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 春の海と同じ青に、頬の削げた男の顔が映っている。
 ずっと見つめていると、自分がゆらゆらと透き通った水の底で、静かに佇んでいるようだった。
 光を通さぬ深海ではない。
 確かな温みを分けてくれる、慈愛に満ちた陽光の差す海の中である。
 澄んだ水に、他でもない血を求めて人を殺す自分――赤黒い色がもくもくと湧き立ち、綺麗な青が染まってしまう。
 それに気づいた時、男の肩から上の毛穴が一斉にぶわっと開いたような気がした。
 ガタッと音を立てて立ち上がる。

「あ、の……?」

 青が、ゆっくりと瞬く――聖北教会の聖印を首から提げた、癖のない金髪の娘は、男がギルドから聞いていた情報で想像していたよりも遥かに若く、恐ろしい怪物や凶悪なクドラ教徒などの退治で名を上げたという割に、雰囲気に血腥さがなかった。
 ≪狼の隠れ家≫に所属している旗を掲げる爪。
 若い面子ながら、竜すら退治したことがあるという冒険者たちが、リューンの連続殺人犯である男を探していると聞いて、

(冒険者とはそんな仕事もするのか。)

と不思議に思ったのは、つい先日の話である。
 場所を聞くともなしに覚え、ふらりと近寄り――自分でも何でそんな衝動に駆られたのか理解できないまま、老舗らしい佇まいの≪狼の隠れ家≫へ入った。
 軋みのない飴色に光る床は、長年モップ掛けを欠かさない几帳面さによって磨かれたものだ。
 贅沢品であるはずの硝子の嵌まった窓がいくつもあり、そこから午後の光が差し込んでいる。
 6人から8人ほどが席につける丸テーブルが5つ、その他に小さな2人掛けのテーブルが2つ。
 だが、それらのテーブルのいずれもが空席であり、酒場の奥にある樫の木のカウンターに、女性が一人座っているだけだ。
 カウンターの向こう側にいた亭主が、

「いらっしゃい。冒険者――じゃないな」

などと声を掛けてくるに至って、ようやく男の脳が、「酒場なのだから、何か注文しなければ妙に思われる」と気付く。

ダーフィットの日記9

「ああ……駄目、だったかな……」
「いいや、食事だけでも歓迎さ。さあ、座って」

 女の座っている椅子の近くを示され、否応なく彼はカウンターに近づいた。

「エールかい?うちはワインもあるが」

 エールなら、マルガレッタを引き取ってからしばらく飲んでいない。
 ここで飲んでいくのもいいだろうと、一杯頼んでみた。
 亭主が快く頷き、厨房に引っ込む――その時に、横の女が彼の方を向いたのである。

「あ、の……?」

 柳の木のようなしなやかな印象の娘が、男にとって何よりも近づいてはならない者だと察知し、心臓を捕まれるような怖ろしさに背中を押され、駆け出した。

「おいおい、どうしたんだ?」

 厨房から木製のジョッキにエールを注いで戻ってきた亭主が、呆れたような声を出す。

「さあ……?」

 冒険者の宿の亭主が、気付いていないはずはない――男に染み付いていた血の臭いを。
 だが、2人ともそのことを言及することはなかった。
 シシリーは覚えただけだ――あの、痩躯の男の背中を。
 静かな眼差しを男が乱暴に開けていった扉に注いでいると、今度はそこから知人であるあの治安隊の小部隊長が入ってきた。

「やあ、あんたがいてくれて良かった。賢者の塔から結果が来たぞ」
「相手が分かったのね?」
「ああ。魔術師モルナロヴァを指名手配する!」

 彼のその宣言は、旗を掲げる爪が魔術師を捕らえるということでもあった。
 連続殺人犯の手がかりを求めて、リューンの各所に散っていた仲間たちが宿に戻り、モルナロヴァのアジトが書かれた捕縛指令書を持った小部隊長が、冒険者たちを先導する。
 道すがら、ウィルバーが捕まえる相手について尋ねた。

「私の知らない魔術師のようですが、どんな人物なんですか?」
「モルナロヴァは、すでに賢者の搭から追放された男でな」
「……というと、禁術にでも手を染めていたのでしょうか?」
「搭からの報告によると、非道な人体実験をしていたと言うことらしい。何でも、召喚術を熱心に研究していたとか……」
「ほほう、召喚術ですか……」

