冒険者たちが予測したとおりに、大部屋の中央にはいくつかの”影”があった。

「ひい、ふう、みい、よお……ふむ」

 ナイトが指差して数えたとおり、”影”の総数は雑記帳の内容と違わずそこにある。
 とすれば――決して他方向への警戒を解いてよいわけではないが――これで、より多くの注意を前方へと傾けることは出来る。
 彼らが目を凝らした結果、明らかになった”影”の正体はやはり。

「噂のビホルダーちゃん見参……ってわけか」

 アンジェがほとほと疲れた様子でぼやく。
 ビホルダーたちは、狡猾な罠をあちこちに張り巡らせていたわりに、潜む様子もなく堂々たる態度でそこに浮遊している。
 あの赤い表紙の雑記帳には、彼らは人語を操れなくとも理解をすると走り書きが残っていたが、説得の出来る相手だとは、もとより誰も思っていなかった。
 幾つもの冒険を潜り抜け、様々な敵と向かい合ってきた旗を掲げる爪には分かる。

「――こいつら、闘る気よ」

 そう呟いた金髪のリーダーは、無駄のない動きで愛剣を鞘から抜き放った。
 彼女の見立ては正しく、5体から放たれる不穏な気配は、刻々と濃密さを増し続ける。
 来るぞ――そう警告を発しようと、仲間の一人が口を開いた瞬間、殺気立った食用素材たちは一気呵成に冒険者たちの散開する中へ飛び込んできた。

「攻撃を集中するのよ!あの端にいるピンク色から掛かって!」

 ロンドの突き出したスコップと、シシリーの上段の構えから振り下ろした剣が、たちまち女の子らしきパッチリ一つ目のビホルダーに傷を与える。

「~~~~~~っ!!」

 彼女は、恐らく改良ビホルダーにしか伝わらない言語で、悲鳴と、仲間に助けを求める信号を発したのだろう。
 だが折悪しく、前面に出ている目玉の一番小さい個体が、他の仲間へ意味不明な信号を出した後だったのだ。

霞を食っては…10

 その意味不明さときたら、百戦錬磨の冒険者たちが呆気にとられるほどで……恐ろしいことに、当人(?)を含め3体の改良ビホルダーたちが眠ってしまったのである。

「~~~~~~!?!?!?」

 ピンク色のビホルダーが(多分)動揺したその瞬間、アンジェの腕輪から出た鋼糸が巻きつき、その身体を真っ二つに切り裂いた。
 その動きで思わず近づいてしまった個体から、瞬時に飛び上がって距離を取ったが――。

「何なのこいつら、自爆が趣味なの?」

 思わずアンジェは首を捻った。
 青いビホルダーの石化光線に抗ったロンドが、素早くスコップを持ち直して忠告する。

「気を抜くな、アンジェ。案外と凶悪だぞ」

 ロンドは、本来ならば毒物など受け付けないはずのナイトが、寝る前の黄色いビホルダーに噛まれて中毒状態に陥ったことに、いち早く気付いていた。
 冒険者たちは知らなかったが、黄色いビホルダーの肉体の大部分を占める巨大な口は、いつもゴミを齧っているために不衛生極まりないのである。
 それを大きく開いて目標へ齧りつくのだ。
 例え生き物としての身体を持っていなくとも、鎧を腐食する成分が口内や歯についており、それがナイトに不調をもたらしたのだろう。
 意外な成り行きだったが、この腐食はシシリーがベルトポーチに入れている鉱精・ユークレースの癒しにより、それ以上の侵蝕を拒まれた。
 安心したナイトが剣を掲げ、呪文を唱える。

