Tue.
ゴーストタウンその4 
階下に戻ると、見慣れない様式の祭壇や椅子が並んでいる様子に、特に変化はない。
これは長期戦だろうかと、ナイトは壊さぬよう気をつけながら椅子の一つに腰掛けた。
それを見たミカも、いい加減に緊張のしっぱなしで疲れていたのだろう、隣の椅子に座り込む。
2人を咎めるつもりもなく、シシリーもまた祭壇に近い椅子に座った。
「この町……一体なんなのかしら?」
これは長期戦だろうかと、ナイトは壊さぬよう気をつけながら椅子の一つに腰掛けた。
それを見たミカも、いい加減に緊張のしっぱなしで疲れていたのだろう、隣の椅子に座り込む。
2人を咎めるつもりもなく、シシリーもまた祭壇に近い椅子に座った。
「この町……一体なんなのかしら?」
「魔力は相変わらず感じませんね」
「魔法も使わずに、こんな大掛かりなことができるの?」
「さて……通常なら幻覚魔法を疑うべきなんでしょうけどね。私たちの中には、精神に属する魔法の効かないナイトがいます。幻覚は彼に通用しないわけですから、別の術式を使っているのかもしれない。なのに魔力が追跡できないのはどうしてなのか……」
「もー何でもいいよ、あたし疲れた」
アンジェは椅子ではなく、足を投げ出すようにして床にぺったり腰を下ろしている。
今まで頑張った分だけ、愚痴を言いたくもなるのだろう。
ぶつぶつとよく回る小さな口を動かしている。
「わけわかんないよ。お化けが出るならここの住民だった人たちなんだろうけど、何も言うわけじゃないし。自分が死んだ理由とか、喋ってくれないんだもん」
「それは……まあ、喋れない奴だっているわけですから……」
「でもさあ、ミカ。一人ぐらいいたって……」
ぶすくれていた顔が瞬時に変わり、アンジェは叫んだ。
「姉ちゃん、後ろ!」
シシリーが振り返ると、そこにはこちらの首を絞めようと青白い手が伸びていた。
回避が間に合うまいと判断したアンジェは、腕輪の鋼糸を椅子ごとシシリーに巻きつけて引き倒す。
結果として無様に転がってしまい、恐らく体に打ち身がいくつかできただろうが、レイスの【死の接触】は危ういところで逃れることが出来た。
ロンドが敵と仲間の間に立ち塞がり、ナイトがシシリーを抱えて後ろに下がると、死霊は呪われた沼地のような色のローブの下から声を発した。

「ミツケタ…」
「レイスがここにも……」
「オマエタチノケガレタタマシイ、モライウケル」
「くそっ!皆、準備はいいか?」
「あ?ちょっと待て、ナイト」
ロンドは仲間を留めると、
「おかしい」
と眉を寄せた。
「なんですか。どうしたんです、ロンド?」
「レイスって…口利くものなのか?」
不意に沈黙が訪れる。
前述したシュツガルドの遺跡では、かの魔術師のレイスは喋っていた。
ただしそれは例外的なものであり――普通のレイスは、ただ穢れた魂を狩るだけの存在なのである。
おまけに、そういった疑念を持ってからこっち、死霊は口を開こうとしない。
十数秒――動くものもおらず、黙って睨みあう。
するとにわかに、透けているレイスの姿がぐにゃりと何かの空間に飲み込まれるように歪み、また現れ、引き伸ばされていく。
「な、なに!?」
「ぐううぅぅう…」
不可視の姿が縮み、広がるたびに、白い閃光が暗い部屋を貫く。
理解しがたいその反応に、ふとロンドの脳裏にも同じものが閃いた。
「そうだ…間違いない。こいつはサトリだ!」
「サトリって何ですか、ロンドさん!?」
「相手の考えている思考を読み、恐れているものに化けるモンスター。そうだ……孤児院の院長が、昔こいつに苦戦させられたって話を聞いたことがある」
「マジで!?あたし、そんなの初耳だよ!?」
「俺も一回しか聞いたことない。だが、こいつはこっちが恐ろしいものを考えれば考えるほど強くなるんだと、院長が苦い顔で話してくれた……」
