Fri.

緊急の依頼にてその1  

 魔界において数多い派閥の中でも大勢力のひとつである魔王ディアーゼとその軍勢が、たかが人間の冒険者たちごときに滅ぼされたという噂は、相手を騙すのが本能といっても過言ではない悪魔たちにとってにわかに信じがたいことだった。
 だが、その斥候を務めていた”森閑の悪魔”が罠に嵌められていなくなった後も、ディアーゼ側の動きは全く見られず、ついには魔王の片腕と見做されていたフレッシュゴーレムの女が、なんと人間に負けて向こうの世界に居座っているとなると、その信憑性もいや増すというわけだ。
 いつしか――では、魔王を滅ぼした冒険者とやらに打ち勝てば、あの大勢力を率いていた悪魔よりも実力が上だと示せるのではないかなどと、埒もない話が伝播していった。
 そんな中である――かの”森閑の悪魔”が戻ってきたのは。

緊急依頼
 しょせんは下級悪魔だと、侮蔑の意味を込めて森の閑人――”森閑の悪魔”と名付けられていた男は、いつの間にか上級悪魔とすら互角に戦える力を身につけて、魔界へ帰ってきたのである。
 彼にとって、それは衝撃であった。
 一体、人間界でどんな出来事があったのかと、魔族らしくなく真正面から尋ねてみた。
 強力な魔獣を従えている彼と、”森閑の悪魔”は今まで口を利いたこともなく、当然ながらいきなり話し掛けたことに怪訝な顔をされた。
 それでも”森閑の悪魔”が引き連れていた魂たちについて便宜を払ったところ、さすがに黙ったままでは悪いと考えたのか、悪魔は――テーゼンと名乗った男は、ポツリポツリと話し出したのである。
 自身が老いた人間に拾われ、面倒を見て貰ったこと。
 人間の勧めで冒険者となり、しばらく5人の”仲間”と日々を過ごすようになったこと。
 時折、人間界に現出した同族たちを退治しながら、実力をつけていったこと。
 事情を訊いた彼ことガウスは、非常に人間界に興味を持った。
 有象無象たちが噂するような示威行動を馬鹿馬鹿しいと思って静観していたが、人間たちが確かに脅威の可能性を秘めていることは、目の前のテーゼンが証明している。
 それに、アポクリファや骨喰らいの悪魔、太古の悪霊と並び称される古き血族……こういったガウスでも名を聞き及ぶ魔族たちが、テーゼンがいた人間界の冒険者たちの介入によって滅んでいるとなると、その実力は確かなのだろう。
 ならば。
 未だ勢力争いの多いこの魔界で、ガウスの名を轟かせようと思うのなら。
 人間界の冒険者たち――これほど、彼のターゲットとして相応しい相手はいない。
 そして、どのくらいの時間が過ぎた頃か。
 ある日突然、ガウスの思惑が試せる時が訪れたのである。

「人間……か」

 ガウスは待ちに待った、目の前に出現した悪魔の召喚魔法陣を、血の色をした双眸でじっと見つめた。
 本来の形態でこの魔力の大きさの陣を通ることは出来ない。
 もし行くとすれば人型の形態を取る方がいいだろうと、彼は影からローブを編み上げ、一人の青年の姿と化してそれを着込んだ。
 魔性をそのまま現したような、妖美な美貌。
 その頬には、己の魔獣からなる軍勢を封じ込めた、十字の刺青がある。
 無意識のうちにそれを撫でながら、ガウスは宙に輝く魔法陣を潜り抜け――見慣れない施設の中に佇んでいた。
 彼が通ってきた陣は、既にその役目を終えて魔力光を失っている。
 陣を維持するための人員らしき若い魔術師が、恐る恐るといった態でこちらに呼びかけようと口を開いた。

「――黙れ」

 ガウスはただ、右手の人差し指と中指を立て、そこから魔法による光線を放つだけでよかった。
 あっという間に、こちらと”契約”しようと企んでいた者が息絶える。
 魔族が召喚した主に従うのは、真なる名を呼ばれて存在を縛り付けられるからである。
 しかしガウスは、縛られる前に人間を殺した。
 貫通された喉から溢れた血が、周りの様子を窺っていた人間たちの頭上に降りかかる。

「きゃあああ!」
「は……早く、早くコイツを封縛するんだ!急げ!」
「あ、え!?ば、万能なる魔力よ、粘つく糸と……」

 慌てて呪文を唱えだすが、発動はやはり強大な魔力を持つ者の方が早い。
 悲鳴と怒号の飛び交う中、属性である炎を掌に生んだ魔族は、無造作にそれを投げつけた。
 爆発音の轟きが、施設自体を揺らす。