霞を食っては…11

「超越なる稲妻の嵐よ、ここに轟け!」

 自身の内なる力を呼び覚まし、魔法障壁をも貫く雷を刃に這わせて敵陣を蹂躙する技――傭兵都市ペリンスキーで習い覚えた【天地魔境陣】である。
 一体だけ正気を保っていた青いビホルダーこそ、ナイトの苛烈な攻撃範囲から逃れたが、後の3体はたちまち血とは異なる体液を噴き上げ、苦悶の態で触手をうねらせた。
 ビホルダーの固有能力である破壊光線が放たれるが、アンジェがマントを靡かせてそれを必要最低限のダメージになるよう遮る。
 マントの裾を掴んでいた左腕が、光線に引っかかって浅く裂けた。

「いっ……たっ……」
「流れ至る魔力たちよ、傷を塞ぎ体を留めよ!」

 ウィルバーの振りかざした杖から、清浄な泉のような青い光が放たれ、アンジェの傷を見る見るうちに塞いでいく――死霊術を応用した癒しである。
 彼女の怪我は心配なさそうだと判断したロンドは、今度はこちらの攻撃手番だとばかりに、体を回転させて手近な一体に肘打ちを叩き込んだ。
 ぐちゃり、と目玉が潰れる音がした。

「うえっ、兄ちゃんえんがちょー」
「戦ってるんだから仕方ないだろ!?」
「主よ、汝が使徒に力を!」

 ≪Beginning≫に法力を宿したシシリーが、実体なき敵をも屠る刃で、舞うように残る魔法生物たちを攻撃する。
 突く、薙ぐ、払う、切り裂く――可能な限りの攻撃手段を、ただの戦いとも思えぬ見事な動きで再現した。
 最後にこちらを捕らえようと蠢く触手をすり抜け、白く輝く長剣が深く傷を穿つ。

「今よ、ウィルバー!」
「荒れ狂え、凍える月よ――!」

 シシリーの号令に従い、≪海の呼び声≫から凄まじい勢いの凍れる礫が無数に放たれた。
 しぶとく、その礫から逃れようとした個体がいたが、それに向けてミカが指を突きつけた。
 指先から生まれた一枚の淡い薄紅色をした花弁が、ミカの柔らかな魔力に包み込まれ、的を違うことなく背を向けたビホルダーに刺さる。

「――――」

 最後まで残っていたビホルダーの、声なき断末魔が遺跡に木霊する。
 金儲けというなかなか身勝手な理由から、魔術師によって食肉素材として改良された魔法生物との戦いは、こうしてついに幕が下ろされた。

「――虚しい勝利ね」

 ポツリと呟いたアンジェが、鋼糸を腕輪に収納する。
 その呟きに感慨などない。
 普通の依頼であれば感じたであろう達成感も、あまり冒険者たちにはなかった。
 ただただ、言い知れぬ疲労感が大波の如く押し寄せてくるだけである。

「……帰るか」

 ムササビの意匠が刻まれたマンホールの蓋を開け外に脱出すると、暗くなり始めた空が広がっていた。
 ずいぶんと陽の光を懐かしく感じる。
 それを斜めに浴び肩を落としながら、冒険者たちはトボトボと常宿への帰路についた。
 下水とは言え、大してその目的に使われていない施設だ。
 不幸中の幸いにして、下水での冒険依頼にありがちな異臭は、彼らの体に染み付いていない。
 ただ、嗅ぎなれない薬品臭のようなものは避けられなかった。
 特に、ロンドが。

「……だから兄ちゃん、相手構わず肉弾戦仕掛けるの、もう止めようよ」
「そんなこと言ったってお前、戦ってる時にそこまで考える余裕なんてないぞ」
「少なくとも、ドラゴンに肉弾戦する馬鹿は他にいませんよ」
「ええっ……ロンドさん、ドラゴンに肘打ちしたんですか?」
「したのよ。この人、本当にやっちゃったの。ナイトのお土産の時」
「……この魔法陣の竜血、そんな経緯で手に入っていたのか……」