当時の仲間が深い傷を負ったこともあり、院長にとっては辛い記憶だったのだろう。
ロンドだけに話したまま、以後は口を噤んでいた。
目の前のうつろう姿がミノタウロスとなり、慌ててロンドは叫んだ。
「こ、こら!考えるな!」
「そ、そういわれても…」
思わず応えたのはシシリーであった。
器用なアンジェの手を借りて糸の拘束から抜け出ていたが、思いがけないモンスターの正体に、思わず昔の記憶を探ってしまったらしい。
やがて斧を構える逞しい牛首人身は、大きな翼を広げるグリフォンとなり、前回の依頼で激突したビホルダーに変わり……。

「さ、最悪だ!」
「これは何だ?」
「落ち着いてるね、ナイト…さすがだよ、あたしには真似できない…」
「ドラゴンゾンビだ!空想上の最強って言われてる化け物だよ!誰だ、こんなの思い浮かべた奴!」
「空想上の化け物なんて、私たちが知るわけ無いでしょ!」
「あん?」
そこでロンドはやぶ睨みの目を彷徨わせ、うろたえた様な表情になり……。
「ひょっとして…俺か?」
「馬鹿ですかっ!あなたかなりの!!」
珍しくミカが罵倒するのと同時に、竜もまた咆哮で応えながら、巨大な鉤爪を振るう。
冒険者全員がその攻撃範囲外に逃れると、死に物狂いの反撃を開始した。
天井すれすれまで飛んだムルが、鉤爪の付け根というピンポイントに矢を放ち、ロンドも続けて同じ場所にスコップを突き立てた。
「グオオオオオオオオオッ!!」
凄まじい咆哮が空気を震わせ、彼らの皮膚にびりびりと伝わる。
「春の使者よ、麗らかなる花びらよ。魔力の風に乗って我が敵を射抜け!」
ミカが薄紅色の花弁一枚に魔力を纏わせ、ドラゴンゾンビの心臓近くに射出する。
【賛美の法】で彼女を援護したシシリーは、敵が確かにダメージを食らっていることを確認して、追撃するために法力を炎へ変換しようと意識を集中し始めた。
ドラゴンゾンビがそれに気付き、動きの止まった彼女を喰らってやろうと大口を開ける。
巨大な首が動く直前で、何かに弾かれたようにその軌道を変えた。
ぎろりと睨み付けた先では、ナイトが六芒星を描く形で斬りつけた体勢を保っている――先ほどの衝撃は、彼の斬撃だったらしい。
怒りに任せた竜は、アンデッド化してもなお保ち続けていた驚異的な再生能力で傷を半ば塞ぎ、再び鉤爪を先程より近づいている冒険者たちに向かい振り回した。
シシリーやロンドはそれでも辛うじて引っ掛ける程度に留まったが、ちょうど死霊術による癒しの陣を描いていたウィルバーには避けるすべもなく、腿の辺りを抉るように引っ掛けられた。
「ぐっ……!」
「ウィルバーさんっ」
「そこを動かないで、ください。私は大丈夫です、ミカ……」
さっそく、自分が起動させた死霊たちによる”至る道”の力の逆流が始まり、痛みを訴える傷が徐々に癒えていく。
ミカは僅かに逡巡したが、竜の視線がこちらに向いていることに気付き、寸の間で東方の”桜”という花による防護魔法を張ることに成功した。
春に相応しい薄紅の嵐が味方全員を覆い、宙に不可視の盾となって溶けていく。
ドラゴンゾンビが尻尾をミカにぶつけたのはその時で、防護魔法の後に体を丸めていたミカは、どうにか払われた衝撃を最低限まで押し殺した。
「ユークレース、お願い」
シシリーの頼みを受けて、鉱精の宿る美しい石が瞬く。
自然の星明かりにも劣らぬ仄かな輝きが、ミカの蹲る身体に降り注ぐ。
微かに彼女が身動きをしたのを見て、シシリーは改めて安否を確認した。
「無事なの、ミカ!?」
「大丈夫です、シシリーさん!」
案外と元気な返事が来たことに安堵したアンジェとナイトが、無防備にさらされたドラゴンの尾に、鋼糸と≪息吹の剣≫で交互に――まるで申し合わせたようなタイミングで斬りつけ続け、深い傷をつける。
「グアアアアアオオオ!!!」
