Thu.
ダーフィットの日記(合間の手袋の話と年末の冒険者達)その4 
少しトウが立っているとは言え、化粧に引き立てられた顔は十二分に他者を魅了するものだった。
毛皮のコートを肩脱ぎしており、濃い紫色のドレスに包まれた肢体が、豊かに張った胸から引き絞ったようなウエスト、ふっくらと脂の乗った太ももまでの官能的なラインを惜しげもなく晒している。
きらきらと光る翠のアイシャドウは、孔雀石を砕いた贅沢品だ。
恐らくはぽってりした唇に塗られたルージュも、リューン最新流行の品なのだろう。
白く柔らかな肉のついた腕を絡められれば、よほどの朴念仁か特殊な性向の持ち主でもない限り、男なら嫌な気持ちなどしないに違いない。
豊頬の美女、という言葉がぴったりの相手だった。
「いい女じゃないか。性格は知らないが」
毛皮のコートを肩脱ぎしており、濃い紫色のドレスに包まれた肢体が、豊かに張った胸から引き絞ったようなウエスト、ふっくらと脂の乗った太ももまでの官能的なラインを惜しげもなく晒している。
きらきらと光る翠のアイシャドウは、孔雀石を砕いた贅沢品だ。
恐らくはぽってりした唇に塗られたルージュも、リューン最新流行の品なのだろう。
白く柔らかな肉のついた腕を絡められれば、よほどの朴念仁か特殊な性向の持ち主でもない限り、男なら嫌な気持ちなどしないに違いない。
豊頬の美女、という言葉がぴったりの相手だった。
「いい女じゃないか。性格は知らないが」
「同意します。もう一つ付け加えるなら、生きていれば、ですがね」
ロンドとウィルバーが、さほど気の入らない声で倒れている女を評した。
そう――彼らの目の前にいる美女は、いかがわしい店の並びにいるのが相応しいような格好であったのだが、何故か打ち捨てられた教会裏の墓地の真ん中で息絶えている。
彼らを呼びつけた顔見知りの治安隊小部隊長が、開口一番、
「呼びつけてすまなかった。ただ、現場を見てもらうのが一番だと思ってな」
と言った。
ロンドが肩を竦める。
「死んだのはいつだ?」

「どうも昨日、殺されたようだ。見つかったのは今日の朝」
「こちらで詳しく調べてもみても構いませんか?」
「ああ、死体の状況は、自らの目で見てくれたほうが分かるだろう。自由に調べてくれ。こちらとしても、出来るだけ力になろう」
思ったよりも気前のいい小部隊長の言葉に、ウィルバーがおやおやとでも言いたげに眉を上げた。
気付いた小部隊長が、さらりと付け加える。
「≪狼の隠れ家≫の旗を掲げる爪と見込んでのことだ。それぐらいはさせてもらうさ」
「この人――娼婦だよね?」
覚えのある派手な服装や化粧などの様子から判断したアンジェが質問すると、小部隊長が首肯した。
「ああ。身元の確認は、娼館の女将がしてくれた」
「……何か、傷のわりに、周りへの出血が少なくない?」
女は首を一突きにされており、これが致命傷なのは間違いなさそうだ。
おまけに左腕が肩からすっぱりと落とされており、ずいぶんと血が流れたであろうことは、実際に人間相手に戦ったこともある彼女の想像に難くない。
だというのに、アンジェが周囲を細かく調べても、それらしい出血の跡が見られないのだ。
ミカもやや青白い顔色ながら、じっと目を凝らして死体を観察している。
「腕と首以外には傷一つありません。……暴れる暇もなかったということでしょうか」
「主。持ち去った腕は何に使う?」
「え……そういえば、何で持っていったんでしょう?」
人とは違うナイトは、その点が気になったらしい。
彼がかつて仕えていた女性のいた拠点では、合成獣の実験が行なわれていた。
当然ながら、妖魔や幻獣、魔法生物のパーツを人間に融合させる過程を見てきたこともあった。
しかし、人間のパーツのほうを持ち運ぶ利点、というものが彼には理解できない。
腕とは言え、普通の人間にそんなものは重荷にしかならない。
殺した後に早くその場を去りたかった犯人ならば、理由もなく腕を持ち去る、などという手間は取らないはずだが……とリビングメイルが無言のまま思案していると、ナイトの発言によって左肩を注視したロンドが再び口を開いた。
「腕の断面が綺麗過ぎる」
