Sat.

シガン島の冒険その2  

 シガン島の中心を東西に分ける、黒々とした山脈。
 その麓の一部をくり抜いた洞窟から脱出した先に現れたのは、昼でも灯火が必要になるほど暗い密林であった。
 シシリーのベルトポーチから解放されているランプさんが、洞窟から引き続き、ふよふよと漂いながら冒険者たちの道程を照らしている。
 腐葉土の特有の湿った匂いが、踏みしめた大地から立ち昇る。
 シシリーの肩に止まったスピカが、キラキラした翼を少し広げて警告をした。

「木々の精霊の力を感じます、ご主人様」
「……ドライアードか」

 一般的に森の聖霊とも呼ばれているドライアードは、内気な傾向が見られるものの、比較的大人しいものが多い。
 普段であれば、森の中で火を使ったりしない限りは人間たちへ害を及ぼすこともないはずなのだが、スピカの言によると、やはりペレが居なくなりメイリアが悲しんでいる影響が出ているのか、ずいぶんと殺気立っているらしい。
 かつて、妖精に招かれた”本当の森”で暴れていた魔神とドライアードのことを思い出し、アンジェがぶるりと身を震わせる。

「毒を吐かれたり花になったりするのは、嫌だなあ……」
「大丈夫だ、花なら叩けば直る」
「兄ちゃん、今返答に容赦なかったね。……あの妖精、元気でやってるかな」
「あれだけしっかりしてたんだ、やってるだろ。ムル、ちょっと道を探ってみてくれないか?」
「はい、お任せを」

 ロンドの頭に乗っていたムルが、ふわりと浮遊して辺りの地面を調査し始めた。
 以前は野外の探索についてテーゼンがやっていたものだが、ムルも自分の住んでいた森を守る内に、野外活動の心得を得ているので、代わりを務めるようになった。
 倒木や捩じれた木々の重なる中、辛うじて獣道を見出した妖精は、ランプさんを呼んで行く先を明るくしてもらった。

「ここから行けます」
「よし……行くとするか」
「ええ、そうね」

 妖精と精霊の先導により、密林の奥へと踏み入った冒険者たちだったが――。
 いくらも行かないうちに、たちまち周りの樹木が大地から根を己の意思で引き抜き、恐ろしく堅牢な佇まいを見せながら彼らを包囲しようと動き始めた。

「まともに相手なんてしてられないわ、隙を見つけて走るのよ!」

 リーダーであるシシリーの指示で、鈍い動きのドライアードたちを回避しつつダッシュする。
 しかし、巧みな位置取りにより、ついに追い詰められてしまった。
 いち早くそれに気付いたウィルバーが、静かに首を横に振る。

「これ以上は無理です。ここで撃退しなければ……」
「くっ……。仕方ないわね」
「こんな所で、植物と戦うことになるなんて……」

 ミカの哀しげな常緑樹の瞳が、ざわめくドライアードたちを見つめた。

シガン島3

 桜の精が分け与えて作らせたという≪桜の鍵≫は、知力と優しい心を持つ者に従うらしい――彼女の握る薄紅色の宝玉が嵌まった発動体が、所有者の魔力に反応して輝き始めた。
 ドライアードたちの敵意に反応して、キイイィィン……という透明な音を立てる。
 一歩、誰よりも前に踏み込んだロンドがスコップを掲げ、さっそく腿に突き刺さってきた細く尖った枝を、怪我を気にすることなく粉砕する。

「さあ来い、片っ端からぶん殴ってやる!」
「もう……乱暴、なん、だからっ!」

 アンジェが妙に言葉を切りながら喋っているのは、次々と身体を貫かんと迫ってくる枝を、≪抗魔の外套≫の裾で捌きながら回避し続けているからである。
 隙を見つけてダガーを取り出すと、間一髪のところで避けた枝に切りつけた。
 ウィルバーとミカも襲われてかなりの傷を負っていたのだが、2人の前に本職の騎士もかくやという頼もしさでナイトが立ちはだかり、ムルの援護を受けつつ縦横無尽に剣を振るっている後ろで治療に専念していた。
 それに安堵したシシリーは、法力を長剣の刃に集中させて鋭く踏み込み、真っ向からその煌めく刃で敵を断ち割った。