 そんなやり取りをしながら辿り着いた狼の隠れ家では、給仕娘のリジーが出迎えてくれた。

「いらっしゃいませー…って、あら?旗を掲げる爪の皆さん?」
「ただいま」
「はいはーい、おかえりなさいっ。あれ……ということは、今日はおそろいで出かけてたんですか?」
「お出かけっていうか…まぁ、依頼ですけど」
「それはそれはお疲れさまでした!……けれどなんだか、お顔の色が良くないみたい。もしかして、上手くいかなかったんですか?」
「そういうわけじゃないんだけどね」

 苦笑したシシリーは、宿の亭主がいるか尋ねた。
 仕事完了の報告と、それ以外に確認しなければならない事項がある。
 疲労困憊ではあったが、口だけはまだまともに動きそうだった。
 事情を問い詰めたくもあるが、まずは文句の一つでも口にしなければ始まらないという気分だ。

「今、厨房で夕食を作っているところ――」

と、リジーが説明しようとした時である。
 突如として、野太い悲鳴が響き渡った。

「この悲鳴は…親父さんね!?」
「……!?リジー、親父さんは厨房だったなっ!!」
「え、ええ…そ、そう――」

 途端に旗を掲げる爪は、疲労もなんのそのといった様子で厨房へと走り出した。
 リジーの返事を待たずに駆けつけた先で、冒険者たちが目にしたのは――。

「お、親父さん……」

 情けない顔でロンドが呻く。
 彼の言わなかった宿の亭主の状態を、妙に冷静な顔でシシリーが引き取って口にした。

「……が、石になってます」

霞を食っては…12

 給仕娘の言葉通り、彼は調理中だったのだろう。
 まな板の前で包丁を握ったまま微動だにしない狼の隠れ家の経営者が、そこにはいた。
 あまりの事態に、呆気にとられた冒険者たちだったが、はたとあることを思い出した。

『それに今夜、うちで新しい食材を試して欲しいと申し入れがあったんで、お試しということで引き受けておいた』

 嫌な予感に捕われたウィルバーが、まさかと声を絞り出す。
 固まっていた一同の脇を、するりと突如何かが横切った。

「……ん、なんです……?」

 ……目が合った。例の食肉素材と。
 そいつは床から2センチ上を浮遊しながら通り抜けていき――やがては、厨房の勝手口を器用に開き、外へと出て行った。
 その個体は地下で向き合った変種よりやや気弱そうで、実際にその印象を裏切らぬ、百目で同時に目礼しながらの退場であった。

「――って、なにあっさり見送ってるのよ、追いかけないと!」
「い、いや、アレよりまず親父さんをどうにかしないと、えーっと【血清の法】、【血清の法】は――」
「駄目だ兄ちゃん、うちのパーティ誰も使えないよ!」
「はわわわわわわ」
「主殿、落ち着いて下さい」
「ちょ、コッケス!今こそ主人に恩を返しなさい、敵討ちですよー!!」
「あわわわわわわ」
「給仕殿、落ち着いてください」
「兄ちゃん、依頼人をとっちめるのが最優先だってば!」

 大混乱である。
 結局、その後――逃げ出した食肉素材は、厩で飼われていたコッケスの石化能力により捕らえられ。
 親父さんも無事に、精霊の棲む森で入手した石化解除薬で元に復した。
 事情を知って怒り爆発の親父さんを筆頭に掲げた冒険者たちは、大雑把でお調子者の依頼人をこってりと絞り上げ、銀貨四百枚の報酬のほかに賠償金として銀貨五百枚、お詫びのおまけに三回まで使える徳用品傷薬まで手に入れたのであった。
 また、ペコリーノ・ロマーノの食材に関しては、狼の隠れ家では取り扱わないことに決まったという…。

