狼の隠れ家――西方屈指の大都市、交易で栄えているリューンの片隅にひっそりと存在する、冒険者の店の中でもまずまず老舗に数え上げられる宿である。
 そこに所属する旗を掲げる爪は、聖北教会からの依頼により、緑の都ヴィスマール北方に位置する山地の端っこまで出かけ、最果ての魔女と呼ばれる大量殺人犯を討伐して戻ってきていた。
 教会からの依頼、ということで報酬にさほど期待はしていなかったのだが、魔女の遺物を好事家に売りつけたところ思いがけない臨時収入となり、しばらくはのんびり休養していたのである。
 ただ、冒険者稼業に精を出す輩と言うのは、とかく退屈が天敵となるようだ。

霞を食っては…


 だから――その依頼の貼り紙に惹かれたのも、ある意味では職業病だと言えるだろう。
 昼下がり。
 昼食目的の客はとうに去り、夕食にはまだまだ早い。
 そんな中途半端な時間帯であるからか、美味いご飯を提供すると密かな評判の狼の隠れ家にも、今は閑古鳥が鳴いていた。

「胃袋が満たされると、眠くなるね……」

などと言いながら、どんぐり眼を眠気に蕩けさせたアンジェが、よく使うテーブルへ頬をぺたりとつけている。
 彼女の小さな頭を小気味いい音をさせて叩いた宿の亭主は、

「寝るならちゃんと部屋に戻れ」

と注意した。

「居眠り客を起こす手間ときたら、ゴブリン退治より面倒だ」
「親父さん、豪腕なんだからちょっとは手加減してよ……痛いなぁ」

 この宿の亭主、かつては旗を掲げる爪がつれて来たコカトリスの突進を受け止めて再会を喜び、今や英雄クラスの実力者である先輩冒険者とも、木刀で殴り合いが出来る戦士である。
 当然、軽くはあっても叩かれれば、それなりに痛い。

「いや、まあ、アンジェの言いたいことも分かりますよ」

 ウィルバーは、欠伸を押し殺しつつ、前の依頼で入手した呪文書を捲る手を止めた。
 呪文書の表紙には、古代魔法文字で【死者の法】と表題が書かれているが、別に彼自身は死霊術師(ネクロマンサー)というわけではないし、この術を使うかどうかは決めていない。
 今までの冒険により、いささかの死霊術の心得があり、2つの術を使用しているというだけである。
 そんなウィルバーは、元々富裕層に属する商人の息子でもあり、常々感じていたことを素直に口にした。

再びパーティ名会議

「冒険者になって、初めて飢えと渇きの辛さを知りました。保存食の味気無さと、その後の食事のありがたさもです。ここの食事を食べた後でなら、ゆったりまどろみたくもなりますよ」
「え?保存食おいしいよ?」
「お前、せっかくウィルバーさんに賛同してもらっておいて、そこは否定するのか……」

 呆れたように首を横に振ったロンドは、妖精のムルのために剥いた桃を細かく切り分けていた。
 ワクワクして目を瞠るムルの横では、特に食物を摂取する必要はないが、桃のいい匂いに誘われたフォウの眷属たるスピカが、興味深そうにロンドのナイフの動くさまを見ている。
 ぴ、と手についた汁を切って再び口を開く。

「まあ、世の中面白そうな事ばかりだからな。好奇心が抑えきれないって時は、空腹も気にならない。アンはちょうど逆なんだろ」
「つまり、今は退屈してるから満腹で眠くなる、と……。なるほど」

 ミカが感心したように相槌を打ったが、彼女の従者であるナイトが「自分はその意見に疑問を呈する」とでも言いたげに頭、もとい兜を斜めに傾いでいた。
 仲間たちの話を黙って聞いていたシシリーは、ふと掲示板にある一つの貼り紙に注目した。
 より正確を記すなら、貼り紙の極太の文字で書かれている部分に、である。