竜はさらに懐に飛び込んだシシリーの【劫火の牙】からなる法力交じりの一撃と、遠距離から襲い掛かってきたウィルバーの死霊たちによるダメージによって、大きくよろけ出した。
それを確認したアンジェが喜びの声を上げる。
「あと一歩!」
「これで……終わらせます!」

丸まった不自然な体勢のまま、ミカは再度【風舞う花刃】を放った。
ドラゴンゾンビは奇妙に甲高い断末魔を放つと、そのまま横に倒れそうになっていたが……。
その巨躯が床に沈む前に、あっという間に消え去った。
「さすがに本物の強さでは無かったようだな。よかった。」
「それはたまたまでしょう、全然良くありませんよ」
「まったく、ミカの言うとおりです」
魔術師2人がかりで責めたてられ、戦いの予感とは違う冷や汗を掻いていたロンドだったが、不意に自分の周囲の景色が揺らいだように感じて首を傾げた。
「うん?何だか様子が……」
彼が全てを言い終える前に、町は消えていた。
広がるのは荒野ばかりで、閑散とした景色を東風が駆け抜けていく。
狐狸に化かされたような――今回の場合はあながち間違いでもない――顔をしたウィルバーが、ゆっくり目を瞬かせると、
「どうなっているんです?」
と尋ねた。
まさかとは思うけど、と口火を切ったのはアンジェである。
「これってさ。町自体がサトリだったんじゃないの?」
「え。いくらなんでも、そんなことあり得るんですか?」
「あー……でもアンの言う通りかもしれない。だとしたら、歩いても歩いても出られなかったのがどうしてなのか分かるし」
「……サトリって、こっちの考えたものに変わるって言いましたっけ」
ぽつりと言ったミカに、ロンドが首肯する。
「ああ」
「なら分かります。私、見張り番の時に花の匂いも草の匂いも、町の匂いもしないと思ったんです。それをおかしいと思う内に、月見草の香りがして……あれもそうだったんですね」
「途中でアンデッドの量が増えたの、あたしのせいかも。ヴィレッドさんの依頼の幽霊屋敷のこと、思い出してたんだよね。実は」
でも、とアンジェは続けた。
「最初のゴーストはあたしじゃないよ。寝てたし、幽霊が出る夢なんて見てないもん」
「…………」
「何黙り込んでるの、ロンド」
シシリーは、容赦なく彼の厚い面の皮を摘まみ、鋭く詰問する。
彼のこういう時の顔が、自分にとって都合の悪いことを誤魔化そうとする時のものだとよく知っているからである。
「いだい……」
「早く吐きなさい」
「いや……その……オレンジの羽根の妖精のことを思い出して……。あいつのとこに、お化けが出なきゃいいな、とか思ったかもしれない……」
「馬鹿っ!やっぱり原因はあんたじゃないの!」
「兄ちゃんのせいかー!」
「もうっ、もうっもうっー!」
たちまち拳を固めて今回の騒動の元をボカボカ叩き始めた女の子たちを、残りの2人は半笑いで見守ることにした。
ただ働きで徹夜してしまった時ほど、虚しいこともそうはないだろう。
白んできた空に、燕が円を描いて横切っていった。
※収入:報酬0sp
※支出:思い出は緑(焼きフォウ描いた人様作)にて【木霊の呼声】を購入。
※その他:城館の街セレネフィア(焼きフォウ描いた人様作)にて、≪守護の短剣≫を入手。
※あががが様作、ゴーストタウンクリア!
--------------------------------------------------------
64回目のお仕事は、あががが様作のゴーストタウンです。
フリーレベルの短編シナリオで、本当だったらAsk様の『賢者の選択』とクロスオーバーしているため、前リプレイパーティでやった方が色々と楽しいことが起きたんですが……。
多分、旗を掲げる爪で遊んでも面白いことになるだろうと思ってチャレンジしました。
結果は……皆様に読んでいただいている通りです。やっぱり、プレイして楽しかった!
