Tue.

ゴーストタウンその1  

 頼りない三日月の光が照らす狭隘な道は、生ある者にとってひどくよそよそしかった。
 左右の崖に謂れのない圧迫感を感じ、ミカは落ち着かない様子で身じろぐ。
 風は、すでに春の真っ盛りであるこの時期には珍しくひんやりしていて、彼女は華奢な手で≪桜色ローブ≫をかき寄せた。
 薄紅色の美しいこの品は、見た目で楽しませてくれるだけでなく、こうした実用面でも頼りになり、さらには害意ある魔法を遮ってくれる効果を持っている。
 しかし、着用しているローブよりもなお、ミカの周りにいる仲間たちの方が頼りになる対象だった。
 特に自分を気遣うように守ってくれるリビングメイルは、悪路にも不平不満を零さず、淡々と自分の後ろをついてきている。
 ある依頼を引き受けたミカを含む旗を掲げる爪は、目的地に行く途上で夜を迎えていた。

ゴーストタウン
 まるで土地勘のない行き先であるため、なるべく山賊やモンスターの出る道を避けようと慎重に慎重を重ねて旅をしてきたのだが、それが裏目に出てしまったようで、行けども行けども村はおろか、未だに人家の明かりすら見えてこない。
 このままでは野宿だろうかと誰もが覚悟を決めた頃――。
 ふと、光精フォウの眷属であるスピカの光で前方を確認していたアンジェが、

「この道の先に、集落があるみたいだよ」

と言って指差した。
 分岐もない道の緩やかに下っていく先に、どうやら小さいが町らしき建物の連なる影が見える。
 一行はとりあえず安堵の息をついたが、パーティの最年長者であるウィルバーがすぐ怪訝な面持ちになった。

「……妙ですね。明かりがありません」
「こんな田舎ですもの、住民は早めに寝てるんじゃないかしら」
「だとしても、夜、手水のため起き出す用心に、ランプの一つくらいは見えていいと思うんですが……」
「そういえば……そうだな」

 火精たるサラマンダーの友や、無から有を生み出す魔術師のいる冒険者たちと違い、一般の家庭で、すぐに火種を起こすというのは意外と難しい。
 火種を起こすセットというのは売られているのだが、石英の一種である火打石と、三角形の鋼鉄片である火打ち金を打ち合わせ火花を出し、それをおが屑や藁などにつけて息を吹きかけ燃やす。
 今度は、その燃えている小さな火で附き木に火をつけ、竃や暖炉などにセッティングされた薪や石炭へさらに火を移すのである。
 こういった過程があるため、完全に火が消えてしまうと面倒なので、大体はどこかに熾き火をストックしておくのだが……。

「見えないね。ていうか、火の気配それ自体がない感じ」
「廃村なのではないか?いや、あれに見えるは町のようだが」

 目を凝らしっぱなしだったホビットの娘に、ナイトが意見を述べた。
 これと言った特産品もなく人数も少ない寒村などになると、熊などの野生動物や、立ち寄った旅人がもたらす疫病などによってあっさりと滅ぶこともある。
 ただ、この辺りをうろつく野生動物などは聞いたことがない……というより、そういう動物やモンスターがいないことを条件にこの旅路を決めたために、前者はないだろうと思われた。
 ミカが眉根を寄せる。

「では、流行り病で人がいなくなったんでしょうか……?」
「ここらに来る前に、病が流行っていた様子はおろか、そういった噂も聞いてないわ」

 そう否定しながらも、シシリーの脳裏には、かつて引き受けたヨンドネ村の仕事の記憶が浮かび上がった。
 グェス・ゲェスという外道魔術師が行なったのは、村人を対象に、自分が開発した他者への感覚操作の魔法を使うことだった。
 手近なモルモットとなった村人は、”匂いを嗅ぐ”という当たり前の行動を取ると死に導かれる術を掛けられてしまったのである。
 そんなきっかけで死亡するなどという事が理解できなかった村人たちは、自分たちの生まれ育った場所を捨て半狂乱となって逃げ出した……。
 あの手の魔法使いが潜んでいる、などと言うことがあり得るだろうか?
 シシリーがウィルバーを振り返ると、ちょうど彼自身も同じことを考えていたらしく、彼は斥候を送ったらどうかと提案した。
 実体を持たない光の精霊たるランプさんと、人間の病に掛からず動きの素早い妖精のムルが、冒険者たちの頭上から飛び立ち、集落の影の方へと向かっていく。
 一番斥候に向いているだろうと判断して送り出した人員(?)だったが、それでも心配は尽きない。
 春の星座の瞬く下、一塊となって彼らを待つ。

