そこからのアンジェの働きときたら、狼の隠れ家で見せていただらけた姿とは雲泥の差であった。
 瞬間移動の魔法陣が発動する罠、魔法の矢が壁の隙間から発動する罠、カモフラージュした発射口から混乱ガスが噴出す罠……罠のひとつひとつが狡猾な場所に設置されており、嫌でも改良ビホルダーたちの冒険者を仕留めようという固い意志を感じさせる。
 行きがけには眼にしなかったこれらのトラップは、冒険者たちが地下深くまで潜っている隙に設置したのか、もともと仕掛けられていたが、あえて発動しないようすることで冒険者の観察を逃れたのか……。
 どちらであるにしろ、より奥深くまで対象を誘い込もうという知能の高さが垣間見えた。
 人外の拵えたトラップなど、彼らにとって未知の代物も良いところだが、アンジェは繊細な指先で罠を弄り、緩め、妥当と思われる位置にトリガーをずらして解除していく。
 アンジェは額に滲む汗を右の袖で乱暴に拭うと、またパーティの先に立って、光鳥の照らし出す壁や床をチェックし始めた。

「すごい気迫だな。アンがこんなに集中してるのは初めて見るかもしれん」
「呑気ですね、ロンドさん……」
「いやしかし、確かに大したものですよ。見つけて解除するまでが、非常識に早い」
「非常識とか言われてるけど、それって、あたし喜んで良いわけ?」

 しかし、どれだけ集中して探索をしていても、運の悪い時というものはあるもので。
 罠がない廊下にふと気が緩んだのか、アンジェは自分が片足を乗せていたそこへ、床石に紛れ瞬間移動の魔法陣が隠されていたことに気付かなかったのだ。

「しまっ……!」

 空間操作に関わる術特有の光が辺りを包み、眩しさに瞑った目を覚悟して開くと、周りの石壁に何らかの液体がぶちまけられていたかのごとく、深い緑色で染め上げられていた。
 その緑のせいで判別はし難かったが、スピカが照らす壁の一部には、ご丁寧に『Slaughter-room』と彫られて錆びたプレートが打ち込まれている。
 冒険者たちの他に生き物の姿は無く、連動した罠が発動した気配もなかった。
 どんなトラップにも反応できるようにと、肩幅まで足を開いて構えていたアンジェが、仲間たちが発する以外の物音はないと断じて身体の力を抜いた。
 罠を見つけるのに力を込めていた目を忙しなく瞬かせ、ぐるりと辺りを見回す。

霞を食っては…8

「……例の屠殺室?ということは、これってもしかしてビホルダーの体液なのかな?」
「通常の生き物と体組織や肉体のつくりが違うせいでしょうか……。生臭さはさほどじゃないですね」

 スンと鼻を鳴らしたウィルバーは、診療所の薬品臭に近いと判断した。
 だが、いくら赤い血が流れている惨劇の場と一線を画しているとはいえ、自分たちの仲間にも(タイプが違うとは言え)いる魔法生物の、大量虐殺現場である。
 シシリーが眉をしかめ、

「まぁ、どうしたって、いい気分に浸れる場所なんかじゃないわね」

と言ったのも無理はなかった。

「そうですよね。こういう怖い場所は、出来れば早く出たいところですけど……」
「もう一つ扉あるけど、あっちはどうなってるんだ?」
「待ってて、兄ちゃん。……うん、罠はなし、鍵も掛かってない。開けていいよ」
「……と言いつつ離れるのは、やはり私が開けろと言うことだな」
「すいませんね、ナイト。適材適所ということでお願いします」

 妙な転送先ではあったが、目の前にある真っ赤な扉の向こうに進むと、魔法薬や解毒薬などが入った木箱を発見したので、比較的パーティの機嫌は悪くない。
 さらに箱の隅を探ってみると、カルバチア第三銀行の記念銀貨が一枚入っている。

「面白いな、何だこれ」
「手荒に扱わないでよ、兄ちゃん。結構いいものなんだよ?」
「へえ」

 ロンドはメダルを親指で弾いて飛ばし、手で受け止めていたが、妹分に窘められてポケットに仕舞いこんだ。
 これは旧時代の金貨5枚と同価値で、集めれば珍しい技能やアイテムと交換してもらえる貴重な物なのだ。
 思わぬ収入に、やっとこの施設に潜った甲斐があったと一息ついた彼らは、転送前の場所まで戻り、そこからまた罠を探しながらの帰路に戻った。
 階段を上がり、立て続けに地雷や火柱の罠を解除すると、アンジェは途中でシシリーの【御使の目】や【賛美の法】などの法術による手助けを借りながら、仲間たちを無傷で導いていく。
 途中、魔力を吸収する罠という珍しいものもあり、アンジェは鋭く舌打ちした。

