関わらず、錆びている兎獲り用のトラバサミが仕掛けられていた森である。
 彼が危惧しているのは、それを設置した猟師たちなのかとミカは咄嗟に思ったが、己の甲冑姿の従者にすぐ否定された。

「つまり、森に潜む何者かが森を利用して、迷い込む人間に接触する意図が見えると?」
「直接会うんじゃなくても、対象に手出しできる奴はいそうじゃないか。俺を宿から下水道の牢屋に移動させた女みたいに」
「あ~、あの訳分かんない内に、兄ちゃんがいなくなってた事案ね」

 二度に渡ってロンドをパーティから引き離した件には、裏で糸を引いていたと思われる顔を記憶できない女――”N”を名乗っている――がいたのだが、あれに相当するほど厄介で力のある魔物だとすれば、冒険者たちがどれだけ用心してもし過ぎるということはない。
 彼らが改めて気を引き締めた時、不意に――緑により遮られていた視界が開けた。
 数々の岩山と、まるでそれにしがみ付くかのごとく領域を広げている木々の重なりが、秋特有の夏よりも高く遠く感じられる青空を背景に、一行へ姿を現していた。
 唐突な変化に、ミカが息を呑む。

「…………!」
「どうやら森を抜けたようですね」

 ウィルバーが後輩魔術師を安心させるように、落ち着いた声音で現状を口にする。
 春の海と同じ色の瞳を細めて、シシリーは辺りを睥睨した。

「霧も消えたわね。これはウィルバーの言う『魔法がかかっていた領域』から抜け出したってことかしら」
「ええ、恐らくは。さてと、ここから西に向かって進んでみましょうか。濃い霧の出た周辺まで辿り着けば、何かあるかもしれませんから」
「うん、そうだね、おっちゃん。もしかしたらそこに――ん?」
「どうしたのだ、アンジェよ」

 黒い艶消しの鎧の問い掛けに、ホビットの娘がまるまっちい指である方向を示した。
 普通の人の目には、相変わらず多様な緑の重なり合う茂みにしか見えないが、注意深いホビット族の目は別のものを捉えたらしい。

「向こう……ちょうど西だね。あの向こうに、建物らしきものが見えるよ」

ScreenShot_20180307_123841963.png

「建物だと?廃墟か何かか……?」
「んー、ここからじゃ何も分かんないね。どうする姉ちゃん、行ってみる?」
「他に手がかりになる物がないし、それしかなさそうね。引き続き調査を頼むわ」
「はーい」

 シシリーの偽物だという事を知っているアンジェや、異変を感じているポーチの中にいる精霊たちですら、違和感を全く抱かない”いつもの”シシリーの反応である。
 昨日の時点では、「偽物の言うことなんて聞きたくない」と自分の意志を伝え、ウィルバーに相談していたアンジェだが、懸念していたよりもずっとやり取りが自然に出来ていた。

(でも、それが一番の問題なんだよね。寿命で生き別れるならともかく、もしも姉ちゃんがこのまま変死してしまったら、あたしはとても冒険を続けてなんていけない。おっちゃんもその事はよく分かってるみたいだし、早めに姉ちゃんを取り戻さなきゃ。)

 姉と仰ぐ女性の存在を後方に感じつつ、アンジェは常より少しだけ乱暴な仕草で前を歩き出した。
 それにやや胡乱な視線を向けたロンドだったが、何も言わず付き従うように続く。
 魔法使いたちを間に挟み、殿をナイトが引き受けて一同は進み始めたのだが、真ん中を歩いていたはずのミカの足取りが段々重くなり、ついにはシシリーに追い抜かれてしまった。
 異常を感じた従者である鎧が、

「……ミカ?」

と珍しく名前を呼ばわると、彼女はいつの間にか蒼白になっていた顔で振り向いた。

「…ひどく嫌な気配がします…」
「嫌な気配というと?」
「あなたは当時同行していませんでしたが、これは…。私が旗を掲げる爪に助けられた時の…」

 ナイトは以前に聞いていた彼女の情報を思い返した。
 駆け出しを卒業したばかりの時期に、異世界から訪れた死霊術の使い手により殺されたこと。
 列車という形をとった死霊術の集積回路に乗せられて、生命エネルギーを危うく吸い尽くされ利用されるところを、シシリーたちが介入して強引に救出したこと。