 死霊術や合成獣の実験などではなかったことが意外で、ウィルバーが思わず目を眇めた。
 彼自身が扱う【飛翼の術】のように、搭の魔術のいくつかにも召喚の術は存在するが、人体実験の必要な術というのはまず珍しい。

「おっちゃん、なんかヤバイの?」
「ヤバイというかまずいというか……。碌なものの召喚じゃありませんね。それこそ、ロンドが密室から下水に移動させられていた時の、あの魔法使いが作ったのより強いのが待ってると思ってください」
「ああ、うん。あの銀色じゅわじゅわスライム」

 轢き殺す勢いで冒険者たちに転がってきて、非常に厄介だった魔法生物をアンジェが思い出していると、小部隊長がスラム街のある一角で立ち止まり、数年前まで凋落した貴族が、お忍びで遊びに行くための隠れ家としていた建物を示した。

「ここが、魔術師モルナロヴァのアジトだ」

 魔術師モルナロヴァが伝手を利用して手に入れたアジトで、建物の周囲には大勢の治安隊隊員が、彼の脱走を妨げるために並んでいる。
 正面入り口を小部隊長が接収した鍵で開け、旗を掲げる爪を通す。
 彼らは一丸となって建物内へとなだれ込んだ。
 時ならぬ騒々しさに、目の意匠が使われた額冠をした気難しげな男が、白壁に合うように作られた焦げ茶の階段から下りてくる。

「何です、騒々しい。ああ……塔から派遣された方ですか?私を復帰させようといらっしゃったので?」
「俺たちのどこを見て、そう判断できるんだ」
「まったくだよ、兄ちゃん。あたしたちが魔法使いに見えるんなら、相当目が悪いよね」
「冗談の通じない人達ですね」
「それはもう、冗談じゃすまないことをあなたが仕出かしたからね」

 愛剣を鞘から抜き放ち、切っ先を真っ直ぐ階段上の魔術師に突きつけたシシリーが、

「連続殺人の容疑がかかっている。身に覚えが――あるわね?」

と告げた。
 ≪Beginning≫の細めの刀身は、覚えが無いとは言わせないとばかりに煌めいている。

「……ああ」

 追い詰められたかのような状況の中、モルナロヴァはただ、微笑んでいた。
 何しろ――絶好の獲物が、向こうから飛び込んできてくれたのだ。

「今丁度終わったところなのですよ。召喚の儀式が」

 召喚の術師の言葉とともに、冒険者のいるフロアの半分が紫色に輝く――時ならぬ魔術反応に、ウィルバーとミカがはっとした顔で各々の発動体を握り締めた。
 首筋が毛羽立つような感覚に、ロンドがスコップを構える。
 他の面子もそれぞれの武器を構え直した時、モルナロヴァは最後の旋律を紡いだ。

『血と、髄と、鉄とを織りて、現に目覚めよ……骨喰らいの悪魔!』
「悪魔……召喚!?」

 ウィルバーが床へ密かに刻まれていた陣から抜け出てきた、骨の白と魔術反応の紫を身体に留めた巨大な影を睨み付けた。

ダーフィットの日記10

「まさか、街中でこんなものを召喚するとは!!」
「ふふっ……いいですね、良い子が出てきてくれました。名を与えます、クロムシェド。さあ、まずは邪魔者を喰らう使命を遂行なさい!」

 魔術師からの命令に、クロムシェドと呼ばれた悪魔は右腕の鉤爪を振り上げ、居並ぶ冒険者たちを薙ぎ払った。
 咄嗟にアンジェによって突き飛ばされたウィルバーと、構えていた盾によって攻撃を受け流したナイト以外、全員が強風に吹き飛ばされたように床へ叩きつけられる。
 立っていた場所が悪かったのか、両腕と脇腹にひどい怪我を負ったミカが、思わず声を上げた。

「ううっ!」
「ミカ!ユークレース、お願い!」

 シシリーの言葉に反応したベルトポーチの鉱精は、夜空に輝く星のような瞬きを発したかと思うと、癒しの力を振るう。
 裂かれた華奢な人体が癒されたのを確認する間もなく、法力を刀身に乗せてシシリーが悪魔へと走り寄る――彼女の隣には、拳を構えたロンドが並んでいる。
 額や右腿から軽視し得ない量の血を流しながらも、彼は吠えた。