「ふっ!」
「キシャアァァァアア…!!」

 さすがに一撃では仕留めきれず、その場で太い枝に胸部を叩かれてダメージを負ったが、咄嗟に攻撃に合わせて後方に飛んだおかげで、致命傷にまでならずに済んでいる。
 さらなる追撃が来るかと構えていたが、シシリーの眼前をウィルバーの放った冷気の塊や、ミカの掌から出現した花弁が通り過ぎ、ドライアードの数体が力を失って倒れた。
 未だ残っているものも、即座に振るわれた燃え盛るスコップの前に散るしかなかった。

「ふう、やれやれ……」
「ロンド、足の怪我は平気なの?」
「深くはない。止血すれば、魔法を使わなくてもどうにかなるだろ」

 彼は携帯していた布で傷口を塞ぎ、包帯できつく巻いた。

「とりあえずさ、歩きながらでもいいから、食事しながら行かない?」

 荷物袋からお菓子を取り出すと、アンジェはにこりと笑って兄と慕う人物へ差し出した。

「そろそろお腹空いたでしょ、兄ちゃん。実はあたしもなんだよね」
「そういえばそうだな。やれやれ、指摘されるまで気付かないとは、俺も焼きが回ったものだ」

 ロンドが大きな口を開けてマドレーヌに齧り付くと、ふんわりとした甘味が広がる。
 激しい戦いに強張っていた筋肉が弛緩し、思わず笑いが漏れた。
 咀嚼はするものの足を止めることはせず、ムルの案内でナイトが先陣を歩き始めたのを機に、他の者たちも移動をした。

「それにしても……ペレがこの島のどこかに閉じ込められているとして、どうして見つからないのかしら。意図的に隠れている……ということはあり得る?」
「私も考えなかったわけではないんですがね。それを判断するのには、普段のペレの様子などを知っていないとちょっと難しいですよ。ま、なくはない、といった所でしょうか」
「ん~、でも、お母さんと離れてかあ……」

 シシリーやウィルバーの意見交換を聞いて、アンジェがふと空を見上げる。
 何しろ、自分にしろ姉にしろ兄にしろ、”お母さん”と呼べる相手はいない。
 孤児院では院長が親代わりとなり、近くの村の女性たちが女手の足りないところを補ってくれていたとは言え、

(本当のお母さんって言うのは、きっと近所の親切なおばちゃんたちとは、どこかが違うんだろうなあ……。)

と思っている。
 赤子の時にパン籠に入れた状態で親から院長へと預けられていたアンジェにとっては、もはや親など記憶の中に影も形もない対象だが、不思議と憎しみは湧かない。
 それもこれも、親を恋しがる暇など与えないほど、親身になり可愛がってくれた院長や、喧嘩も友情も育んだ同じ孤児院の子どもたちのおかげではあるのだが、妙なところでリアリストの彼女の性向が特殊だったという理由もあるのだろう。

「……普通の子どもって、さあ。あんまり長く親と離れていたいとは思わないよね?」
「えっと、親にもよりますけど、そうだと思います」

 ミカがこくんと頷く。
 だって、と彼女は続けた。 

「最初は良くても、どうしたって何か目新しいものを見たり貰ったりすれば、やっぱり『家族とか大事な人に見せたい』って、考えたりするんじゃないでしょうか。それを考慮すると、本人の希望と関係なしに閉じ込められている可能性も……」
「主」