「主。それは…」

 死をまさに己の身で体験した女魔術師は、華奢な身体を大きく震わせた。
 生命エネルギーそのものを、じわじわと何処かへ吸われていくような感覚。
 今でこそ、【喜びの緑】というアーティファクトに近い装身具があるからこの場に踏み止まることもできるが、これ以上、異常の原因に近づくのであれば、一瞬たりとも気を抜く訳にはいかないだろうということは、ミカの想像に難くなかった。
 ごくりと彼女が喉を鳴らすと同時に、パーティの前を歩いていたロンドやアンジェが、自分たちの前に聳え立つ石組みの建物に声を上げる。

「……こいつは……」
「やっぱり遺跡だったみたいだね。大分朽ちてはいるけど…見て、ここから入れるよ」

 アンジェは、絡み合う蔦の向こうにぽっかりと開いた入り口を顎で示し、辺りに危険がないかどうかを機敏に調べ始めた。
 その間に、ウィルバーが列の真ん中から進み出て、遺跡の灰色の壁へ、首から提げていた竜の牙の焦点具を外し、握り込んだ左手ごと押し付けながら意識を集中する。
 その動作が、ウィルバーにとって、魔力の流れを把握する道具だと知っているシシリーが声を掛ける。

「どうかしら、この遺跡の中から魔力は感じる?」

ScreenShot_20180307_124033762.png

「……ええ、微弱ですが確かに魔力を感じます」

 肯定の返事を返したウィルバーに対し、ロンドが鼻の頭を掻いて言った。

「ってことは、この遺跡の中に、森に呪いを掛けている張本人がいるという訳か」
「今の段階で断定は出来ませんが、可能性は高いでしょう」
「よしよし。朽ちた遺跡……謎の呪い……どんな敵がいるのか楽しみになってきたぜ」
「はいはい、良かったね、兄ちゃん」

 適当に彼をあしらったアンジェは、仲間たちへ、遺跡を通り越したもう少し先に、水のせせらぎの音がすると告げた。

「遺跡まで歩き詰めだったし、いよいよ中に入る前に、そっちで一度休憩にしようよ。魔法の力が感じられるダンジョンなら、想定できる罠について、おっちゃんと打ち合わせもしたいし」
「…そうね。なんだか、ミカの顔色も良くないし…。ミカ、大丈夫なの?」
「ええ。少し、疲れただけです。休んだら良くなりますよ」

 確かに脇目も振らず歩き詰めだったから、とミカが言うと、他の者も苦笑し、休憩に異を唱えることはなかった。
 彼らが遺跡を横目にもう少しだけ進むと、小さな湖と、そこから細い川がいくつも伸びている場所に辿り着く。
 どうやら、ここからアドマール領に流れつく川もあるようだ。
 ウィルバーはシシリーやロンドからやや離れた樹に背中を預けると、アンジェの他に、違う魔法使いの意見も聞きたいのでと言い、まだ顔色の冴えないミカを呼ばわった。
 身体がよろけてしまわぬよう、踵をしっかり地面につけて歩み寄ったミカは、2人の前にしゃがみ込んで重い口を開いた。

「……私が『こうなる』くらいですから、ウィルバーさんはお気づきになりましたよね?」
「ああ…ミカも感じてたんだね。じゃ、単刀直入に聞くよ。……おっちゃん。実際はあれ、どのくらいやばいの?」

 ミカの常緑樹の色の瞳と、アンジェの実は鋭いどんぐり眼が、それぞれウィルバーを射抜く。

「誤魔化しようもありませんか…というか、魔術師たるミカはともかく、よくアンジェが分かりましたね」
「なんだ、おっちゃんは自分で気付いてないんだね。おっちゃんが嘘つく時は、必ず右のつま先に体重掛けて立つんだよ。盗賊の観察力を舐めたらいけないね」
「…大したものです。軍に従事したら、捕虜の嘘発見器係りになれますよ」
「ふざけてないで答えてよ。遺跡の中に『いる』ものの魔力量ってどれほどなの?」

 首に掛け直した竜の牙の焦点具に手をやりつつ、ウィルバーはしばし目を瞑っていたが、ため息を静かに吐き出し答えた。
 彼の秀でた額には、うっすら汗が滲んでいる。

「とてつもなく強力です。恐らく我々の手にも負えない魔物がいるでしょう。こんな件で関わるんでなければ、尻尾を巻いて逃げたいくらいですよ」
「それもただの魔物じゃないです」

 ミカが苦しげに補足する。

「死の気配をひどく感じさせる相手です。私たちが勝てる見込みはありませんよ」
「……まあ、そうでしょうね。実物を見てからじゃないと、私にも分からない所がありますが」
「死の気配…?」
「覚えていませんか、アンジェさん。あの幽霊列車の中の、青い闇に包まれた異様な空間。あれを倍以上……いいえ、10倍以上は色濃い何かが、遺跡の中にいるんです」
「………!!」