「そうだね、兄ちゃん。あたしの得物とは違うみたいだけど」
「刃物なのは間違いないだろうけど、どんな物を使ったんだか……」
「お前にも分からないのか?」
「分からない。初めて見る」
ロンドの返事に頷いたらしい彼は、がしゃりと甲冑を鳴らしながら位置を変え、リーダーが娼婦を見やすい場所に移ってから告げた。
「ということはだ、シシリー。この凶器が分かれば、犯人の特定も可能なのではないか?」
「そう……ね。確かに」
仲間の指摘に同意した彼女は、それにしても、と零した。
ナイトの気遣いによって娼婦に近づいたシシリーも、ロンドの見ていた左肩や、アンジェの示している首の傷口を、深いものを湛えた碧眼でじっくりと検めている。
「どうも、躊躇いなく殺されているような……思い切りがいいというか」
「罪悪感が薄れている――とは、考えられませんか?」
ミカの発言に、シシリーは微かに顔を歪めた。
「それは――」
「はい。殺して死体を切り刻む犯行というのは、色々な理由がそこにあるのでしょうが、これだけ思い切っている傷ならば」
ミカのほっそりした手が、かつて死霊術師によって刻まれた、今はもう見ることのできない頚動脈の傷の辺りへ触れた。
ほんの微かにだが、その指先が震えている。
「人としての禁忌を押し込められるほど作業的になれる理由が、犯人の側にあったのかもしれません」
「……参考にさせてもらうわ」
重々しくシシリーが頷く。
ミカもかつて、ある目的のために躊躇いなく殺されたことがある。
幽霊列車が関わっていたその事件のことを思い出したウィルバーが、胸に下げている竜の牙の焦点具に魔力を集中させた。
匂いのようにわだかまっている魔力の流れの名残りに、彼はひゅっと喉を鳴らした。
「微かに魔力の気配がします。でも一体どこから……?」
「私にはその気配も分かりません……察知できませんか……?」
後輩の言に、ウィルバーは焦点具を握る手に力を篭め、もっと詳しく探ろうと魔力を研ぎ澄ましたが、元々あまり量のない魔力の発生源が、どこにあるかは判然としなかった。
彼はゆるゆると首を横に振った。
「どうにも分かりませんね……」
「ねえ、小部隊長さん」
アンジェのどんぐり眼が、じっと依頼主になろうとしている男を見上げた。
「あたしたちが呼ばれたってことは、犯人の目星もついていないってことだよね?」
「ああ。この被害者は先月、貴族の金に手をつけたらしいんだが」
ガシガシと後頭部を左手で掻いたのは、捜査が行き詰まっている苛立ちによるものだろう。
「恐らくその貴族はシロだな。昨日は一日、役所に詰めていた。人を雇ったなども考えられるから調査は続けているが、はかばかしくない。今の時点では何も分かっていないな。――お前たちはどうだ?」
「悪いけれど、今のところはなんとも……」
「そうか……」
「確認しますが」
と、ウィルバーが2人の話を遮った。
「犯人を捕まえたら、報酬は銀貨一万枚……それで、間違いは」
「ない。……そろそろいいか?次の冒険者たちが来るはずなのでね」
アンジェが、好物の入ったサンドイッチを頬張っていたら、奇妙な具に齧りついたことに気付いたといった表情になった。
「別の冒険者にも頼んでるの?」
「ああ。旗を掲げる爪に頼めば大丈夫だ、と進言したんだがな。俺の直属の上司が、冒険者をあまり分かっていないんだよ」
「そりゃ……悪くすると、情報の奪い合いになるんじゃないか?」
「俺もそう思う」
あっさりロンドと意見を同じにした小部隊長だったが、さすがに上司の意向に逆らうわけにもいかなかったらしい。
まさしく、苦虫を噛み潰したといった態の顔をしている。
彼の、死霊術師率いるクドラ教徒殲滅の共同作戦から変わらない苦労人っぷりが察せられて、思わずロンドは彼の肩を叩いた。
「お疲れさん」
「労わってくれてありがとう。さあ、早めに解決の糸口を見つけてくれよ」
手を振って見送ってくれた小部隊長と別れ、とりあえず戻ろうと宿に向かった冒険者たちだったが、歩く道すがら、一行の一番後ろで熱心に羊皮紙に何事かを書きつけ始めたシシリーに気付き、ナイトが声を掛けた。
「……さっきから、何を書いてる?」
