Tue.

ゴーストタウンその3  

 いつの間にか夜空に広がっていた黒雲に悪態をつきつつ、旗を掲げる爪はひたすら出口を目指して走った。
 おかしい。
 その思いが、全員の胸を過ぎっている。
 彼らが佇んでいた貧しい世帯用の長屋と共同炊事場は、確かに町の隅にあった。
 だが、冒険者たる彼らが本気で走っているというのに、一向に目指す場所へ辿り着かないのだ。
 似たような住宅用家屋が建ち並ぶ道を通過し、一際立派な建物の角を曲がる。
 そして自分たちが入ってきた町の出入り口に至るはずなのだが……何故か、暗い路地が続いている。
 小さな町だと思っていたのに、こんなに出口は遠かっただろうか――?
 たまに出会う死霊を屠りながら、少し息が上がってきた。

ゴーストタウン5

「なんか、同じところをぐるぐる回ってるような気がするんだけど?」

と言い出したのは、観察眼に優れ、気配に聡いアンジェであった。

「こんなに暗くて、それに知らない町でしたらそういう気にもなる場合はありますよ」

 一応、そんな風に反論してみせたウィルバーだったが、彼も今の事態に疑問を持っていた。
 これだけ走っていれば、とうに町から脱出していていいはずなのだ。
 焦っている場合は、斥候を待ち望んでいる場合と同じく、時間が長く感じられるものだと言うことをウィルバーは知っているが――これは、そんなレベルの話ではない。
 それゆえ、アンジェが急に一軒の壁に盗賊用の符丁をナイフで刻んだ時も、それを黙って見守った。
 パーティの盗賊役を務める彼女の意図を、言われずとも察した仲間たちは、その印を二度と見ることが無いよう祈りながらまた足を動かす。
 やがて、15分ほど過ぎただろうか――その祈願が聞き届けられなかったことが判明した。

「やっぱりそうだ…おかしいよ。こっちは確か、あたしたちが入ってきた側のはず」

 いっそ忌々しいとすら形容できる口調で、まるまっちい指が交差する道の一方を差してから、見覚えのある壁の傷を示す。
 目を眇めてそれを見つめたウィルバーは、落ち着いた深く響く声で、

「違う道を行きましょう」

と提案した。
 それに同意した彼らだったが、町役場や靴屋、仕立て屋の並ぶ知らない通りを進んだ後、またもや見覚えがありすぎていい加減嫌になった通りへと戻ってきてしまっていた。
 アンジェが下ろした両腕の先でぎゅっと拳を作って呻いた。

「…やっぱり、戻ってきてるよ」

 彼女の視線の先には、自分がつけた傷がある。
 シシリーも汗に濡れた前髪をかき上げ、それを確認した。

「無限回廊?なんにせよ、どうしたってここに戻ってくるみたいね」
「ウィルバーさん、こいつは魔法じゃないのか?」
「魔力の流れでしたら、先ほどから探っているんですけどね……」

 彼の左手を添えた焦点具――竜の牙に古代魔法文字が刻まれたペンダント――は、魔力を感知さえすればその波動を術者に伝えるはずなのだが、先ほどからいくら意識を集中しても、うんともすんとも言わない。

「感じ取れないんですよ」
「ふむ。……原因として考えられるのはなんだろう、ウィルバー?」
「一つ目。無限回廊を作った術者が、私にそれを遮蔽できるほど優れた腕前である。二つ目。町がからくりで丸ごと動いている。三つ目。この現象が魔法によるものではない。……咄嗟に思いつくのは、これくらいですよ」
「一つ目じゃないことを祈ります……そんな怖いの相手したくないです」
「あたしもだよ…」

 鮮やかな赤毛の女魔術師の意見に肯定したアンジェは、

「二つ目も違うと思う。からくりで家をたくさん動かそうと思ったら、まず音がしないわけがないのに、あたしの耳には届いてないし。つまりさ、あからさまに怪しいこの馬鹿でっかい…」

と言ったところで、自分が躊躇いなくダガーで傷を作った建物を大きく仰ぐ。
 キラリ、とどんぐり眼が光った。

ゴーストタウン6

「建物に何かあるってことかな?」
「これ……一般的な建築様式とは違うけれど、神殿じゃないかしら」
「聖北さんの教会じゃないのか、シリー?」
「少なくとも神殿関係なのは間違いないんだけど……」

