Wed.
再びパーティ会議後の霞を食っては…その2 
リューン、ムササビ通り――貴族をはじめとする富裕層が集うはずだった予定地は、現在、居住者が憐れになるほど少なく、更地の目立つ土地であった。
中央公路につながる目抜き通りや大きな繁華街・歓楽街に対しての連絡が、他の高級住宅街に比べると悪く、また距離もかなりあるためだ。
ムササビ通り6-4-10番地。
手入れがされていない空き地で、茫々とのび放題の草がざわめいている。
中央公路につながる目抜き通りや大きな繁華街・歓楽街に対しての連絡が、他の高級住宅街に比べると悪く、また距離もかなりあるためだ。
ムササビ通り6-4-10番地。
手入れがされていない空き地で、茫々とのび放題の草がざわめいている。
その音色がまた、聴く者の切なさを煽っていた…。
「……ハッ、いかんいかん。呆然としている場合じゃない」
「……はっ、そうだよ、兄ちゃん。住所のうちを探そう」
仲間の言葉に我を取り戻した冒険者たちは、せわしなく周囲を見渡していた。
東。西。南。北。
左。右。前。後。
しかし、アンジェの言う”住所のうち”が、目的地にやって来たはずなのに一向に視界に入らない。
「う~む……」
「ナイト……ここで合って…ますよね?」

「あぁ…確かにここだ。だが――」
「周りは更地だらけ――で、建物らしき物はありません。ということは……」
言葉を切ったミカが地に視線を落とすと、他の者もつられたように”ある一点”を見つめた。
その先には…ムササビの飛ぶ様子が刻まれた、金属製の円盤。
大人の歩幅くらいの直径がある、ぶっちゃけマンホールの蓋である。
ロンドがぐっと眉間に皺を寄せる。
ただでさえ強面の厳つい顔立ちである彼がそんな事をすると、鬼もかくやという迫力だ。
「この下…って、おいおい、マジかよ?」
「メモの住所が間違いという可能性もなくはないでしょうが、依頼人自身が書いた物だから…、少し考えにくいですね。メモの隅にも同じムササビのイラストが描かれていますし、ほら、蓋のデザインと一致しますよ」
「親父さんにもっと、色々聞いておくべきだったか?…まぁ、詳しいことを知ってる様子でもなかったが」
「しかし、またなんでこんな所で――」
いざ、と赴いた依頼先が一風変った場所であったことに戸惑ってか、ああでもない、こうでもないと話し始める旗を掲げる爪――。
やがてまとめるように、事情通であるウィルバーがおもむろに口を開いた。
「あのですね、皆さん。…リューンは古代に存在した遺跡の跡に再建されたために、地下には一部未知の領域がある…ことは知っていますか?」
「ウィルバーさん、どうした突然?…まぁ聞いたことくらいはあるが」
「例えば地下に走る下水道は旧文明期の遺産の流用だってことも知ってるよ。兄ちゃんが宿から誘拐された時に、結局下水道にいたことあったじゃない。あれのヘンテコな仕掛けも遺産の一部でしょ」
「ぐっ」
トラウマを多大に刺激されたロンドが呻くのを尻目に、彼は自分の推察を続けた。
「覚えているなら話がはやい。リューンの下水施設には確かに、旧文明期の遺跡が流用されています。遺跡は広大で、まだまだ未踏破の部分も多いです」
「……ウン?」
「下水として使えるように一度は手が加えられた場所であっても、真上に人が居付かなければ結局は清掃局からも放置される」
「使うこともない設備をケアする意味はないからね」
「そうです。それでですね……」
ウィルバーが語るには、そういう場所は浮浪者たちが寝床にしていたり、困窮した魔術研究者らがとりあえずの住処とするには絶好の場所になっているという。
一部のスラムや、夢黄街のような裏路地街でも同様の事情はあるが、リューンの地下でも似たことが起こっているというわけだ。
ナイトが不動の体勢を崩さずに言った。
「依頼人はドロップアウトした錬金術師だか魔術師だか…だったな、確か」
「あの銀色スライムの飼い主みたいに、この下がお住まいです…ってこと?」
生真面目な金髪のリーダーの指摘に、薄毛の魔術師は杖の宝玉部分で肩を叩きながら応じた。
「さて、隠れ家だか実験室代わりだか、まぁ、似たようなものなのかもしれませんし――」
「…流石にコレで、ただの忘れ物回収とはいかないよな、シリー」
「……最低限の警戒は怠らずに、潜りましょうか」
多少含むところがあれども、退屈と銀貨にゃ勝てぬ――。
