旗を掲げる爪は、モルナロヴァの召喚した骨喰らいの悪魔を退治し、魔術師のアジトを探索していくつかの証拠物件を挙げた後に、何名かの傷を完治させるため、常宿で休養を取っていた。
 治安隊が魔術師から自白の情報を得るのを待つくらいしか、やることはない。
 それまで得た情報を宿の亭主に退屈しのぎに話すと、彼は重いため息を吐いてから言った。

「それは……大変だったな。まあ、怪我はしても飯を食う体力が残っていて良かった。さすがこの宿の冒険者だ」

 それにしても、と亭主はずっと俯いたままのシシリーに目をやった。
 パーティの若きリーダーは重傷ではなかったものの、どこか思いつめたような眼差しで、亭主が毎日磨いているカウンターを睨みつけている。
 ようやっと傷が塞がってきたミカが、借り物の白いショールを羽織りなおしながら口を挟んだ。

ダーフィットの日記12

「ずっとこうです。言うか、言わないか、悩んでいるみたいで」
「ふむ……」
「……笑いませんから、言ってください。シシリー」

 ウィルバーはそういうと、彼女を安堵させるように背中を軽く叩いた。
 碧眼が少し丸くなってから、ひとつ瞬く。
 そして……彼女は、のろのろと口を開いた。

「……吸血鬼」
「シリー?」
「犯人は、吸血鬼、だと、思うの。血が、必要なのよ。生きる、為に」
「吸血鬼……?」

 ロンドは厳つい顔に凍りついたような表情を浮かべた。
 吸血鬼。ヴァンパイヤ。
 かつて、自分たちなら退治できるだろうと安易に挑んだ結果、かけがえのない仲間を2人も失う原因となった不死の一族。
 頭を使うことを苦手にしているロンドにしても、とても忘れられるものではなかった。
 途端に早く打ち始めた鼓動を、ウィルバーは他の仲間に気づかれないよう表面は平静を装いつつ、ゆっくりと尋ねる。

「どうして、そう思うのですか」
「血の眷属の仔――あの魔術師は、そう言っていたわ」

 いつしか、シシリーの両手は節が白くなるほどきつく握り締められている。

「それが――この事件の『動機』だとするなら、あの殺人は――」

 続けてシシリーが何を発言しようとしたにしろ、その言葉は、唐突に区切られてしまうこととなる。
 勢いよく≪狼の隠れ家≫のドアを開けて入ってきたのは、シシリーが自分の考えを打ち明ける前まで、パーティが何よりも待ち望んでいたはずの治安隊の知らせだった。

「聞いてくれ、冒険者!」

 聴取した結果を記した手帳を片手に、彼は滔々と判明した事実を述べた。
 魔術師の協力者はダーフィットといい、最初の事件の被害者と同じクロジーアから来た男であること。
 彼が、どうしても他人の血が必要だと言ったため、モルナロヴァの目的のもの――つまりは人体のパーツ――を集めるよう依頼して使っていたこと。
 殺人の実行犯は、彼一人であること。
 さっそく、治安隊はチームを組んで彼のアジト――目下の自宅としていた場所になだれ込んだが、すでにそこはもぬけの殻となっていた。
 唯一つ残されていた、ダーフィットが書いたらしい日々を綴った手帳を、小部隊長は携えていた。

「最後の証拠だ。君達には是非、見てもらいたくてね」

 シシリーへ、ダーフィットの日記が手渡される。
 仲間たちが興味津々となって見守る中。シシリーはそれが鉄で出来た表紙ででもあるかのように、手に力を篭めて開いた。
 そこには――ダーフィットというただの野鍛冶だった男が、吸血鬼となって死んだ姉から託された半吸血鬼(ダンピール)の幼子と、どう過ごしてきたかが赤裸々に記されていた。
 ずっと血を吸わない彼女を案じ、町の医者に見せてしまったことで出奔した日。
 同じ町からリューンへと向かった知人が、聖北教会に姪のことを密告しようとしたのを、自らが鍛えた短刀で殺して阻み、その血を姪に与えた日。
 そして――新年を越して、商家の荷運びという仕事を見つけ、徐々に姪との生活に馴染んでいく日々。
 その中で合間に綴られる殺人と、血や臓物を使うという魔術師の噂、彼との邂逅。
 ページを捲るごとに、勤勉な田舎出身の献身的な男が、たった一人のマルガレッタという姪のために、加速度的に手を血に染めていく様が濃くなっていく。

(もしかして――ここに記されている男は、あの日、≪狼の隠れ家≫に入ってきたあの男なのではないかしら。)

 シシリーの脳裏に、ふと頬の削げた男の顔が浮かんだ。
 目を合わせたあの一瞬。
 彼の目には――何が映っていただろう?
 畏怖と、驚愕と、怒りと、諦めと、絶望と、恐怖を乗せた、様々な感情が交じり合いすぎて漆黒となった、哀しい色が見えていなかっただろうか?
 彼女の背筋に、つうと冷たい汗が伝った。

