Sun.

黄昏の森の妖魔その1  

 交易都市リューンより遥か北東…。
 旗を掲げる爪は、モンスターの能力によって創造されたゴーストタウンを通り過ぎ、<白の王>――北風の尊称である――の道と呼ばれる辺境の街道を、東に逸れて前進していた。
 この先には、大陸へ未だ版図を広げる人間の想像も付かぬほどの悠久の昔より存在する森がある。
 黄昏の森。
 決して広大とは言えないが、との名は広く知られている。
 途轍もなく太古の時代の種である木々が聳え立ち、地面には誰も見たことも無い数多の馨しい花が、そこかしこに咲き誇るという。

黄昏の森の妖魔
 それほどまでに神秘的な美しさを持つ森であるにも関わらず――あるいはそのせいなのか――人々がその名を口にする時は、声を潜め表情は畏れに満ちている。
 力無く賢明な者は決して近寄らず、わずかばかりの力と有り余る無謀さを持つが故に、あえて足を踏み入れた者は誰一人として帰らない。
 この森には、その最も年経た大樹と同じほど古き妖魔が棲むという。
 彼女こそ”気高き森の騎士のバラッド””不死なる三勇士の詩”などの詩に名高き三人の不死身の騎士の主であり、残酷と美貌を謳われた”森の女王”その人であるとされる。
 容姿は緑の髪を持つ神と見紛うほどの長身の美しい女性であり、その指先には上古の<美しき人々>の造り出したエメラルドの指輪が輝く――が。
 その光り輝くばかりの美貌とは裏腹に、その性は酷薄で情に欠け、あつかましくも己が領土に踏み入った者は、一つの例外とてなく恐るべき力を以て滅ぼしてしまうという。

黄昏の森の妖魔1

 女王の名は、黄昏の森オウスラ。
 人間達に留まらず、数多の鳥、獣、或いは妖魔に大いなる畏怖と共に知られている。
 
「……この先の領土を手に入れるために、太古の時代から生きる妖魔を滅ぼせって……人間って本当に欲が深いよね」
「人間としてその言葉には抗議したいところですが……私自身、そう思います」

 アンジェとミカがしみじみと語り合っている。
 彼らの常宿である狼の隠れ家に、かつてアルエス駐屯軍を率いていたフォルカスという人物が訪れたのは、2ヵ月ほど前の話である。
 実に数年ぶりの再会であり、久闊を叙すにも時間の掛かることだったが、彼はただ昔話を懐かしむだけに来訪したのではなかった。
 士官学校出身の若きエリートも、手強いゴブリンたちの篭城戦で目覚しい活躍をしたと上役に評価され、出世階段を順調に駆け上っているらしい。
 そして現在、フォルカス氏は新たな任務を承ることになった――それが、かの黄昏の森の中に作る予定の城砦であり、作るに先立って妖魔を滅ぼすよう命が下ったと言うのである。

「ああ、あんたはそんなに偉くなったのか。良かったな」
「……お前は相変わらず依頼主に対してぞんざいだな」
「ごめんなさい。ロンドがぞんざいなのはいつもの話なので、気にしないでやって下さい」
「しかし、新たな城砦の統括者になるとは大変な任務ですね。どうして一介の冒険者に依頼をすることになったんです?」
「ああ、それについてだが…当然ながら、私はそのために軍を動員するのだと思っていた。ところが人員の件での話合いで、思わぬ成り行きになってしまってな…」

 順調な若者の出世が気に喰わない、地位はあっても実力の伴わぬ年上のフォルカス氏の同僚たちが、大事な軍を使って損害を受けるより、アルエス砦の奪還に貢献としたという例の冒険者たちを使えばどうか、と言い出し、上役がそれに同意してしまったのである。
 当然、同僚たちの思惑としては、たかがいち冒険者たちに、古代から生きるという妖魔を滅ぼせるはずはないだろう……したがって、フォルカス氏の出世を阻めるだろうというものだったのだろうが、氏が会わないでいるうちに、旗を掲げる爪はそれが見込めるほどの実力を身につけていた。
 これは望みがある、と見込んだ氏は、妖魔を滅ぼした印を持ち帰れば銀貨2500枚という報酬を提示したが、一行が仕事を引き受けたのは金銭に釣られたからではなかった。
 ロンドが納まりの悪い荷物袋を揺すり、位置を変えながら言う。