「ん……情報をまとめていたの」
「ほう」
シシリーより遥かに背の高いナイトが覗き込むと、癖のない読みやすい字で羊皮紙に綴られている内容がよく見えた。
被害者:娼婦。背中から首を一刺し。左腕が切断されて、残っていない。
共通点:背後からの刺し傷。前の被害者との関係は謎。(前の被害者に切断痕はなし)
そこまで目(眼球はないが)を通した時点で、ナイトが気になったことを呟く。
「前の被害者?」
「ええ、そう。私が見かけたある死体と――ウィルバーが聞きつけた事件の被害者」
「――シシリーは、それらと今回の件の関係を疑っているのか?」
「少し、ね……どうにも引っかかるの」
「……詳しく聞きながら、作戦会議といこう。他の者の意見も必要だろう」
リーダーの少女が、それに同意した六日後――。
今度は、物乞いの男が殺された。
さらに三日後、商家の下男が死体で発見される。
物乞いの男は左足を切断され、下男は両腕を切断されていたものの、持ち去られたのは右腕だけだったという。
リューンの善男善女は、時ならぬ殺人鬼の噂に怯えるようになった。
治安隊の小部隊長は、苦渋を滲ませた顔で銀貨二千枚の入った皮袋をテーブルに乗せ、≪狼の隠れ家≫所属の旗を掲げる爪に、他の冒険者への依頼を取りやめ、彼らへ全ての調査を一任することを告げた。
――その日、滅多に立ち入らない盗賊ギルドにアンジェが足を運んだのは、自分たちが調べた情報だけでは埒が明かないと思ったからだったが、そこで思わぬことを耳にする。
「せんばつ?」
どういう意味だ、と考え込んでいるホビットの娘に、盗賊ギルドの構成員は苦笑交じりに字を書いてみせた。
「『剪伐』、な。今話題の殺人鬼様さ。お前が探している奴」
「ふーん、そういう風に書くんだ。それで?知ってるの?」
ありふれた色調の茶色い髪を束ねた男は、肩をひとつ大袈裟に竦めた。
こざっぱりとした印象を相手に与える容貌の構成員は、このギルド内では五指に入る情報通である。
「いんや。俺達も探してる最中だな。動機はしらねぇが、あの殺し方には執念を感じるね」
「パーツを持ち帰ってる所とかが?まあね」
男は左手の人差し指で、二度机を叩いた。
これは払いのいい得意先にだけ示される、”ちょっと重要かもしれない情報”、”注意した方がいい情報”の合図だ。

「お上は『剪伐』を仲間にしたがってる」
「……っ!」
声はあげなかったものの、思わずアンジェは顔をしかめた。
盗賊ギルドが殺人鬼のバックアップに動くようになれば、今までよりさらに情報を得にくくなる。
出来れば、ギルドよりも早く動きたいところだ。
(間に合う、かな……?)
アンジェは情報料の入った小袋を構成員に放り、俊足を生かして≪狼の隠れ家≫へと急いだ。
ロンドとウィルバーが、さほど気の入らない声で倒れている女を評した。
そう――彼らの目の前にいる美女は、いかがわしい店の並びにいるのが相応しいような格好であったのだが、何故か打ち捨てられた教会裏の墓地の真ん中で息絶えている。
彼らを呼びつけた顔見知りの治安隊小部隊長が、開口一番、
「呼びつけてすまなかった。ただ、現場を見てもらうのが一番だと思ってな」
と言った。
ロンドが肩を竦める。
「死んだのはいつだ?」

「どうも昨日、殺されたようだ。見つかったのは今日の朝」
「こちらで詳しく調べてもみても構いませんか?」
「ああ、死体の状況は、自らの目で見てくれたほうが分かるだろう。自由に調べてくれ。こちらとしても、出来るだけ力になろう」
思ったよりも気前のいい小部隊長の言葉に、ウィルバーがおやおやとでも言いたげに眉を上げた。
気付いた小部隊長が、さらりと付け加える。
「≪狼の隠れ家≫の旗を掲げる爪と見込んでのことだ。それぐらいはさせてもらうさ」
「この人――娼婦だよね?」
覚えのある派手な服装や化粧などの様子から判断したアンジェが質問すると、小部隊長が首肯した。
「ああ。身元の確認は、娼館の女将がしてくれた」
「……何か、傷のわりに、周りへの出血が少なくない?」
女は首を一突きにされており、これが致命傷なのは間違いなさそうだ。