※収入:報酬900sp、【風精召喚】、≪銀のメダル≫、≪魔法薬≫、≪解毒剤≫×2、≪傷薬(徳用品)≫×3
※支出:
※その他:
※タビビト様作、パーティ名会議&虻能丸様作、霞を食っては…クリア!
--------------------------------------------------------
63回目のお仕事は、虻能丸様作のフリーレベルシナリオ、霞を食っては…がメインでした。
しかし、2回目のお仕事でやった、タビビト様のパーティ名会議にある雑談をちょっと組み込んでみたくなり、オープニングのやり取りとして入れさせていただいております。
パーティ名会議の雑談って、5パターンもあるんですね。以前にプレイした時は、まだシナリオ自体が発表されたばかりだったのでネタバレ防止に雑談はあえて省いたのですが、プレイ済みの方も多くなったろうと思い、あれこれ喋らせています。特にロンドとウィルバーがそれっぽくて好きです。
この雑談、冒険者の持つ特性に引っかからない場合は、親父さんが相槌を打ってくれたりするので、仲間もだが親父さんとのやり取りも深めたいと言う方にもおすすめです。

霞を食っては…ですが、シリアスなダンジョン探索――ではなく、上質なギャグシナリオです。
ダンジョンパートになってからはEPとの厳しい戦い(?)ですが、そこに至るまでの過程や裏事情が、最近シビアなシナリオで疲れたプレイヤーさんやパーティに、ほっとした笑いをもたらしてくれます。いや、パーティの方はそれどころじゃないかもしれませんが。
ペコリーノ・ロマーノは本来、知り合いなのは親父さんだけです。
しかし、元・魔術師学連所属で顔が広い彼ならば評判を知らないこともないだろうと、ウィルバーが噂を聞き及んでるとしています。また、あまり社交的じゃない気質のミカが知らなくても不思議はないと判断して、師匠が教えなかったことにしました。
知能の高いビホルダーファイブとの戦いは、パーティの平均レベルによって3パターンに分かれます。
石化や睡眠などの厄介な光線は健在ですが、結構な確率で仲間を眠らせる個体もいるので、戦闘に自信がない冒険者たちでも奮闘すれば勝機はあります。
むしろ、大変なのはダンジョントラップの方で……鑑定や解錠、もしくは行動力を上げる技能、精神を回復したり解毒や麻痺解除の手段など、出来れば幅広く揃えて挑んだ方が無難です。
旗を掲げる爪は、アンジェの実力とシシリーの法術で強引に解除しまくりましたが、その分だけEP(EmotionPoint)というローカルルールで設定されている値が減ってしまいます。
リプレイの場合、アンジェが退屈してたから受けた依頼なので、彼女が奮起して罠解除しまくってますが、EPは高く保った方が、後々の戦闘や追加報酬で色をつけてもらえる場合があるので、解除はせずにぱっぱと先へ進むことを選択するのも手です。
このシナリオにおけるクロスオーバー情報は、たこおどり様のカルバチア第三銀行とのメダルなのですが、その他にもまたこちらで勝手にクロスをさせていただいております。

植物系魔法の手ほどきをしたロバート・ライリー=mahipipa様の永遠なる花盗人
宿から誘拐された時に、結局下水道にいた=つちくれ様のThrough the hole
ダーフィットの事件で人員が減った=春秋村道の駅様のダーフィットの日記
厩で飼われていたコッケス=ぼぼるだー様の石化の魔物
精霊の棲む森で入手した石化解除薬=98様の精霊の森に棲む魔性

お気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、今回、PCの並び順をダンジョンに潜った順へ変えてあります。
テストプレイした時に、行きの解錠役や知識人発言がちょっとずれていたための処置だったのですが…結果として無駄でした。なので、(帰りは盗賊役変更できるので)行きに限り発言者がプレイ時と違っていたりしますが、それでも、シナリオの面白さがいささかも損なわれることはなかったと保証させていただきます。
というか、虻能丸さんのシナリオは、どれも地の分が小説に劣らず面白いし、雰囲気満載だし、状況がよく分かるしで飽きないですね!

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。

2017/03/22 11:54 [edit]

category: 再びパーティ会議後の霞を食っては…

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