Fri.

新人と私その3  

 綺麗に整えられた部屋の中で、壁に掛かった絵や胡桃材の書き物机を物珍しそうに眺めているレイをよそに、その男性は淡々と口を開いた。
 彼は今しがた、ミカがリューンから運んできたオルゴールの木箱を受け取り、受領についての証明書を羊皮紙に書き記したばかりである。

「…遠い所わざわざご苦労さん」

 年の頃なら50歳前後――彼が、アントゥルの村の長である。
 落ち窪んだ双眸や頑固そうに引き結ばれた口は、少なくない責務を預かる男のことを、雄弁に語っているようだった。
「折角来てくれたのに、お茶の一つも出さないのは無礼極まりないもの。すまないが、少々待たれよ」

 村長はベルを鳴らしてやって来た召使へお茶やお菓子の支度を言いつけると、静かに目線をオルゴールへ落とした。

新人と私05

「昔はやんちゃだったのに、あの子がリューンの精霊宮で働くなんてね…。私は想像もしなかったよ」
「まあ、そうなんですか。昔の様子がわかるものを見せてもらえると嬉しいですね」

 ミカのにこやかな申し出に、ぴくりと神経質そうに片眉が上がる。

「家族の肖像画があったのだが、紛失してしまってね…。申し訳ない」 
「いいえ、どうかお気になさらず。アントゥルの村のことは、今回の依頼で初めて知ったんですけれど…家畜もわりといるし、のんびりした風情の村ですね」
「一応村を名乗っているが、実際は集落のようなものだな」

 村長の話によると、村の運営が出来る程度には、酪農と農産物による収益があるらしい。
 そんな、どこにでもあるような普通の農村だというのに、余所者を見る目の冷たさはかなりのものであった。
 子どもを遊ばせていた主婦も、農作業をしていた中年男性も、まるで疫病の主のようにミカやレイを避けて通っていく。
 不快な経験をしたミカの無言の責めを感じたのか、コホンと空咳してから村長は言った。

「確かにここは閉鎖的な集落だが、余所者が嫌いだったわけではない。……2年前、君達みたいな冒険者に裏切られた事により、皆、余所者に冷たくなったのだ」

 村長はそっと目を閉じ、小さく呟く。

「…本当は力を借りないとならないこともあるのにな…」
「力を…借りる……ですか?」
「…いや、なんでもない。独り言と思ってくれれば…」

 ミカがさらに質問を重ねようとした時、ちょうど召使が、芳香を漂わせるお茶と木の実を使った素朴な焼き菓子を持ってきた。
 穏やかな横槍により、ミカはそのまま口を噤む。
 お菓子屋に勤めているというレイは、焼き菓子の出来具合に感心した様子で眺めていたが、まず何の警戒もなくお茶に手を伸ばして飲んだ。

「!!」

 ミカは身を硬くした。
 村長の勧められるがままにお茶を飲む連れ合いに、頭が痛くなる。
 「絶対疑え」とは言わないが、相手の出してきた飲み物や食べ物を、無用心に口にするほど冒険者にとって危険な事はない。
 だが、彼女はこの場では沈黙に徹する事にした。
 何もなければ、後でこっそり注意すれば済むからである。
 
「いただきます」

と静かに言うと、焼き菓子を二つに割って入っている木の実の種類を確認し、おかしな具材が混ぜられていないかを見て取った後で口に含んだ。
 お茶ではなくお菓子を選んだのは、もし饗されたものに毒物などを仕込むのなら、提供者が同席する場合は、どちらかに混ぜられているパターンが多いからだ。
 毒そのものじゃなくても、睡眠薬などで意識を奪われて拘束されるなどの可能性もある。
 もし本当にそんな事になっても、片方が元気ならば後始末を頼める――現在の同行者たるレイが頼るに値するか否かは別にして――そういう、旗を掲げる爪の流儀による警戒である。
 元御堂騎士のモーゼル卿による事件から得た教訓を、シシリーたちはナイトとミカへ確実に伝えていた。

(………とりあえず、危険な物質は入っていないようですね)

 幸いにして今回は取り越し苦労だったようで、召使が置いていった木の実入りのフィナンシェは、この村で飼っている牛のミルクを有効利用しているらしく、バターの風味が中々効いていて美味しい。
 使われている具は、植物系魔法を使うようになったミカにとっても馴染みの深いものばかりであり、彼女は香ばしさと歯ごたえをつかの間楽しんだ。
 その合間に、村長は古びた鍵をポケットから取り出し、鍵穴へ差し込んで捻った。
 鍵を見ていたミカに、村長はうっすら照れくさそうに、

「連絡を娘から貰っていてね。鍵を探しておいたのだ」

と言い訳がましく肩をそびやかした。
 曲を演奏させるためのゼンマイを適度に巻くと、優しい音が部屋に流れ出す。
 幸い、部品が錆付いていたということはなかったらしく、村長も満足げに、しばし曲に聞き入っていた。
 ミカは無礼にならぬ程度にお菓子やお茶に手をつけると、頃合を見て暇乞いさせてもらうことにした。