「黒蝙蝠以外の悪魔なんてなあ、俺の敵じゃないんだよ!」
「――!!」

 2人の軽視できない攻撃を、葉脈のような模様が張っている紫の翼で軽減したクロムシェドは、続けて放たれたウィルバーの【凍り付く月】すらも、難なく抗する。
 勝ち誇ったかのような表情が浮かんだ、その瞬間――。
 今度は、小さい体躯により侮っていたホビットの娘により、ブーツから抜き放ったナイフを左手に突き立てられ、微かな動揺を見せた。
 希少な毒蛇から採取した麻痺毒の刃は、悪魔の身体すらも痺れさせたのである。
 動かない左腕に気を取られていると、今度は重たげな鎧の音を鳴らしながら疾走してきたナイトが、己が身に巡る魔力の一部を炎に変換し、刃へと宿して敵の胴体の真ん中を貫いた。

「――――!?」
「クロムシェド、どうしたのです!?」

 召喚の儀に魔力のほとんどを取られてしまったモルナロヴァは、支援魔法を悪魔にかけることも、攻撃魔法を闖入者へ放つこともできない。
 また、召喚した悪魔の放つ魔力の波動の大きさに、そんな必要が出てくるとも思っていなかったのだが――今や、彼のしもべはリビングメイルによって胴体に開けられた大穴を、動く右腕で押し隠すかのようにしていた。
 モルナロヴァは知らなかったのだが、クロムシェドはその現世用の身体の修復能力の全てを、胴体部の小さな一点に集中させていたのである。
 人間の放つ束縛や毒すらも、彼には効果を発しない――それは、その胴体に煌めく赤い石の加護によるものだった。
 それを、シシリーが最初に【葬送の調べ】の技でひびをいれ、そのひびに重なる形でナイトが剣を突き入れ破壊したのである。
 激昂した悪魔は、到底人間には発音できない多重音声の呪文により、今にも【花嵐の宴】を放とうとしていたミカの発声を防いだが、その間にまたアンジェの麻痺毒が残った腕に突きたてられる。

「姉ちゃん、兄ちゃん、今だよ!」

 アンジェがナイフを刺すため飛びついていた腕から、魔法の品の力を借りた驚異的な跳躍で三回転して猫のように降り立つと、好機と捉えて声を出す。

「任せて!」
「やってやるさ!」

 シシリーの愛剣が、宿った闘気によって青白く輝き――勢いよく薙いだ一閃の後、軌道も見せずに左目へ突き込まれる。
 クロムシェドは、己の危機に声ならぬ声を上げようとしたが。

「このやろう!」

 無謀なまでの突進で接近したロンドが、その体重とスピードを全て載せた鋭い肘打ちを、クロムシェドの眉間に決めてみせたのだった。
 悪魔はせっかく這い出てきた陣へ横たわり、そのまま徐々に塵と化して現世から消えていく。

「あんなもの相手に格闘戦とか……よく出来るものですね」
「ば、馬鹿な……あの悪魔を、たお、す……?」

 肩を竦めているウィルバーの言も聞いていないようで、呆然とした魔術師が呻いた。

「男女の躯を、血を集めたが、それで、完全ではなかったのか……そうか、やはり、やはり!子どもの躯を得るべきだったのだ!」

 モルナロヴァがそう叫んだ時、外から治安隊が慌しい足音と共になだれ込んできた。
 恐らく、クロムシェドが倒れこんだ轟音が外まで響き、様子を見に来たのだろう。
 すでに魔術師に抵抗する力はないとナイトが告げると、彼らは勇んで容疑者の捕縛の用意を始めた。

ダーフィットの日記11

「血の眷属の仔を、あの子どもを!」
「……!!」
「話は牢で聞こう。連れて行け!」

 シシリーがモルナロヴァの言葉に目を見開き、彼がしょっ引かれていく様をずっと見送った。
 小部隊長が冒険者たちに向き直る。

「君たちはここを調べるだろう?悪いが、すべて犯行の証拠になる。同行させてもらうぞ」
「ええ、構いませんよ」
「どうしたの、姉ちゃん。治安隊のおじさんたちが魔法の品でうっかり呪われないように、あたしたちでちゃんと探索しようよ」
「……ええ。そうね……」

2017/01/12 12:36 [edit]

category: ダーフィットの日記(合間の手袋の話と年末の冒険者達)

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