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「最果ての魔女……ですって?」

 そう呟いた彼女は、細い眉をしかめるようにして彼を見つめた。
 狼の隠れ家、と呼ばれる老舗の冒険者の店でも、かなりの実力者と目されているパーティのリーダーは、聖北教会の依頼人としての全権を託された彼にとって、意外なほど若く、初めは本当に依頼に値する人物かと訝った。

最果ての魔女



 しかし、対峙してみるとよく分かる。
 聖北教会の聖印を首から提げた、癖のない金髪のこの娘は、恐らくは筋肉をこれ見よがしに誇示する戦士や、いかにも交渉に長けた様子のすれた感じを与える魔術師などよりも――実力が、上なのだ。
 こちらをひたと見据える青い双眸は、光を湛えた海のごとき澄明さで話し相手を見透かすようにも思える。

(これは、よくよく腹を決めて話さねばならぬ。)

 紺色の粗末なローブの中で、男は決意を固めて身じろぎした。
 これから話す討伐対象について表裏なく語らねば、彼女は依頼を受けようともしないだろう。
 まるで見えない後光でも差しているような、妙な威圧感を感じつつ、彼は再び口を開いた。

「聖北の教義に叛く、悪しき魔女。タンタ・トルク。悪魔と交わい得た力をもって人々を惑わし、作物を枯らす……と噂される魔女を、異端審問にかける予定だった」
「悪魔と交わって……ね」

 微かな苦笑が、シシリーと名乗った娘の口元を過ぎった。
 鉄格子の嵌まった明り取りの窓から、はらりと白い花びらが舞い込む。
 ここは狼の隠れ家の中でも、内密にしたい依頼の話をする時などに使われる半地下――かつては≪赤い一夜≫団の討伐依頼について宿の亭主とやり取りをした一室である。
 シシリーは、その頃にはまだ仲間であった黒い翼を思い出しつつ、表向きは依頼主へ質問を重ねた。

「予定だったということは……?」
「ああ。派遣された我が教会の御堂騎士を、十人以上殺害された」
「ご存知なのだろうと思っていたのですけど――旗を掲げる爪は、かつて元・御堂騎士の勇士といざこざがあったんですが、それでも私どもを雇いたいのかしら?」

 彼女が匂わせたのは、ミカやナイトが途中加入する以前にあった仕事のことで、すでに聖北教会を退いたはずの老人からクドラの祭器を教団に渡さず回収するよう、頼まれた時のことだった。
 モーゼル卿と言う名前の第1次聖墳墓戦役で勲功を挙げた老雄は、実は異教徒に対する常軌を逸した猟奇的な弾圧が問題になり、教会から内々に追放された人物である。
 そんな人物が、よりにもよって今まで自分が弾圧してきたクドラの祭器を使って邪神を降臨し、我が身を若返らせようと企んでいたのであった。
 はたして依頼人は、慌てたように掌をこちらに向け横に振った。

「あの御仁の話ならば、こちらも聞き及んでいる。彼はとうに教会とは関係のなき身であり、我々としてはその後に彼が何をしていたとしても関知はしない。当然、彼と諍いのあった冒険者だとしても、それは聖北教会にとって何ら意味を含むことはない」
「そうですか。では話を続けましょう。最果て、という異名には何か意味が?」
「かの魔女の居城なのだ」

 男の話によると、ヴィスマール北方に位置するデロゥキア山地の端、天空を裂き聳え立つ塔に、タンタ・トルクが引き篭もっており、その搭の名前が、最果ての搭と御堂騎士の間で囁かれるようになったという。
 派遣された教会勢力は、正面から搭へと立ち入って彼女を引きずり出し、教会へ移送しようとしたのだが、力ある魔術師が当然そうであるように、最果ての搭の内部は、彼女の領域として様々に魔法的な仕掛けを施してあった。
 結果――愚かにも対策を練らずに押し入った者たちは、誰一人として生還できなかった。
 辛うじて、魔女の仕掛けのことを外で待っていた修道女に伝えた騎士も、体中から血を噴き出す様にして程なく息絶えたらしい。

「つまり、もし私たちが依頼を引き受けた場合――タンタ・トルクの手の内で戦えと?」
「狡猾な魔女は、決してあの搭から外へは出ようとしないだろうからな。搭の中で戦うのなら、御堂騎士団が任に当たるよりは、冒険者の方が状況を打破する手段を持ち得ているだろう、というのが大方の見方だ」
「大方の、ではなく、上層部の、ということではありませんか?」