「村長、私たちはそろそろお暇します。ご馳走様でした」
「そうか、もう帰るのか…」
「…え、ええ…?…レイ、そろそろ帰りましょう。皆も心配しているでしょうし。日が暮れる時間になれば、もっと面倒な事になりますしね」
「はーい」

と、何とも呑気な返事をすると、レイはいきなり立ち上がってぐっと手を伸ばした。
 村長も唖然とし、レイをただじっと見ている。
 ミカは慌てて彼女を咎めた。

「レイ、何してるんですか!まずは『ご馳走様』を言いなさい!…冒険者…と言うより、人間としての常識を疑われますよ!!」

 いつものパーティの中で、リビングメイルであるナイトへ人間の礼儀を教えるのは、ミカの役割である。
 さすがに彼は主に恥をかかせまいと、教えたことを忠実に守るようにしているのだが、まさかこんな所で自分と数歳しか違わなさそうな同性に、振る舞いについて叱責する羽目になるとは思わなかった。
 依頼が思った通りに終わったことに気を抜いていたのか、レイは傍目にもおたついた様子で謝りはじめた。

「ご、ごめんなさい!ご馳走様でした、村長さん!!」

 村長は笑顔で「気にするな」と言ったが、口の端が明らかに引きつっている。
 ミカはその場を取り繕うため、改めて挨拶をした。

「それでは…」
「…その、冒険者殿――!」
「……何か?」

 帰ろうとドアノブに手をかけた彼女を村長は呼び止めた。
 まさにその時――けたたましい音が響き、村長宅の窓ガラスを破って人影が侵入してくる。

「!!」

 荒々しい仕草や身なり、地理的状況を鑑みると、よくいる山賊の類と思われる。
 彼は得物を手にすると、村長の方へと躊躇なく向けた。

新人と私06

「村長さんよぉ…今日こそはショバ代をよこして貰わないとなあ…。利息含めて銀貨五百万枚だぜ?早い所、払ってもらおうか?」
「…いつも言っておるだろう!元々ここに住んでいたのはわしらだ!」

 村長は気難しげな顔をしかめるようにして続けた。

「なぜ…なぜ貴様らごとき山賊に、金を払わなくてはならない!それにそんな大金あるわけないわ」
「逆らうのか?逆らうなら今日こそは死んでもらうぜ、村長!!」

 山賊は、腰を抜かして座り込む村長に得物を振り上げる。
 召使の女はドアの隙間からこちらを覗くだけで、何もしようとしない。
 そこまでは構わない、想像の範囲内である。
 だが、「強くなりたい」と望んで冒険者稼業に身を投じようとしているはずのレイは、動きもせずにただ呆然としている…。

(やれやれ……やはり、この人に冒険者は難しいようですね。)

 ミカは山賊にばれないように、後ろへと回り込んだ。 
 城館の街の城主代理から譲られた、豪華な装飾の施された短剣を抜き放ち、付与されている
守護の魔法を発動させる。

「何!?」

 直前で振り下ろすはずだった刃が不可視の障壁に弾かれ、山賊は目を丸くした。
 慌てて彼が視線を転じると、短剣を手にしたミカが、僅かな傷もないエメラルドの嵌まった指輪に魔力を集積させ、花弁による攻撃魔法をいつでも放てるようにしていた。

「何っ、冒険者だと……!?」
「これ以上、私の前で無礼な真似は許しません。『風に乗りて出でよ、夢幻のような景色より【風舞う…】』」
「待ちなよ、冒険者!」

 全く予期しない方向から声を掛けられ、ミカは右手に収束していた魔力を留めた。
 そこには、突然の出来事に呆然としたためか、無防備となり捕われたレイがいる。
 蒼白になった彼女の首には、先端のよく研がれたナイフが突きつけられている。
 バンダナを頭に巻いた痩せた男が、レイを拘束したままニヤリと笑いを浮かべた。

「こっちには人質もいるんだぜ!」
「…ミカ、さん……」
「レイっ……!」

 後悔と共に、ミカはぐっと拳を握りこんだ。
 一たび放てば必ず的を射抜くだろう薄紅色の花弁が、それによって構成を解かれている。
 己への凶器が納められたことを理解した山賊が、不愉快な笑い声を上げた。

「ふふふ…はははは!よく仕事したぞ、お前ら!おい、この娘を無事に返して欲しければ…今日の日暮れまでに、とっとと銀貨五百万枚用意しな!」

 ジリジリと、抵抗らしい抵抗も出来ていないレイを引きずるようにして、男たちはドアから出て行こうとしている。
 もし隙があれば、そこをついてレイを助け出そうと思っていたミカだったが、男たちにそんなものはなかった。

(もし、私が意地を張らずにナイトを連れてきていれば……少なくとも、こんな状態に陥らずに済んだのに!)

