Tue.

ゴーストタウンその2  

 ロンドは白髪をかき上げるようにして再び唸った。
 冒険者の見張り交代は、こうして睡眠時間が飛び飛びになることもままある。
 だから慣れていると言えば言えるのだが、今回のように歩きづらい道を来て疲れた身には、まだ若いとはいえ少々堪えることは確かだった。

「うう、寝たい……」

 彼の懐では、パーティのためにひと働きしたムルが眠っている。
 ふと、テアがいた頃もこんな風に見張り番をしたことがあったな、と思い出した。
 そして、名前を聞くこともしなかったが、”本当の”精霊の森に旗を掲げる爪を空間転移させた、オレンジ色の羽根の妖精のことを懐かしんだ。
 ひどく生意気な口を利く相手だったが、他種族に反発するだけの妖精たちの中、一人だけ森を守る正義感を貫こうとした意志は立派だったと思う。

(アイツ、あれだけ喧々囂々やった後で、ちゃんと上手くやってんのかな……?今度はアンデッドに襲われましたなんてことになってなきゃいいんだが。幽霊とか、あいつらの手に余りそうだ……)

 そこまで考えた時である。
 ポクリ、と。
 まったくもって聞きなれない音を彼は拾った。

「うん?何か聞こえたな」

 異常事態には反応の早い男である。
 スコップを担ぎ、さして大きな音もさせずに立ち上がった。
 そのまま、他の者を起こさずに奥の方へと移動する。
 もし事あらば、大声で仲間を覚醒させることは出来るし、自分に何かあって声を出せなくなっても、懐にいるムルが彼らに知らせるだろう――そこまで考慮しての行動だった。
 忍び足で、台所だと思われるところまで歩み寄る。
 夜空に輝く天体の頼りない光で浮かび上がる部屋は、家具やその他のものの輪郭だけが辛うじて分かる程度しか視界を確保できない。
 スコップを燃やせば松明代わりになるだろうが、それをすると物音を出した相手が逃げる可能性もあった。
 ロンドの懐ですでに妖精も目を覚ましていて、彼の邪魔にならぬよう沈黙を保っている。
 じりじりと摺り足で音の発生源と思われる方向へ近づき――刹那、白いものがロンドの目前にあった。

「……」

 ぼう、と暗闇に浮き上がったのは、蝋のごとく生白い老人の顔であった。

ゴーストタウン3

 死んだ魚のように赤く澱む双眸が、ただひたすらに彼を睨みつけている。
 懐の中で、ヒ、とムルが小さく悲鳴を上げた。
 ゴースト――実体を持たぬ、死者の怨念が生み出したアンデッド。
 決して無作為に襲い掛かるものだけではなく、中には怨念を晴らすために生きている者を利用しようとするゴーストも存在するが、自らの不条理な死を憎んで死したゴーストは、この世の全てを憎んでいるという。
 ロンドは素早くスコップを構えると、

「皆、起きろ!ゴーストだ!」

と大音声で命令した。
 たちまち、アンジェやシシリーが跳ね起きる。
 ゴーストは通常の武器が効かないモンスターだが、幸いにして彼のスコップは魔法の品である。
 自分の矢は役に立たないと咄嗟に理解したムルは、瑠璃色の羽根を忙しなく羽ばたかせると、一条の流星のように飛んでいって、他のまだ眠りの淵を漂う仲間たちを起こした。
 ゴーストの加勢に青白い鬼火も発生し始めていたが、彼らは時間をかけることなくそれらを掃討した。
 冷や汗を拭ったロンドが、

「今のは…以前の家主か?」

と問うものの、答えを知る者は冒険者たちの中にいない。
 その代わり、ランプさんやスピカが照らす室内に、油断なく目を走らせたアンジェが呟いた。

「もういないよね?そう出てこられちゃあ、おちおち寝てもいられない」

 だが、そんな彼女の心配をあざ笑うかのように、部屋の隅の暗闇から、再び青白い鬼火が湧き出てきた。
 アンジェがうんざりしたように首を横に振って言う。

「……いたよ」

 その顔は実に苦々しげだ。
 正直、ウィスプごときでは傷つけられる心配もないだけの実力は身につけているが、鬼火が漂わせる妖気に引き寄せられたアンデッドが、ここにやって来ることはあり得る。
 霊体は霊体を呼び寄せるからである。
 そしてそれは、ゴーストやバンシーのような片手間で倒せる相手とは限らないのだ。
 彼らの運が悪ければ、ロンドが何度か心臓を止められそうになっている、レイスのような大物が現れるかもしれない。
 そんな相手と夜明けまで延々戦い続ける趣味は、旗を掲げる爪の誰も持ち合わせていない。