「動機は、十分すぎるほど分かっただろう」
「ええ」

 小部隊長の声によって現実に引き戻されたシシリーは、慌てて彼に首肯した。

「奴らは姿を消していたが、包囲網は完成している。後は捕まえるだけだ」
「牢の方は――」

 口を開いたのは、昔、治安隊の牢屋で女司祭に化けていた魔神と対峙し、真の名を引き出そうとしていたウィルバーであった。
 モルナロヴァの入れられている場所は知らないが、あれと差異は大きくないだろう。
 もし、牢番がまた魔法によって誑かされることがあれば――と危惧しての懸念だったのだが、小部隊長は安心しろというように手を振った。

「モルナロヴァの身柄もしっかりと守る。複数で交代に行なっているから、滅多なことはない」
「そう……ですか。ならばいいのですが……」
「君達には本当に感謝している……」
「まだ、犯人は捕まっていません。終わってもいないのに、そんな事を言われても困ります」
「そう、そうか……すまない、浮き足立ってしまった」

 小部隊長はやや鼻白んだ様子だったが、程なく気を取り直すと、肩から提げていた鞄から大きな皮袋をひとつ取り出して、近くのテーブルに慎重に乗せた。
 じゃらり、という音から判断しても、相当多くの硬貨が詰まっていることが分かる。
 眉根を寄せてシシリーが質問した。

「こ、これは?」
「賢者の塔からの謝礼金だ。あの魔術師を捕まえた報酬だ」

 銀貨三千枚が入っている、という言葉に、思わずアンジェが口笛を鳴らす。

「豪気だね」
「君達の取り分だ。遠慮しないでくれ」
「受け取るのが礼儀だろう、シシリー。モルナロヴァがあのコランダムのような男だったとすれば、搭としても、ただ働きというわけにはいかないのだろう」

 生真面目なリビングメイルの言葉に、受け取ることを拒むように口を引き結んでいたシシリーがふうと息をつき、小部隊長へ手帳を返してから言った。

「……そうね。そういうことなら」

 ダーフィットを捕まえた後に、指名手配犯の賞金も君たちに渡そう――そう約束してくれた冒険者たちの知り合いが、彼らと再び顔をあわせたのは、これからたった十数時間後のことである。
 それも、ひどく凄惨な形でだった。

「あんたから残りの金を受け取るつもりだったのに。死体になったら無理じゃないか」

 まだ節々が痛む大柄な身体へ緑色の特殊な甲冑を着込んだロンドが、冷たく湿った牢屋の床に横たわっている小部隊長にしゃがんで話しかけた。
 当然だが、彼からの応えはない。
 かつて彼らと共に討伐隊に参加し、ヴァイキングの急襲に頑張って対応していた男の身体は、胸が爆ぜるようにして十文字に切り裂かれていた。
 最期まで抵抗していたのだろう、剣を握っていた腕は千切れかかり、喉まで裂かれているものの、目は犯人を睨み据えるかのごとく見開かれている。
 ロンドは太い腕を伸ばし、その目を閉じさせてやった。
 彼の傍には多くの隊員と、魔術師の死体が無残に転がっている。
 部屋が真っ赤に染まるほど、その殺し方は酸鼻極まるものであった。

ダーフィットの日記13

 パトロールなどで詰め所内にいなかった隊員や、交代制であるためにまだ出勤していなかった隊員の何名かが生き残っただけで、あとの者は皆、死体と化している。

「シシリーさん、これ……!」

 床に広がる血から逃れるように隅にいたミカが、傍らの小机に置かれている手帳に気付いた。
 見覚えのある、ダーフィットの日記である。
 半ば千切れるようにして広がったページは、一番最後のものだった。
 死体から流れた血に指を浸して書いたに違いない生臭い字は、

『見ているんだろう。西墓地で待っている。』

と、それまで日記に書かれていたよりも、ひどく乱雑な文字で綴られていた。
 アンジェが舌打ちする。

「……実力を見誤ったね。ダーフィットは、もう手がつけられないほど強くなってるよ」
「暗殺だけではありません。一度に大勢を相手に出来るまでになっていたんですね……」

 仲間たちの声を聞きながらしばし俯いていたシシリーが、真っ直ぐ顔を上げ、決意の色を乗せて全員へ言った。

「……行きましょう、西墓地へ。ダーフィットを必ず止めるわ」

 旗を掲げる爪は、リューンの西墓地へと向かった。

2017/01/12 12:39 [edit]

category: ダーフィットの日記(合間の手袋の話と年末の冒険者達)

tb: --   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

カレンダー

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

辺境に足を運んだ方の人数

▲Page top