「まったく、こんなに寒い季節じゃないはずなんですがね」

 雪狐の毛皮を使用した外套を羽織っているウィルバーが、小柄な体躯のアンジェを包むようにして入れてやりながらぼやいた。

ゴーストタウン1

 ランプさんやムルが戻るまでと、魔法のスコップの能力を開放し、火を熾してシシリーやミカと温まっていたロンドがその発言に応じる。

「仕方ないさ。南じゃなく北に向かってるんだから。ほら、マシュマロあったぞ。炙って食べよう」
「うん。携帯用のカトラリーあるから、それに刺しましょ」
「このスコップ、本当に便利ですね……」
「宿で他に使う人がいなくて助かったよね、兄ちゃん。これの買取はお金結構掛かったけどさ」

 旅人用の携帯食器の中にあるフォークやナイフを取り出し、彼らは小腹を焼きマシュマロで満たした。
 待機時間は15分から20分ほどだったろうが、待つ身には倍くらいに感じられる。
 とうとう斥候の任から戻ってきたランプさんとムルは、人間たちからいい匂いがすることに気付いた。

「あ~!ズルイですよ、お菓子ですか?」
「大丈夫です、ムルさんの分はとってありますよ」
「炙ってやるから、それまでに見てきたことを報告してくれ」

 ロンドの言葉に素直に頷くと、ムルは見てきた集落に人の気配はひとつもなかったこと、しかし井戸に残っている水などは穢れた様子がないこと、荒れてはいるが入れる建物も多いことを教えてくれた。
 ウィルバーが確認する。

「……それは死体も見つからなかったと、そういうことですね?」
「そうです。人間の死体もなかった」
「こんな屋根も何もないところで野宿するよりか、ゴーストタウンでも建物の下で寝るほうが良くない?」

 極めてリアリストのアンジェが発言した。
 野宿自体を嫌ったことはないし、天気のいい温暖な時期になら外の方が好きだったりするが、いまいち暖かさの欠ける夜に野外で寝るのは、体調不良の元である。
 自分やロンド、寒暖の影響を受けないナイトはともかくとして、魔術師2名や姉代わりのシシリーでは風邪を引くかもしれない。
 彼女が誰に配慮をしたのかに気付いたシシリーは、ありがたくその意見を取ることにした。

「そうね、せめて建物の中で休むために町へ行きましょう。ムル、そのマシュマロ食べたら行くわよ。案内をお願いするわね」
「ムフムム……」
「……返事は食べてからでいいわ」

 こうして一行は、妖精と光精の案内によって名も知らぬ町へと足を踏み入れた。

「これは……見事に荒れ果てていますな」

ゴーストタウン2

「まさにゴーストタウンね」

と、シシリーは断じた。
 年月を経て黒ずんだ扉は開け放たれ、力なく夜風にそよいでいる。
 貧しい世帯が寄り集まった場所では、よく共同の炊事場が設置されているのだが、そこには塵だけが舞っている有様だ。
 扉から垣間見える家の中では、住人の争った形跡も見られず、整然とした姿を留めているのが分かる。
 三日月の下、蒼茫とした視界の中で、生きているのは自分たちだけだった。
 仲間のどことなく怖気づいた雰囲気を察してか、ウィルバーが殊更冷静な声を出す。

「とりあえず、寝る場所には困りません」
「今夜の宿はここでいいか」

 ナイトが仲間たちに意見を求めたのは、常宿とどっこいどっこいの大きさの建物だった。
 看板がないのでよく分からないが、恐らくは住民の集会所だったのだろう。
 自分たちの基準からすると小ぶりだが、複数名が宿泊するのには充分なだけの広さはある。
 奥の大部屋へと進むと暖炉があったが、壊れかけているわ煤が詰まっているわで、用を足すように見えない。
 シシリーの視線を受けたロンドが、スコップで床の中央部を叩き壊した。

「な、何するんですか、ロンドさん!?」
「落ち着け、ミカ。ナイト、そこの壊れた暖炉から、レンガをいくつかくれ」
「分かった。……これで良いか?」
「ああ。これを穴に敷いてだな……」

 レンガの上から砕いた床材を置き、ロンドのスコップを突っ込んで火をつける。
 暖炉と違って煙突がないので、閉めきった空間だと窒息が懸念されるが、この街に来てすぐ気付いたとおり扉はちゃんと閉まっていないし、家のあちこちも隙間があるようで風がたまに吹きこんでいる。

「換気は大丈夫みたいですね」
「即席の囲炉裏ですか……こんな風に出来るんですね」
「かなり遅い時間だけど、夕飯にしましょうか。確か荷物袋に、まだ使い切ってない南瓜が……」
「あれってまだあったの、姉ちゃん?腐ってない?」
「腐ってないの、不思議なことに。……本当に魔法の南瓜なのかもしれない……」
「……食して大丈夫な物体なのか?」
「俺は食べられるなら文句は言わない」
「他に……シガン島で貰ったコリンの実とか、燻製にした猪肉が残ってるわね。野生種のセロリとクレソンも摘んであるから、それでご飯にしましょう」
「……冒険者の荷物袋の方が魔法の物体なんじゃないだろうか」

