シガン島から戻ってきた旗を掲げる爪は、これといった依頼のないまま二週間ほどを過ごしていた。
 パーティの頭脳役を自認している魔術師が宿に不在なのは、当たり障りのない範囲でシガン島の地理などについて、賢者の搭へ報告をしに行っているからである。
 それをいい事にアンジェやロンドなどは、夜遅くまで起きて昼近くに起きてくるという自堕落な生活を過ごしており、もしテアが生きていれば、箒で二人を容赦なく叩き起こしていたことだろう。

ダーフィットの日記

 また、もしこういった彼らの様子を、冒険者などに縁のないリューンの一般市民が目にしていれば、

「ほら見ろ、冒険者なんてろくなモンじゃない」

と指摘されたに違いない。
 だが幸いにも、急な来客が彼らのイメージを下落させる所に鉢合わせることはなく、自堕落ではない方に分類されるリーダーのシシリーは仲間たちとは別に、近所の聖北教会に赴いてミサについて多少の手伝いを行なっていた。
 久しぶりに会うシスター・ナリスのほか、違う宿に所属する聖職者や信者たちの何名かとも邂逅した。
 お互いに、これまでに得た色んな情報を交換する。
 他パーティは、ともすれば一つの手柄に対する商売敵となり得る相手だが、利害が絡まない間くらいは横の連携を働かせる方が、冒険者としての寿命は延びるものだ。
 最新のリューンの裏情報や、他愛ない繁華街の噂話に紛れた真実、市民の間で流行り始めた新興宗教など……それらをミサの支度をしながら手早く頭に入れているうち、時刻はすでに正午を過ぎて夕方の少し前になっていた。
 灰色の空がますます暗くなっていく中、他の者たちに別れを告げ、≪狼の隠れ家≫への道を辿る。
 時はすでに12月の末。
 石畳の道が多いリューンの街は底冷えがきつく、北方の都市群よりは幾分かマシといえど、外で寝起きするのは命に関わる。
 そのためか、スラムに近い辺りをうろついても、路地に路上生活者の姿はほぼ皆無である。
 ちらり、ちらりと舞い降りてくる六花を見上げながら、彼女はそっと手袋に包まれた手を口に当てて、白い息を吐いた。
 純白の毛糸の手袋は、ミカのお手製である。
 シシリーは降誕祭の時に、聖北教会の依頼で木の葉通りへのお届け物をしていた。
 木の葉通りには、かつて女優として知られていたが、今は一切舞台から身を引き、学者を続けながら慈善活動を行なっているスカルラッティ女史という人物が住んでいる。
 スカルラッティ女史は女優時代の財産とコネを使い、教会で面倒をみている子ども達への献金や、観劇への招待を行なっている。
 そのため、聖北教会からのお礼として、子ども達の心のこもった手紙や絵などを女史に届けることとなったのだ。
 女史は以前にさる事件に巻き込まれ、≪狼の隠れ家≫の金狼の牙の一員である冒険者によって救われた経緯があるため、同宿のシシリーにお鉢が回ってきたらしい。
 当の冒険者はといえば、現在、リューンの何処かで吟遊詩人の技を教えているらしいが……。
 話は逸れたが、そんな理由からシシリーが仕事を引き受け、一杯の紅茶をご馳走になった帰りに、同じパーティの仲間に会ったのだ。
 馬車に積まれた大きな袋や木箱を確認していたのは、ミカであった。
 いつしか付き従うようになっているリビングメイルの姿は、近くに見られない。

「なんだ、シシリーさんですか。依頼の帰りですか?」
「ちょっと聖北教会からの依頼で届け物を。…そう言うミカは、荷物運びなの?」

手袋の話1

「えぇまぁ…軽い依頼と聞いて受けたのですが、現場について見ればこの様で」

 ミカは人を疑うのが苦手で、ある意味お人よしともいえる性格をしている。
 宿の亭主の押しの強さに負けて、仕事を押し付けられてしまったのだな……ということは、容易に想像が出来た。

「こういう時こそナイトの出番だと思うんだけど、いないの?」
「いえ、もっと重い荷物を持っていってもらってます」

 従者たる魔法生物は、自主的についてきて、すでに一番辛い仕事を引き受けたものらしい。
 シシリーはミカへ手伝いを申し出たが、仲間ながら先輩でもある彼女にまで頼むのは気がひけたのだろう、彼女は赤い髪を散らすように慌てて首を横に振った。
 ふと目をミカの手へやると、どうやらずっと素手で作業をしていたようで、荷物を運ぶ手は冷え切ったためか、髪と同じように真っ赤になっている。
 そこでミカに、孤児院時代から使っていた皮の手袋を貸したのだが、少々くたびれてしまっていた。
 使用したミカ自身はずいぶんと恐縮しており、新しい良い手袋を渡そうと、娘さんに編み方のコツを教わりながら作ったのである。

「人の手を心配するのはいい事ですが…自分の手も大事にしてくださいね?」

と言ってミカは微笑んでいた。
 常緑樹の瞳に映っていたシシリーの手は、度重なる実戦と真面目に続けている素振りのせいで、鍵の発動体を握るミカのものより荒れていたのである。
 女性としての気後れと、生まれてこの方あまり贈られた事のないプレゼントへの気恥ずかしさに、やや顔を赤らめながら受け取ったのは、ついこないだの話だった。