「魔神に取っ憑かれる森の精霊もいれば、魔神に匹敵する太古の妖魔なんてのもいるんだな」
「黄昏の森のオウスラと言えば、生半な魔族よりもよほどの実力を秘めているそうですよ。森に立ち入ったのは人だけならず、ダークエルフや巨人なども新たな棲家を求めて現れたそうですが、そのいずれも、彼女によって滅せられたということです。竜をも穿つ魔法を操るとか」

 ウィルバーの長ったらしい講釈を遮ったのは、のほほんとしたアンジェのセリフだった。

「おばあちゃんが余暇に歌ってたよね、”気高き森の騎士のバラッド”って。あれが黄昏の森のことだったんだねえ、あたし知らなかったよ」
「その詩なら、私も知っています。ただ半分でも本当だとすると、私たちにとってはかなり手強い相手ということになると思うのですけど……」
「しかし、主殿。黄昏の森の魔力を秘める指輪が手に入れば、あなたの抗魔力もかなり安定するだろう。危険を冒しても入手する価値はある」
「そうね。生と死の境界にいたせいで、ミカの魔力の操作技術は上がったけど、害意ある魔法への根本の不安定性は消えなかった。伝説の妖魔の指輪があれば、もう少し楽になるはずよ。特に、森の属性によって植物を操るのなら」
「綺麗な指輪だといいな、ミカ」
「兄ちゃん……正しいけれど、何かずれてるよ……」

 そう、彼らがこの依頼を受けたのは、オウスラが持つという美しいエメラルドの指輪を狙っているからである。
 上代のエルフたちの手によって生まれたそれは、名を喜びの緑という。
 ひとたび掲げて念じれば精神が澄み渡り、さらに活力を得ることが出来るとの話である。
 それが本当ならばミカの唯一の不安要素――かつて死霊術師によって死亡し、彼岸へと旅立とうとしていたために魔法の影響を受けやすい――を、補うことが可能となる。
 フォルカス氏には、すでに報酬を指輪で貰う旨で誓約を取っている。
 冒険者たちより先行して飛んでいたムルが、瑠璃色の羽根を忙しなく動かして叫んだ。

「皆さん、黄昏の森ですよ!」
「おお、これがあの噂の……美しいものですね……」
「だけど綺麗過ぎて怖いよ、おっちゃん」

 アンジェの指摘するとおり、黄昏の森は美しく、”異常なほど”静寂に包まれていた。

「……精々、気をつけるしかないな」
「ロンドの言うとおりね。油断せずに行きましょう」

 一行は警戒して侵入したものの、微風が深緑の木の葉を揺らす音や、どこかで名も知らぬ鳥が囀る声の他には何も聞こえない。
 陽光は葉を透かして輝かせ、ステンドグラスに勝るとも劣らぬ美を形成している。
 ムルが地面すれすれを滑るように飛び、狩人の目で今いる場所を探索した。

「……普通の森ではないし、私たち妖精や精霊が宿る森とも違いますね……」

 こういう場所なら当たり前の、熊の爪痕や鹿などの糞、あるいは何かが葉っぱを齧った痕跡など――生き物の残す営みは一切見当たらなかった。
 それは森の番人であった妖精にとって、警戒信号を発するに値する。
 ムルの忠告に首肯した一行は、この光景に心地良さを覚えつつも、片時も警戒を怠らず、慎重に歩を進めて行った。
 ウィルバーが≪海の呼び声≫を地面に突いて歩きつつ、ふうと息を吐く。

「美と静寂の地でありながら、情けを知らぬ妖魔の寝床。気が抜けませんね」
「はい。私もこんな森は初めてです……」
「おっちゃんやムルの言うとおりだよ。あたしも、こんなに首筋がピリピリするの、久々だ」

 ホビットの娘が、自身の首筋を子どもらしいふっくらした手で撫でながら言った。
 よほどにその感覚が気に喰わなかったのか、眉が八の字に落ちている。
 そういった生物の感覚とは無縁の、冒険者たちの殿にいたリビングメイルが、己の周囲をぐるりと見渡して主に警告を発した。

「……何かいる。近づいている」
「えっ!?」
「落ち着きなさい、ミカ。全員、戦闘の用意を……っ」

 ウィルバーの背筋に悪寒が走る。
 彼が楡の大木から身を離した一秒後、忽然と後ろから深い蒼の甲冑に身を包んだ騎士が現れた。
 アンジェがそれを見て愕然となる。

(コイツが近寄ってきた足音なんてなかったのに――!?)