 ナイトの抱いた疑問は、割と多くの冒険者たちが思うものであったのだが、小腹を満たしたとは言えいい加減疲労していた仲間たちにとっては、今から作られる夕飯の方が重要であった。
 固い根菜はロンドが下ごしらえをすることになった。適材適所である。
 アンジェはシシリーと手分けして、肉を薄く削ぎ始めた。
 旗を掲げる爪で炊事が得意なのは、意外なことにこの孤児院組みなのである。
 自分たちのことは自分たちで出来るように――という教育方針が行き届いているのか、最低限生き延びるための手立ては確立しているらしい。
 アンジェの提案で、薄切りにした肉で刻んだセロリやクレソンを包み、小麦粉をまぶして、油を多めに敷いた平鍋で半ば揚げるようにして火を通す。
 コリンの果肉と南瓜は大きさが揃うよう細切りにして、残った油で炒めた。
 適当に小瓶で持ち歩いているハーブ塩で味をつけ、パンと一緒に食する。
 満足できる量とは言いがたいが、温かい食事だったせいか、彼らはやっと人心地ついた。

「腹は塞いだんだから、とりあえず寝るか」

 そう言うなり、ロンドは取り出した毛布に包まり、ゴロリと横になって軽いいびきをかき始めた。

「うっそ。兄ちゃん、もう寝たよ」
「昔からそうよ、その人は。見張りの順番も決めてないのに仕方ないわね」
「私に睡眠は必要ないから、見張り番で構わないのだが……」
「ナイトも我々の大事な仲間です。ちゃんと休憩時間は取ってもらわなければ困りますよ。ねえ、ミカ?」
「はい。……そうだ、なら、最初は私とナイトで見張りを務めましょうか?途中から、ロンドさんに変わればいいんじゃないかしら」
「ああ、それがいいわね。ロンドが起きないようなら、容赦なく毛布を引っぺがしてやりなさい。それでもおきなかったら、ナイトが蹴飛ばしてやるといいわよ」
「ロンドに、次の当番は私がやると言っておいてください」

 こうして睡眠時間と場所を確保した冒険者たちは、ゆっくりと体力を回復することにした。
 ミカとナイトは、よく2人組みを作って行動する場合に一緒になるが、これまで旗を掲げる爪についていける実力を養うためにコンビで仕事をしてきたので、こうした場合でも気まずくなることはない。
 床に毛布を敷き、その上に座り込んだミカは、膝の上に魔法の発動体である棒杖ほどもある鍵を置き、ナイトと一緒に片付けてきた依頼のことを小声でポツリポツリと話していた。
 手傷を負っていた妖魔を癒して逃がしたことや、グリュワ村という目的地まで依頼人を護衛したら途中でドワーフを助けることになり、結局彼も冒険者になったこと、もしくは死者を魅了する恐ろしい呪いをかけられたこと……。
 色んな話をするうち、ミカはふと気付くことがあった。
 彼女は冒険の日々を過ごすようになって、夜には夜の匂いというものが存在することを知っている。
 だというのに、夜にだけ咲く花の匂い、静まり返った町の匂い、遠くから漂ってくる草原の匂い……そういった嗅覚に訴えかけてくるものが、どういうわけか今感じ取れないことに気づいた。

「……変ですね。匂いがしません」
「におい?」

 がしゃん、と兜を傾げるようにしたナイトが問う。
 彷徨う鎧である彼には、嗅覚と言う感覚はない。
 しばしミカの違和感について考え込み、

「人がいないせいではないか?」

と尋ねた。
 そこで反論しようとしたミカの鼻に、やっと届いたらしい月見草の香りがした。
 自分の気のせいだったのかと納得した彼女は、それ以上は従者との思い出話やこれからの依頼の話などに終始することにした。
 それから4時間ほど――空に広がる星座の移り変わりで時間を計り、そろそろ交代だと2人は判断した。
 さすがに蹴飛ばしはしなかったものの、ナイトは言われたとおりロンドの毛布を引っぺがして、まだ眠気の醒めない彼に当番の交代を告げた。
 当然、文句を言おうとしたロンドだったが、シシリーやウィルバーの言葉を伝えると、狼のような唸り声を上げて黙り込む。
 ミカとナイトは目を見交わし、仕方ない、とでも言うように微笑みあった。

2017/03/28 11:55 [edit]

category: ゴーストタウン

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