--.

スポンサーサイト  

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--/--/-- --:-- [edit]

category: スポンサー広告

tb: --   cm: --
 再びアンジェが足を止めたのは、旗を掲げる爪が地下五階まで下りて、廊下の突き当たりに赤く大きな扉を見つけた時だった。

「あれは――?」

 しばしその場で待機してくれるよう仲間に手で合図した彼女は、少々周辺を探ってから、まるまっちい指で石壁の一箇所を指し示した。
 そこには石と石の繋ぎ目に隠れるように、小さな穴が連なって空いている。
 ロンドはそれを見ただけでは意味が分からず、小首を傾げて問いかけた。

「……?あれがどうか――」
「まぁ、見てなよ。みんな、その場を動かないで――」

 言うが早いか アンジェはブーツの隠し場所からナイフを手品のように取り出し、それを閃かせた――と。
 その刹那、彼らの目の前で金属が跳ね返す白い光が煌めき、いちどきに数えられないような多くの”もの”が通過したことを後から知覚した。

「――――っ」

 冒険者の一人が息を呑み、廊下に落ちた”もの”を見つめる。
 矢だ。
 冒険者たちが進もうとしていた場所を、十数本の矢が左右から通り抜けていたのである。
 向かいの壁にぶつかり床に落ちた矢もあれば、勢いよく突き立ったものもある。

「これ見てよ」

 アンジェが目線で示したのは、標準的な人間の膝下あたりの高さに張った、透明の糸である。

「糸に脚が掛かると、左右の壁の穴から勢いよく矢が飛び出してきて――メデタク串刺しにされる、って仕組みだね」
「……って、罠か!?」
「どう?簡単なモノだけど下手を打てば、致命傷にもなり得る。調査役の本領発揮、ってところでしょ?」

霞を食っては…6

「いやいや、そうじゃなくてよ!なんでこんなところに罠があるんだって話だ!」
「それは――」

 いつもの『仕事モード』に入りかけて、言葉を止めるアンジェ。
 そう、たまに違和感を感じ首を捻りながらも、彼らは最低限の警戒を怠らずここまで来たはずである。
 ロンドの発した疑問に互いに顔を見合わせ――暫しして、全員のなにかを催促するような視線が、ひとりの冒険者に集まった。

「……なぜ一斉に私を見るんです?」
「いやいやいや、別にその…ねぇ?」
「…事情通のウィルバー殿におかれましては、この状況について何かお考えがあるのではないかと存じまして」
「あなたたちね…。考えるのが面倒だからって、いきなり私に投げないでください」

 ハァ、と彼はため息をつく。
 もしかしたら、こういった積み重ねが彼の頭皮に良くない影響をもたらすのだろうか――とミカは考えたが、黙って考えを拝聴することを選んだ。

「……ま、いいですけど。で、なんで罠なんてあるのか――ですが」

 彼は三本の指を立てて、可能性を語り始めた。
 ウィルバーが咄嗟に思いつくのは、依頼人に嵌められた・もともと遺跡にあった罠だった・侵入などの防止用に依頼人が仕掛けた、という説である。

「最初の説は、遺失物捜索と偽ってあらかじめトラップを仕掛けておき、そこを探索するように仕向けた可能性ですが、これはあまり高くありません」
「そうか?俺たちは冒険者、知らず恨みを買うこともある商売でもあるんだ。敵の1人や2人やそれ以上、いてもおかしくはないだろう」
「はい、ですが今回は、我々が依頼を受けるとは限らないんです」
「………」
「どうせ依頼が罠なら、名指しで話を持ってくるほうが確実性は高いのに、掲示板に貼り出されていただけ。それに、ここに来るまでに罠は一つもありませんでした。我々ほどの実力者が、この罠一つで全滅するのを期待するのは――あまりに楽観主義が過ぎる、というものですよ。どうせなら、ここに致死性のガスを仕掛けておくほうが、うんと効果的でしょう」
「……おっちゃんの言うとおりだけど、改めて言われるといい気がしないね……」
「次の可能性はどうかしら?もともとあった遺跡の罠、だけど……」
「ええ。ただ、この糸」