 ひゅう、とアンジェの喉が恐怖で締め付けられた。
 かの幽霊列車における冒険で対峙した死霊術者は、地獄の火炎を吐く犬とともに、たびたびパーティを危地に陥れた手強い敵だった。
 あれを上回る相手となると、一介の冒険者の手に負える範疇ではない。

「本気なの、それ……いや、2人の魔法使いの意見が一致してるならそうなんだろうけど、こんな所にそんな化け物がいるなんて……」
「逆に言えば、このような所だからこそ、こんな化け物がいるのだと思います。既知なら騎士団辺りがとうに討伐に出向いているでしょうし」
「ウィルバーさんの言うとおりでしょう。今まで、ここは禁忌の森だの霧だのに隠されて分からなかった訳で……これから大部隊を派遣しようにも、上手くいかないんじゃないでしょうか」
「厄介だね。――この事、他の人に言わなくて良いの?」
「依頼を破棄されたら困るんですよ」

 ウィルバーはちらりとミカを見やり、何かに納得したように頷いてから再び理由を説明した。

「ミカも今のリーダーに疑いを持っているようですから、あえてここで言いますが――あの遺跡の敵を、対峙するのは危険だからと我々の命惜しさに放置して帰れば、シシリーは恐らく数日後に死亡するでしょう。これまでの犠牲者のようにね」
「そりゃまずいね。姉ちゃんの性格なら、皆が危険にさらされないよう破棄を検討し得るだろうし。…というか、ミカも姉ちゃんのこと気付いてたんだね」
「え、ええ……。袖のかぎ裂きが無くなっていましたから。ナイトもこの事を知っています」
「なるほどね」
「ミカ。あなたは遺跡の敵から、他に何を感じました?」
「推論ですが――それこそ、こないだのレイド・クラウンや、私たちが打倒した黄昏の森の大妖魔よりも強いと思います。真正面からやり合うのは愚策です」

 いつになくきっぱりとしたミカの言葉に、アンジェはしばし声を失った。
 恐ろしいことに、我が意を得たとばかりに、ウィルバーが首を縦に振っている。
 彼は、右手で持った≪海の呼び声≫を、左の掌に軽く打ち付けてから宣言した。

「我々の意見は一致しましたね。遺跡の中では、調査をより念入りにしましょう。真正面からぶつからずに済む手立てを見つけるのが、最優先事項です」

 深いため息を肺の底から吐き出したアンジェが、ヤケクソのように己の前髪をぐちゃぐちゃと掻き混ぜて慨嘆する。

「ああ、もう、面倒なことは全部あたし担当なわけね?」
「す、すいません。よろしくお願いします」
「腐らない、腐らない。命を預けていい仲間だからこそ、こんな危ない事態でも頼めるんですよ」
「知ってるけど、それでも愚痴言いたいことはあるんだよ。……でも、ま、他の人に姉ちゃんの命運を握らせるより、あたしたちが自分の手で何とか足掻く方が性に合うよね」

 キラリとどんぐり眼を煌めかせると、アンジェは手品のように取り出した盗賊必須の道具――蝋の塊や束になった針金、小さなヤスリなど――に不足や不備がないかを再点検すると、それらをあるべき場所に素早く仕舞って立ち上がった。
 折りしも、武器の素振りに飽きたロンドが口に分厚い手を添えて、

「お前ら、遅いぞー。何を話してたんだよ!」

と胴間声を上げた。

「悪いね、兄ちゃん。いつも他人の食事を奪う誰かさんを、暗殺する相談をしててさ」
「へっ!?」
「私は、食事のたびに、ロンドに動きを鈍くする呪いを掛けるくらいで勘弁したらと、ミカと一緒に説得しているんですけどねえ」
「昨日のラム肉ステーキに手を出したのは悪かったけど、お前だってあんまり手をつけてなかったじゃないかよ!」
「ちょっと食べるのが遅かっただけだもん!せっかくの茸ソースだったのにさ!」
「ホビットの好物ですものね、茸……」
「食い意地がこんなに張った子になって、兄になんと言えばいいのやら」

 先ほどまでの深刻すぎる相談を、毛ほどにも悟らせないようなやり取り――だが、恐らくはシシリーやナイトも、相談内容までは分からなくとも、誤魔化していることには勘付いているだろう。
 ただ、それを口に出さないだけの信用は、仲間内で築いているのだ。
 ひとしきり笑い声が響き、納まると――シシリーは、春の海と同色の瞳を遺跡の方角に向けて、ゆっくり口を開いた。

「――それじゃ、行きましょうか」

2018/03/07 18:44 [edit]

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