丸い鉄板のへこみに指をかけたロンドが、苦もなくガッとそれを開く。
シシリーは自分のベルトポーチから光の精霊であるランプさんやスピカを呼び、マンホールの蓋の奥にある暗がりを照らすよう指示した。
一人ずつ順番に設置されている梯子を下りていくと、そこは確かに、かつて潜ったような地下水道と同じ時代の建築物らしき場所であった。
ひんやりとした空気が、冒険者たちの頬をなでる。
蓋を開けた時から鼻を鳴らしていたアンジェが、シシリーに囁く。
「……思ったより、臭くないね?」
「そうね。それに埃っぽくもないわ」
湿気が強いのは避けられないが、懸念していたような酷い場所ではない。
下水施設としての使用は、ほとんどされていないのだろう。
漂うランプさんの放つ光に、進むべき道が露になる。
「……さてと一応、注意は怠らずにいましょ。先に何が待っているかは分からないし、ね」
シシリーの発言に頷いた一行は、一列となって歩き始めた。
まずは感覚の鋭いアンジェが先頭に立つ。
続いてシシリー、ロンド、ウィルバー、ミカ、と並び、頑丈なナイトが殿を守る。
パーティのうち半分が重い鎧や武器を装備していることもあり、隠密行動には向いていないが、それでもアンジェならば相手より先に存在を察知することが出来るはずだ。
大きさの揃った石材で区切られた空間をしばらく行くと、微かな音が聞こえた気がして、すぐアンジェは足を止めて耳を澄ませた。
無駄に声を上げて遮ることもせず、仲間たちは黙って彼女の次の動きを注視している。
「勘違い……かな?何かの蠢く気配を感じた気がしたんだけど……」
「ウィルバー、魔力の流れはどうなってるかしら?」
アンジェが蠢く気配がする、と言った時から竜の牙の焦点具に魔力を集中していたウィルバーだったが、眉間に皺を寄せながら感知を行なった後、少々気難しい顔でリーダーに向き合った。

「微小な魔力が周囲に満ちている…が、特に警戒するほどのものだとは思えませんね。自然界においても、魔力が非常に強い”場”――なんてものは当たり前に存在してますし、ペコリーノ・ロマーノの素性が関係して、こうなっているのかも…」
「……分かったわ。一応、忘れないでおく」
彼らは再び、賑やかな音を立てながら前進した。
角を曲がったり、下り階段でさらに地下へ潜るたびに、ランプさんと別方向をスピカが照らしたりしているが、こんな施設にありがちな蝙蝠や鼠の類も発見することはない。
いくつかの分岐はあるものの、基本的に同じフロアに繋がるように階段が下へ向かっているばかりである。
楽でいいな、と気楽に言ったのはロンドだったが、何かおかしいな、と疑問を提示したのはナイトだった。
「そもそも……ここは、魔術師の隠れ家だったんだろう」
「ああ、そうらしいな」
「私のような、あるいはまったく別のものでもいいが、何かしら番人に相当する相手がいるのではと思っていたのだが…。小動物までいない」
「……うん?」
「依頼主がこの地を使うために、そういう邪魔者を排除したのかとも考えたのだが――」
リューンの地下施設は、蝙蝠や鼠だけに留まらず、大蛇の目撃例も清掃局に報告されている。
そういった生き物が蔓延っているのであれば、それなりの生命の気配と言うものを察知できるのに、アンジェが微かな気配を感じた後は、全くというほど音沙汰はなかった。
「どうも妙だ。そもそも、なぜここを放棄したのだろう」
「もっといい所に引っ越したくなったとか?」
「それだけの資金があるなら、我々の前金を全部現金で払った方が、依頼主には良かったはずだ。あの呪文書の価値はなかなか良かったから、現金を使ってしまった後で売り払ってもいい値がついたろうし……」
それに、とナイトは後ろをちらりと振り返った。
先ほどから魔力にも生命力にも引っかからない、ある雰囲気を感じている。
生き物ではないリビングメイルが”雰囲気を感じる”こと自体おかしいのを自覚しているが、実際、ナイトはこちらをじっと観察している存在があると考えている。
彼が人間ではないからこそ、気のせいでは片付けられないのだ。
(――もし、異変あらば、依頼主を締め上げる必要が出るやもしれん。)
ナイトがぐっと剣の柄を握り締めた時だった。
スピカを連れ、先行して長い廊下の途中の壁や床を調べていたアンジェが、何も発見できなかった安堵とつまらなさでこちらに足音を殺して近づいてくる。