 ウィルバーは≪海の呼び声≫の先端を、糸の方へ向けた。

「さほど古いものに見えないんですよ。それに、ここに落ちている矢が出てくる時に遅滞は一切見られなかった。これは仕掛けられている罠が、ある程度手入れされている……少なくとも、作られてからほったらかしになっていたわけではないことを示しています」

 骨ばった指を持つ手が、石壁の一部を撫でる。

「この場所自体は、間違いなく古代遺跡の一部です。数百年は経っているでしょう。そこに仕掛けた当時の罠だとしたら、もう少し朽ちていておかしくはないですよ」
「だとしたら、依頼人が仕掛けたトラップだということですか?」
「私はそう考えています。ペコリーノ・ロマーノという人物は、お調子者ではあるが同時に利に聡く、自分にとって得になりそうにない相手には冷淡…というより、積極的に関わっていこうとしない性分だと聞いてます。誰がどこから侵入してきてもおかしくない場所なのは、地上で話しておいた通りですが……。そういう人物像なら、なるたけ無関係の者に煩わされたくないと、こういった罠を相手の生死を気にせず仕掛けることもあり得るかと」
「で、トラップを仕掛けていること自体を依頼人が忘れていたか、親父さんが聞いていたけれど、私たちに伝え忘れていたか……ってことね」
「まぁ、そんなところが関の山かと」
「人に仕事を頼むのに怠慢もいいところだよ。どちらにしろ、帰ったら追及だね」

 舌打ち交じりに吐き捨てたアンジェは、パッと赤い扉に向かった。
 今まで通ってきたいくつかのドアと同じく、罠がある様子もなければ、鍵がかかっていることもない。
 アンジェのハンドサインでドアノブに手を掛けたナイト――精神的な魔法に掛からず、硬くて頑丈なために開く役を貰ったらしい――が、一気に引き開ける。

「……ここは」

 冒険者たちが辿り着いたのは、これまで歩んできた所とはやや雰囲気を異にする空間だった。
 正直に言えば、手狭な部屋だ。
 中央に置かれた煤けたテーブルの上には、今にも擦り切れてしまうのではないかと心配になるほど古びた書物たちが、うずたかく積まれていた
 ウィルバーがさっと見たところ、積み方に規則性はないらしい。
 単純に、散らかっているだけだ。

「よくまあ、これだけ散らかせますね……」

 ミカが呆れたように鼻から息をふうっと排出した。
 彼女がそう言うのも無理はない――机の上だけではなく真下や周辺も、負けず劣らずの散らかりようだ。
 壁際には所狭しと棚が並んでいるが、そこにも書物は溢れていた……というより、詰め込まれていた。
 やはり乱雑な仕舞い方で、背表紙が正しくこちらを向いているものはほとんどない。
 大股に棚へ近づいたロンドの目には、書と書の間に挟まれるようにしてある、薬品らしき小瓶が映った。

「…依頼人の”隠れ家”という見立ては正しそうだな。にしてもこれは…酷いもんだな」
「他人のことをとやかく言えないでしょう、あなたは。ま、さすがに…この上を行くわけではないですが」

 空間の惨状から、ここを利用していた者の、ロンドを上回る大雑把な性格が伝わってくる。
 とにかく、目的の”赤い表紙の本”とやらがここにあるのは間違いないだろうと、全員が部屋を引っくり返すようにして探索を始めた。
 多少の時間は掛かったものの、書物が目も当てられない積み木状態になっている卓上から、赤く分厚い表紙の本をアンジェが発見した。
 繊細な手先で、他の本たちを崩さぬよう、そっと静かに抜き取る。
 それを確認したナイトが、他の者たちの探索の手を止めて頷いた。

「たしか回収すべき物は――赤くて分厚い表紙の本だったな。確かにコイツだけ古びていないし、目立ってる…よし」

 やれやれ、と今までの緊張から解き放たれた顔をして、シシリーが仲間たちへ呼びかけた。

霞を食っては…7

「用も済んだことだし、帰りましょうみんな!」
「……」
「どうしました、ロンド?」
「いやまぁ…何というか、気にならないか、ミカ?みんなは?」
「…なにがさ、兄ちゃん?」
「こいつの中身だよ」

