黒いローブと帽子に身を包んだ年若き魔女は、赤く沈んだ目を闖入者たちへ向けていた。
 旗を掲げる爪と名乗りを上げた冒険者たちが武器を振り上げるのを、陶器のように白い手が魔力を発するたびに軌道を逸らし、あるいは床へ叩きつけている。
 タンタ・トルク――金の髪に赤い瞳を持つ彼女は、じっと彼らを統率する娘を見つめた。
 骸骨騎士に長剣を叩きつけながら、すかさず打ち込まれる反撃を鎧の肩パーツで最小限の被害に留めんと動いている。

 自分と対極の――いかにも健やかそうな、柳のようにしなやかな人間。
 ギリ、と歯軋りをする。

(己が――忌まわしい太陽へ過敏に反応する体質でなかったら、あるいはあの娘のように、尋常な色をした眼球をもって生まれていれば――ただの人として、扱って貰えたのだろうか?)

 いいや、と彼女は内心で否定した。
 タンタ・トルク、他に並び立つものもない悪魔との契約を果たした偉大なる魔女は、たとえあのような姿で生まれてきたのだとしても、自身の抜きん出た才能が、凡百に埋もれることを許さなかったはずだ。
 彼女は緑色の硝子製に見える魔女の軟膏が入った器を、聖職者が聖杯を掲げるかのごとく持ち上げた。
 そこから立ち昇った濃厚な魔法の波動が、突風のように冒険者たちへ吹きつける。
 波動を受けた途端、この部屋へ突入する前にかけたらしいタンタ・トルクの知らない術式の防護魔法が、鱗のように剥がれ落ちていった。
 スコップを両手で振り回し骸骨騎士の肋骨を砕いた大男が、急に武器を持て余すように感じ、脱力していく身体の状態に気付く。

「くっそ、コノヤロウ……!」
「下がってください、ロンドさん!もう一度、魔法をかけ直します!」

 大きな鍵という一風変わった形の発動体をかざし、若い女性が呪文を唱え始めた。
 それを邪魔しようとタンタ・トルクの細く白い指が動く射線上に、すかさず氷の馬に騎乗したリビングメイルが、盾をかざして立ち塞がる。

「お退き、邪魔者!」

 タンタ・トルクの指先から、死の気配を伴った光線が突き刺さる。
 ナイトは辛うじてそれを防いだが、盾がなければ――本の中の搭を攻略している他のパーティから譲られた防具がなければ、恐らく魔法に抗しきれなかったろうと理解していた。
 乱戦、とでも評すことの出来るこの状況を、冷静に見下ろしている視線があったが、タンタ・トルクがそれを悟ることはなかった。
 通常であれば可愛がっている使い魔の鴉に、周囲の様子を見張らせているのだが、鴉は今や旗を掲げる爪との戦闘に積極的に参加している。
 そのため、搭の外壁を伝って、外気を取り込むためにと開けられている小さな窓から覗き込むアンジェに、気付かれる気遣いはない。

(アレが姉ちゃんの言ってた軟膏だね……。)

 先ほどまで魔女が掲げていた小さな瓶は、アンジェの視界内にしっかり映っていた。
 仲間たちが魔女の魔法で傷つき、毒を喰らい、血を流している姿も捉えていたが、アンジェは自分に課せられた任務を放り出すほど子どもではなかった。

(姉ちゃんが勝機を掴むために考え出してくれた策だもの……。あたしが成功させないでどうするのさ。)

 ウィルバーとミカが攻撃魔法を唱えては魔力を射出しているが、そのたびにタンタ・トルクに、拮抗して反発する魔力の霧――ジャミングによる妨害を受け、ろくにダメージを出せずにいる。
 壊れかけた骸骨騎士が、ミカを庇ったウィルバーの腕を切りつけた。
 アンジェはすぐにでも駆けつけたい衝動をこらえて、じっと機会を窺っている。
 黒魔術が仲間たちを蹂躙し――血を流しすぎた誰かが膝をついた頃、茶色いどんぐり眼が鋭い光を放った。