「【冒険者急募】ですって……?」

 触り慣れた羊皮紙には、

『遺失事件が発生。これをすみやかに解決してくれる冒険者を募集しています。生存術に長けた方ならば、半日も掛からない仕事です。我こそはと思う方は亭主殿に仔細をお尋ねください。』

とある。
 何となく興味を引かれたシシリーは、掲示板からその依頼書を丁寧に剥がすと、仲間たちの集うテーブルの上へ丸まらないよう押さえながら広げた。
 半腰になって掲示板へ手を伸ばしていた時からリーダーに注目していた面々は、どれどれとそれを覗き込んで検討し始めた。
 アンジェとミカがさっそく疑問点を口にしている。

「報酬が銀貨千枚、か。悪くはないけど、なんで生存術が出てくるの?」
「さあ……遺失物が、すごい寒い僻地にあるとかでしょうか?」

 2人の話を聞いていたリビングメイルは、自分の考えを呟いた。

「それか、遺失物がよほど運びづらい、厄介な相手だったりするのかも知れない」
「生き物ってことか。何かの面倒見るのは、俺に向いてないんだが」
「……いや、ロンドは結構、ムルの面倒見てると思いますけど。それより、ここですよ」

 とんとん、と骨ばった長い指が貼り紙の依頼主の欄を叩く。

「依頼人、ペコリーノ・ロマーノ。これがどうかしたのか、ウィルバーさん?」
「もしかして知ってるの?」

 ロンドとシシリーの質問に頷くと、ウィルバーは覚えている限りの情報を答えた。

「ペコリーノ・ロマーノと言えば、賢者の塔の非常勤講師だったとか、錬金術師の大家の元で新元素の発見に貢献したとか、様々な噂がある青年ですよ。元所属の私でも知ってるくらいですから、大きな街の魔術師学連の支部なら、ほとんどの人が承知しているんじゃないかと」
「そ、そうなんですか?ごめんなさい、私は知りませんでした……」
「ああ、ミカが知らないのは仕方ないんです。あの人物は見るからに怪しげな風体をしてるそうですし、ここ最近はペコリーノ・ロマーノの名が搭で出てきたことはありません。あなたはほぼ独学で魔術を修めてきた後にライリーさんの師事を受けていますから、彼の場合、あえてあなたに教えなかったのでしょう」

 知り合って楽しい人物というわけでもないですし、と付け加えたのは、ウィルバーの良心というよりは偽りなき本音といっていい。
 ミカに植物系魔法の手ほどきをしたロバート・ライリーは、かつて賢者の搭に所属していたが、あるホムンクルスにより身体を改造され、学連から放逐された魔術師である。
 気骨ある柔軟な思想の持ち主であり、内気な傾向のあるミカに癖の強い相手と引き合わせることの無いよう、配慮したものと思われる。
 アンジェが首を捻る。

「ってことは、この依頼は受けない方がいいの?」
「さて……この人が、依頼を冒険者の店に持ってくること自体、想定外でしたからね。これが変な生き物の捕獲とかなら、一も二もなく止めておけと忠告するところですが……」

 ウィルバーはそこで言葉を切り、≪海の呼び声≫を左右に振った。
 ただの遺失事件ならば内容次第だと、暗に言っているらしい。
 シシリーは、未だテーブルにほぼ突っ伏したままのホビットの娘に目をやり、仕方ないなというように苦笑してみせた。

「退屈の虫が疼いてる人もいるんだし、ちょっと聞いてみましょうよ。本当に困っていて、そう時間をかけずに戻ってこれるのなら、少しは稼いでおいてもいいじゃない」
「うう~っ、罠を外したり鍵を開けたりしたいよー」

 アンジェは当たり前の子どものように、がったんがったんと机に両腕を投げ出して揺らし始めた。
 ただし、口にしている内容については明らかに子どもの遊びの範疇には含まれないが。