 くすりと小さく笑ったシシリーは、昨年末によく手伝いに行っていた聖北教会の司祭を思い出した。
 50歳過ぎのその司祭は、リューンの市営墓地の管理も怠りなく務めており、多くの信徒から慕われている優しい人だ。
 冒険者稼業に身を投じながら信仰を貫く聖職者たちも、その教会にはよく出入りしている。
 まだシシリーたちが駆け出しと中堅の間くらいの実力であった頃、テーゼンの正体が判明して旗を掲げる爪が解散しかけた時に、天使信仰の司教によって教会を強制的に利用されたこともあるが、司祭は態度を変えることなく、普通にシシリーに接し続けてくれていた。
 自分たちを推薦したのは、ひょっとしたらあの人なのではないだろうか――思考を進めながら、シシリーはタンタ・トルクについて出来るだけの情報を得た。
 金髪に赤目――いわゆる”アルビノ種”に含まれる容姿であるが、周りの者とあまりにも違う見た目が(仲間であるロンドの過去のように)忌避されたのか、それとも、色素異常によって日光に当たれないために人間扱いされなかったのか、ずいぶんと幼い頃から迫害されていたらしい。
 それからどうやって知識を得たのかは謎だが、タンタ・トルクは10代前半の若さで黒魔術に通じており、自分のいた集落が魔女狩りの対象になった際に、悪魔より授かったという術を行使し、数人を殺害。
 それ以降、魔女は賞金首となったのである。

「色素の異常で陽光に当たれないなら、余計、どんな策略を用いても搭からは出ないでしょう。やはり、懐に飛び込む以外の選択肢はないかもしれませんね」
「ただ、魔女は護衛を引き連れておる。それらを討ち果たさねば、まず攻撃は彼奴に届くまい」
「何か付け入る隙があるはずです。塔を出れないことは、彼女の弱味ではない。タンタ・トルクの操る黒魔術に対抗する手段があれば……」

最果ての魔女1

「弱点か……魔女の話が真ならば、悪魔より授かりし軟膏を持っている筈だ」
「軟膏?」
「魔女が去った後の居住地に残されていた本を、魔術にも通じた聖北の使徒が解した。それによると、悪魔との契約の印に、魔力を濃縮した軟膏を渡すのだという」
「魔力を濃縮……それなら、魔力感知か、もしくは違和感を探し出す優秀な”目”があれば発見することが可能かもしれません。とすると、やはり騎士団よりも、魔術師や盗賊が仲間にいる私たちの方がこの仕事に向いているのだと判断せざるを得ませんね……」
「おお……では!」
「はい。魔女のタンタ・トルクの討伐。私ども旗を掲げる爪が、銀貨二千枚でお引き受けしましょう」

 ――という話をリューンでしたのが、三週間前。
 かつて古竜を討ち取った英雄の墓があるという地から、さらに徒歩で数日を要する山地へと冒険者たちは訪れていた。
 拠点である交易都市よりも色の薄い青空が広がり、昨日降っていた雨がすっかり上がったせいか、白い嶺が連なる光景に虹が掛かっている。
 雑然とした街中の現実から遥かに離れた、幻想的ともいえる眺めだった。
 まるまっちい子どもの指が、その眺めの只中にある建築物を示す。

「あれかなぁ、魔女の搭って?」
「かもしれません。それにしても……何だか、それっぽくない場所にありますよね」

 言葉を交わしたアンジェとミカは、揃って白い搭を見上げた。
 黒魔術を操る魔女の居城の割に、瘴気が溢れることも捩じれた木々が周りを取り巻くこともなく、なんとも美しい佇まいである。
 だが、タンタ・トルクは確かに数十人を殺害した魔女であった。
 旗を掲げる爪は、以前にも複数の組織からお尋ね者とされていた魔女に会ったことがある。
 アイリス=グリニャールと名乗っていた彼女は、魔法生物や使い魔の知識向上の訓練などに力を入れた研究をしていたため、命を生み出すのは神の営みだと断ずる聖北教会の主流な考えを主張する過激な一派により、危険な思想の魔女だと追われていたのである。
 そんなアイリスだったが、彼女個人は、妖魔の襲撃から近所にある村を守らんと準備をするほど、お人よしの魔術師に過ぎなかった。
 もしタンタ・トルクがそういった一人であるなら、と前もってアンジェやミカ、元魔術師学連所属のウィルバーも情報を集めたのだが、結果は依頼主の言うとおりだった。
 ロンドがスコップを担ぎ直しながら、ぼそりと呟く。