最果ての魔女3

「今だっ!」

 窓の縁を魔法の靴で蹴りつけ――白い翼を畳むようにして、凄まじいスピードで魔女の真上から落ちる。
 視界が翳ったことに怪訝な顔をしたタンタ・トルクは、さすがに視線を彷徨わせたが――もう遅い。

「!?」
「いただきっ!」

 地面すれすれで翼を広げたアンジェが、神業の手捌きで魔女の至近をすり抜ける直前、小さな瓶の軟膏をタンタ・トルクから掏り取った。
 掏った後に落下の勢いがつき過ぎて、ごろごろと着地がてら床を転がって行ったが、幸いにして翼によるクッションが効いて、アンジェは怪我らしい怪我もしていない。
 四つんばいになって立ち上がろうとしている仲間に、目の前の出来事を待ち構えていたロンドが、人の悪い笑いを浮かべる。

「大した追剥ぎだぜ、アン!」
「人聞き悪いよ、兄ちゃん!」
「おのれ……おのれええぇえっ!」

 怒りの言葉と共に放出された魔法の力が、容赦なく冒険者たちの体に突き刺さる。
 だが、この戦いの終わりも近い――そう感じたのは、間違いではなかった。
 何度も攻撃魔法を食らったものの、大柄な身体から流れる血をものともせず、強い意志の力で次なる魔女の一撃をこらえたロンドは、猛牛すらも凌ぐほどの勢いでタンタ・トルクへと走り寄る。
 自分の防御も捨てた、燃え盛るスコップに全体重を乗せた一撃――これが最果ての魔女を貫き、断末魔が部屋一面に木霊した。

最果ての魔女4

「やったか!」
「アアアアーーー!!!」

 人とも思えぬ強力でスコップに串刺しにされた彼女の身体は、スコップの魔法の炎で半ば以上が炭化しており、助かる見込みがない事が当人にも分かっていた。
 暗い床の上で仰向けになった魔女は、恨めしそうな目でロンドを見上げている。
 2人は無言で視線を交し合った。

「……」
「……」

 彼が腰の曲刀を引き抜くと、端から血の流れる唇を動かして魔女は言った。

「私は……生きるために必要なことを、した、だけ、よ。あなただって……他人から排斥さ、れた、こと、あるんでしょう……?」

 厳つい体躯や強面に、年に似合わぬ白髪という出で立ちのロンドである。
 リューンなどの大都市であればともかく、ちょっとした迷信がまだ色濃く残る地方では忌避されるべき対象にされるはずだと、顔を合わせた最初から彼女には検討がついていた。

「笑い種、だわ……排斥、される、者が、同士を、殺す、なんて……」
「一緒にするな」
「………」
「確かに、俺を追い出した奴はいたさ。だが、ちゃんとその後で、俺を受け入れてくれる奴もいたんだ」

 同士だと思った男の身体に隠れるようにして、例の金髪の娘が佇んでいる。
 魔女は澄明な碧眼と視線を合わせることで、娘が彼を受け入れた輩だと察した――同じ金の髪を持ちながら、健やかな身体から信頼できる仲間を作る心まで、自分とは対極にあるのだろう娘――だとすれば、すでに語るべき言葉はタンタ・トルクにない。
 ロンドは、目の前に力なく四肢を投げ出す魔女の首筋に、サンブレードの刃を当てると……それを一気に引き切った。
 魔女の首を塩漬けにして依頼主から預かっていた器に保管し、居室から残っていた呪文書を回収すると、彼らは静かに最果ての搭から引き上げた。
 そして、その日の夜――次の人里に辿り着くには距離があり過ぎるだろうと、冒険者たちは山の中腹にある小屋に泊まった。
 元は木こりか薬草取りの家だったのだろうが、今は住む者もおらず空き家となっているのを、旅人たちが勝手に使っているのである。
 往路にも小屋に泊まり、冒険者たちで掃除をしておいたため、埃などもひどい状態ではなく、シシリーとロンドが暖炉にくべる枯れ木を集めて、彼らは暖を取った。
 季節としては春なのだが、さすがに標高の高い土地にいるため、夜はかなり冷える。
 赤く燃える暖炉の火で、アンジェとナイトで捕まえてきたウサギや椋鳥を捌いて炙り、腹を満たした。
 そのまま、毛布を敷布団に、マントを掛け布団代わりに設えた仲間たちが、眠りの国への門を潜る間に――ミカは、何となく回収した呪文書を捲っていた。
 それから、どれほどの時間が経っていたのだろう――。
 パチリ。

