年が明けてしばらくのことだった。
 旗を掲げる爪が短期間の仕事を終わらせた翌日は雨で、よく知っている雑貨屋へのお使いから帰ってきたウィルバーが、青いコートから冷たい雫を落としつつ、秀でた額を腕で拭った。

「ただいま戻りました~」
「おお、お帰り。ひどく降られただろう?」
「ええ、まいりました。しかし、お使いはしっかりこなしましたよ。これを預かって来ました」

 ウィルバーは、コートに包むようにして運んできた紙袋を、注意深くカウンターへ置いた。
 中身は亭主とリジーが好む焼き菓子と、今度の冒険に使う雑貨の仕入れ数変更に対する返事である。
 あの年末の馬鹿騒ぎの後、遠くまで行こうという意欲ある冒険者はごく僅かである。
 そのため、いつもより発注数を控えめに頼んでおかなければならなかったのだ。
 あらかじめ用意していたタオルをウィルバーに差し出し、亭主は中を検めた。

「袋が濡れてないじゃないか、ありがたい。さて、礼をしなければ」
「なら、胃に優しい美味しい物がいいですね」
「はいはい。ちょっと待ってろよ」

 宿の亭主が厨房に引っ込むのと入れ替わりでぎしりと音がしたので、ウィルバーがそちらを振り仰ぐと、ちょうどシシリーが階段を下りてくるところだった。

「他の皆さんは?」
「皆、寝たわよ。昨日の仕事で疲れたんでしょ」

 アンジェなどは、寝具を蹴飛ばして大の字になっていると笑った。
 濡れて脱ぎにくくなっているコートからやっと脱出したウィルバーが、こてりと首を傾げる。

「シシリーはなぜ起きているのです?」
「ついさっきまで、親父さんの長話に付き合わされてたの。この肩掛けを部屋まで取りに行ってて、戻ったところ」
「ふふっ、だから眠そうにしているのですね……」

 シシリーは白い毛糸で編まれたショールを巻き直しながら、ウィルバーの隣に腰掛けた。
 魔術師は仲間に雨水の掛からないよう気を配りながら、コートの水気をはたいて落とし、自身が座るのとは別の席の背もたれへ放り投げる。
 シシリーの声を聞きつけたらしい亭主が、蒸留酒をひと垂らしした紅茶を2人分と、ウィルバー用の濃厚なコーンスープを運んできて、彼らの前に置いた。

「ありがとうございます」

と小さく礼を述べ、ウィルバーがさっそく手を伸ばして飲む。
 微かな酒精が喉を焼いた。

「ううう、温かい!生き返るようですよ。……そう、生き死にといえば……」

 茶の熱さに冷え切った身体を温められ人心地ついた男は、ポッと思い出したことを口にした。

ダーフィットの日記3

「そういえば、殺しがあったそうですよ」

 同じく紅茶を飲み始めたシシリーが、横の男の言葉に手を止める。
 亭主の太い眉が訝しそうに上がった。

「殺し?最近リューンも物騒だからな……この近くなのか?」
「いいえ、外れの廃工房の方です。この時間では誰も居ない場所ですよ」
「あんなところで……」

 宿の亭主は目を丸くした。
 外れの廃工房とは、かつて富裕層向けの美しい陶器を作っていたところで、後継者争いが勃発した挙句に放棄された場所である。
 工房のオーナー自身が優秀な陶芸家だったのだが、女にだらしがない実子と才ある養子とを引き比べ、養子に後を継がせようとしたのが事の発端だったらしい。
 そのうち、実子の方が工房に自分の支持者を集め、後継の件を翻意させようと酒を持ち込んで集会を開いていたのだが、不注意で失火して工房が全焼、集会に来ていた多数の命が亡くなった。
 後を継がせないつもりではあってもそこは人の親、実子を永遠に亡くしたオーナーは同じ場所に工房を再建する気力もなく、結局は別の場所に移ったという。
 廃工房は夭折した実子の呪いがあるとかで、今では浮浪者すら夜間の出入りは滅多にない。
 今度はスープの制覇に取り掛かった情報提供者へ、亭主が腕組みしながら話を促す。

「目撃者は出てこないだろうな」
「噂を聞いた限りでは、背中を激しく刺されていたそうです」
「素人だな」
「はい、私もそう思います」
「怨恨、かね……物盗りが人気のない場所を選ぶとは思えんしなあ」
「わざわざ、リューンでも特に人の居ない場所を選んでいるのです――随分用意周到な犯人なのでしょう