「アイリスみたいな魔女だったら、密かに逃亡手助けしてやろうかと思ったんだがな」
「仕方ないよ、兄ちゃん。迫害を受けてたのは本当だろうけど、殺すところまでいかずに逃げる事だって選べたはずだもん。それなのに御堂騎士のみならず、一般市民の命も奪ってたんだから……」
「それも、疫病を流行らせたことは別にして、ですよ」

 ミカは繊細で可憐な面を、沈痛に歪ませた。
 魔女の操る術には、多くの死者を出す”黒死病”を発生させるものがあったのだ。
 それによって、彼女が逃亡中に通った村の一つは滅んでしまっている。
 迫害した相手のみならず、それ以外の無力な民も傷つけた――そのことが、心優しい彼女にはどうしても許せないのだろう。

「それにしても……」
「どうした、ウィルバーさん?」

 名を呼ばれた魔術師は、手を首から提げている焦点具に添えていた。
 竜の牙に古代魔法文字を刻んだそれは、周囲に漂う魔の力に共鳴して小刻みに震えている。

最果ての魔女2

「大きな魔力の渦が、塔を中心に渦巻いています。……まるで、火事場の煙みたいですね」
「うむ。私にも容易に感じ取れる」

 黒いつや消しの鎧が、がしゃりと頷いた。
 ナイトはリビングメイル――鎧の中に魔力の核を打ち込まれた、魔法生物である。
 自分とは違う魔力の働きが、彼には何となく感知できるのだろう。
 ナイトの兜の部分がシシリーに向き、

「策はあるのか?」

と端的に問うた。
 彼女をリーダーとして掲げてからまだ一年も経っていないが、シシリーがこんな討伐計画に無策で突っ込むほど無謀な性質ではないと、ナイトは理解している。
 シシリーは聖北教会に所属する依頼主から、悪魔との契約で入手したはずの軟膏について説明した。

「だから、アンジェに敵の死角に潜んでもらって、機が熟したら魔女の軟膏を――」
「掠め取れって?」

 姉と仰ぐ娘の言葉尻を、ニヤリと笑ったアンジェが引き取った。
 こくりと頷いた娘の、金の髪が揺れる。

「護衛を全力で排除することも考えたけど、その方がアンジェ好みでしょ?」
「そうだね。すごくあたし向きの、遣り甲斐のある任務だと思うよ」

 元々、人間の子どもと大差ない体格にまでしか成長しない、小人族のアンジェである。
 小柄な体躯は人から発見されづらい――と同時に、天性の運動神経の良さと、盗賊として研鑽を積んで身につけた潜伏のレベルの高さは、賞金首だと分かっている魔女相手でも自信があるのだと、幼さが残る笑顔に滲み出ていた。
 彼らは方針を決定すると、周囲を警戒しつつ最果ての搭へと近寄った。
 破局への入り口か、栄光への標か――罠もなければ、鍵も掛かっていない搭の扉を開ける。
 軋みも上げずに開いた扉の向こうは、白い石造りの螺旋階段が、搭の真ん中を貫いていた。
 ふわりとシシリーのベルトポーチから飛び出したランプさんの光を頼りに、ウィルバーがじっと上方を見つめる。

「……一番上に、いるようですね」
「そっか。じゃ、あたしは途中の部屋の窓から、外壁を伝って魔女の居室に行くよ。みんなとは別行動になるけど……」
「アンジェ。せめて、前もって【飛翼の術】を掛けておきましょう。そうしたら、ロープで命綱を作っておかなくても何とかできるでしょう?」
「あ、それが貰えるならすごい助かる。頼むよ、おっちゃん」

 すでに侵入者があること自体は、タンタ・トルクも察知しているはずだ。
 術をここで一つ二つ使ったところで、彼女も遠見の魔法を使ってこちらを監視しようとは思うまい――この後、冒険者たちと対決が控えているとなれば尚更、消耗は避けるのが常道だろう。
 仲間たちを手で遠ざけると、彼はさっそく魔力を魔法媒体である杖に集中させた。
 ≪海の呼び声≫の先端にある宝玉が、紫色に輝く。
 ウィルバーの深く響く声が、【飛翼の術】の呪文を淡々と紡いだ。

「大気に溶け込む魔法の力よ、風に乗り宙を翔ける力と変わり、かの者の背に宿れ……」

 宝玉を小人族の少女の背中に押し付けると、凝縮した魔法の気が一瞬で白い翼へと化した。
 その翼を慣れた様子でばさりとはためかせると、アンジェは気軽な調子で仲間たちに手を振り、螺旋階段を使うことなく搭の中を飛んでいく。
 それを階下から見送ると、他の者たちも魔女の元へ向かった。

2017/03/13 12:33 [edit]

category: 最果ての魔女の後の双子星

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