双子星1

 暖炉の火が爆ぜる音が聞こえて、ふとミカは読んでいた書物から目線を上げた。
 静かな夜である。
 それは大都市を遠く離れた場所が今宵の宿である、ということもあったろうが、今日のように難しい戦いを勝ち抜いて生き残った夜は、殊更静けさが身に染みる。

「――おや?」

 睡眠を取る必要のない、ミカの従者の姿がない。
 どこへ行ったのだろうと訝しく思いながら、上げた目線をフラフラ彷徨わせていると、外に佇む鎧の姿と明かりが映った。

「……」

 ミカは他の仲間たちを起こさぬよう、音を立てないように身を起こすと、そっと扉を開いてナイトのいる外へ出て行った。
 夜風がふわりとミカの赤毛を嬲る。
 鎧はまるで陳列された品のように、不動のままそこに立っている。

「何してるんです、ナイト」
「主殿。空だ」
「空……?」
「ここは星が鮮明に見える。リューンとは、違うな」

 確かに、頭上には満点の星空が広がっていた。
 リューンではまず、お目にかかれない光景だろう。

「特にこの季節は、双子星が一際輝く」

 ナイトが指差した方向の星に、ミカも見覚えがあった。

「……よく、あなたがご存知でしたね」
「昔、コランダムが……星をモチーフにした魔法の仕掛けを使っていたことがあった」

 まだナイトが冒険者となる前に、ウィルバーが虜囚と言うよりはむしろ実験台として敵に捕まっていた時のことである。
 苦い思いも含んだ記憶であったが、ナイトは淡々と説明したに留まった。
 キメラの開発に勤しんでいた魔術師は、黄道十二星座のカードが貼り付けられた魔道書を、扉の開閉のトリガーとして用いていた。
 彼が示したのは、その書の中にもあった双子星――ジェミニである。
 御伽噺にも出てくる有名な星だ。
 それぞれの星には双子の童子が住み、夜ごとに笛を奏でるという。
 ミカはゆっくり常緑樹の瞳を閉じて、双子星の神話を暗誦した。

「仲睦まじい双子は、海に落とされた時も抱き合い、同じ場所へ行こうとした――」
「うむ。主殿こそ、よく覚えていたな」

 星たちはただ、静かにそこに瞬いている。
 二人並んで双子星を眺めていると、しばらくしてポツリとナイトが呟いた。

「自分も……」
「え?」

双子星2

「……いや、なんでもない」

 仲睦まじい、というのは違うのだろうが。
 従者である自分も、もしミカが窮地に立たされることがあれば。
 決して傍を離れることはするまいと、彼は口にすることなく決意していた。
 それは、あの孤独な魔女の最期を看取ったからこそ、浮かんだ考えであり――魔法生物の身でありながら、人と同じように自我を持ったナイトの、誇りを持った誓いであった。