 抜剣したシシリーがじりじりと間合いを詰めながら、ナイトに質問した。

「何で接近されていると分かったの?」
「この騎士は、自分と同じ”ツクリモノ”だ。ゴーレムの類だろう」
「同族を感知したということですか」

 なるほど、と納得した薄毛の魔術師が杖を構える。
 詩人達によって様々な名と武勇伝を与えられてきた彼らの正体は、生あるものではなく魔法生物の類であったということなのだろう。
 彼(あるいはそれ)からはいかなる魔力の流れをも読み取ることは出来ないが、すでに両手持ちの大剣――重量に任せて攻撃を行なうグレートソード――を構えており、一行に友好的ではないことは明白であった。
 気合の声も何もなく、ただ無言で振るわれた大剣は、盾を構えかけたナイトに打ちかかる。

「くっ!」

 不完全な姿勢のため攻撃の勢いを削ぎ切れず、ガリガリと嫌な金属音のかみ合う音が響く。
 盾を跳ね除けた分厚い刃が、剣の柄を握っているナイトの右腕に落ちた。
 翡翠色の炎を上げる≪息吹の剣≫が持ち上がるも攻撃を防ぎきれずに、騎士のグレートソードが黒い篭手に大きなひびを作る。

「ナイト!」

 ミカが蒼白になったのは、敵の騎士が今の技で、”魔法を解除”する力を刀身に這わせていたことを理解したからである。
 魔力によって動いている魔法生物にとっては、その力は毒に等しい。
 悪くすると心臓部に当たる魔力の核にも影響が及ぶところだったが、ナイトは自分の愛剣もまた”魔法を解除”する力を持っていることを利用して、相手の技の威力を拡散させたために、刃で叩かれはしたもののひびだけで被害が済んでいた。
 ナイトがダメージを軽減させたと感づいているためか、さらなる追撃をしようと武器を振りかざした騎士へ、アンジェの隠し場所から取り出したナイフの会心の一撃と、ウィルバーが【死の呪言】により呼び寄せた死霊たちが、次々と痛打を与える。
 その隙にシシリーが鉱精に呼びかけ、リビングメイルの傷を塞いだ。

「危ないところだった…」

と、ナイトが損傷の埋まっていく様を眺めて呟く。

「さすが伝説の騎士、というわけね」
「シリー、危ない!」
「!?」

 今度は、治療を行なうシシリーにも兇刃が襲ってきた。
 彼女は横に避けながら、抜いていた≪Beginning≫の刃に手の甲を添え、ギリギリの位置で重厚な攻撃を凌いだが、猪の突進に等しい衝撃が容赦なく腕を痺れさせる。
 シシリーは思わず苦悶の声を漏らした。

「う……っつ!」
「そこを動くな、このやろう!」

 追撃を防ごうとロンドが腰の曲刀を抜き、閃光の如く下から上へと斬撃を浴びせる。
 だが、それは恐ろしいほど素早く位置を変えたグレートソードの刃により止められた。
 噛みあった二つの武器が、尋常ではない膂力で押し合っている。

「こいつ傷が……!?」

 ロンドのやぶ睨みの眼の前で、騎士の胴体についたひびが少しずつ癒えていく。
 このゴーレムは再生能力を持っているということだ。

(あまりダラダラ時間は掛けられないってことだな……っ!)

