Fri.

新人と私その2  

 リューンの数ある通りの中でも、最も有名な住宅街の”木の葉通り”。
 冒険者が探せば、たくさんの知り合い(依頼人等)が住んでいる通りでもある。
 井戸端会議をして高笑いする主婦たち、追いかけっこをして遊ぶ子供たちなど……様々な人が、それぞれの持つ時間を有意義に使っているように見えるだろう。
 凝った装飾がついていたり、端整なレンガ造りだったりする建物が多い中で、ミカとレイが訪れたのは、白い外壁を持つ一軒家だった。
 今回の依頼人たるティルア・ライン嬢の家である。
 精霊宮に勤めている、という彼女に通された応接間はよく整頓されており、埃一つ落ちている様子がない。
 ではティルア嬢が家庭的な女性なのかと思えば、どこか冷めているというか、ミカに対する態度を冷静に判断する限り、取っ付きにくいタイプの人のようである。

(いえいえ、親しく交わったわけでもない相手を、外見や咄嗟の印象で決め付けてしまうのはよくありません。先入観に惑わされないようにしないと……。)

 ミカが内心で己を戒めていると、”木の葉通り”の住人に相応しいしっとりした物腰で、依頼主が2人にソファを勧めた。

「あなた方が、貼り紙を見てくださった狼の隠れ家の冒険者さんですね?…このようなつまらない私用にお付き合い下さい感謝します」
「いえ。私はミカ・ノーストリリアと申します」
「………」

 当然、その後に続くと思っていたレイの自己紹介が、どういうわけか聞こえてこない。
 ミカが見やると、緊張しているように口を引き結んだままになっている。
 肘で突付き、小声で注意を促した。

新人と私03

「レイ!一応依頼人に軽くでいいから挨拶しておきなさい。社交性も冒険者としての大事な要素ですよ」
「はっ、はい!ティルアさん、ご挨拶が遅れました…。冒険者志願のレイです…」
「ご丁寧にありがとう」

 そう言うと依頼人ティルアは、小さな木箱を飾り戸棚から取り出した。
 精々が10センチ×15センチほどしかない木箱は、長年の使用によるためか、艶やかな飴色に光っている。

「アントゥルの村長にこの木箱を渡して頂きたいのです」
「期限はいつまででしょう?」
「本日中にお願いします。渡してくださったと言う証拠があれば、その時に報酬をお支払いします。ただし、報酬の受け取りは、仕事が立て込んでおりますので、お手数ですが明日のこの時間にいらしてください。申し訳ありませんね」

 アントゥル村は、ここからそう遠くもない山中にあるそうで、女性の足でも日帰りで往復することは可能だという。

「道中に危険はない、と書かれていましたが確かですか?」
「……ちょっと前まで山に妖魔が棲んでいたと聞きますが、どこかの冒険者によって退治されたと聞いております。ただ、どうしても余所者が嫌いな村で…。大勢で向かうと、村に入ることさえ拒否する事もありますよ」
「あら?妖魔退治の依頼を受けた冒険者は、じゃあどうやって村で交渉したんでしょう?」

 山のどこかに巣食う妖魔の討伐ならば、1人や2人で受ける依頼ではあるまいと、ミカはティルア嬢に尋ねた。
 依頼人は遠くを眺めるような目つきをした後、ミカに視線を戻して薄く微笑んだ。

「確か依頼は村でなく、その山道を利用する商人ギルドによるものじゃなかったかしら……申し訳ありません。私も詳しいことは分かりかねますの」
「いえ、そういう事情がおありでしたら仕方ないと思います。ところで、この木箱は一体なんでしょうか?」
「ただのオルゴールなんです。…掃除をしていたら、思い出の品が見つかって…届けてあげようと思いましてね」

 アントゥルの村の長は彼女の父親だという。
 見つけたオルゴールは鍵が掛かっており、鍵のない自分では音楽を聴くために開くことが出来ないのだが、もしかしたら長を務める父親が鍵を所持しているのではないだろうか、と思いついたのだそうだ。
 しかし、今のティルア嬢は仕事に忙殺されていて、近くにある故郷へ戻る暇もない。

「でも、それはそれは素敵な音色を響かせる品なんです。ですから、鍵を持つ人間に渡って使われた方が、この木箱も幸せだと思うんですよ」

 ティルア嬢の手が、そっと愛しそうに滑らかな木箱の蓋を撫ぜてから、冒険者へ依頼の品を渡した。

「こちらがお渡し頂きたい木箱です。…壊れやすい物なので大切に扱ってくださいね、宜しくお願いします」
「はい、心得ました。お任せ下さい」

 ミカはオルゴールを布によって三重に包むと、それを荷物袋の底の方へ詰めた。
 かなり丁寧な扱いで、貴重品の取り扱いに煩い骨董屋でも、彼女のやり方に文句をつけることは出来なかっただろう。
 ティルア嬢もどうやら満足したらしく、口を挟む様子はなかった。
 さて――普段、パーティにいる中で目的地への方角や、そこへ向かうまでのルートを割り出すのは他の仲間たちだったが、ミカ自身は別に方向音痴というわけではない。
 第一、人の世界に不慣れだったナイトとコンビを組んで仕事をこなしていた頃は、主にミカがその役割を担っていたものである。
 コンビを組む以前の新米の頃でも、地図作製の依頼を受けることがあった。
 ゆえに、ミカはリューン市外に慣れていない様子のレイに代わり、アントゥルに向かうのに一番近いだろう門を出て、彼女を案内するように先導していった。
 夜明けに雨が上がったため、若干の湿気は含んでいるものの、涼気にも変わってくれる風が柔らかく2人の肌を滑っていく。
 一度濡れた地面は柔らかく踏みしめ難いが、それでも山の新鮮な空気を肺に取り入れながら歩く道のりは、ひどく平穏で快く感じられた。