「そろそろ帰る。この身は寒暖の影響を受けないが、夜露に濡れるのは嬉しいものではない」

 歩き出そうとした鎧の身体が、珍しいことにぐらりと傾いた。

「……っとと」

 草むらに隠れていた木の根に躓いたらしいナイトに、ミカはそっと手を差し出した。
 人ではないのに人よりも気遣ってくれる、優しい己の従者に微笑みかける。

「一緒に帰りましょう」

 数瞬の躊躇いの後、ナイトは、ミカの手を砕かぬよう細心の注意を払い、おずおずと握った。
 並んだ二つのランタンが、暗い夜道を進んでいく。
 天上から見れば、それもまた、星のようだったかもしれない。

※収入:報酬2000sp、【死者の法】【追剥】
※支出:
※ニョロ様作、最果ての魔女&たとい様作、双子星クリア!
--------------------------------------------------------
62回目のお仕事は、ニョロ様作の最果ての魔女と、たとい様の双子星でした。
本当は最果ての魔女が7-8レベル対象のシナリオなので、レベルオーバーだったんですが……いや、私、リューン準拠の対象レベル内で、このシナリオをクリアしたことなかったんですよね……。
それくらい私の戦闘の仕方が下手だ、ということもあるのでしょうが、今が一番個人的に適性だと思える範囲内だったので、思い切ってやらせて貰いました。
結果として、技能を獲得し、タンタ・トルクにトドメを刺すまで20ラウンドもかかっておりますので、私の下手加減ではちょうど良かったんではないかなと思います(笑)。
最果ての魔女自体はクロスオーバーが無いのですが、今までの経歴からまた勝手にクロスしております。

≪赤い一夜≫団の討伐依頼=flying_corpse様の赤い一夜
元・御堂騎士の勇士といざこざがあった=大地の子様の死こそ我が喜び
天使信仰の司教によって教会を強制的に利用=塵芥式ネン様の芋虫男と墓場の犬
お尋ね者とされていた魔女に会った=比呂由希様の魔術師からの脅迫状

また、最果ての搭がある場所についてシナリオ中では言及されていなかったのですが、後でやる双子星のために(このリプレイ内限定で)決定してあります。
「ヴィスマール北方に位置するデロゥキア山地の端」という一文で分かる人も多くはないと思いますが、これはブイヨンスウプ様の『竜殺しの墓』に出てくる地名です。
最近作っている街シナリオで、色々と竜に関わる地を調べていたのですが、何となく最果ての搭のまさしく幻想的な背景画像に、この辺りが相応しいように思えて……あの綺麗な背景画像を竜が飛んでいくのを見たい(どうもすいません)。
タンタ・トルクは、本編で全く自分のことを語っていないのですが、ビルダーで覗き見た限りで表示されている彼女の半生を考えると、少しは冒険者に何らかの感想を抱いたり、文句言ったり愚痴言ったりしたくなるのではと、義母に疎まれたロンドに絡めて、最期にちょっと喋っていただきました。
ニョロ様のシナリオの意図と違っていたら、真に申し訳ございません。

後半の双子星は、「一週間で、一日一つシナリオを作ろう!」というたとい様のチャレンジ企画の作品です。

双子星

こんな少ない画面展開で、滔々と2人の関係を作り上げてしまうたとい様すごい。
それで、たまたまナイトを連れ込んだひなた様の『赤い花は三度咲く』と、同じ星のカード絵を使っていらっしゃったので、その時のこともちょっとだけ出しながらのお話にしてみました。
今度は必ず死ぬまでお供しようと決意するナイトと、その決意を何となく察しているけど口には出さないミカさんの一夜を作ってみたかったのです。
使われているBGMがシナリオにぴったり合ってて、ずっと画面を見ながら聞いていたくなります。
本来は草原の夜の話なんですが、今回は山地でやらせていただきました。
ニョロ様、たとい様、面白いシナリオをありがとうございました!

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。

2017/03/13 12:40 [edit]

category: 最果ての魔女の後の双子星

tb: --   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

カレンダー

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

辺境に足を運んだ方の人数

▲Page top