「お待たせ、時間かけてごめんね。ここも特に気になるところは――ん?」
「どうかした、アンジェ?」
急に≪早足の靴≫に包まれた足を止めたホビットの娘に、シシリーが声をかける。
アンジェは目を眇めて、自分が調べ終わった廊下の奥に横たわる暗闇をしばし眺めていたが、くるんと小さな頭を斜め上に向け、早口で尋ねた。
「……今、誰か、何か言わなかった?」
「いいえ。誰も何も言ってはいないと思うけど」
ねえ、というようにシシリーが視線をやった相手はロンドである。
ナイトとどっこいどっこい位の重い装備を――鎧は頑丈さに比べて不思議なほど軽いが、スコップと曲刀の両方とも所持しているからである――身につける男だが、周りの声が届くのに支障があるほどではない。
案の定、彼もアンジェの質問を否定した。
後ろに控えている魔術師2名も、殿に控えているリビングメイルも、肩を竦めるなり首を横に振るなり、それぞれの表現法で返事を返してくる。
気遣わしげなミカが言った。

「どうしたの?」
「……さっきのように、何かの蠢く気配に加えて囁く声のようなものが聞こえたんだ」
「広い空間だぞ。どこかの隙間を通り抜ける空気の音を聴き違えた――、なんてことも事も考えられるんじゃないのか?」
「ないことはないだろうけど……あたしの聴覚だよ?」
と、アンジェは聞き耳への自信を言葉に表している。
考え込んでしまったロンドのさらに後方から、ナイトが、自分もここに他の存在があるのではと疑っていると意見を述べた。
「囁き声は聞こえなかった。しかし、監視されていないと言い切れない。魔術師なら魔法生物が、錬金術師ならその手の創造物があってしかるべき場所のはず」
「……ランプさん、ちょっと遠くまで照らしてくれる?」
シシリーの指示に従って、柔らかな黄色い光を放つランプさんが、ふよふよと漂う風船のようにして、廊下の奥や突き当たりの角を照らしてみせるものの、やはり彼らに確認できる存在は見当たらなかった。
「何にも見えないじゃないか」
「……魔力の反応も、ここに入った時と大して変わりがありませんね」
竜の牙から添えていた手を離したウィルバーだったが、しかし、と続ける。
「真上が住宅地とはいえ、古代遺跡の一部に足を踏み入れていることに違いはありません。なにがあっても、不思議ではないのかも……」
「そうね。……油断しちゃいけないわね。気を引き締めていきましょう」
「……ハッ、いかんいかん。呆然としている場合じゃない」
「……はっ、そうだよ、兄ちゃん。住所のうちを探そう」
仲間の言葉に我を取り戻した冒険者たちは、せわしなく周囲を見渡していた。
東。西。南。北。
左。右。前。後。
しかし、アンジェの言う”住所のうち”が、目的地にやって来たはずなのに一向に視界に入らない。
「う~む……」
「ナイト……ここで合って…ますよね?」

「あぁ…確かにここだ。だが――」
「周りは更地だらけ――で、建物らしき物はありません。ということは……」
言葉を切ったミカが地に視線を落とすと、他の者もつられたように”ある一点”を見つめた。
その先には…ムササビの飛ぶ様子が刻まれた、金属製の円盤。
大人の歩幅くらいの直径がある、ぶっちゃけマンホールの蓋である。
ロンドがぐっと眉間に皺を寄せる。
ただでさえ強面の厳つい顔立ちである彼がそんな事をすると、鬼もかくやという迫力だ。
「この下…って、おいおい、マジかよ?」
「メモの住所が間違いという可能性もなくはないでしょうが、依頼人自身が書いた物だから…、少し考えにくいですね。メモの隅にも同じムササビのイラストが描かれていますし、ほら、蓋のデザインと一致しますよ」
「親父さんにもっと、色々聞いておくべきだったか?…まぁ、詳しいことを知ってる様子でもなかったが」
「しかし、またなんでこんな所で――」
いざ、と赴いた依頼先が一風変った場所であったことに戸惑ってか、ああでもない、こうでもないと話し始める旗を掲げる爪――。
やがてまとめるように、事情通であるウィルバーがおもむろに口を開いた。
「あのですね、皆さん。…リューンは古代に存在した遺跡の跡に再建されたために、地下には一部未知の領域がある…ことは知っていますか?」
「ウィルバーさん、どうした突然?…まぁ聞いたことくらいはあるが」