おまけに左腕が肩からすっぱりと落とされており、ずいぶんと血が流れたであろうことは、実際に人間相手に戦ったこともある彼女の想像に難くない。
だというのに、アンジェが周囲を細かく調べても、それらしい出血の跡が見られないのだ。
ミカもやや青白い顔色ながら、じっと目を凝らして死体を観察している。
「腕と首以外には傷一つありません。……暴れる暇もなかったということでしょうか」
「主。持ち去った腕は何に使う?」
「え……そういえば、何で持っていったんでしょう?」
人とは違うナイトは、その点が気になったらしい。
彼がかつて仕えていた女性のいた拠点では、合成獣の実験が行なわれていた。
当然ながら、妖魔や幻獣、魔法生物のパーツを人間に融合させる過程を見てきたこともあった。
しかし、人間のパーツのほうを持ち運ぶ利点、というものが彼には理解できない。
腕とは言え、普通の人間にそんなものは重荷にしかならない。
殺した後に早くその場を去りたかった犯人ならば、理由もなく腕を持ち去る、などという手間は取らないはずだが……とリビングメイルが無言のまま思案していると、ナイトの発言によって左肩を注視したロンドが再び口を開いた。
「腕の断面が綺麗過ぎる」
「そうだね、兄ちゃん。あたしの得物とは違うみたいだけど」
「刃物なのは間違いないだろうけど、どんな物を使ったんだか……」
「お前にも分からないのか?」
「分からない。初めて見る」
ロンドの返事に頷いたらしい彼は、がしゃりと甲冑を鳴らしながら位置を変え、リーダーが娼婦を見やすい場所に移ってから告げた。
「ということはだ、シシリー。この凶器が分かれば、犯人の特定も可能なのではないか?」
「そう……ね。確かに」
仲間の指摘に同意した彼女は、それにしても、と零した。
ナイトの気遣いによって娼婦に近づいたシシリーも、ロンドの見ていた左肩や、アンジェの示している首の傷口を、深いものを湛えた碧眼でじっくりと検めている。
「どうも、躊躇いなく殺されているような……思い切りがいいというか」
「罪悪感が薄れている――とは、考えられませんか?」
ミカの発言に、シシリーは微かに顔を歪めた。
「それは――」
「はい。殺して死体を切り刻む犯行というのは、色々な理由がそこにあるのでしょうが、これだけ思い切っている傷ならば」
ミカのほっそりした手が、かつて死霊術師によって刻まれた、今はもう見ることのできない頚動脈の傷の辺りへ触れた。
ほんの微かにだが、その指先が震えている。
「人としての禁忌を押し込められるほど作業的になれる理由が、犯人の側にあったのかもしれません」
「……参考にさせてもらうわ」
重々しくシシリーが頷く。
ミカもかつて、ある目的のために躊躇いなく殺されたことがある。
幽霊列車が関わっていたその事件のことを思い出したウィルバーが、胸に下げている竜の牙の焦点具に魔力を集中させた。
匂いのようにわだかまっている魔力の流れの名残りに、彼はひゅっと喉を鳴らした。
「微かに魔力の気配がします。でも一体どこから……?」
「私にはその気配も分かりません……察知できませんか……?」
後輩の言に、ウィルバーは焦点具を握る手に力を篭め、もっと詳しく探ろうと魔力を研ぎ澄ましたが、元々あまり量のない魔力の発生源が、どこにあるかは判然としなかった。
彼はゆるゆると首を横に振った。
「どうにも分かりませんね……」
「ねえ、小部隊長さん」
アンジェのどんぐり眼が、じっと依頼主になろうとしている男を見上げた。
「あたしたちが呼ばれたってことは、犯人の目星もついていないってことだよね?」
「ああ。この被害者は先月、貴族の金に手をつけたらしいんだが」
ガシガシと後頭部を左手で掻いたのは、捜査が行き詰まっている苛立ちによるものだろう。
「恐らくその貴族はシロだな。昨日は一日、役所に詰めていた。人を雇ったなども考えられるから調査は続けているが、はかばかしくない。今の時点では何も分かっていないな。――お前たちはどうだ?」
「悪いけれど、今のところはなんとも……」
「そうか……」
「確認しますが」
と、ウィルバーが2人の話を遮った。
「犯人を捕まえたら、報酬は銀貨一万枚……それで、間違いは」