「親父さん、この貼り紙だけど…」
「ん?」

 亭主は拭いていた皿を脇に置いて、シシリーの剣胼胝のある手から貼り紙を受け取ると、顎を手を当てふんふん頷きながら読み進める。

「ああ、コイツか……。話によると、遺失物の捜索だなんて大袈裟なもんじゃないらしい。目的の物がどこにあるかってのは分かっているから、ワシに言わせると忘れ物の回収ってのが近いかね」
「…わ、忘れ物?」
「…冒険者に依頼するほどのことじゃない気もするのだがな」

 解せない様子のミカとナイトの反応に、宿の亭主は肩を竦めた。

「向こうさんにも事情があるんだろ。考えようによりゃボロい仕事だぞ。リューン市内の話なんだから、お使いまがいのことで銀貨千枚だ」
「ペコリーノ・ロマーノは、そんなに景気良く支払いが出来る状態にあるんですか?」
「ああ、荒稼ぎしとるようだからな。銀貨を冒険者に支払ってでも、今やってることから手を離したくない時期なんじゃないか?」
「……荒稼ぎ、ですか?あの人が?」

 まだ不審そうな表情のままのウィルバーに、個人的な知り合いかと尋ねる。

「魔術師学連にいた頃に、名前と評判を耳にした程度です。顔見知りとまではいきませんが……」
「そうか。あの男、今は冒険者の宿やら戦士のギルドなんかに魔法のアイテムやら中古武器、その他消耗品なんかを仕入れてきては安く卸している」
「そんな商売あるんだね。知らなかったよ」

霞を食っては…1

「うちも時々、世話になってるぞ。傷薬なんかをまとめ買いするんだ」
「はぁ……なるほど……」

 そういう繋がりで持ち込まれた依頼だったのかと、シシリーは納得した。

「ふーん。じゃ、おかしな依頼ではないみたいだね」

 アンジェがそう判断を下したのには、ちゃんとした理由がある。
 冒険者の宿に出入りをする人間と言うのは、個々の宿によって質が千差万別と言っていい。
 宿の亭主の伝手が大きくものを言うからだ。
 商人連中に恩を売っていたり顔が広かったりする店主ならば、自然とこちらへ品物を卸しに来る人間も、なかなか押し出しのいい者がやって来る。
 反対に、建てたばかりの店や、宿の亭主があまり人脈や人望のない人物だったりすると、やはり出入りする人材も気性が荒いか、相手の足元を掬おうと虎視眈々狙うような者だったりする事が多い。
 狼の隠れ家は、同一の亭主が半世紀以上営業している宿だ。
 この宿から巣立った英雄も複数名おり、時折、所属している冒険者の方がビックリするような伝手を持っていることもあるので、下手な品を寄越すような商人なら、まず取引をしていないだろう。
 亭主はポンと手を打つと、ロンドがムルに食べさせていた桃(今は種と皮だけ)を指差した。

「食材なども扱っとる、今日出した桃もその一つさ。それに今夜、うちで新しい食材を試して欲しいと申し入れがあったんで、お試しということで引き受けておいた」
「おお、こいつも依頼人の商品なのか。ずいぶんと手広くやってるんだな」
「新しい食材とは何でしょう?」

 ウィルバーの疑問には、宿の亭主も詳しくは知らないと首を横に振った。
 ただ、もうすぐ納品の約束の期限であり、もし評判がよければ継続的に仕入れるつもりでいるらしい。
 亭主の抜け目のなさに感心したウィルバーだったが、一応彼について聞き及んでいる評判を加味して、本当に大丈夫な依頼なのかと問うた。
 宿の亭主は、桃の残骸しか残っていない皿をカウンターに下げてから言った。