緊急依頼1

「所詮はこの程度か…」

 足元に転がっている焼け焦げた人間を踏みつけると、炭化した身体はボロボロに崩れ落ちた。
 彼に対して【蜘蛛の糸】の呪文を唱えようとしていた男の腕を、部屋の隅に蹴飛ばす。

「不思議なものだな、この程度の者達が脅威の可能性を秘めているとは…」

 ガウスは知らなかったが、ここは賢者の搭に代表される魔道師学連とは別の団体である魔導協会の研究施設であった。
 召喚した魔獣や魔族などの生態や能力をとことんまで調べ上げ、より近い合成獣を人造的に誕生させようという試みを行なっていたのだが、人の世の都合など知るべくもない。

「まあいい。…その可能性の真偽の確認も含めて、ここに来たのだからな」

 ガウスにとって大事なのは、やがて事態を重く見たここの職員たちが遠からず雇うであろう冒険者に、本当に高位の魔族を退ける力があるのか――そして、強いと判断した彼らを殺し、自分の力を同族に誇示するためであったから。
 ガウスは黒く立ち昇る瘴気を手の先に集め、それを頬の刺青に押し付けた。
 魔法陣のあった部屋に起きた異変を感じ取った他の職員たちが、慌ててここへ駆けつけようとしている声や音が聞こえていたが、雑魚はこれで充分なはずだ。

「出でよ、我が軍勢。死体を踏みしだき、血の華をここに咲かせよ」

 召喚の呪に応じた獣が、人間たちの声を圧するほどの咆哮を放った。
 そして、数十分後。
 事態を施設にいる人手だけでは収拾できないと判断した責任者たちの命で、リューンで数ある冒険者の店の中でも、信頼性の高く評判のいい宿2軒へ知らせが届く。
 曰く、

『魔導協会から緊急の依頼が入った。たった今、だ。出来るならば、大至急魔導協会の裏口まで来て欲しいとの事だ。熟練の冒険者のみ、承諾できる依頼だ。もし引き受けるなら急いでくれ。』

という緊急の依頼である。
 老舗の一つである≪狼の隠れ家≫において宿の亭主が声を掛けたのは、違う依頼を片付けてきたばかりの旗を掲げる爪であった。

「お前さん達、さっき帰ってきたばかりで大変だろう。別に無理せんでも…。」
「親父さん、自分でさっき”緊急”って言ってたよね?」

 すかさず言い返したのは、ホビットのアンジェである。
 見た目も実年齢もまだ子どもの範疇に入っているはずなのだが、彼女ほどリアリストで現実を楽観視せずに見つめる人材も、そう多くはない。
 彼女の指摘は、的を射ていた。

「なら、今の状況からするとうちらが一番適任だと思うよ?」

 ≪狼の隠れ家≫自体に熟練冒険者は少なくないが、今はほとんどの人員が各々の依頼で出払っている。

「むむ…」
「それに、旗を掲げる爪には魔法使いが2人もいるもの。魔導協会の施設でのトラブルなら、私たちが駆けつける方が向こうもありがたいのじゃないかしら」

 リーダーであるシシリーの言に、「ふっ」と説得を諦めたように亭主が息を吐いた。

緊急依頼2

「なら、お前達、頼んだぞ。ただ間違っても無茶だけはするなよ」
「はい、無茶はしません」
「任せておけって」

 宿の亭主の心配をよそに、ロンドが厳つい顔の口角を上げた。微笑んだつもりらしい。
 彼が踵を返したのを機に、旗を掲げる爪の面子は次々と背中を向け、手をひらひらと振りながら宿を出て行く。
 緊急で近隣の場所、短時間で高額の依頼となれば、多くの冒険者たちが目の色を変えて乗り出す話であるはずだ。
 うまい話には裏があると言うが、頭の回転と状況把握が早い冒険者の中には、その裏の裏を突いて完遂する者も多いだろう。
 今回の魔導協会からの依頼がそれに当たるものなのか否か――時間が不足しており調査しきれなかった亭主には未だ判断がつかないが、今出て行ったパーティが無事に宿へ戻ってきたときのため、彼はとっておきのカフワ豆(珈琲豆)を棚から下ろした。
 これはまだ焙煎前のもので、今から火を入れなければならない。
 さらに粒が揃うよう丁寧にミルで引き、時間を掛けてドリップすることでやっと飲用が可能となる。
 普段なら、子どもであるアンジェに飲ませたりはしないのだが……。

「依頼成功を労うためだ。いい豆を使ってやろう」

 コクと芳醇さで秀でているカフワなら、きっと彼らの気に入るはずである。
 苦いのが苦手だと言うのなら、バターミルクと蜂蜜で緩和してやればいい。
 己の宿の冒険者たちの帰還を信じて、亭主はゆっくりカフワ豆の焙煎を開始した。

2017/04/14 12:43 [edit]

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