あががが様のシナリオは、間口が広くて面白いものが多いと思いますので、未プレイの方がいらっしゃいましたらオススメです。
本編としては、馬車護衛の途中でパーティが置いていかれて、サトリの作る街に迷い込むというのが正しい内容なんですが、次回の依頼のことを考えて、オープニングから設定をちょこちょこ変更させて頂きました。
オリジナルモンスターであるサトリの設定に合わせられるように、いくつかの冒険者のセリフも変えたり、追加したりしてあります。
あががが様がご不快でしたら、真に申し訳ございません。
また、今までの冒険を踏まえて、たくさんクロスさせて頂きました。
グェス・ゲェスという外道魔術師=なろ様の魔術師
シガン島で貰ったコリンの実=SARUO様のシガン島の冒険
手傷を負っていた妖魔を癒して逃がした=ミマス様の手傷の妖魔
グリュワ村という目的地まで依頼人を護衛=ミマス様のグリュワ山中の護衛
死者を魅了する恐ろしい呪い=CWC謝肉祭様の土は土へ還れ
オレンジ色の羽根の妖精=98様の精霊の森に棲む魔性
不動産業者であるローレンツ・ヴィレッド氏=オサールでござ~る様の幽霊屋敷
甘味好き魔術師のシュツガルドの遺跡=平江明様の地下二階の役立たず
リプレイにしたことがないシナリオは、ミカとナイトだけでレベルアップのため受けていた依頼です。
今のところ書く予定はありません……いつ気が変わるか、自分でも分かりませんが。
なお、旗を掲げる爪ではお邪魔していないのですが、
土着の精霊信仰と結びついた=Mart様の碧海都市アレトゥーザ
竜を奉ずる宗教との対立=ブイヨンスウプ様の竜殺しの墓
でした。有名ですから、お気づきになられた方も多いのではないでしょうか?
今回の依頼により、いよいよミカとナイトもレベルが9に達してくれました。めでたいことです。
魔法属性攻撃に弱いナイトに【風精召喚】を、呪縛・沈黙対策としてミカに【木霊の呼声】をセットしました。
また、街シナリオで入手したアイテムをミカに渡しました。
これで少しでも怪我が少なくなればいいですね。
9以上のシナリオも視野に入ってきましたので、あれやこれや貼り紙を見ております。どうしようかな。
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。
「魔法も使わずに、こんな大掛かりなことができるの?」
「さて……通常なら幻覚魔法を疑うべきなんでしょうけどね。私たちの中には、精神に属する魔法の効かないナイトがいます。幻覚は彼に通用しないわけですから、別の術式を使っているのかもしれない。なのに魔力が追跡できないのはどうしてなのか……」
「もー何でもいいよ、あたし疲れた」
アンジェは椅子ではなく、足を投げ出すようにして床にぺったり腰を下ろしている。
今まで頑張った分だけ、愚痴を言いたくもなるのだろう。
ぶつぶつとよく回る小さな口を動かしている。
「わけわかんないよ。お化けが出るならここの住民だった人たちなんだろうけど、何も言うわけじゃないし。自分が死んだ理由とか、喋ってくれないんだもん」
「それは……まあ、喋れない奴だっているわけですから……」
「でもさあ、ミカ。一人ぐらいいたって……」
ぶすくれていた顔が瞬時に変わり、アンジェは叫んだ。
「姉ちゃん、後ろ!」
シシリーが振り返ると、そこにはこちらの首を絞めようと青白い手が伸びていた。
回避が間に合うまいと判断したアンジェは、腕輪の鋼糸を椅子ごとシシリーに巻きつけて引き倒す。
結果として無様に転がってしまい、恐らく体に打ち身がいくつかできただろうが、レイスの【死の接触】は危ういところで逃れることが出来た。
ロンドが敵と仲間の間に立ち塞がり、ナイトがシシリーを抱えて後ろに下がると、死霊は呪われた沼地のような色のローブの下から声を発した。

「ミツケタ…」
「レイスがここにも……」
「オマエタチノケガレタタマシイ、モライウケル」
「くそっ!皆、準備はいいか?」
「あ?ちょっと待て、ナイト」
ロンドは仲間を留めると、
「おかしい」
と眉を寄せた。
「なんですか。どうしたんです、ロンド?」