「逃げるぞ!」

 ナイトが剣の切っ先を入り口の方へと向けて叫ぶ。
 シシリーとアンジェがまず荷物を引っ掴み、ミカとウィルバーが続く。
 殿のロンドとナイトは、各々の武器でウィスプを牽制しながら、じりじりと後退した。
 ウィスプは建物の外に出た一行を追ってくることもなく、彼らは町の隅にある共同炊事場の方まで移動して、やっと足を止めた。
 
「まったく……ついてないよね……」

ゴーストタウン4

「本当に。冗談ではない」

 ≪息吹の剣≫を鞘に仕舞い込んだナイトが、不満げなアンジェに同意する。
 睡眠時間がまだ欲しいホビットの娘は、どんぐり眼で町のあちこちを眺めてから仲間たちに口を開いた。

「まさか、全部が全部、幽霊屋敷ってわけじゃないでしょ」

 リューン市内の不動産業者であるローレンツ・ヴィレッド氏に頼まれ、幽霊屋敷のゴーストとウィスプを退治したこともあるが、この小さな町の建物全てがそうだったらと考え、彼女はぞくりと身を震わせた。
 そのまま、今度こそ夜を明かせる場所を探そうと動きかけ……。

「!ストップ!」

と仲間たちをその場に留めた。
 ウィルバーが訝しそうに理由を訊くが、彼女は早く隠れろとせっついた。
 まるまっちい指が示したぼろい長屋の裏に、全員が滑り込む。
 ぎりぎりセーフといった所か。
 冒険者たちが佇んでいた長屋の通りに、すっと現れた影があった。
 甘味好き魔術師のシュツガルドの遺跡でも戦った相手――闇と怨念の結晶したような透ける姿のそれこそ、ロンドの苦手なレイスだった。
 敵を認識したミカが、音は立てないものの、スッと緊張の息を吸い込む。

(……レイス。)

 彼女はナイトと組んだ仕事の中で、死者を魅了する呪いを掛けられている。
 とてもじゃないが、死神と呼ばれるあのアンデッドの視界内に入る勇気はない。
 しかし、かえって危ない相手が出てきたせいで現実味が戻ってきたアンジェは、冷静に状況を分析した。

(…どうやら、ここは言葉通り、ゴーストタウンみたいだね。)

 レイスは隠れている旗を掲げる爪の方へと、ゆっくりだが、間違いなく近づいてくる。
 ミカは震える手を賢明に抑えながら、意識的に深呼吸をした。
 上ずりそうになる声をコントロールする。

「よく考えましたら――」
「どうした、主殿」
「レイス相手に隠れたって意味はありませんね」
「そうだろうな」

 ナイトは首肯しつつ、再び剣を抜き放った。
 レイスは死をもたらす冷たい手をかざして、列の先頭にいたシシリーに襲い掛かったが、表情の変わらぬランプさんが閃光を発して攻撃の距離感を誤魔化したため、髪の毛2本の差で避けることが出来た。
 隙ありと振りかぶったロンドのスコップは、あいにくと直前で空を切ったものの、さらに上へ逃れようとしたレイスの下腹部を、竜の息吹が宿ったブロードソードが魔力を込めて切り裂く。
 その間にミカが唱えた防護魔法が発動し、彼らの体へ薄紅色の花弁が降り注いだ。
 レイスが慌てたように身を翻し、動きが鈍いと見て取ったウィルバーの方へ攻撃目標を変えようと、するする一直線に降りて来た時――。

「おりゃああああ!」

 まるで投げた球を棒で打ち返す競技のように、スコップを立てて構えていたロンドが、腰のスイングを全開にして死霊をぶち抜いた。
 危ういところで命を拾ったウィルバーが、礼を言う暇も惜しんで仲間たちを誘導する。

「早くこの町から出ますよ!」

 こんな危険な場所で夜を明かそうと異を唱える馬鹿はいない――旗を掲げる爪は荷物を背負い直し、さっさと退散するために足を動かし始めた。

2017/03/28 11:59 [edit]

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