 聖北教会がこの大陸の広域に行き渡るようになったのは、そう遠い昔の話ではない。
 それまでには土着の精霊信仰と結びついたり、竜を奉ずる宗教との対立があったり、一筋縄ではいかないどころか、二重螺旋が複雑骨折して捩じれたような長い歴史があったのだ。
 もしこの町に聖北教と異なる土着の宗教があったとしたら、目の前の神殿がそちらの手になる建築物であってもおかしくない。

「ようは、覚悟を決めて行けってことだろ。俺は準備いいぜ」
「行動が早いのは兄ちゃんのいいところだよ。寝るのが早いのもそうとは言わないけど」

 アンジェはスピカを肩に止まらせると、そっと閉めきっていないドアから中を覗きこんだ。
 シシリーがよく出入りしている教会とは確かに雰囲気が違っているが、何かを崇めるために設置されたのだろう祭壇や、乱れなく整えられた椅子が見える。
 奥に続く通路があるのも、聖北の教会と一緒だった。

「入ってすぐの所は変化なし。……見た目はね」
「みんなで行きましょう」

 軋むドアを開くと、彼らは各々の武器を握り締め、用心しながら建物内へと侵入した。
 通路は上の階への階段に繋がっており、ロンドが片足を段に乗せて耐久性を確認する。

「よし。上れそうだ」
「お前が大丈夫なら、私も行けるだろう。良かった」
「……確かにそうなんだが、何か釈然としないな」
「ナイトの方が軽いと思うけどね。兄ちゃんと違って中身入ってないから」
「鎧は俺の方が軽いんだぞ?ナイトはフルプレートアーマーじゃないか」

 くだらないことを言いながらも、階段を上がっていく彼らの目は、油断なく辺りに配られている。
 二階は仕切りも何もない、ただっぴろいだけの空間である。
 珍しいことに、置かれている家具すらない。

(もしかしたら他の世帯の者がいなくなる前に、この神殿の主の方が先に引っ越したのかも知れませんね。それにしても不吉な感じがする部屋だ……女性のすすり泣きでも聞こえてきそうな……)

 ウィルバーがそこまで思考を広げた時だった。

「…うっ……………ううぅ…」

ゴーストタウン7

「何?」

 びくりと肩を震わせたミカが、ぎゅっと発動体を握り締める。

「…ううぅ…うっ…」

 部屋の中央部に、ゆらりと青味を帯びた艶の黒髪が動き……それに包まれた頭部が、こちらを向いた。
 端整であっただろう顔は、いまや頬が削げ、精気を抜き取られたような乾いた印象を与えている。

「嘆き女。バンシーだ、主殿」

 すっと前に進み出たナイトが、ミカとウィルバーを庇うように盾をかざす。
 さらにその前に踏み出したロンドは、スコップを大きく頭上で振り回して、対アンデッド用の技――どこからともなく流れる鎮魂歌と献花で敵全体を覆う【葬送花】を放った。
 バンシーが口を開いて鳴咽を発すると、生者を狂死させる魔力が秘められているために、ダメージを受けた上で撹乱されてしまう。
 これに打ち勝とうと思うのなら、躊躇いなく先手を取って攻撃することだ。
 彼の目論みは正しく、バンシーやそれに惹かれて集まった鬼火は、あっという間に消去したのだが。

「何か手ごたえが……変だな?」

 ロンドはしきりと首を傾げ、手を握ったり開いたりを繰り返している。

「いや、変と言えばこの町自体が変ですが……どの辺が?」

 ウィルバーが問い質したものの、本人にも違和感の正体は分からないらしい。
 これ以上、彼の頭脳に頼った詮索は無意味だと判断したウィルバーは、シシリーや他のみんなを促して階下へ向かうことにした。
 付き合いが長いだけに見極めは早い。
 一行がいる二階に、今の事態を好転させるものがないかの確認は、大人や若者のやり取りの合間にアンジェが調べ終えている。
 家具もなければ何もない部屋だ、調査は容易だったのだろう。
 彼女は頬を膨らませぶすっとした様子で首を横に振り、隠し部屋も何もないという、盗賊にとって無念な結果を仲間に伝えた。

2017/03/28 12:01 [edit]

category: ゴーストタウン

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