「例えば地下に走る下水道は旧文明期の遺産の流用だってことも知ってるよ。兄ちゃんが宿から誘拐された時に、結局下水道にいたことあったじゃない。あれのヘンテコな仕掛けも遺産の一部でしょ」
「ぐっ」
トラウマを多大に刺激されたロンドが呻くのを尻目に、彼は自分の推察を続けた。
「覚えているなら話がはやい。リューンの下水施設には確かに、旧文明期の遺跡が流用されています。遺跡は広大で、まだまだ未踏破の部分も多いです」
「……ウン?」
「下水として使えるように一度は手が加えられた場所であっても、真上に人が居付かなければ結局は清掃局からも放置される」
「使うこともない設備をケアする意味はないからね」
「そうです。それでですね……」
ウィルバーが語るには、そういう場所は浮浪者たちが寝床にしていたり、困窮した魔術研究者らがとりあえずの住処とするには絶好の場所になっているという。
一部のスラムや、夢黄街のような裏路地街でも同様の事情はあるが、リューンの地下でも似たことが起こっているというわけだ。
ナイトが不動の体勢を崩さずに言った。
「依頼人はドロップアウトした錬金術師だか魔術師だか…だったな、確か」
「あの銀色スライムの飼い主みたいに、この下がお住まいです…ってこと?」
生真面目な金髪のリーダーの指摘に、薄毛の魔術師は杖の宝玉部分で肩を叩きながら応じた。
「さて、隠れ家だか実験室代わりだか、まぁ、似たようなものなのかもしれませんし――」
「…流石にコレで、ただの忘れ物回収とはいかないよな、シリー」
「……最低限の警戒は怠らずに、潜りましょうか」
多少含むところがあれども、退屈と銀貨にゃ勝てぬ――。
丸い鉄板のへこみに指をかけたロンドが、苦もなくガッとそれを開く。
シシリーは自分のベルトポーチから光の精霊であるランプさんやスピカを呼び、マンホールの蓋の奥にある暗がりを照らすよう指示した。
一人ずつ順番に設置されている梯子を下りていくと、そこは確かに、かつて潜ったような地下水道と同じ時代の建築物らしき場所であった。
ひんやりとした空気が、冒険者たちの頬をなでる。
蓋を開けた時から鼻を鳴らしていたアンジェが、シシリーに囁く。
「……思ったより、臭くないね?」
「そうね。それに埃っぽくもないわ」
湿気が強いのは避けられないが、懸念していたような酷い場所ではない。
下水施設としての使用は、ほとんどされていないのだろう。
漂うランプさんの放つ光に、進むべき道が露になる。
「……さてと一応、注意は怠らずにいましょ。先に何が待っているかは分からないし、ね」
シシリーの発言に頷いた一行は、一列となって歩き始めた。
まずは感覚の鋭いアンジェが先頭に立つ。
続いてシシリー、ロンド、ウィルバー、ミカ、と並び、頑丈なナイトが殿を守る。
パーティのうち半分が重い鎧や武器を装備していることもあり、隠密行動には向いていないが、それでもアンジェならば相手より先に存在を察知することが出来るはずだ。
大きさの揃った石材で区切られた空間をしばらく行くと、微かな音が聞こえた気がして、すぐアンジェは足を止めて耳を澄ませた。
無駄に声を上げて遮ることもせず、仲間たちは黙って彼女の次の動きを注視している。
「勘違い……かな?何かの蠢く気配を感じた気がしたんだけど……」
「ウィルバー、魔力の流れはどうなってるかしら?」
アンジェが蠢く気配がする、と言った時から竜の牙の焦点具に魔力を集中していたウィルバーだったが、眉間に皺を寄せながら感知を行なった後、少々気難しい顔でリーダーに向き合った。

「微小な魔力が周囲に満ちている…が、特に警戒するほどのものだとは思えませんね。自然界においても、魔力が非常に強い”場”――なんてものは当たり前に存在してますし、ペコリーノ・ロマーノの素性が関係して、こうなっているのかも…」
「……分かったわ。一応、忘れないでおく」
彼らは再び、賑やかな音を立てながら前進した。
角を曲がったり、下り階段でさらに地下へ潜るたびに、ランプさんと別方向をスピカが照らしたりしているが、こんな施設にありがちな蝙蝠や鼠の類も発見することはない。
いくつかの分岐はあるものの、基本的に同じフロアに繋がるように階段が下へ向かっているばかりである。
楽でいいな、と気楽に言ったのはロンドだったが、何かおかしいな、と疑問を提示したのはナイトだった。