「いい噂がないのは知ってるが、悪い噂も聞いてはおらん。今はそれで十分だろう」
「親父さん、待ってちょうだい。そもそも、回収する対象は何なの?実験魔法生物だったりしたら、さすがにちょっと考えるけど」
「いや、回収するのは赤く分厚い表紙の本だそうだ」
「本だけ?」
「あら、ちょっと拍子抜けですね。それなら本人が取りに行ったらいいのに、と思うのですけど……」
「さっき言っただろう、お嬢さんたち。新たな食材の納品で、忙しいのさ。所在地には他に紛らわしい物はないから、すぐに分かると言われておる。住所が書かれたメモ、見るか?」
「どれ、私に見せてください」

 ウィルバーが受け取ると、そこにはリューンの一角に位置している、ムササビ通りの住所が書かれていた。
 貴族や大商人たちが居を構える高級住宅街になる…はずだった通りである。
 実際には、住居者はかなり少ないことをウィルバーは承知している。
 宅地開発の負け組、とも俗に言われている。

「これはまた、景気がいいんだか悪いんだか、微妙な所に居を構えてますね……」
「……といいますか、私はこの住所に、魔法使いが使うような大きな家とか、見た覚えがないですけど」
「……どうする、みんな?やめとく?」

 躊躇の見える魔術師2人組みに、さしもの好奇心旺盛なシシリーもしり込みをしている。
 だが、退屈の虫というのは、時に一番のリアリストの判断すら狂わせることもあり……。

「えーっ、やだ!これ以上退屈しちゃうよりは、行って判断しようよ!」

などと可愛い(そして、前の依頼で無茶をさせた)妹分に主張されてしまえば、絶対に反対する理由などあるわけでもないのだ。
 依頼を引き受ける旨を亭主に伝えると、彼は、ペコリーノ・ロマーノは依頼の前金を銀貨ではなく、呪文書で払う選択肢も提示しているというので、先に呪文書がどんな品か見せて貰うことにした。
 店の奥から古びた書物の束を抱えて戻ってきた亭主が、ゆっくりとそれらをカウンターに広げる。

「【激昂の法】、【氷柱の散弾】……聞いたことはないが、オリジナルの魔法だろうか?」
「おや、【破魔の印】ですか。渋いセレクトですねえ」
「ウィルバーさん、こっちのは【風精召喚】ですよ。結構、価値が高いものを持ってきてくださってますね」

 自分の核たる竜血の魔法陣から魔力を汲み出すナイト、駆け出しの頃から慎重に魔法を取り扱ってきたウィルバー、植物系魔法というマイナージャンルを驀進中のミカの三名が、すらすらと依頼主が前金代わりにと持ち込んでおいた品を鑑定した。
 ナイトが淡々と呪文書を見回して、

「これは……銀貨千枚を貰うより、四百枚を貰って価値の高い呪文書を選んだ方が、得をするのではないか?」

とリーダーに意見した。

「そうね。【破魔の印】や【風精召喚】を選ぶなら、後で売り払っても金額的に千枚近くはなるだろうし」
「減額する代わりに技能書を受取るかい?この手の依頼にしちゃ十分な報酬だろうし、依頼人は妙に技能書の受け取りを薦めてきたからな。現金の支払いはなるべく抑えたいのかもしれん」
「なら……そうね、【風精召喚】にしましょうか。【破魔の印】は取り扱い方が難しいと聞くし、ウィルバーはこの手の術は苦手なんでしょう?」
「あまり向いていませんね。【風精召喚】なら、魔力操作技術の上がってきたミカか、ひょっとしたらナイト辺りが使えるかもしれません。やはり貰うのならこちらでしょう」

霞を食っては…2

「そいつにするか。うむ、では残りは返しておこう」

 宿の亭主は該当の呪文書をウィルバーに渡すと、後の書物を束ねて片付けた。
 そのまま、必要最低限の荷物をまとめた冒険者たちが、ムササビ通り目指して出発するのを見送る。

「さて……あいつらが戻ってくるまでに、納品される新しい食材で旨いもん作って待っててやるかね」

 亭主は一番愛用している包丁を掴むと、砥石を水に漬けて研ぎ始めた。

2017/03/22 11:35 [edit]

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