 分厚い掌が、そっと表紙を押さえた。

「なにせ――金に汚そうな依頼人が銀貨千枚支払ってでも、回収させたかった蔵書だぞ」
「それはまあ、多少の好奇心はそそられるけど……ね」

 肩を竦めたシシリーが、止めた方がいいと発言した。

「中身を見るななんて、それは言われていないけど、私たちと依頼人との間には基本的に守秘義務が結ばれているものとして行動すべきでしょう。私は開けるの、気が引けてしまうわ」
「それにですね、ロンド。魔術師の蔵書ってことは、本に取り付けてある錠以外で、何かしら封印がされているパターンも考えられます。頁を捲った瞬間に、ドカンなんてリスクは嫌でしょう。大体、ああいう評判の人物が大事にしてる書物なんて、だいたいはロクなモンじゃないでしょうし」

 ま、幸いコイツにはそういう臭いはないですが――そう言って、ウィルバーはくの字に曲げた人差し指の第2関節で、こつんと表紙を弾く。
 己の軽率な発言を恥じたロンドは、白髪に包まれた後頭部をポリポリ掻きながら謝罪した。

「…うーん、そうなのか。思いつきで軽はずみなことを言ったかもしれないな。悪かった」
「うんにゃ、いいよ兄ちゃんが分かってくれれば…それじゃ、帰りますか」

 後は地上に戻って例の罠について問い詰めるだけだと、アンジェはナイトの荷物袋に目的の書物を素早く詰め込むと、背伸びをしてドアノブに手を掛けた。
 ふと、その手が止まる。

「……んんっ?」
「どうかしました、アンジェさん?」
「いや、そのさ…この部屋に入って来た時、誰か鍵掛けた?」
「……は?」

 怪訝な顔になったウィルバーの横で、ロンドがスコップを担ぎ直して応じた。

「……いや、誰もそんなことはしていないと思うが。理由がないし。なぜ、そんなことを聞くんだ?」
「こいつに鍵が掛かっていたからだよ」

 アンジェの返答に、他の者たちはサッと顔色を変えた。

「あぁ、別に閉じ込められたとかじゃないんだ。よくわからない構造だけど、内・外両方に、鍵の開閉を行うための取っ手が付いている。だから、これを回せばそれでいいんだけど――」
「……妙ね」

 アンジェやナイトが指摘する可能性、解除されていてしかるべきだった罠、誰も閉めてないのに鍵のかかっていた扉――全てが不審な状況を作り出している。
 だが、そもそもの依頼の目的は果たしている――後はこれを依頼人へ渡すだけ。
 シシリーは静かに首を振った。
 怪しさを感じるというなら、早々に引き上げるべきだとの考えに至ったのだ。
 しかし――……。
 ひゅっ、という最初の音が聞こえる前に、先頭を歩いていたアンジェは、咄嗟に異常を察知して前方へと敏捷に転がっていた。
 彼女が振り返ると、他の仲間たちもそれぞれ、地に伏していたり、後方に跳んだりして難を逃れている。
 全員が反応してみせたのは、流石と言うべきなのか。
 それとも、先ほど同じ光景を目にしたからなのか。

「~~~~ッ!?っぶねえな、いったい何が…っ」
「主殿、怪我はないか?」
「あなたが覆い被さってくれましたから、平気です」
「気付いたから良かったものの……もう少しで串刺しだわ」

 誰も傷は負っていないが、おのおの困惑の言葉は口にしていた。
 そんな中、さすがに冷静さを取り戻したウィルバーが事実を指摘する。

「これ……先ほど解除したものですよね、アンジェ?」
「うん。あたし、ちゃんと解除したよ?」
「分かっています。あなたの腕前を疑うくらいなら、太陽が西から昇るほうを信じますよ」

 伏せた状態より立ち上がって、チャコールグレーの外套から几帳面に埃を叩き落すと、ウィルバーはナイトの荷物袋を開けるよう頼み、そこから例の赤い表紙の本を取り出した。

「……ウィルバー、いったい何を――?」
「前言訂正しますよ、シシリー。アンジェ、この本の鍵を外しちゃって下さい」
「いいの?」
「もうみんな感づいているでしょう――この依頼、確かな指摘は出来ませんが、どこか変です」