「レイスって…口利くものなのか?」
不意に沈黙が訪れる。
前述したシュツガルドの遺跡では、かの魔術師のレイスは喋っていた。
ただしそれは例外的なものであり――普通のレイスは、ただ穢れた魂を狩るだけの存在なのである。
おまけに、そういった疑念を持ってからこっち、死霊は口を開こうとしない。
十数秒――動くものもおらず、黙って睨みあう。
するとにわかに、透けているレイスの姿がぐにゃりと何かの空間に飲み込まれるように歪み、また現れ、引き伸ばされていく。
「な、なに!?」
「ぐううぅぅう…」
不可視の姿が縮み、広がるたびに、白い閃光が暗い部屋を貫く。
理解しがたいその反応に、ふとロンドの脳裏にも同じものが閃いた。
「そうだ…間違いない。こいつはサトリだ!」
「サトリって何ですか、ロンドさん!?」
「相手の考えている思考を読み、恐れているものに化けるモンスター。そうだ……孤児院の院長が、昔こいつに苦戦させられたって話を聞いたことがある」
「マジで!?あたし、そんなの初耳だよ!?」
「俺も一回しか聞いたことない。だが、こいつはこっちが恐ろしいものを考えれば考えるほど強くなるんだと、院長が苦い顔で話してくれた……」
当時の仲間が深い傷を負ったこともあり、院長にとっては辛い記憶だったのだろう。
ロンドだけに話したまま、以後は口を噤んでいた。
目の前のうつろう姿がミノタウロスとなり、慌ててロンドは叫んだ。
「こ、こら!考えるな!」
「そ、そういわれても…」
思わず応えたのはシシリーであった。
器用なアンジェの手を借りて糸の拘束から抜け出ていたが、思いがけないモンスターの正体に、思わず昔の記憶を探ってしまったらしい。
やがて斧を構える逞しい牛首人身は、大きな翼を広げるグリフォンとなり、前回の依頼で激突したビホルダーに変わり……。

「さ、最悪だ!」
「これは何だ?」
「落ち着いてるね、ナイト…さすがだよ、あたしには真似できない…」
「ドラゴンゾンビだ!空想上の最強って言われてる化け物だよ!誰だ、こんなの思い浮かべた奴!」
「空想上の化け物なんて、私たちが知るわけ無いでしょ!」
「あん?」
そこでロンドはやぶ睨みの目を彷徨わせ、うろたえた様な表情になり……。
「ひょっとして…俺か?」
「馬鹿ですかっ!あなたかなりの!!」
珍しくミカが罵倒するのと同時に、竜もまた咆哮で応えながら、巨大な鉤爪を振るう。
冒険者全員がその攻撃範囲外に逃れると、死に物狂いの反撃を開始した。
天井すれすれまで飛んだムルが、鉤爪の付け根というピンポイントに矢を放ち、ロンドも続けて同じ場所にスコップを突き立てた。
「グオオオオオオオオオッ!!」
凄まじい咆哮が空気を震わせ、彼らの皮膚にびりびりと伝わる。
「春の使者よ、麗らかなる花びらよ。魔力の風に乗って我が敵を射抜け!」
ミカが薄紅色の花弁一枚に魔力を纏わせ、ドラゴンゾンビの心臓近くに射出する。
【賛美の法】で彼女を援護したシシリーは、敵が確かにダメージを食らっていることを確認して、追撃するために法力を炎へ変換しようと意識を集中し始めた。
ドラゴンゾンビがそれに気付き、動きの止まった彼女を喰らってやろうと大口を開ける。
巨大な首が動く直前で、何かに弾かれたようにその軌道を変えた。
ぎろりと睨み付けた先では、ナイトが六芒星を描く形で斬りつけた体勢を保っている――先ほどの衝撃は、彼の斬撃だったらしい。
怒りに任せた竜は、アンデッド化してもなお保ち続けていた驚異的な再生能力で傷を半ば塞ぎ、再び鉤爪を先程より近づいている冒険者たちに向かい振り回した。
シシリーやロンドはそれでも辛うじて引っ掛ける程度に留まったが、ちょうど死霊術による癒しの陣を描いていたウィルバーには避けるすべもなく、腿の辺りを抉るように引っ掛けられた。
「ぐっ……!」
「ウィルバーさんっ」
「そこを動かないで、ください。私は大丈夫です、ミカ……」
さっそく、自分が起動させた死霊たちによる”至る道”の力の逆流が始まり、痛みを訴える傷が徐々に癒えていく。
ミカは僅かに逡巡したが、竜の視線がこちらに向いていることに気付き、寸の間で東方の”桜”という花による防護魔法を張ることに成功した。