 ナイトは剣技が得意なのだが、竜血の核から発動する魔法を扱うこともできる。
 もしここにいれば、ナイフを突きつける男に雷の玉をぶつけ感電させるなり、雪の戦馬をドアの前に召喚しておいて蹴りつけるなり、ミカの望むように対処してくれただろう。
 最初に窓を蹴破ってきた男は、すっかり勝ち誇ったような顔で言い捨てた。

「俺たちとっても優しいから、日暮れの頃にこちらから受け取りに来てやるぜ!あばよ!」

 山賊たちが部屋を出て行くと、腰が抜けた位置で座り込んでいた村長が、頭を抱えるようにして言った。

「こんなことになるとは…!奴らを放置していた、わしの……せいなんだ……」
「………いいえ、レイが連れて行かれたのは、私の責任でもあります」

 自分がすっかり一人前になったのだから、従者などいなくても大丈夫だと。
 1人で新米を育てるくらいは出来るだろうと。
 そんな驕りを身につけてしまった己の油断が招いた事態なのだと、ミカには感じられた。

「レイを救い出すついでです。奴らも私が殲滅して参ります!」
「ぼ…冒険者殿!?」
「ご安心下さい。今回は簡単な依頼を選びましたが、こう見えても私は、それなりに名の通った冒険者なんです」
「さ、左様か…!なるほど、放たれているオーラが違うわけだ…。ああ、神はまだ、わしを見捨ててはおらんかった…」

 村長はミカの手を借りてようよう立ち上がると、精霊宮に勤める娘から受け取ったはずの木箱に手を伸ばした。

「せめてもの力添えになるかどうかもわからぬが…実はこのオルゴール、この地に伝わる”大地の精霊”を閉じ込めたと言われておる」
「ノームを……ですか?」

 植物の操作系魔法を身につけるミカだが、案外と精霊に無知ではない。
 自分に植物の術を教えてくれたかつての師は精霊使いとなり、パーティのリーダーであるシシリーは3体もの精霊(内訳は光の精霊二体・鉱石の精霊一体)に慕われている。
 自然、精霊たちを観察する機会にも恵まれ、彼らがどういう生態をしているか、一般的以上の知識は持っている。
 だからこそ、精霊というものが何かの触媒に宿ることがあることを承知していた。

「普通、オルゴールは逆回しをしても曲が鳴らないのだが、このオルゴールは逆に回し、その曲を流す事で大地の精霊を呼び出せる」
「まあ……」
「その精霊がもたらす力は、まさに”偉大なる奇跡”らしいのだが……奇跡の力は、ただ一度きりと言われている」

 しかし、これまでオルゴールに宿る精霊の力を使うことはなかった。
 当然、これを今まで預かっていたティルアも、知らないままだろうと彼はいう。

「…偉大なる奇跡が必要となるのは、まさに今しかないだろう…。…きっと役に立つはずだ」
「そうですか…。ありがたく使わせてもらいます」

 恐らく使う機会はあるまい(というかミカには勿体無くて出来ない)が、志を受け取った方が良い時もあるだろう。
 ミカは、しきりに礼を述べて土下座をしたり握手をしたりで忙しい村長を宥め、山賊の規模やアジトなどを聞き出した。
 山賊は10人ほどのグループらしいが、頭領の男――窓ガラスを蹴破った奴――については、熊を素手で殺した場面を、村民が目撃しているそうだ。
 彼らが占拠しているのは、山の中腹にある本来は精霊を祀っている祠であるらしい。
 その精霊と言うのが、先程ミカが説明された、例のオルゴールの精霊なのだという。

「…祠が少々、複雑な場所にあるのは確かなんでね。案内役に村の若者を同行させよう」

 その若者が新たな人質にされる愚を危ぶみ、ミカは同行を断ろうと思ったのだが、その前に村長が何事もなかったかのように仕事をし始めていた召使を呼び、「ゲイラとカイトを連れて来い」と伝えた。
 程なく部屋へ駆け込んできた若者は、男女のペアであり、十代後半といった所だろうか――荒れている室内に驚き、余所者であるミカに眉をしかめながらも、山賊の襲撃に関する説明を最後まで聞いていた。
 カイト、と呼ばれた額にバンダナを巻いている青年は嫌がっているようだが、それをゲイラと自己紹介した弓矢を装着している娘が、沈着な態度で宥めている。
 ミカは、容色に優れた娘がならず者に誘拐されている状況を憂慮し、ここで時間を取られるのを避けるため、今度こそ同行を断ろうとした。

「その人が行きたくないのでしたら、私は1人で行っても……」
「いいえ、祠に行くのなら案内役がいたほうがいいと思うわ。あの辺は、私にとっては庭も同然だし……ほら、カイト。村の窮地である事は確かなんだし……余所者だろうがなんだろうが、今は黙って手を組むべきよ」

 渋っていた様子だったカイトだが、ゲイラに一目置いているのだろう。
 ようやく彼女の説得に頷き、案内役を担うことにしたようである。
 2人の案内役をよろしくと言う村長に、もはや断る気も失せて、ミカは若者たちを連れて山賊のアジトに向かうことにした。

2017/04/28 19:19 [edit]

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