「まずいな、マジックドレインだ。これ、あたしが外すの苦手な奴なんだよね」
「マジックドレインの罠か……これが使えるのではないか?」

と言ったナイトが、自分の持っていた≪息吹の剣≫を指し示した。
 今までとは勝手の違う罠に悩んでいたアンジェが、栗鼠のように首を傾げる。

「どうやって使うの、そんなもの?」
「これには魔力を拡散させる作用がある。とするとだな……」

 ナイトは気高い翡翠色の炎を噴き上げる剣をアンジェの教えた場所に近づけ、炎から発せられる”魔法を解除する”属性なき粒子を振りかけた。
 素養のない者にはただ火の粉が落ちたように見えたろうが、その効果は確かなものだった。
 たちまち、対象から魔力を吸い取るための術式が緩み、弱体化していく。
 魔術師の目でそれを捉えたミカが、思わずといった態で感歎の声を上げた。

「まあ、便利ですね……こんな使い方があるなんて思いませんでした」
「これで、罠を支える魔力を上手く散らすことが出来れば…解除も楽になる…はず」
「筈なのかよ」

 すかさずロンドがつっこみを入れるが、彼の目論みは当たっていたらしく、ナイトはじきに解除が難しいはずのマジックドレインの魔法による罠を解いた。

霞を食っては…9

「…解除成功。それほど簡素な造りでもないが、冷静に扱えば特に問題なかったな」
「驚くほど冷静な態度と手つきですね。さすがに安心して任せられますよ」

 ほとほと感心した様子でウィルバーが肩の鎧パーツを叩くと、がしゃりと彼は頷いた。
 顔色と言うものは存在しないが、どうやら照れているらしい。
 意外に可愛いな、と思ったアンジェだったが、また油断してしまっては元も子もない。
 地下二階の階段を昇り、シシリーの【賛美の法】の効果時間であるうちに、さっさと残りの罠があってもおかしくない場所を盗賊の視線でチェックしていったが、心配していたような罠は見つからなかった。
 鍵開けの道具を袖口に仕舞い、すぐ後ろにいる姉代わりに声をかける。

「…ずいぶん、地上に近づいてきたね」
「…ええ、私の記憶が確かならば、この扉の先は大部屋よ。そこを過ぎれば地上に戻れるはず」
「厄介な罠の類ともようやくオサラバってわけですね」
「…ええ、そうね」

 光明を見出したらしいミカのセリフに、シシリーはやや間を空けてから同意した。
 彼女の心の中には、先ほどからの懸念事項が渦巻いていたのだ。

「ただ未だに、改良種とやらの姿を目にしていない」
「そういえばそうでした、ね」
「尻尾を巻いて逃げ出した、…というのでなくば、この先にいるのでしょうね」

 意味ありげなリーダーの発言に、仲間たちは目線を交し合った。
 恐らくは――この先の大部屋に、自分たちをこの遺跡のトラップで葬ろうとした相手が存在している。
 弱体化したとは言え、相手は固有能力を保持したままのビホルダーであり、狡猾な知能も兼ね備えている。
 用心にしくことはない。
 ナイトの身体の内側と、ミカの持つ大きな鍵の魔法発動体が共鳴しあい、水晶の鈴を鳴らすような妙なる音を微かに発し始めた。
 この2人は、ミカの魔力をナイトの内部にある竜血による魔法陣へ注ぎ込んでいるので、両者が魔力を高めるとお互いの術に反応しあうのである。
 今は特に”味方全員へ”という同じ効果範囲に、”能力を上昇させる”術を使おうというので、互いに打ち消すことなく、綺麗に同じ魔力振動数を響かせている。

「万能なる魔力よ、竜の炎の息吹から現れ、我らに一歩を踏み出す力となれ……!」
「儚き花に宿りし万能なる魔力よ、我と仲間を覆いて盾となれ……!」

 ナイトとミカの詠唱が同時に絡まり、冒険者たちの体を2人の支援魔法が包み込んでいく。
 その後、ウィルバーの【風の鎧】による旋風も脚部を覆った。
 さらに、石化を警戒したウィルバーが死霊術による治療の場を自分の杖に仕込み、前に出て戦うことが決定している者たちへ、白い魔法による翼を授けた。

「これで相手の魔法の力による能力には、かなり抗えるはずです」
「出来るだけのことはやったわ。行きましょう」

 シシリーの宣言に全員が首肯した。

2017/03/22 11:49 [edit]

category: 再びパーティ会議後の霞を食っては…

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