 瞬時に判断したロンドは、刃と刃が噛みあっている最中に≪サンブレード≫の柄から手を離した。
 拮抗している状態でそれを行なうなど、一歩間違えれば脳天から唐竹割りにされかねない非常に危険な行為である。
 賭けではあったが、剛腹なロンドは恐怖の色も見せず上手い体捌きで相手の体勢を崩して、曲刀を抜く前に地面へ落とした武器へ敏捷に飛びついた。
 思わず膝を突いたゴーレムの騎士の胸部を狙い、すかさず燃え盛るスコップで低い位置から槍を振るうように突き上げる。

「おおおおおおおお!」
「……!」
「がっ!!」

 近すぎて長大な剣を敵に叩き込むことのできない騎士も、どうにかロンドの頬へ拳を突き出し反撃したものの、胸を貫く≪マスタースコップ≫の威力はかなりのものであったようで、膝が震え始めている。
 スコップを抜かれ立ち上がりはしたが、糸の切れた操り人形のごとくよろめき始めた騎士へ、すかさずナイトが真正面から対魔法生物用に取得した必殺の六芒星を刻み、戦いの決着をつけた――かのように思えた。

「消えた――?」

黄昏の森の妖魔2

 怪訝そうなナイトのセリフそのままに、止めの一撃が命中しようかというまさにその瞬間、騎士の姿は跡形も無く掻き消えていた。
 倒したのではないのか、とロンドの顔は口よりも雄弁に語っている。
 不満そうで物騒な気配の漂うそれに、ミカがそっと応じた。

「恐らく――ゴーレムの維持状態を術者が解除したのだと思います。今分かりました、あれは樹で核を作ったゴーレムです」
「樹木で出来てるって?」
「はい。それも、あれだけ強力な攻撃と再生能力を持ち合わせているとなれば、ありきたりの植物ではなく、核それ自体が何か底知れぬ力を備えているのではないかと……」

 火に弱いからこそ、≪マスタースコップ≫の火炎に対して大きなダメージを与えられたが、そうでなければもっと騎士を倒すのに手こずっていたことだろう。
 それだけタフなゴーレムを作るとなると、鉄によるゴーレムや死肉で作るゴーレムよりも、もっと素材が貴重で力を秘めているものであることは間違いない。
 ミカの知識ではまだはっきりと思い当たらないが、その洞察は大きく外れてはいないはずだ。

「ってことは、さ」

 アンジェがごくりと喉を鳴らす。

「あの騎士とは、もしかしたらオウスラのところで再会するかもってこと?」
「ゴーレムの術者がオウスラ自身であれば、文字通り彼女の手足となって動くでしょう」

 艶を放つ赤毛をさらりと揺らし、ミカは重々しく頷いた。
 嫌な予測だったが、それをここで忖度しても始まらないだろうと、彼らは探索を開始した。
 そして一時間以上歩いたところ――。
 まるで楽園の幻のように、その場所が現れた。
 白、黄、ピンク、水色、紫……小さな泉を守る結界のように、名も知れぬ色とりどりの花々が満開の姿で咲き乱れていた。
 たまにそよぐ風は、泉へ辿り着くまでの道でも彼らの肌を柔らかく撫でていたが、ここではさらに甘い香りを含んでいる。
 旗を掲げる爪は、騎士との戦いの傷を癒すために休憩を取ることにした。
 泉の水は完全に澄み渡っており、木々の重なりから現れた光景を見たウィルバーが、竜の牙より作られた焦点具に手を添え、魔力の流れを読み取る。

「この泉からは癒しの魔力を感じます。水を飲めば体力を回復できるでしょう」
「なら、ここで一度休みましょう。ナイトのひびも、ロンドの打ち身も、完全に癒えたわけじゃないし」

 仲間たちに否やを唱える理由があろう筈もない。
 こちらを襲う動植物の姿がないことを確認して、ゆっくりと腰を下ろした。
 長い旅程では、喉を潤してくれる清水は貴重である。
 水筒の中身を飲み干し、新たに泉から汲んでまた仰いだロンドが、満足そうな吐息を漏らした。

「ふうーっ。これは美味いな」
「ちょっとロンド、こっち向いて。すごい青痣になってるわよ」
「そんなに酷いか?」
「目の下の辺りだけ変色してるから、そういう模様の動物みたい。頬骨は幸い、折れてないけれど」
「あの野郎、最後に思い切り殴りやがって…」