春に相応しい薄紅の嵐が味方全員を覆い、宙に不可視の盾となって溶けていく。
ドラゴンゾンビが尻尾をミカにぶつけたのはその時で、防護魔法の後に体を丸めていたミカは、どうにか払われた衝撃を最低限まで押し殺した。
「ユークレース、お願い」
シシリーの頼みを受けて、鉱精の宿る美しい石が瞬く。
自然の星明かりにも劣らぬ仄かな輝きが、ミカの蹲る身体に降り注ぐ。
微かに彼女が身動きをしたのを見て、シシリーは改めて安否を確認した。
「無事なの、ミカ!?」
「大丈夫です、シシリーさん!」
案外と元気な返事が来たことに安堵したアンジェとナイトが、無防備にさらされたドラゴンの尾に、鋼糸と≪息吹の剣≫で交互に――まるで申し合わせたようなタイミングで斬りつけ続け、深い傷をつける。
「グアアアアアオオオ!!!」
竜はさらに懐に飛び込んだシシリーの【劫火の牙】からなる法力交じりの一撃と、遠距離から襲い掛かってきたウィルバーの死霊たちによるダメージによって、大きくよろけ出した。
それを確認したアンジェが喜びの声を上げる。
「あと一歩!」
「これで……終わらせます!」

丸まった不自然な体勢のまま、ミカは再度【風舞う花刃】を放った。
ドラゴンゾンビは奇妙に甲高い断末魔を放つと、そのまま横に倒れそうになっていたが……。
その巨躯が床に沈む前に、あっという間に消え去った。
「さすがに本物の強さでは無かったようだな。よかった。」
「それはたまたまでしょう、全然良くありませんよ」
「まったく、ミカの言うとおりです」
魔術師2人がかりで責めたてられ、戦いの予感とは違う冷や汗を掻いていたロンドだったが、不意に自分の周囲の景色が揺らいだように感じて首を傾げた。
「うん?何だか様子が……」
彼が全てを言い終える前に、町は消えていた。
広がるのは荒野ばかりで、閑散とした景色を東風が駆け抜けていく。
狐狸に化かされたような――今回の場合はあながち間違いでもない――顔をしたウィルバーが、ゆっくり目を瞬かせると、
「どうなっているんです?」
と尋ねた。
まさかとは思うけど、と口火を切ったのはアンジェである。
「これってさ。町自体がサトリだったんじゃないの?」
「え。いくらなんでも、そんなことあり得るんですか?」
「あー……でもアンの言う通りかもしれない。だとしたら、歩いても歩いても出られなかったのがどうしてなのか分かるし」
「……サトリって、こっちの考えたものに変わるって言いましたっけ」
ぽつりと言ったミカに、ロンドが首肯する。
「ああ」
「なら分かります。私、見張り番の時に花の匂いも草の匂いも、町の匂いもしないと思ったんです。それをおかしいと思う内に、月見草の香りがして……あれもそうだったんですね」
「途中でアンデッドの量が増えたの、あたしのせいかも。ヴィレッドさんの依頼の幽霊屋敷のこと、思い出してたんだよね。実は」
でも、とアンジェは続けた。
「最初のゴーストはあたしじゃないよ。寝てたし、幽霊が出る夢なんて見てないもん」
「…………」
「何黙り込んでるの、ロンド」
シシリーは、容赦なく彼の厚い面の皮を摘まみ、鋭く詰問する。
彼のこういう時の顔が、自分にとって都合の悪いことを誤魔化そうとする時のものだとよく知っているからである。
「いだい……」
「早く吐きなさい」
「いや……その……オレンジの羽根の妖精のことを思い出して……。あいつのとこに、お化けが出なきゃいいな、とか思ったかもしれない……」
「馬鹿っ!やっぱり原因はあんたじゃないの!」
「兄ちゃんのせいかー!」
「もうっ、もうっもうっー!」
たちまち拳を固めて今回の騒動の元をボカボカ叩き始めた女の子たちを、残りの2人は半笑いで見守ることにした。
ただ働きで徹夜してしまった時ほど、虚しいこともそうはないだろう。
白んできた空に、燕が円を描いて横切っていった。
※収入:報酬0sp
※支出:思い出は緑(焼きフォウ描いた人様作)にて【木霊の呼声】を購入。
※その他:城館の街セレネフィア(焼きフォウ描いた人様作)にて、≪守護の短剣≫を入手。
※あががが様作、ゴーストタウンクリア!