「ない。……そろそろいいか?次の冒険者たちが来るはずなのでね」
アンジェが、好物の入ったサンドイッチを頬張っていたら、奇妙な具に齧りついたことに気付いたといった表情になった。
「別の冒険者にも頼んでるの?」
「ああ。旗を掲げる爪に頼めば大丈夫だ、と進言したんだがな。俺の直属の上司が、冒険者をあまり分かっていないんだよ」
「そりゃ……悪くすると、情報の奪い合いになるんじゃないか?」
「俺もそう思う」
あっさりロンドと意見を同じにした小部隊長だったが、さすがに上司の意向に逆らうわけにもいかなかったらしい。
まさしく、苦虫を噛み潰したといった態の顔をしている。
彼の、死霊術師率いるクドラ教徒殲滅の共同作戦から変わらない苦労人っぷりが察せられて、思わずロンドは彼の肩を叩いた。
「お疲れさん」
「労わってくれてありがとう。さあ、早めに解決の糸口を見つけてくれよ」
手を振って見送ってくれた小部隊長と別れ、とりあえず戻ろうと宿に向かった冒険者たちだったが、歩く道すがら、一行の一番後ろで熱心に羊皮紙に何事かを書きつけ始めたシシリーに気付き、ナイトが声を掛けた。
「……さっきから、何を書いてる?」
「ん……情報をまとめていたの」
「ほう」
シシリーより遥かに背の高いナイトが覗き込むと、癖のない読みやすい字で羊皮紙に綴られている内容がよく見えた。
被害者:娼婦。背中から首を一刺し。左腕が切断されて、残っていない。
共通点:背後からの刺し傷。前の被害者との関係は謎。(前の被害者に切断痕はなし)
そこまで目(眼球はないが)を通した時点で、ナイトが気になったことを呟く。
「前の被害者?」
「ええ、そう。私が見かけたある死体と――ウィルバーが聞きつけた事件の被害者」
「――シシリーは、それらと今回の件の関係を疑っているのか?」
「少し、ね……どうにも引っかかるの」
「……詳しく聞きながら、作戦会議といこう。他の者の意見も必要だろう」
リーダーの少女が、それに同意した六日後――。
今度は、物乞いの男が殺された。
さらに三日後、商家の下男が死体で発見される。
物乞いの男は左足を切断され、下男は両腕を切断されていたものの、持ち去られたのは右腕だけだったという。
リューンの善男善女は、時ならぬ殺人鬼の噂に怯えるようになった。
治安隊の小部隊長は、苦渋を滲ませた顔で銀貨二千枚の入った皮袋をテーブルに乗せ、≪狼の隠れ家≫所属の旗を掲げる爪に、他の冒険者への依頼を取りやめ、彼らへ全ての調査を一任することを告げた。
――その日、滅多に立ち入らない盗賊ギルドにアンジェが足を運んだのは、自分たちが調べた情報だけでは埒が明かないと思ったからだったが、そこで思わぬことを耳にする。
「せんばつ?」
どういう意味だ、と考え込んでいるホビットの娘に、盗賊ギルドの構成員は苦笑交じりに字を書いてみせた。
「『剪伐』、な。今話題の殺人鬼様さ。お前が探している奴」
「ふーん、そういう風に書くんだ。それで?知ってるの?」
ありふれた色調の茶色い髪を束ねた男は、肩をひとつ大袈裟に竦めた。
こざっぱりとした印象を相手に与える容貌の構成員は、このギルド内では五指に入る情報通である。
「いんや。俺達も探してる最中だな。動機はしらねぇが、あの殺し方には執念を感じるね」
「パーツを持ち帰ってる所とかが?まあね」
男は左手の人差し指で、二度机を叩いた。
これは払いのいい得意先にだけ示される、”ちょっと重要かもしれない情報”、”注意した方がいい情報”の合図だ。

「お上は『剪伐』を仲間にしたがってる」
「……っ!」
声はあげなかったものの、思わずアンジェは顔をしかめた。
盗賊ギルドが殺人鬼のバックアップに動くようになれば、今までよりさらに情報を得にくくなる。
出来れば、ギルドよりも早く動きたいところだ。
(間に合う、かな……?)
アンジェは情報料の入った小袋を構成員に放り、俊足を生かして≪狼の隠れ家≫へと急いだ。
2017/01/12 12:29 [edit]
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