「まったく、きな臭い話だ」
「動機は今のところ不明なのが気になりますが……親父さんの言う怨恨の他、復讐、後は好奇心から、辺りでしょうか」
「深夜の推理はほどほどにな。情報が少ない以上、固定観念は毒だぞ」

 黙って話を聞いていたシシリーの脳裏に、”あの時”の光景がありありと浮かぶ。
 駆けつける直前に聞こえた微かな足音。
 細い路地の暗がりに倒れる男の、出来立ての死体。
 深さも方向もまちまちの、しかし確かに殺意を持った背中の刺し傷。

「『見られた』と思ったから――」

 ぽつりとシシリーが零した言葉に、亭主が怪訝な顔をする。

「うん?」
「前回、犯行を通行人に見られたと思ったから、今回は念入りに調べて、人気のないところで犯行に及んだ……というのを考えていたの」
「なるほど、一理ありますね」
「おいおい、それじゃ連続殺人じゃないか」

 亭主は自宿の冒険者たちの物騒さを帯びた推論に、首をゆっくり横に振りながら眉をひそめた。

「さらっと恐ろしいことを言うなよ……」
「………」

 シシリーはそれに反覆せず、しばらく紅茶を飲んで思案していた様子だったが、おもむろに立ち上がると、コート掛けにあったリジーの雨用コートを取って颯爽と羽織った。
 やっと頭髪を整え終えたウィルバーが声を掛ける。

「こんな時間に、どちらへ?」
「治安隊に。朝までには帰るわ」

 それを耳にした亭主が、ウィルバーのために蒸かしていた芋を一つ取り出し、清潔な布巾に包んで投げ渡した。
 暖を取るため懐に入れていけ、ということだろう。

「お前の事だ、心配はしない。でも、気をつけろ」

 しとしとと冷たい雨の降る夜道を、シシリーは周囲に気を張りながら走った。
 ひと月近く前に訪れた治安隊の建物に、この時間の門番はさすがにいなかったが、ウィルバーのいう殺人事件があったためだろう、中に慌しい人の気配が複数あり、通用口が開いている。
 シシリーは無人の受付をするりと抜け、知り合いの小部隊長の所へと向かった。
 いなければ、最初から話をする必要があるため非常に面倒だったのだが――幸いにして、彼はちゃんと席について指示を飛ばしている。

「ん?ああ、旗を掲げる爪の……悪いな、今はさっき見つかった死体のせいで詰所内もばたばたしてるんだが」
「その件について、少し話があるの」
「話?……聞こうじゃないか」

 シシリーは、今回の事件と以前に自分が関わった事件が同一の犯人によるものだと疑っている理由を、なるべく要点を絞って彼に説明した。
 だが、彼女の推論に証拠があるわけではなく、ここまでシシリーに足を運ばせたのは――ほぼ、冒険者の勘と言っていい。
 だから本気にした様子がないことに腹は立てなかったのだが、それでも頭から否定することなく、小部隊長は上層部に同一犯の可能性がある旨を報告すると約束してくれた。

「そうだ、この前の被害者が分かったんだった。リューンの人間じゃなかったぞ」
「違うの?」

ダーフィットの日記4

「持ち物から分かったんだが、クロジーアという、西の方の町の人間だな。どこの組合の名簿にも名前がないし、きっと移民希望だったんだと思うが」
「移民希望……」

 リューンは、大陸に名高い中央公路をはじめとする、複数の街道が交わる交易の大都市である。
 当然、その華やかさに惹かれてやってくるものも多い。
 移民の希望も前から受け付けていたのだが、あのヴァイキング来訪事件からこっち、微妙に規制が緩和されて徐々に数が増えてきている。
 それゆえ、移民そのものは別に不自然とも思えないのだが、何か引っかかった。
 シシリーのそんな様子を察したらしい小部隊長からは、

「推理の役に立てそうか?」

と尋ねられたが、シシリーはそれ以上確たることも言えず、ゆるゆると首を横に振るしかない。
 ――その日は治安隊の混乱もあり、引き下がるほかなかった。

2017/01/12 12:27 [edit]

category: ダーフィットの日記(合間の手袋の話と年末の冒険者達)

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