 泉の水に手ぬぐいを浸したシシリーが、それを渡して頬を冷やすよう指示する。
 彼女はベルトポーチからフォウの眷属たるスピカと、光精の亜種であるランプさんを解放すると、そこから取り出した星の光を内包した夜空色の石を取り出し、ナイトの篭手へ近づけた。
 これはある身勝手な恋心で遺跡に置き去りにされていた鉱精・ユークレースの、仮の姿である。
 彼女は癒しの力を蓄えており、法術などにありがちな肉体の有無に左右されず、対象を少しずつ治療してくれるのである。
 森の色とはまた違う美麗なグラデーションが仄かに瞬き、黒いつや消しの鎧に入った割れ目がゆっくりと塞がっていった。

「これで大丈夫そうね」
「そうだな。手間をおかけする」
「気にしないで、仲間だもの」
「だが、あなたも怪我をしただろう。早めに手当てをすることだ」
「ええ、そうね」

 ひんやりとした水は、一行の疲れを癒した。
 お互いを労わり合う冒険者をよそに、黄昏の森に入ってからずっとベルトポーチに収容されていた2体(2匹?)は、解放感からリューンではあまり見ない種の花たちを眺めてくるくる飛んでいたが、ふとそれに囲まれている泉の近くへと降り立ち、首を伸ばして瞑目していた。
 そして、空の水筒で泉の水を汲んでいるアンジェに気付き、優雅な羽ばたきで彼女の肩へと舞う。

「どしたの、スピカ。ランプさんも」
「あの泉です。面白いですよ」
「………♪」
「ん?どゆこと?」

 彼ら――実質、人の言葉を話せるのはスピカの方だけだが――に言わせると、姿を隠しているものの、この泉には精霊である彼らにかなり近い存在が宿っているのだそうだ。
 それが持つ力によって、この水は体力を回復させる作用を含んでいるらしい。
 スピカとランプさんは、泉にいる存在と言葉に頼らぬ意思の交流をしていたのである。

「精霊のお友達に、もし祝福して欲しい剣があったら自分が施しましょうかって言ってます。何の魔法も掛かってない剣とか、ありますか?」
「へえーっ!ちょっと待ってね」

 アンジェは仲間たちの荷物袋に半ば頭を突っ込んで、がさごそ探り始めた。
 周囲にいた仲間たちもスピカとアンジェのやり取りを聞いており、じっと彼らを見守っている。
 やがて彼女が鞘ごと掴んで引き出したのは、かつてシシリーが駆け出しの頃に使っていた武骨なデザインの長剣である。
 最初のゴブリン退治依頼が終わってから、宿置きの武器を貸与されて使っていなかった品である。
 持ち上げようとすると、さすがにその重量でよろめいてしまった。

「うーん……重いなあ……」
「ちょっと貸して」

 自分の元の武器を妹分から受け取ったシシリーは、スピカと無言のランプさんの誘導で、銀色の刀身をそっと泉に浸した。
 澄みきった水の中で段々と剣は錆付いていくが、刃がすっかり茶色く変わった瞬間、青白いがたおやかな両手が水底から剣へと絡みつき、たちまち錆びたはずの金属を白銀の輝きへと変えていく。

(これが……泉の主の祝福?)

 驚いて声もないシシリーをよそに、スピカとランプさんの友達となった泉の精は、約束どおりただの鉄剣に不浄な存在をも切り裂く力を付与し、姿を現さぬまま手を引っ込めた。

黄昏の森の妖魔3

 慌てて水から引き上げた刀身には、よくシシリーが【十字斬り】などの時に法力を込めた時のように、白く冒し難い光が纏わりついている。

「なんて綺麗なのかしら…。泉に宿りしものよ、祝福をありがとう」

 シシリーが水面に向かって礼を言うと、ほんの少しだが凪いでいるはずのそれが波立った。
 無意識に自分の顔を杖を握らぬ左手で撫でていたウィルバーが、

「フォルカスさんに、ここの泉だけは大事にしてくれと頼むべきでしょうね」

と発言した。
 泉の上空を旋回していたスピカとランプさんが、ぜひお願いするとでも言うように飛びながら頷く――大変難しい行為であるようだが、それだけ切実なのだろう。
 冒険者たちは泉に別れを告げると、再び森の女王を目指して歩き始めた。

2017/04/02 11:28 [edit]

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