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64回目のお仕事は、あががが様作のゴーストタウンです。
フリーレベルの短編シナリオで、本当だったらAsk様の『賢者の選択』とクロスオーバーしているため、前リプレイパーティでやった方が色々と楽しいことが起きたんですが……。
多分、旗を掲げる爪で遊んでも面白いことになるだろうと思ってチャレンジしました。
結果は……皆様に読んでいただいている通りです。やっぱり、プレイして楽しかった!
あががが様のシナリオは、間口が広くて面白いものが多いと思いますので、未プレイの方がいらっしゃいましたらオススメです。
本編としては、馬車護衛の途中でパーティが置いていかれて、サトリの作る街に迷い込むというのが正しい内容なんですが、次回の依頼のことを考えて、オープニングから設定をちょこちょこ変更させて頂きました。
オリジナルモンスターであるサトリの設定に合わせられるように、いくつかの冒険者のセリフも変えたり、追加したりしてあります。
あががが様がご不快でしたら、真に申し訳ございません。
また、今までの冒険を踏まえて、たくさんクロスさせて頂きました。
グェス・ゲェスという外道魔術師=なろ様の魔術師
シガン島で貰ったコリンの実=SARUO様のシガン島の冒険
手傷を負っていた妖魔を癒して逃がした=ミマス様の手傷の妖魔
グリュワ村という目的地まで依頼人を護衛=ミマス様のグリュワ山中の護衛
死者を魅了する恐ろしい呪い=CWC謝肉祭様の土は土へ還れ
オレンジ色の羽根の妖精=98様の精霊の森に棲む魔性
不動産業者であるローレンツ・ヴィレッド氏=オサールでござ~る様の幽霊屋敷
甘味好き魔術師のシュツガルドの遺跡=平江明様の地下二階の役立たず
リプレイにしたことがないシナリオは、ミカとナイトだけでレベルアップのため受けていた依頼です。
今のところ書く予定はありません……いつ気が変わるか、自分でも分かりませんが。
なお、旗を掲げる爪ではお邪魔していないのですが、
土着の精霊信仰と結びついた=Mart様の碧海都市アレトゥーザ
竜を奉ずる宗教との対立=ブイヨンスウプ様の竜殺しの墓
でした。有名ですから、お気づきになられた方も多いのではないでしょうか?
今回の依頼により、いよいよミカとナイトもレベルが9に達してくれました。めでたいことです。
魔法属性攻撃に弱いナイトに【風精召喚】を、呪縛・沈黙対策としてミカに【木霊の呼声】をセットしました。
また、街シナリオで入手したアイテムをミカに渡しました。
これで少しでも怪我が少なくなればいいですね。
9以上のシナリオも視野に入ってきましたので、あれやこれや貼り紙を見ております。どうしようかな。
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。
2017/03/28 12:03 [edit]
category: ゴーストタウン
tb: -- cm: 2
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ゴーストタウンその3 »
コメント
エゴサして見つけました。
楽しんでいただけてたようでうれしいです
URL | あががが #7G7S9TVA | 2018/12/03 05:29 | edit
コメントありがとうございます!
>あががが様
はい、ものすごく楽しませていただきました。ありがとうございます!
せっかく賢者の選択のクロスオーバーあったのに、生かしきれずにすいませんでした。
ですが、クロスのクーポンを持っていないパーティでも、ゴーストタウンは面白いと思います。
URL | Leeffes #zVt1N9oU | 2018/12/06 12:33 | edit
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| h o m e |