「そもそも……ここは、魔術師の隠れ家だったんだろう」
「ああ、そうらしいな」
「私のような、あるいはまったく別のものでもいいが、何かしら番人に相当する相手がいるのではと思っていたのだが…。小動物までいない」
「……うん?」
「依頼主がこの地を使うために、そういう邪魔者を排除したのかとも考えたのだが――」
リューンの地下施設は、蝙蝠や鼠だけに留まらず、大蛇の目撃例も清掃局に報告されている。
そういった生き物が蔓延っているのであれば、それなりの生命の気配と言うものを察知できるのに、アンジェが微かな気配を感じた後は、全くというほど音沙汰はなかった。
「どうも妙だ。そもそも、なぜここを放棄したのだろう」
「もっといい所に引っ越したくなったとか?」
「それだけの資金があるなら、我々の前金を全部現金で払った方が、依頼主には良かったはずだ。あの呪文書の価値はなかなか良かったから、現金を使ってしまった後で売り払ってもいい値がついたろうし……」
それに、とナイトは後ろをちらりと振り返った。
先ほどから魔力にも生命力にも引っかからない、ある雰囲気を感じている。
生き物ではないリビングメイルが”雰囲気を感じる”こと自体おかしいのを自覚しているが、実際、ナイトはこちらをじっと観察している存在があると考えている。
彼が人間ではないからこそ、気のせいでは片付けられないのだ。
(――もし、異変あらば、依頼主を締め上げる必要が出るやもしれん。)
ナイトがぐっと剣の柄を握り締めた時だった。
スピカを連れ、先行して長い廊下の途中の壁や床を調べていたアンジェが、何も発見できなかった安堵とつまらなさでこちらに足音を殺して近づいてくる。
「お待たせ、時間かけてごめんね。ここも特に気になるところは――ん?」
「どうかした、アンジェ?」
急に≪早足の靴≫に包まれた足を止めたホビットの娘に、シシリーが声をかける。
アンジェは目を眇めて、自分が調べ終わった廊下の奥に横たわる暗闇をしばし眺めていたが、くるんと小さな頭を斜め上に向け、早口で尋ねた。
「……今、誰か、何か言わなかった?」
「いいえ。誰も何も言ってはいないと思うけど」
ねえ、というようにシシリーが視線をやった相手はロンドである。
ナイトとどっこいどっこい位の重い装備を――鎧は頑丈さに比べて不思議なほど軽いが、スコップと曲刀の両方とも所持しているからである――身につける男だが、周りの声が届くのに支障があるほどではない。
案の定、彼もアンジェの質問を否定した。
後ろに控えている魔術師2名も、殿に控えているリビングメイルも、肩を竦めるなり首を横に振るなり、それぞれの表現法で返事を返してくる。
気遣わしげなミカが言った。

「どうしたの?」
「……さっきのように、何かの蠢く気配に加えて囁く声のようなものが聞こえたんだ」
「広い空間だぞ。どこかの隙間を通り抜ける空気の音を聴き違えた――、なんてことも事も考えられるんじゃないのか?」
「ないことはないだろうけど……あたしの聴覚だよ?」
と、アンジェは聞き耳への自信を言葉に表している。
考え込んでしまったロンドのさらに後方から、ナイトが、自分もここに他の存在があるのではと疑っていると意見を述べた。
「囁き声は聞こえなかった。しかし、監視されていないと言い切れない。魔術師なら魔法生物が、錬金術師ならその手の創造物があってしかるべき場所のはず」
「……ランプさん、ちょっと遠くまで照らしてくれる?」
シシリーの指示に従って、柔らかな黄色い光を放つランプさんが、ふよふよと漂う風船のようにして、廊下の奥や突き当たりの角を照らしてみせるものの、やはり彼らに確認できる存在は見当たらなかった。
「何にも見えないじゃないか」
「……魔力の反応も、ここに入った時と大して変わりがありませんね」
竜の牙から添えていた手を離したウィルバーだったが、しかし、と続ける。
「真上が住宅地とはいえ、古代遺跡の一部に足を踏み入れていることに違いはありません。なにがあっても、不思議ではないのかも……」
「そうね。……油断しちゃいけないわね。気を引き締めていきましょう」
2017/03/22 11:41 [edit]
category: 再びパーティ会議後の霞を食っては…
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