(降誕祭も聖北教会の手伝いでいなかったし、せめて新年のお祝いくらいはみんなと一緒にやりたいわ。親父さんも、珍しい酒を仕入れておこうかと言ってたし……)

 冷えて赤くなった自分の鼻を何気なく撫で――ふと、冴えた空気の中、鼻腔に覚えのある匂いが届く。
 こんなのんびりした宿への帰り道ではなく、冒険者としての仕事で否応なく嗅いでいる。
 ――血の香り。
 シシリーは微かに遠ざかる足音を聞きながら、それでも用心して腰に佩いた愛剣の柄に手を掛け、路地のわき道に入っていった。
 さっぱり人気がない細い道の途中、ぽつんと人影が――小太りの中年男が倒れている。
 一般市民の娘ならば、ここで大なり小なり悲鳴を上げる場面になるのだろうが、海千山千の冒険者である彼女にとってはそうではない。
 黙ったまま近づいて安否を確認するが、瞳孔の開いた男の魂が、天にいる神の御許に運ばれたのは明らかであった。
 ただ、急いで手袋を脱ぎ、じかに首筋に触れて確かめると、こんな寒い日であるにもかかわらず、男の身体にはまだ体温が残っている。
 死んでから、さほどの時間が経ってない証だ。
 先ほど聞きつけた慌てた感じの足音が、脳裏を過ぎる。

ダーフィットの日記1

「刺されたのかしら……主よ、哀れな彼の魂を救い給え……」

 十字を切って死者のために祈ってから、シシリーは小さく謝罪を口にしつつ、男の身体を裏返した。
 背中は、夥しい数の刺し傷で真っ赤に染まっている。
 刺す方向自体がひどくまちまちで、真っ直ぐ貫いているものもあれば、突き下ろしたり斜め方向に刺したりするものもある。
 得物は、恐らく自分の愛剣よりも刀身の短い刃物――ナイフや短剣に類するものだろう。
 ついている傷は上衣の破けた部分と、ややずれているように思われた。
 つまり、この被害者は背後から刺されながらもひどく抵抗し、死の瞬間が訪れるまで、身をよじりながら動いていたということだ。
 ここまで暴れたとなると、刺した側――すなわち”犯人”は、嫌というほど返り血を浴びているはずである。
 丁寧に身体を元の位置に戻すと、横に彼の物らしい手荷物が置いてあるのに気づいた。
 傍目にも、かなりくたびれている品なのが分かる。
 そう分かってから見てみると、死んだ男は服装なども垢抜けない。遠くから来たのかもしれない。
 荷物を残したのは物取りの仕業ではないのか。
 ――はたまた、シシリーが駆けつけるのが早過ぎて、盗っていくまでに及ばなかったのか。

(流石にこれだけじゃ、犯人には辿り着かないわね……)

 シシリーは小さく首を横に振った。
 教会で聞いてきた話の中にも、このような事件に関連したものはなかったように思う。
 いずれにしろ、≪狼の隠れ家≫に戻るのが遅れるとしても、治安隊に報告しないわけにはいかない。
 年の暮れに、厄介ごとに遭ってしまったことを嘆くでもなく、彼女は急いで知人のいる治安隊の詰め所へと走った。
 旗を掲げる爪は、今までに何度となく治安隊に協力してきた経緯がある。
 聖北教会と治安隊の共同作戦や、≪赤い一夜≫を名乗る賊の討伐、リューンに(誤解ではあったが)攻めてきたヴァイキングの事件など――よって、詰め所の門番もシシリーの顔をよく心得ていて、彼女を知り合いの小部隊長が詰めている部屋へ通してくれた。
 大きな待機室の中は、年末だというのに、どこかのんびりした雰囲気が漂っている。
 彼女に気付いた男が、片手を挙げて声を掛けた。

「おや、旗を掲げる爪のシシリーじゃないか。どうした?」
「この年の瀬に悪いけれど、殺人事件よ」

 端的に用件を告げた彼女は、手際よく遺体を見つけた経緯を説明した。
 ”犯人”を特定する情報こそ少ないが、返り血を浴びている筈だから目撃者がいるかもしれない、という小さな光明を伝えた彼女に、小部隊長はゆっくり首肯した。

「すでにほとんどの者が自宅へ戻っているだろうが――もしかしたら、年末のツケの取立人や買い忘れを補充しに行く市民が、それを目撃しているかもしれない」
「亡くなっていた人は、なんていうか……垢抜けない印象だったわ。抵抗したのに後ろから刺されるしかなかった、って言うことは素人だと思う」
「俺や、あんたのように戦いの心得があるわけじゃないということか」

 小部隊長は、離れた机に座っていた部下へ

「事件だ。外出するぞ」

と声をかけると、師走の疲れを感じさせない様子で立ち上がった。
 シシリーも彼らを案内するために先頭に立つ。
 これがリューン市民を恐怖に陥れる事件の前触れだとは、この時に気付くものはいなかった。

2017/01/12 12:18 [edit]

category: ダーフィットの日記(合間の手袋の話と年末の冒険者達)

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