 前方を歩いていたはずのナイトが、いつの間にか足を止めている。
 怪訝な顔つきになったアンジェが忍び足で彼に並び、同じ方向を見やった。
 
「あ……」

 陽だまりで出来た絨毯、という言葉がホビットの娘の頭に浮かんだ。
 柔らかに揺れる黄色い花たちは、太陽をたっぷり浴びた菜の花であった。
 微風に揺れる群れの向こうに、ほっそりとした背の高い人影が見える。
 人影は呆然と佇む冒険者たちに気付いたらしく、こちらへと――花を掻き分けるのではなく、まるで花がかの人影に従って道を空けているようだ――歩み寄ってくる。
 ミカの使う発動体と同じ色をした花弁を漂わせた麗人は、ロンドが掴んだらぽっきりと折ってしまいそうなほど細い手を胸に当てて、

シガン島4

「旅の方、私の娘を知りませんか?」

と尋ねてきた。
 旗を掲げる爪の面々が静かに首を横に振る中、一歩進んだシシリーがそっと口を開いた。

「あなた――イーストガーデンの主の、メイリアさん?」
「はい。花の女神であり、この庭園の主でもあります……もしかして、あなた方は花の精が言っていたボウケンシャ、ですか?」
「ええ。リューンから来た冒険者の、旗を掲げる爪です。ペレのお母さんですね」
「ああ、ペレ……何処に行ってしまったの?どこかでお腹を空かせていないかしら?寂しい思いをして泣いていないかしら?」

 娘の名前に反応し、女神はさめざめと濃いピンクの瞳から涙を零した。
 アタナシウスと似たような色合いにたじろぎはしたものの、双眸に宿っているのは、ただ子を案じる母性と悲哀だけであることを察し、シシリーは辛うじて質問を重ねることが出来た。
 ペレは、メイリアと風の戦神であったゼッヘの間に遅くに出来た子で、大事に何不自由なく育てたために、外の世界のこと――とりわけ、害意ある者の存在を知らないらしい。
 メイリアの能力は、植物達に季節を告げ、花を咲かせたり実を結ばせるのが主な仕事であるために、娘の探索には不向きだろうと、夫に任せてあるのだが、一向にペレの行方は知れない。

「風はあらゆる場所を駆け巡るもの。それを統べるゼッヘが見つけ出せないなんて……」
「ペレの捜索は、私たちもお手伝いします。どうか、ここで待っていてください」
「ありがとうございます。では、これを――」

 メイリアは薄い掌をこちらに向けると、フッと円を描くように動かした。
 すると、冒険者たちの体から、仄かな金木犀のような甘い匂いが漂う。

「その花の香りは私に認められたという証です。皆が皆とまでは言えませんが、島の多くの精霊達が、貴方たちの力になることでしょう」

 そして、さらに女神は黄金色をした梨のような形の果実を差し出してきた。
 ロンドの拳大より一回り小さいくらいだが、驚くほどずっしりと重い。

「この実はあの子の好物です。もしお腹を空かせていたら、食べさせてあげてください」

 (一部の)冒険者たちの間に、この短い期間に二度も重ねられたペレの特徴について疑問がもやもやと湧き出てくる。
 他者からの目配せを受けたウィルバーが、そろりと手を挙げた。
 その顔には、まさかあり得ないだろうけどという逡巡が垣間見えている。

「……あの、女神メイリア。一つお尋ねしたいのですが……」
「なんでしょう?」
「もしかして、ペレさんは……結構、大食漢だったり?」

 非常にしづらい質問に対して、はたして女神は、そっと目を斜め下に逸らした。
 そのまま、しばし沈黙が彼らの間に流れる。
 事情がまだ把握出来ていないロンドとナイト以外、全員が心の中で、「まさか神族ともあろう者が食べ物に釣られて誘拐されたんじゃ……」と思っているのである。

「……ラフラの実以上に気に入っているものは、ないと思います。はい」
「はあ……承知しました。外見の特徴だけ、教えてください」

 全ての情報を得てからイーストガーデンを離れた後、ナイトが薄毛の魔術師へ己の疑問を素直に口にした。

「神族とは、皆あのような者なのか?」
「……あれがスタンダートじゃないことだけは、確かです」

2016/12/17 11:43 [edit]

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