「………んーっ、ほんっといいお天気!」
「ふふふ。レイ、これから何が起きるか分からないですよ」
「だって安全な道って書いてあったじゃないですか。それとも、ミカさんのベテラン冒険者の勘ですか?」
「勘…と言うわけではありませんよ。でも、どんなに安全な道と言われても、自分が通ったわけではありません。常に警戒して進まないと」

 何しろ、トンネル地図の作成という仕事でレオラン大隧道まで訪れた時、依頼の相手に喉をナイフで刺されたことがある。
 その時の熱くひりつくような痛み、あっという間に抜け出ていった血液と精気、殺すために連れて来られたと気付いた絶望――その全てが、自分の油断によるものだったのだ。
 それを繰り返さないためにも、ミカは最大限の努力をするつもりである。
 レイはそんな事とは知らないだろうが、ミカの言葉に何がしの感銘は受けたのだろう、素直に頷いている。

「はい、分かりました」
「結構歩きましたが、疲れていませんか?」
「ちょっとだけ…。でもまだ大丈夫です、頑張りましょう」

 この場には、自分やレイの他に通行者はおらず、人気の途絶えている道を、レイはとても楽しそうに歩いている。
 長い道のりのうち、彼女たちは色々な話を交わした。
 そのおかげか、大分打ち解けあったレイは冒険者に心を許したようで、宿では渋って話さなかった「志願理由」について、ついに切り出したのである。

新人と私04

「どうして私が冒険者になりたかったかと言うと…。…仕事が遅くなった日に、変な男達に声をかけられたんです」

 ふわり、と白いスカートが涼風に揺れる。
 その日も、レイは似たようなワンピース姿に、ヒールの高いブーツを履いていたらしい。
 それが災いして、怖くなって逃げようとした彼女は早く走る事が出来ずに、あっという間にチンピラ達に追いつかれてしまったのである。

「なんだよ、ねぇちゃん!逃げるこったぁないだろ?オレたちと仲良く遊ぼうぜ?」
「…急いでるんです、離して下さい!自警団を呼びますよっ!!」
「あぁ!?大声出してみろよ?」

 1人が懐から取り出した切れ味の悪そうな短刀を、レイの頬へと突きつける。
 死ぬか、この男どもに従うか……どちらに転んでもいやな選択肢しかない。
 絶体絶命とはこのことだろうと、レイの目尻に涙が滲んだ時だった。

「…君は逃げるんだ!」

と声をあげて、短刀を握るチンピラの腕をいきなり掴んで、レイの顔から遠ざけた男がいたのだという。

「なんだ、てめぇ?…身なりからすると、一応冒険者か?」
「しかし、見るからに弱そうなくせに、2対1の勝負を挑むかね?女を助けて格好つけたいお年頃ってか?」
「…なんとでも言え」

 そうして1人といきなり組み合った男は、大声で逃げろとレイに促した。
 救助者をその場に置き去りにすることへかなり逡巡していたレイだったが、非力な自分では加勢することもままならないと、必死に走ってその場から逃げたのである。

「名もなき冒険者のおかげで、私は無事に、家に帰る事が出来ました…」

 でも、と昔語りをしていたレイの声が沈んだ。

「…彼にお礼がしたくて、彼の冒険者の宿を探しました。3日後…宿を見つけたのですが…彼は…男達に殺されていたのです。私のせいで、彼は……」
「レイ、その人はきっと死を覚悟してあなたを助けたんですよ…。私が彼ならば、あなたを助けられた事で満足です」
「ミカさん…ありがとうございます…うう!」
「ああ、もう…。こんなことで泣かれても…!」

 ミカは常に携帯しているハンカチを取り出し、レイに涙を拭うよう渡した。

(初めて声を掛けられた時は分からなかったけれど、どうしてレイが強くなることに固執していたか――そして、よりにもよって私に頼んできたかが分かってきた気がするわ。)

 つまり、自分に近い弱い立場であったはずのミカが、竜や邪神をも倒す冒険者たちと同行するまでに実力をつけて冒険を続けていること――レイにとって、一番身近な目標として適当だったのだろう。

「さあ、先に進みましょう」
「はいっ…!」

 ミカがレイを促した時、木々の立ち並ぶはるか上を、優雅に円を描いた鳥が飛び去った。
 鳥影を目撃したミカがハッとした顔になったが、レイに背を向けていたため、彼女がミカの表情を見ることはない。
 ただ、「どうしたんですか?」と当たり前の質問を口にする。
 ミカはそれに対し至って平静な声で、

「いえ、珍しい鳥のように見えたので。でも、ここからじゃよく分かりませんでした」

とだけ答えた。

2017/04/28 19:16 [edit]

category: 新人と私

tb: --   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

カレンダー

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

辺境に足を運んだ方の人数

▲Page top