 心中に生まれた疑念を払拭するすべは書の中にしか存在しないだろう……と、ウィルバーは迷いなく開くようになった表紙に手を掛けた。
 書物の内容は端的に言ってしまえば、個人的な日記と研究記録が混ざり合ったような雑記帳だった。
 日々のなんでもない出来事から研究活動で生じた不満や愚痴、商いにおける出来・不出来に至るまで、数多くの事柄が書き込まれている。
 やや癖のある字で綴られた文章の中で、書を覗き込む冒険者たちは依頼主の”研究成果”とやらがどんなものかを知った。
 心なしか頭痛がしてきたミカは、華奢な手でそっと白い額を押さえて嘆く。

「確かにまあ、人間は霞を食べて生きられるものではないですし、商売でお金を得るならば、食品は流行に廃れることのない商品ではありますけど……」
「だからって、ビホルダーを食肉にするために飼うとか繁殖させるとか、衛生的にどうなんだ?下水で生きてる奴を使っていいのか?」
「兄ちゃん、問題ちょっと違う気がする」
「改良したビホルダーが、弱体化・縮小化の代わりに知恵をつけてるって……あり得るの、ナイト?」
「自我を持つ魔法生物は、私という前例がある以上は否定できるものではないが――自由を求めて権利を主張するというのは尋常ではないな。労働階級文学とは、さように啓発されるものなのだろうか……」
「しかもトラップ技能に関する書籍や、攻撃魔法入門書まで持って行かれるとは……。これはどうやら、我々を罠に嵌めた犯人もはっきりしましたね」

 依頼主であるペコリーノ・ロマーノは、ビホルダーを食用家畜とする産業を立ち上げんと、研究に没頭していたのである。
 略して、ビボ産。
 ……ネーミングセンスはさて置いて、彼らに対する改良は実を結んだ。結び過ぎた。
 ペコリーノ・ロマーノ本人が予想する以上の速度で学習していった彼らビホルダーは、仲間の屠殺現場を偶然目の当たりにしたことで、自分たちの殺されない権利・自由に生きる権利を主張して、創造主に反乱を起こしたというのである。
 この地下に残っているビホルダーは5体で、繁殖能力はなく弱体化してるというが、石化光線や睡眠光線などの固有の能力は持ち合わせているそうだ。
 ――書物を閉じた冒険者たちは、誰知らず天を仰ぐような格好になった……空など見えるわけもないのに。
 おかしな依頼を持ち込んだ依頼人に対して怒るべきか、そんなものを斡旋してきた宿の亭主を責めるべきか、あるいは深く考えもせず飛びついた自分たちを呪うべきか――。

「頭が痛いです……。この依頼人、日誌が大事だから持ち出そうとか書いておきながら、なんでこれを忘れてしまったのでしょう」
「よほどに焦っていたか、依頼人が阿呆だったのか――まぁ、あるいは両方でしょうかね」
「部屋を見たら分かるだろう。大雑把な気質が、この急な引越しにも現れたのではないか?」
「話はさておき――どうしてくれようかしら?」

 シシリーの言葉に、アンジェはキッと眦を吊り上げて宣言した。

「そりゃ決まってるよ。追加報酬もぎ取っちゃおう」
「あー……治安隊に突き出さなくていいのか?」
「ビホルダーの畜産で?ただでさえダーフィットの事件で人員が減ったんだし、そんな犯人連れてこられても手に負えないんじゃないかな?」
「……そうね、アンジェの言う通りかも。これから改良ビホルダーのトラップを通過していかなきゃいけないんだもの、精々、依頼人が避けたがったところで誠意を見せてもらいましょう」
「よしっ。そうと決まったら……気合入れてここを突破するよ!」

 アンジェは袖口から針金や細いヤスリ、蝋の塊などを一瞬で取り出した。
 彼女のどんぐり眼は、かつてないほど輝いていた。

2017/03/22 11:45 [edit]

category: 再びパーティ会議後の霞を食っては…

tb: --   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

カレンダー

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

辺境に足を運んだ方の人数

▲Page top

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。